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「今日はここら辺で休もうか」

 ジュードがそう言って馬を止めたのは陽が傾き始めてのことだった。


「疲れた……」

 ジュードの手で支えられながら降りたスーザンの足はどこか固い。

 それもそのはずスーザンとジュードは朝にカインザス屋敷を出発してから今の今まで一度たりとも休みをとっていなかったのだ。


 昼ごはんももちろんなければ、水分補給もない。

 ジュードもスーザンも、そして二人を乗せる馬さえも、だ。


「セレンディーナ、ほら水だぞ」

 スーザンと荷物を降ろした後で、やっと水を飲ませてもらった馬、セレンディーナは嬉しそうに器に顔を入れる。


「その子、女の子だったのね……」

「ああ、べっぴんさんだろ?」


 べっぴんさん……か。

 スーザンが驚いていたのはあの力強い走りを朝からノンストップで続けてみせた馬の性別が女の子であったことなのだが、ジュードにはそれが伝わらなかったらしい。


「そうね、綺麗ね」

 近くにたまたまあった大きめの岩に腰掛けて、固まったふくらはぎを片方ずつ解しながら、適当に言葉を返す。

 水を飲み終えたセレンディーナは顔を左右に振り、鼻息強く足踏みをしながらジュードとスーザンに合図を送る。


 その様子は今日初めてセレンディーナに会ったばかりのスーザンにも何を意味しているのか簡単に予想できた。


「セレンディーナ、さすがに今晩は休ませて」

 水を飲んだことで一気に体力を回復させたセレンディーナとは違い、スーザンは疲れていた。

 長旅で……というのもあるが、スーザンに致命傷を与えたのは宿屋の名前だった。


『宿屋リーゼンガルド』

 それは王都の二つほど手前の街の名前だったのだ。

 馬車で数日かかるはずが馬で一日かからずここまで来たとなればどっと疲れがやって来たのだった。



 セレンディーナはまだまだ走れるのに……といった様子で悲しげな瞳をスーザンに送った。



「セレンディーナ、忘れたのか? ここの名産品、ハシャードだぞ?」


 けれどジュードの言葉を聞いたすぐにセレンディーナもこの街で一晩過ごすことに賛同した。

 ハシャードといえば、コムギと並ぶパンの原材料として有名な植物だがその一方で牛や馬の最高級のエサとしても知られている。

 セレンディーナもその例にもれずハシャードをいたく気に入っているのだろう。先ほどとは違う意味で鼻息を荒くしている。


「そこの宿屋で話聞いてくるからお前はスーザンと待っているんだぞ?」

 そうジュードがセレンディーナに声をかけると岩の上で休んでいるスーザンに寄り添うようにして座った。


「ハシャード、美味しいよね」

 走り続けたセレンディーナを労うように頭を撫でてやるとセレンディーナは心地好さそうに目を閉じた。


 今晩はハシャードをお腹いっぱい食べさせてあげよう。それが今日一番活躍をした彼女への最大の労いになることだろう。


 カインザス領とは違い、点々と灯る街灯と空に広がる星を眺めながらセレンディーナに寄り添うのだった。



「スーザン、一部屋なら空いてるって」

「ベッドは?」

「二つあるぞ。俺はいいが、スーザンももう大人だし、俺と寝るのは嫌だろう?」

「ならいいわ」


 スーザンがそう返したのは、ジュードが言ったような理由ではなかった。

 今も昔もジュードと同じベッドで寝たくはないのだから。


 ジュードと一緒にお昼寝をしたことはもう十数年も前のことではあるが、その時のスーザンはお昼寝の時間が嫌いだった。


 ジュードは寝相が少しばかり悪いのと、何より手近なものを抱きしめて離さない癖がある。


 寝相が悪いのは目を瞑るとしても抱きつき癖だけは止めてくれとお昼寝が終わったジュードに口を酸っぱくして訴えたものだった。

 ただでさえ力の強いジュードは普段はセーブしているのであろう力が解放され、抱きしめられている方は苦しいのだ。これじゃあおちおち眠ることもできない。

 それに夏になればもっと状況は悪くなる。

 カラッとした気候が特徴の夏を迎えるカインザス領で、昼を少し過ぎた時間は一番暑い時間と言える。

 そんな時間に幼い頃から筋肉質なジュードに抱きしめられるということは北の豪雪地帯に生息するキツネの毛皮を巻いて寝るよりも寝苦しいのだ。


 そんな嫌な記憶が残っているからか、ベッドが別だと聞いたスーザンはゆっくりと息を吐き出しながら胸を撫で下ろした。


 それから荷物を置いて、鍵をスーザンに握らせた。

「スーザンは先に休んでろ」


 そう言ってジュードはセレンディーナの手綱を掴む。

「俺はセレンディーナを宿に連れていく」

 どうやら馬専用の宿が近くにあるらしく、セレンディーナの今晩の宿はそこに決まったらしい。


 スーザンたちの泊まる宿の中から出て来たジュードの腰にはハシャードが溢れんばかりに入った布袋が吊るされていた。

 セレンディーナはその袋が気になってしょうがないらしく鼻でツンツンとつついている。

「セレンディーナ、まだダメだ!」

 そう怒られながらもセレンディーナが反省する様子はない。

「ったく……」

 ジュードも口では怒りながらも、セレンディーナを労うように片手で優しく頭を撫でてやっていた。


 少なくともジュードが失踪する前にはいなかったセレンディーナ。おそらく家を出た後に会ったのであろう一人と一匹のその後ろ姿は微笑ましいものであった。


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