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「スーザン様!」


 そろばんを弾く音を上書きするように窓からは聞き慣れた声で名前を呼ばれる。

 スローンだ。

 いつもは玄関からやってくる彼がなぜ今日に限って外から叫んでいるのか。スーザンは椅子を後ろに引いて、窓まで数歩歩いた。風を入れるために少しだけ開いていた窓を開け放ち、下を見る。

 するとそこには声の主のスローンだけではなく、彼を筆頭に村の人たちが何人も上を見上げていた。

 スーザンが顔を出すと、スローンは少しでも声を二階にいるスーザンの元へ届かせようと口の横に両端に手を当てて反響させるようにした。


「スーザン様。終わりましたよ~」


 それはちょうど生誕祭が行われる日の前日のことだった。今手元にあるものの数字のチェックが終わったら顔を見せようと思っていた時のことだった。


「今行くわ」


 スーザンは窓から外に叫び、机の上の書類を乱雑にしまいこんでから廊下をかける。すれ違いざまに使用人に「ちょっとでてくるわ!」と告げる。

「いってらっしゃいませ、スーザン様」

 使用人は嬉しそうに頬を緩ませ、スーザンを見送った。


 長い廊下をかけ、重々しいドアをばたりと開けるとそこには先ほど窓からは見えなかった村の人たちが立っていた。

 その姿にスーザンは呆然と立ち尽くした。窓から見えただけでも10人はくだらなかった。そこまでの人が協力してくれたのかと胸が温かくなった。

 けれど今、スーザンの目の前にはそれをはるかに上回るほどの人たちが立っていたのだ。


 この領地は下級貴族であるカインザス家が治めている場所でそして村と称されるだけあって、領民はすぐに全員顔を覚えられるほどに少ない。

 では一体何人いるのか。

 目算はできなかった。

 腰を降り、杖を頼りに歩く村の最高齢のおじいさんから先日スーザンが抱き上げた赤子までいる。

 もしやここにいるのは村人全員なのではないかとスーザンの頭によぎるほどに。


「スーザン様泣くのはまだまだ早いですよ?」


 目の前の女性がスーザンにハンカチを差し出す。女性に指摘されスーザンは初めて自分が泣いていることに気がついた。

 気がついてしまえば涙はどっと落ちて来て、とどまることを知らない滝のように溢れていった。


「スーザン様、行きましょう」

「え、ええ」

 左手を包まれ、引かれるようにして一歩踏み出した。


 ◇◇◇

 カインザス家の屋敷は高台になっており、緩やかな坂を下りれば村の広場へと到着する。


 坂を下る最中も目の前には一週間ほど前とは違う光景が広がっており、近づくにつれて心は弾む。広場まで着くと、そこには一足先に着いた子どもたちがスーザンを待っていたかのようにわらわらと近づいてきた。そして、スーザンをここまで連れてきた女性からスーザンのエスコートを任され、両方の手を違う子どもに引かれながら進んでいく。


 スーザンが来ることを楽しみにしていたのか、子どもたちは嬉しそうにスーザンの顔を見上げたり、かと思えばいきなり走り出して上や横、様々な場所を指差した。

「これはね、俺が作ったんだよ!」

「こっちは私の!」

「あのね、あのね、僕のはね」

 子どもたちは自分の作ったオーナメントを見て欲しかったのだ。7年前、スーザンが作ったものよりも格段に上手なそれらを見上げては「綺麗ね」とポロリとこぼれ落とすように感想を告げた。

 これがもし夜にもう一度見ることができたならば……と、暗闇の中で人工の灯りに照らされるオーナメントを想像したがすぐに打ち消す。


 昼には大人も子どもも関係なく祭りを楽しむ。家で、広場で、友達や知り合いと。だが夜は各々が愛しい相手と過ごす。もちろん今年も大樹の下にはたくさんの人が足を運んでは、ラドーラの前で永遠を誓い合うことだろう。そうだとしたら7年前と同様に昼は見回りという名目で1人、村をうろつけても、夜にスーザンの出番はないのだ。


 考え事をしていたからか、ふと気づくと周りの子どもたちは数を減らしていた。気づいた今もまた1人、また1人とどこかへといなくなっていく。

 そして最後の2人、スーザンのエスコートをしていた2人が手を離す。

「あ」

「僕らはここまで」

「バイバイ、スーザン様」

 別れを惜しむスーザンに特大の笑顔を見せて去っていった。スーザンが1人残されたのは大樹のそびえる小高い山の裾。ここを登れば大樹へと繋がる。今日はまだ生誕祭前日。あの日のように男女の邪魔をしてしまうこともない。飾られたオーナメントをゆっくり眺めるなら今だろう。せっかく子どもたちも気を使ってくれたことだしと、大樹を見据える。すると、スーザンの目の端にはある男が入った。


