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 こんな姿は家族に見せられないとスーザンはそのまま離れの自分の部屋へと向かう。

 スーザンだけの空間に。

 そうしたら、1人になったら思い切り泣いて、今日の傷をカサブタへと変えてしまおうと思い、ドアに手を伸ばした。


 けれどスーザンの思惑はうまくはいかなかった。

 開いたドアの先にはソワソワとしながらスーザンの帰りを待つジュードの姿があったからだ。

「おかえり」

「お兄……様? ……なんで?」

 今にも吹き出しそうな、限界間近の感情に重石を乗せて我慢する。


「昨日、俺がなんで帰ってきたのか話していなかったなと思って」

「お兄様が帰ってきた理由?」

 そういえば聞き忘れていたとも思うが、今のスーザンにとってはそんなことは些細な問題だった。

 それでもジュードにとっては早く話さなければいけないことらしく、スーザンの前に仁王立ちをしたまま話を続けた。


「ああ。俺はお父様からスーザンがあいつ以外と結婚する意思があることを聞いて帰ってきたんだ。スーザンが結婚するとなれば俺がこの領地を治めていかなきゃならない」

 ジュードの言葉はいつかはスーザンの前に立ちはだかる問題ではあった。

 ジュードが失踪中ならいざ知らず、今までどこにいたのかがわかり、そして帰ってきたとなれば当然家を継ぐのは長男であるジュードの役目になる。


「それは……私が婿を取ってこの地を治めます。お兄様は騎士の地位を賜ったのでしょう? ならばこれからも一国民として、一貴族として国に仕えるべきです。私なら……お父様が納得するような相手と結婚しますから」

 だがジュードは騎士の職を賜っていた。どうしてそうなったかの経緯は不明ではあるが、それが事実であることは変わりのないことらしい。

 ならば、こんな田舎の下級貴族の家を継ぐよりも騎士として国に仕えるほうがよほどいいに決まっている。

 幸いこの領土の民たちは皆協力的で、なおかつ仕事はカウロとスーザンだけでも十分に回せるのだ。


「だが……」

「候補はいるんです。四大商人のカールスノット=ウィンターソン様とか……」

 そしてスーザンが婿をとり、子を成し、その子どもに跡を継がせれば……。

 スーザンにはこの方法こそが時間はかかるかもしれないがそれが一番の答えのように思えた。

 けれど、スーザンの導き出した答えにジュードは眉を顰めた。


「スーザンはその、カールスノットとやらを愛しているのか?」

「……いえ。ですが彼とならいいパートナーになれます」

「なら、ダメだ。承諾は出来ない」

「お兄様!」

「スーザン、俺はお前が愛した男以外と結婚するのは許さない!」

 感情的にスーザンの答えを否定するジュードに、スーザンさえも感情的に成らざるを得なかった。


「貴族の結婚なんて取引みたいなものよ! こちらが地位を与え、あちら側がお金や技術を提供する。その点においてカールスノット様は他のどの相手より一歩抜きん出ているわ」

「……ダメだ」

「なんでよ!」

「……それじゃああいつが報われない」

「え?」

 今までの勢いをなくし、俯いて悲しそうに、そして悔しそうに呟いたジュードの言葉はスーザンの耳には届かなかった。

 かと思えば、ジュードはばっと勢いよく顔を上げ、そして高らかに宣言した。

「リガルド=マドリールとの結婚なら許そう。でなければ俺が騎士の職を辞してこの領地で嫁を迎えて、妻とスーザン、お父様とお母様を養っていく」

「馬鹿言わないでよ!」

「馬鹿なんて言ってない。たった数年だが騎士の給金は高いんだ。手をつけたのはほんの少しで、自給自足が主なこの地域で家族全員を養って行くには十分なだけの貯金くらいはある」

 俺は至って真面目だと付け加えたジュードは真剣な眼差しでスーザンを見つめた。


「……カールスノット様は私を魅力的だと言ってくれたの。それが女性に向けての言葉ではなくて、一商人から同業に向けての言葉だってわかっているわ。私はそんな彼を尊敬している。お互い愛はないけれど、でもそれだって育んでいけばいい。…………その方が負け戦に出るよりも確実だわ」

 もうスーザンは傷つきたくなかった。


 あの頃だって、リールが居なくなるよりも前にカウロによってリールと一緒になれないのだと告げられて、諦められていたはずだった。

 けれど涙は溢れて、寂しい気持ちは、悲しい気持ちはずっと心の中に留まったままだった。


 もう二度とあんな思いはしたくないのだ。


「リガルドではダメなのか? 彼は優秀な職人だ」

「ねぇ、お兄様。今日は帰ってくれないかしら?」

 スーザンは自分が惨めに思えて来た。

 ジュードがいくら勧めたところで、スーザンが好意を持っていたところで、彼の気持ちが変わることなどない。

 なぜわかってくれないのか、そればかりが心を占めた。

 泣くことを我慢できなくなったスーザンは瞳に涙を溜めてジュードの背を押す。ジュードはそんな姿を見て「わかった」と納得してスーザンの前から去っていく。

 残されたスーザンはドアに背をくっつけながら声も出さずに泣いた。

 リールがこの村からいなくなった時以来の涙は外からの音が聞こえなくなってもなお枯れることなかった。


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