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 それから宿屋に帰った二人はすぐにベッドに横たわった。明日はスーザンにとっても、そしてジュードにとっても大切な日だ。二人の今後がその日を境に決まると言っても過言ではないのだ。すると当然頭の中はそれでいっぱいになる。が、さして悩みもせずに二人は揃ってすぐ眠りについた。

 スーザンは明日リガルドと会ってどうするかなど、カインザスの屋敷を出た時から決めているのだ。


 リガルドに自分の想いを伝える。


 それだけ決まっていればもう十分なのだ。後はもうその場任せだ。

 スーザンの肝はよく据わっている。そうでなくては失踪した兄をずっと家で待つことなど出来るはずがない。

 またジュードに至っては肝が据わっているというよりは固まって定位置から動かないと言われるほどだ。実際のところは興味の問題で、家族のこと、特に妹のスーザンのこととなると途端に心配になるのだが、自分のこととなると割と無頓着なのだ。

 ジュードは他人よりも自分の利を優先させ、自分よりも家族を優先させる男なのだ。そんな彼が今一番優先させるべきなのはスーザンの幸せなのだ。

 今やもう立派な大人になったスーザンだが、ジュードの中ではいつまで経っても小さな、たった一人の可愛くて大事な妹なのだった。



「ほらスーザン、起きろ! 朝だぞ?」

「何よ、お兄様。もう朝?」

 眠気まなこを擦るスーザンが窓へと視線を向けるとまだそこは藍色の空にほんの少しばかり日差しがさしたばかりの光景が広がっていた。


「まだ早くない? お店、開いてるの?」

 背伸びして一気に目を覚ましたスーザンはまず朝食の心配をする。

 それはただスーザンの食い意地が張っているだけではなく、どうしても昨日のことが頭をよぎってしまうからだ。今食べ損ねたら次の食事はいつになるかわかったものではない。

 荷物から着替えを取り出し、手早く着替えるスーザンの頭を慣れた手つきでジュードは梳かしていく。

 数年間会っていなかったというのに相変わらず手馴れたものだと感心しながら着替え終わったスーザンはベッドに腰をかけながらじっとそれが終わるのを待つ。

 スーザンの髪を梳かし終わるとすぐにジュードは大して多くはない荷物を手早く纏めて担いだ。


「よし終わった、っと。朝食は悪いが諦めてくれ。城の中枢が動き出す前にさっさと退散したいからな」

「……一応確認するけど、お兄様はお仕事を辞めてくるだけよね?」

 ジュードの様子にスーザンは少しだけ怪しさを覚える。

 ジュードがカインザス領に帰ってくることはなかった数年間、彼が城で何をしていたか、スーザンには皆目見当もつかない。何と言っても城があるのは王都だ。ハッキリ言ってスーザンには全く馴染みのない場所で、それならずっと山に篭っていたという方がどう生活していたかの予想がつけやすいというものだ。

 だがそんなスーザンの心配事などよそにジュードはアッサリと「ああ、そうだ」と言い放った。

「そう、ならいいわ」

 それでスーザンが納得したわけではないが、それでもジュードがそうだといえば信じるしかないのだ。そこはやはり兄と妹。信頼感だけは伊達に長年築いていない。


「よし、そんじゃあ行くか!」

「ええ」

 荷物は全てジュードが担ぎ、スーザンはジュードに手を引かれるがままに走り出す。向かうは忘れてはいけないもう一人、いやもう一匹のお供、セレンディーナの元だ。



「おはようセレンディーナ。よく眠れたか?」

 スーザンとジュードの泊まった宿から少し離れた位置に宿をとったセレンディーナは二人が到着するよりも先に目を覚ましていた。

 昨日、ジュードがこの場所を去る前に用意したのであろうバケツいっぱいの水とハシャードはもうすでにセレンディーナが平らげ済みだ。ハシャードの残りカスどころか水一滴すら残っていない。早起きなところだけではなく、そんなところも主人によく似ている。


