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「はぁ……」
スーザンはリガルドと別れてからもう5度目になるため息を吐き出した。
明日――時間というのはいつでも等間隔で進むもので、スーザンが望まなくとも後半日もすればやって来てしまう。半日とはあっという間だ。
家に着こうが着くまいが刻一刻と進む時間が何よりも憎らしい。
元はと言えば久々にこの村に帰って来たジュードがリガルドを『お客さん』として連れて来たことが悪い。ジュードがこの数年、どこに行っていたのかは全くもって見当がつかない。だがよりによって連れて帰って来たのがなぜリガルドなのだ。スーザンの中ではブクブクとジュードに対する恨みが膨らんで行く。
それと同時に自分への遣る瀬無さも感じていた。
もしもあの時、熊なんかに釣られないでジュードを引きずって家に帰っていれば……。食欲に負けた自分が情けなかった。いくら娯楽が少ないこの村で『食事』こそが一番の楽しみなのだとしてもあれはなかったと反省する。
「はぁ……」
6度目のため息をつくと同時に屋敷のドアノブを掴む。
スーザンはこれでため息をつくのはやめようと自分に言い聞かせ、ドアを押した。
ドアを開くと目線の先には見慣れた使用人がスーザンの帰りを待っていたかのように佇んでいた。
スーザンの顔を確認した使用人は帰宅してきた屋敷の一員に一礼をした。
「おかえりなさいませ、スーザン様。皆様、食堂にてお集まりです」
どうやらこのことを伝えるためにこの場所で待っていたらしい。
「ありがとう」
使用人に簡単に礼を告げて、食堂へと向かった。
食堂への扉は閉ざされていたが、中からはカウロとマリー、それにジュードの談笑する声が漏れていた。その声にカウロも帰って来ているのかと安心した。
スローンや他の領民に手伝ってもらったとはいえ、収穫祭よりも村の外から来る観光客の多い生誕祭をカインザス領の代表として回して行く自信はなかったのだ。
スーザンは左右に分かれた扉に右手と左手を置き、勢いよく開け放った。
「ただいま」
その勢いとは正反対に帰宅を告げる声は曇っている。だが3人はそのことを特に気にした様子はない。
「あ、おかえり、スー」
「早かったわね」
「ふぉふぁふぇひー」
口々に感想を告げてすぐにまたよじった身体を机に向けなおした。素っ気ない言葉とは裏腹に彼らの目の前は目を向くほどに豪勢だった。
ジュードが持って帰って来た土産物が所狭しと並んでいたのだ。
中には封が破られているものもいくつかあり、中身はジュードの口へと運ばれていた。完全に空になっているものが一つもないところがジュードなりの気遣いなのだろう。だがそれらも次第に中身を減らして行く。
「ちょっと待って」
ジュードに近づき、チョコチップクッキーに伸びていた手を掴む。
「私も食べる」
「ふぉっへー」
コクコクと頷きながら手を止めるジュードを確認してから、スーザンは自分の席に着いた。
これ以上避けられないことに頭を痛める必要はないだろうととりあえず今は数を減らして行くお土産物 (主に食品) に手を伸ばし始めた。
初めはもちろんチョコチップクッキーだ。これが一番残り数が少ない。予想通りの美味しさに次々と手にとって食べて行く。
「あ、こっちは調理してから食べるやつだから」
パンパンに膨れていた頬を元の形に戻したジュードは机に置いた包みをいくつか取り上げた。そしてスーザンに紅茶を運んで来た使用人にそれらを渡した。
「んでこれがパウンドケーキ。王都で有名な店らしい。それでこれが……」
ジュードは次々に包み紙を雑に開けていく。そして透明な箱に入った、中身が外からでもわかる物を飛ばしながら、土産物の説明をしていく。
ジュードが開けていったものから特に気になるものをそれぞれが選んで手にとっていく。保存があまり効かなさそうなものもあるが、ジュードが帰って来た以上食べきれないという心配はない。
スーザンが三種類ほどに手をつけると「お食事はいかがいたしましょう?」と今まで見守っていた使用人が尋ねた。
長年カインザス家に仕えている使用人はもちろん答えは知っているものの一応聞いただけというのは隠せていない。
「用意してくれるかい?」
そんな使用人に答え合わせをするかのようにカウロが言葉を投げる。
「かしこまりました」
使用人は心の中に持っていた答えとピッタリとはまったものを持って下がっていった。行き先はキッチン。おそらくはすでに用意を始めているシェフに予想通りの答えを告げてくるのだろう。
