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 それからしばらくの間、スーザンもカウロも仕事に追われる日々が続いた。

 忙しさが明けた頃、村では年に一度の収穫祭が行われた。

 スーザンは幼いころにしたカウロとの約束を守り、いつもとは違う、行事の日の専用となった淡い緑のドレスに身を包む。

 普段はパンツで動き回っているせいかだいぶ違和感があるものの、ドレスに身を包むと収穫祭であるという実感を持つことができる。

 だが袖を通す度に少し子どもっぽいのではないかと気にしてしまう。それは子供の時にも同じようなドレスを着ていたからだろう。けれどもう身体の成長も止まっているし、何より年に数度しか着ないのにわざわざ他のものを仕立てるのもなと思い、もう数年もそのままなのだ。

 それよりも先に新しい靴を買わなければいけない。履き潰した靴はすでに靴底がすり減っていて悲鳴をあげているのだ。

 結局いつも通り、優先順位の高いものに押しつぶされて購入を見送ることにしてスーザンが村の人たちが集まる広場へと向かった。そこではこの収穫祭でのみ飲める、一年にたった一度の贅沢であるワインは大人たちに振舞われ、子どもたちにはブルーベリーのパイやジュースが配られていた。

 こんな日は仕事も忘れて誰もが楽しむ。それはスーザンも例外ではない。この日だけは酒場以外は仕事をしてはいけないと決まっているのだ。

 仕事が溜まっているのに……とこんなめでたい日に余計なことは考えないよう仕事は全て片付けるようにはしている。

 今日と明日、二日くらいは仕事を休んでも支障はない。


 見回りをするように村のいたるところを歩いて回るとその先々でスーザンはいろんな人に酒を注がれる。そして断り切れずにコップに注がれた酒を飲み干す。これはいつものことだが今年は村には新しく子どもが6人も増えたからか浮かれている人が多く、中には瓶を一本開けてしまうまで放してくれない人もいた。

 けれどそれはお祝いで、彼らはスーザンに日頃の感謝の気持ちを向けてくれている。だからスーザンはそれを無下にすることは出来ずにありがたく頂いた。

 家に帰るころには酒と幸福に満ちていて、足はふらついていた。

 途中で送ろうかと声をかけてくれる男性もいたが遠慮した。彼らには奥さんや子どもがいるのだ。きっと帰ってまた家族だけのお祝いをするのだろう。それを邪魔することが憚られた。


 帰り道はもう二十年以上は歩き続けた道。

 目をつぶってでも歩ける慣れ親しんだ道は千鳥足で危なげではあるが、畑や田んぼに入ってしまうようなヘマなんてしない。


 門をくぐり、自室のある離れへと向かう。

 カウロやマリーの寝室がある母屋からは離れているから酒が完全に回りきっていても心配されることはない。

 ドアを閉じるまではと気を張りながら一歩ずつ歩く。そして離れの敷居を跨ぎ、ドアを閉めた途端に倒れこんだ。



 ああ、幸せだ。



 ここ数年のスーザンは、一年のこの日を楽しみに毎日仕事に励んでいると言っても過言ではない。

 誰もが心の底から笑顔を浮かべて、今年もよく育ったって、来年も頑張ろうって、顔を向き合わせて笑う。

 ありがとうって言ってくれる。

 だから働いて良かったって思えるし、来年も頑張ろうと意気込める。


 とはいえスーザンもそろそろ独り身が寂しくなってきた。

 カウロの独り言を気にしているわけではないが、もうカウロと同じくらいの年代の領民のほとんどが孫を抱いている。

 パン屋の親父さんに至っては今年の春に5人目の孫ができたことの喜びのあまりぎっくり腰になってしまったのだ。


 スーザンよりも先に三つ歳の離れたジュートが孫の顔でも見せてやるべきだろうがそれは期待できない。


 なぜならジュートはリールが居なくなってしまい仕事に励んでいるスーザンを元気付けようと

「イノシシを狩ってくる!」

と使い込んだ剣と少しのお金だけ持って屋敷を後にしたっきり、もう5年が経った今もまだ帰ってこないからだ。

 それでもあまり心配をしていないのには理由がある。ジュートがいなくなってから月に一回ほどの割合でお肉と手紙が送られてくるからだ。それで生存の確認はできる。

 封筒の文字は代筆屋にでも頼んでいるのだろう、非常に見事なそれこそ印刷されたような字だが、中に入った便箋には文字の書けない赤子に筆を取らせたのではないかと思うほどの字が並んで居た。

