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 宿屋で適当に夕飯を……と思っていたスーザンであったが、セレンディーナにハシャードを与えて帰ってきたジュードの口から出たのは「飯行くか!」だった。

「え?」

「この宿屋、素泊まりだから。ご飯は外に食いにいってくれって。すぐそこに酒屋があったからそこ行こう」

「もう一歩も動けないんだけど…………」

「仕方ない。俺が抱いて「やっぱり少しだったら歩けるわ!」

 部屋についてから一直線にベッドにダイブしたスーザンにはもう歩く気力など残っていなかった。それでもジュードに抱かれて歩くくらいなら歩いた方がマシだと思ったのだ。

 ジュードに抱かれるのが恥ずかしいとかそういうのではない。ただ何だか狩られた動物のような気になるのだ。自分があれと同じになるのだけは嫌だった。


 それから宿屋からほど近い酒屋兼食堂へと足を運んだジュードとスーザンは一番広い机を陣取った。

 二人しかいないのだから二人掛けの席を使えと他の客からの無音の圧があったものの無視をした。

 そんな見ず知らずの者からの評価よりも食欲がまさったのだった。


「この店のオススメを10種類くらい用意してくれ。とりあえずはそうだな……10人前くらいでいいや」

「は?」

 メニューを見て選ぶのさえ面倒だと感じたジュードは渡されたそれを開きもせずに店員に注文する。

 そんな注文をするのはジュードが初めてだったのだろう、口をあんぐりと開いたまま固まっている。

「腹減ってるから順番は何でもいい。できたものから持って来てくれ」

「は、はぁ。ええっと……お飲み物は?」

「私、お茶」

「俺はビール」

「明日も朝早いんじゃないの?」

「ん? 俺がたかがビールで潰れるわけないだろ?」

「それもそうね……。それじゃあとりあえずビール5杯とお茶2杯、お願いします」

「……かしこまりました」

 もう何から突っ込んでいいのかわからなくなった店員は、大量の注文を受けたにも関わらず、初めの2行以外は空白のままの注文表を握りしめキッチンへと帰っていった。


「ところでお兄様」

「なんだ?」

「後どれくらいで王都に着きそう?」

「出る時間にもよるが、今日と同じくらいの時間に出れば昼には着くぞ」

「そう……だからセレンディーナはまだ走る気だったのね」

 今頃好物のハシャードをお腹いっぱい平らげて眠りについているだろう、今日一番の活躍をしたセレンディーナのことを思い出す。

 スーザンとしては早く着くよりも無理なく向かってもらった方がありがたいのだが、彼女からしてみれば王都まではあとわずかで、そのまま走り続けていれば深夜にでも着いたのだから走り切りたかったのであろう。なんとも使命感の強い馬だ。


「ああ、俺が帰った時は半日ちょっとしかかからなかったからな」

「嘘でしょ?」

「スーザンが落ちたら困るからな〜。あ、ビールきた」

 本当に注文の量を食べきれるのか疑わしいというのが顔にありありと出てしまっている店員が両手の指にジョッキの持ち手を引っ掛けて2人分、計7杯の飲み物を運んで来る。


「とりあえず、お疲れ様」

「お疲れ様」

 まずは一杯目。

 渇いた喉に染み渡る。スーザンの喉は久しぶりの水分に嬉しそうに波打っている。


「はぁ……生き返る」

 一気になくなってしまった大麦の葉を抽出して作ったお茶。ジョッキの中の大きな氷がカサ増ししているようで恨めしく思える。

 スーザンは次のジョッキに手をかけながら次は氷なしで頼もうと決めた。

 一方ビールを頼んだジュードのジョッキには氷なんて入っていなかったが、すでに5杯全てを飲みきっていた。


「お兄様、次は何にするの?」

「ビールとお茶の半々で」

「わかったわ」

 スーザンの2杯目のジョッキもすぐに空になることだ。早速手近の店員を呼びつける。


「すみません、追加いいですか?」

「は、はい!」

 呼びつけられた若い男の店員は間近でジュードがビールを一気飲みしていたところを見ていたせいか、次はどんなものを頼まれるのかと怯えていた。

 けれど彼以外の店員といえば、ジュードとスーザンが頼んだ大量の食事を作ることに追われており、彼が注文をとる他ないのだった。


「ビール10杯とお茶15杯。あ、氷抜きで」

「は、はい! 今すぐに!」

「いや、そんな急がなくても……」

 転びそうになりながら去って行く店員を見て、もう少し分けて頼んだ方が良かったかもしれないとスーザンはどこか外した後悔をしていた。

 けれど、分けて注文しようがまとめて注文しようが二人の食べる量は変わらない。

 むしろ初めに注文した量でさえもお腹が空きすぎてどのくらい食べられるのか見当がついていないジュードがとりあえず、で頼んだ量に過ぎないのだった。


「こ、こちら三種の季節野菜のサラダとチーズのサラダになります」

「ああ、置いてくれ」

「し、失礼します」

 真ん中に置かれたサラダが山盛りになった大皿を2つ、ジュードはスーザンの方へと寄せた。スーザンは店員が用意してくれた小皿に盛れるだけのサラダを取ると残りをジュードの方へと突きかえす。