すぐに机の上にあったお土産物は片されていき、机本来の色の面積が一気に広くなる。そして一面の色が統一されると食事が次々に運ばれてくる。
今日の食事はやけに豪勢だとスーザンが感心していると、視界の端っこに目の前に座る、今にもフォークに手を持って食べだしそうなジュードの姿が映る。子どものようなジュードに懐かしさを感じたスーザンはようやくこれらが久々に帰って来たジュードのためのものだと理解した。
全ての皿が机に乗るとジュードは行儀悪く、皿の上に並べられた食事を一気にかきこんでいく。
「はぁ……やっぱりうちのが一番ウマイ」
一皿全てをかきこむと、もう一皿に手を伸ばす。けれどそれはスーザンによって阻まれた。
ジュードの好物、ラムチョップを取り上げるとお預けをくらった子犬のように悲しげな視線を向ける。
「お兄様、これが食べたかったら今までどこにいたのか話してくれませんか? もちろん、お父様も……」
スーザンはそれに負けじと微笑みを向けてから、自分は関係ないと食事を続行しているカウロにも同じ笑みを向ける。
「お、お父様は……ただジュードを迎えに行ってただけだよ?」
カウロはプルプルと小刻みに震えながら、けれどフォークは手放さずに自分の無実を必死に証明した。
「本当ですか?」
その様子にさすがだと感心しながら、嘘をつけないように再び圧をかける。
「う、うん。ね、ジュード、本当だよね?」
「ん? ああ。本当だよ」
怯えるカウロとは正反対に、恐怖よりも食欲がまさったジュードは未だにスーザンの取り上げた皿だけに視線を注ぐ。
「はぁ……それでお兄様は一体今までどこにいたの?」
「城」
短く答えてスーザンの手にあった皿を奪い返すと、まずは一つ、今度はちゃんと皿に乗せて行儀よく食べ始めた。
「はい?」
スーザンはジュードの放った言葉に耳を疑った。
城、城、城……。
どんなに脳内で変換を試みようとも変わることはない。
城といえば王都にそびえ立つ、国で一番大きな建物で、国王様や王子様達が住む場所だ。
スーザンは百面相をしている間、ジュードは残りのラムチョップを平らげ、そして再び「城」と言った。
「城ってあの城?」
「王都にある城。だから王都で買った土産物たくさん買ってきただろう?」
「やっぱりあの城……」
「そうあの城」
「ふふふ。二人とも子どもみたいね」
マリーはジュードがこの数年間城にいたことに対して驚いた様子もなく、むしろそれを知っていたようにも思えた。
そして城城繰り返すスーザンとジュードを可笑しそうに、愛おしそうに見ていた。
今でこそカインザス領の書類の処理が日課となった、しっかり者のスーザンではあるが、ジュードがいた頃は今のような会話が毎日繰り返されていた。
だからマリーは懐かしさを感じたのだろう。ジュードもカウロもそれがマリーにつられて楽しそうに笑った。
だがスーザンだけは笑えなかった。
未だにあのジュードが『城』にいたということに脳内処理が間に合っていないからだ。
「おーい、スー? 大丈夫か?」
「平気、平気。うん、平気よ、平気」
「全然平気じゃないだろ。ほら、肉でも食べて落ち着け」
「あ、うん……」
ショート寸前の頭で、ジュードによって肉がてんこ盛りに盛られた皿を受け取る。
そして、とりあえず食べることした。
噛むたびに、肉汁が口の中で溢れ出すたびにスーザンの中では幸福が満ちて行く。
そして4人のお腹も満たされたことで夕食は御開きとなった。
お風呂も済ませ、スーザンはベッドへと身体を投げた。
思うのは夕飯に並んだ食事ばかり。
あのお肉は美味しかった。
あの乾物はなんと言う植物なのだろうか。
また買ってきてはくれないか。
だんだんとウトウトしだし、スーザンのすぐ近くまで睡魔がにじり寄ったその時だった。
「あ!」
思い出したもとい思い出してしまった内容は、真夜中に声を大きくあげてしまうほど大切な内容で、家に帰るまでスーザンの頭を散々悩ませていた、リガルドのことだった。
せめてジュードに八つ当たりでもしようと思っていたのだが、それは食欲とジュードの衝撃的な告白によって頭の片隅へと追いやられていた。
もしもこのまま忘れていたらぐっすりと気持ちよく眠れていたかもしれない。
だが何が因果かスーザンは思い出してしまったのだ。
こんなんじゃ深く、心地いい眠りは期待できそうもない。だが、睡眠不足で何かやらかすわけにもいかない。
スーザンは強引に目を瞑り、遠かった睡魔を何とか呼び寄せ浅い眠りについたのだった。