 間違いようのないジュートの文字だ。

 家族である、スーザン、カウロ、そしてマリーの3人はそれを解読することはできるが意味をつかむことは出来ずに送られて来たお肉を食べながら毎度首を傾げて読んでいる。


 一番初めの手紙は

『イノシシに追われています』

 だった。

 まだこれは分かる。

 きっと目でも遭ってしまったのだろう。

 でも、イノシシはその性質上一度走り出すと真っすぐにしか進まない。急に曲がることはできないのだ。

 狩りを何度も経験しているジュートがその性質を知らないはずはなく、イノシシに追われ続けるとは考えられなかったが……。


 初めての手紙から何通かやってきたものはどれも変わりばえがしなくて、何しているのか心配になった頃、封筒には便箋以外のものが入っていた。


『逃げている最中に珍しい鳥を見つけたので羽を贈ります。帽子にでもつけるといい』


 いつまで逃げているのだろうかと3人で呆れたものだった。

 送られて来た羽は森の中の全ての緑を包み込んだのではないかと思うほどに鮮やかな色をしており、マリーは一目でそれを気に入り帽子につけては毎日被るようになった。



 そしていつの日からかマリーとカウロはジュードのことを気にしなくなった。元々マリーもカウロも楽観的に物事を考える節があるため今までが異常だったと言い切ることもできる。

 だがスーザンだけは毎回毎回送られてくる手紙に目を通してはいつも内容に呆れかえっていた。


 中でも特にスーザンを呆れさせたのは先月送られてきた手紙。

 便箋に書かれた文字はたったの一行。『昇進しました』とだけ書かれていた。

 それも一番上の行に。


 これはもしや他にも便箋が入っていて順番を間違えただけではないかと封筒を振ってみたもののやはり中には一枚の便箋しかなく、イノシシを取りに行ってなぜ昇進するのか、というよりも逃げ切ったのなら早く帰ってきてほしいものだと頭が痛くなった。


 だが、ジュートから送られてくる肉はどれも頬が落ちてしまうほどに美味しくて、毎度送られてくるたびにその美味しさは増しているそれはスーザンの楽しみになっていた。

 ジュートが帰って来てしまうとなくなってしまうのは寂しい。特に五カ月ほど前から送られてくるようになった肉は食べたことのない肉だった。

 いつの間にか重要度がジュードの安否からお肉へと移り変わったスーザンがこれは何の肉なのかと聞こうにもジュートからの手紙には居場所は一切書かれておらず手紙が送れるような状況にない。


 まぁ、いずれ帰ってくるのだろうが……。


 眠気が次第にやってきて思考も徐々に停止していく。

 ああ、こんなところで寝たら怒られる、か……な……。


 そう眠りに就こうとした時だった。



 ドンドンドン。



 ドアを強くたたく音がした。

 それはもう寝室にいて深い眠りについていても起きてしまうほど大きな音。ましてやここは玄関だ。

 酒の回った頭の中に響き渡って、眠気が一気に吹っ飛んだ。そして代わりに吐き気がやってきた。


「うっ、だ、誰……?」

 口に手を当てながらなんとか口元までやってきた吐き気にお帰りいただいてから、ドアの外にいる人にもお帰り願うために問いかける。


 けれど、相手にスーザンの声は届いていないようでノックが途絶えることはない。


「誰って聞いてるでしょ!」

 今出せる限りの大声を出す。

 腹から声を出したせいか、先ほどおかえりいただいたものたちは再び舞い戻り、頭の中には自分の声が反響する。


 スーザンはこんなに大打撃を受けているのに! と頭の中で再び怒りを向けながら頭を抑えた。だがドアの前の人ときたら住人が返事をしたのが嬉しいのか弾んだ声で言った。


「スーザンはいるか!」

 相手はスーザンの質問には答えることはない。

 それでも声が聞けたことによって、相手が誰であるかは絞り込めた。


 ドアの向こうの声は聞き覚えのない声だった。村の人の声を覚えていないはずもなく、ましてや酒が回っているからと言って聞きなれた村人の声を間違えるわけもない。


 つまりよそ者だ。



「なんの御用でしょう?」

 恨みをかった覚えはないが、そういうものはいつどこで買ってしまっているかわかったものではなく、またそれは高くつくという。

 小さなものでも知らぬ間に利子がついて膨らんでいくとも。


 全く厄介なものなのだと警戒しながらドアへ張り付いて質問をした。早く外に立つ人間の正体が知りたかったが生憎ここにはスーザンしかいない。

 ふらついた足で護身用の棒を構えて振りかざそうともきっと相手に命中することはないだろうから入って来られでもしたらおしまいだ。


 何とか帰ってもらわなければと気を引き締める。


「いるんだな、スーザン! 今すぐそこから出てくるんだ!」


 ああ、返事なんてするんじゃなかったと思っても後の祭り。

 男は何度も『出てこい』と繰り返してはドアを叩く。

 それこそドアを破って入ってきてしまうのではないかと思えるほどに。


 相手の顔を確認しようにもその手段はない。そして帰ってくれる様子もなく、ドアを叩く手を止めることもないだろう。

 今のスーザンは全く持って無力だ。

 何もできやしないただの結婚適齢期を過ぎた娘だ。


 ならばどうするのか?



 寝よう。

 導き出した答えはひどく簡単なものだった。


 明日すべき仕事はない。ゆっくりとできる、一年で唯一の日なのだ。


 幸運にも長く続いているこの騒音にも耳は慣れてきたためか再び睡魔はすぐここまで来ている。

 決心すれば睡魔はすぐにスーザンを眠りへと誘った。

 遠くに行ってしまった声が何度もスーザンの名前を呼ぶのを無視して冷たい床に体温を分け与えた。


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