 割合でいえばスーザンが一人前より少し多いくらいだろう。メインディッシュに備えてセーブした結果である。


「ん、美味しい」

「うまいな。もっと頼んどけば良かったな」

「そればっかり食べても仕方ないでしょ。この後も何来るかわからないし、全部来てからにすれば?」

「それもそうか……」

 二人の会話を耳にしながら、飲み物を運んできた店員の手は震えている。


 この町は王都からちょうどよく離れていることもあり、王都を目指してまたは王都から帰る途中の旅人がよく寝泊まりする町だ。

 町のほとんどが宿屋を営むか飲食店を営むか、そして名産品のハシャードを育てるかである。

 その他の野菜や家畜を育てるよりもずっと儲かるからだ。

 そうすると当然、飲食店は他の町や村から材料を出荷してもらわなくてはならない。

 この町から一番近いのは王都。そして二番目はジュード達が過ぎ去った、この町より山一つ分前の農業を盛んにしている村であった。

 王都から持って来るには高すぎ、そして近くの村から持って来るには安いが運搬に時間がかかる。

 酒屋が選んだのは安くて時間がかかる村から週に一回、まとめて運んで来ることだった。


 そしてその週に一回の運搬が今日である。

 そんな日に運悪く大食らいの二人が来てしまったのだ。

 最悪この二人で一週間分の食料を全て平らげかねない。

 もうないと嘘をつければ良かったが、生憎店員はジュードの着ている制服の意味を知っていた。

 王都に一度でも行ったことがある人間なら誰も忘れはしないその服は年に一度だけ行われる大武闘祭の勝者、つまり王国最強の者だけが着ることを許される近衛騎士の制服だったのだ。

 腕っぷしだけで選び抜かれたその集団は一風変わったものばかりだとの噂だ。

 そんな相手に嘘などつけるはずもなく、ただ無礼を起こさないようにと震えてやり過ごすしかなかった。


 一方そんな店員の心境など知らず、ジュードはすっかりこの店の食事を気に入っていた。

 これだけ美味しい野菜を仕入れられる店なら間違いないと踏んだのだ。

 自分だけなら味など二の次で量さえあればいいのだが、今日は妹のスーザンが一緒だった。

 妹の前でいい姿を見せて、後回しになったこの数年間の行いについてのお説教を軽くしてもらえればと画策していた。

 スーザンの頭からはそんなことすっかり抜け落ちていることなどジュードは知らないのだ。


 次々に運ばれて来たのはハシャードとベーコンのピザ。ジュードの好物の一つだ。正確に言えばジュードの場合、豚肉のベーコンではなく熊肉のベーコンの方が好きではあった。けれど鼻腔をくすぐるベーコンのコンガリと焼けた香りに食欲がますます刺激される。


「これもうっまそうだな……」

 口の端から涎を垂らすジュードへの返事は後にして、早速スーザンはサラダのなくなった皿に8枚にカットされたピザを4枚避けた。

 それはスーザンの分。そして残ったものは全てジュードの分になる。

 スーザンが避けたピザを口に運ぶとその意味を理解したらしいジュードはその皿を自分の方へと寄せ、そして勢いよく食べ始めた。

 喉に詰まらせないでよ、とは言わない。そんなヘマをジュードがするはずがないからだ。


 スーザンは安心して自分の分のピザを食す。やはり美味だ。

 コンガリと焼けたハシャードのピザ生地にベーコンの肉汁がほどよく染みていて、そして気持ちばかりに乗せられたポテトもいい仕事をしている。



 その後、ピザ2種類とソースのよく絡められたミートソースのパスタに夏野菜をふんだんに使用したパスタ、それに牛のステーキ。スーザンには馴染みのない、原材料が豆の真っ白な固まり。

 そして最後に色彩豊かなシャーベットが大皿に乗せられて登場した時にはさすがのスーザンも興奮を隠せなかった。

「スー、遠慮しないで全部食べていいんだぞ?」

 子どものように目をキラキラと輝かせるスーザンにジュードは嬉しくなってそう声をかけたが、それはスッパリ断られた。


「お腹冷えちゃうから半分でいいわ」

 突き放すようなそれがスーザンなりの気遣いだと知るものは家族くらいなものだろう。


「そっか。じゃあこっち側もらうな」

「ええ」

 口に爽やかな甘味を運びながら、すっかりいつも通りになったスーザンを見てジュードは安心した。


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