 おかげでもういつでも出発できると主張するかのようにその鼻息をジュードにかける。

「ん、準備万端ってとこか。さすがはセレンディーナ!」

 頭を撫でられ、そして馬宿から出されたセレンディーナは大人しく二人と荷物を背中に乗せると機嫌をよくしたらしく、足で何度か土を蹴ってからジュードの合図を待つ。

「行くぞ!」

 颯爽と風を駆け抜けるセレンディーナは再び出番が来ることが嬉しいようで、昨日よりもスピードが早い。これはスーザンの勘違いでも何でもなく、紛れもなく事実である。進む道はかろうじて舗装されているものの、狭い道幅のすぐ横には草木がそこまで迫っている。すぐ近くの雑木林に目を向けていれば、同じような風景を見続けているのに身体にはしっかりと揺られている感覚が伝わり、確実に酔うことだろう。馬車酔いならぬ馬酔いだ。


「後どれくらい?」

 昨晩あれだけ食べたと言ってもやはり朝食がないというのは毎朝朝食を欠かさないスーザンとしてはかなりキツイ。

 前方の道が日で照らされ、まるで光の道でも通っているようでロマンチックな、そんな多くの女の子が喜びそうな光景を目にしながらスーザンが思うのは食事のことだった。

 今だってギュルギュルと腹の虫の合唱が始まっている。

 そしてそれに重ねるようにして一層大きな音が奏でられる。いうまでもないがジュードのものだ。

 二人はセレンディーナを走らせながら腹の虫の大合唱を奏で続けた。


「…………俺も腹減ったな。よし、城のキッチンから何かくすねよう!」

「いいの?」

「いいさ。その代わり、リガルドの工房よりも先に城へ行くことになるし、工房の滞在時間は短くなる」

「……それでもいいわ」

 腹を鳴らしながら行くよりずっとマシだ。リガルドをリールだと認識すると途端にそんなことが恥ずかしく思える。彼にはもうボサボサの髪の、寝起きの自分を見られているというのに……だ。

「わかった」


 スーザンが初めに城を目指すことを決めてから進むと、途中、王都のハズレの森の小屋の前でジュードは一度セレンディーナの脚をとめた。

「どうしたの?」

「……スーザン、もしかしたらリガルドには会えないかもしれない」

「どういうこと?」

「ここはリガルドの靴工房だ。だが不在の札がかかっている」

 ジュードが指をさした先は入り口のドアで、そこには手のひらを二つ、くっつけたほどの大きさしかない木札がかかっていた。そこには几帳面な文字で『休業』とだけ書かれていた。これがリガルドが不在であることを意味しているのだろう。


「いないなら仕方ないわよ。……諦めるわ」

 運がなかったのだ。……そして縁も。

 リガルドはスーザンの元へ2回ほど訪ねて来てくれた。その時にリガルドがリールであるとわかれば何かが変わっていたのだろう。だがスーザンは気づかなかった。似ていると、リールを思い出すことはあってもリガルドがリール自身であるとは繋げなかったのだ。


「それで、だな」

「どうしたの?」

 先ほどとは打って変わってジュードは口ごもりながら頭を掻いた。

「食い物は適当にくすねてくるからスーザンはここで待っていてくれ」

「え?」

「リガルドがここにいないとなるとほぼ確実にあいつの元にいる。……スーザンをあのイノシシ姫には会わせたくない」

「……なぜ?」

 スーザンは少しだけ嫉妬した。

 ジュードからリガルドが姫様に好意を寄せていないと聞いていたにも関わらず、だ。

 リガルドが姫様を選んだとは断定できない一方でそれはスーザンにも言えることだった。ジュードが嘘をついていなくとも、それが間違った情報である可能性は捨てきれないのだ。


 幼い頃のスーザンなら疑いもせずに信じただろうが、大人になってしまったスーザンにはそう簡単には信じられなかった。

 善意で行動してくれている人の主観が必ずしも正しいわけではないことを知ってしまっているのだ。


 どちらにせよ、もうスーザンがリールに会うことが出来る機会などなくなったも同然なのだ。どんなに会いたくとも諦める他ない。


 ジュードは王都での職を辞し、カインザスの家を継ぎ、そして嫁を取る。ただでさえ嫁にもいかない、これから先ジュードに世話になって暮らすスーザンが、もう一度連れて行って欲しいとは頼めるはずもなかった。


「理由は後で説明する。この辺りは治安がいいから、そこの、リガルドの客がいつも待つのに使っている椅子にでも座っていてくれ」

「わかったわ」

「すぐ帰ってくるから!」


 セレンディーナの走った後を目で追いながらスーザンはぼんやりと空に向かって呟いた。


「王子様なんて来ないのよ……」


 それは過去の自分に言っているようだった。


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