 長く地面へとまっすぐ伸びるジャケットに、ピッタリとしたジャケットと同じ色のパンツ。礼装のそれは着るものに合わせて作られたためか、男はしっかりと着こなしている。ここにスーザン以外の女性がいたならば高確率で男の姿に見惚れるだろう。だがスーザンは違った。

 まず頭によぎったのは違和感。男は確かに着こなしているのに、服に着られている感が拭えない。短く切り揃えられた髪がその違和感を強くした。


「お兄……様!?」

 声に出してから、いやまさかと頭の中ですぐに否定する。

 失踪中の、イノシシに追われているジュードとは顔こそ似ているものの、雰囲気も服装も何もかもが違う。

 まず第一にジュードはこんな服は着ない。彼はもっと動きやすい服を好むのだ。裾の長いジャケットなんて木に引っかかってしまうと顔をしかめることだろう。

 髪だってこんなに綺麗じゃない。短くはするものの、櫛は通さず寝癖はそのまま放置をするような男だ。

 それに近づけばわかる。雰囲気がまるで別だ。落ち着いた大人の男性、それはジュードと真逆を位置する。


 顔だけしか似ていないのだ。

 違和感を感じたのはきっとジュードに似ていたからかと納得すると男はスーザン目掛けて全力で、次第に加速しながら下って来た。

「え?」

「スーザン!」

「え、え?」


 スーザンは戸惑った。男が自分の名を呼びながら、今尚加速し続けていることに。

 スーザンまでの距離はもう10メートルを切っている。そろそろ止まる様子を見せてもいいものだが男からはそんな様子を微塵も感じない。

 次第に男の顔がハッキリと見えるようになって来る。そしてハッキリと見えた顔もやはりジュードと似ていた。

 するとふと昔の記憶がスーザンの頭をよぎった。それはリールがまだこの村にいたときのこと。スーザンとリール、そしてジュードの3人でこの坂で遊んだのだ。ある日はソリを持って上の方から下ってみたり。リールとジュードにはそれぞれハンデをつけて裾から大樹まで誰が一番早く着くか競ってみたり。その中には大樹からスタートして坂の下に引いたゴールラインを誰が一番早く踏めるかという遊びをした。もちろんその遊びを制したのは身体能力が高く、3人の中で一番背の高かったジュードであった。だがスーザンが驚いたのはその結果ではなかった。ジュードは加速を続け、一切の減速することはなく、線の上でピタリと止まったのだ。

 スーザンはすごいすごいとジュードをキラキラした目で見上げたが、それからしばらくリールは機嫌を悪くしたままだった。

 だから、ジュードであればこれくらいの加速ならすぐに止まることが出来るだろう。ジュードであれば……だ。

「え、えっと、止まって!」

 身体の前で両手を開いて突き出す。

 いつでも回避できるように目は男を見据えたままで、右足はすでに避ける方向へと向いている。

「うん」

 すると、男は止まった。返事をした直後に身体の芯をずらすことなくピッタリと。スーザンまで大股で5歩ほどの距離を残して。そして足元の綺麗なままの芝を踏みながらズンズンと進んで来る。

 そして男は言った。

「ただいま、スーザン。遅くなったけど、そのぶんたくさんお土産買って来たから」

「え?」


 ただいま。


 遅くなった。


 その言葉にスーザンの頭は動くことをやめた。

 そして動き出してはすぐに問題提起と否定を繰り返す。

 その間に男はジャケットの中から、手乗りサイズの小さな四角い箱を。背負っていた袋からは両手を横に合わせたくらいの大きさの、紙が被せられただけの簡単に包装された球体を。パンツの右ポケットからは腰丈の大きさの何重にも紐で巻きつけられた棒状のものが。


「ちょっと待って、今どうやって出したの?」

 自問自答を脳内で繰り広げていたスーザンであったが、目の前の光景には口を出さずにいられなかった。

 なぜなら最後の一つは明らかに収納場所とものの大きさが一致しないからだ。地面から男の手に伸びるそれは頑丈そうで、タオルのように折りたたんでいた、なんてことも出来ないように思えた。

「これか?これはな、魔法使いにコツを……ってそんなことより、久しぶりに帰省した兄にお帰りなさいの一言くらいあってもいいだろう」


 途中、魔法使いという言葉に反応したスーザンであったが、すぐ後に出現した『兄』という言葉に引っ張られた。

「え、お兄様? いやいやいや」

 眉間にしわを寄せてから、すぐにふっと口角を上げてバカにしたような笑いを浮かべる。目の前で何度も右手を往復させて、男の言葉を笑う。

 すると男は手の中にあった、土産物をボロボロと落とした。そして、空いた手でスーザンの肩をガッシリと掴む。その手からは逃さないと男の確固たる意志が伝わって来る。

「確かに数年家を空けていたし、お前にも迷惑はかけたけどな……それでも忘れたふりをするなんて酷すぎるぞ! ……せっかくスーザンの好きなクッキーとかお肉とかたくさん買って来たのに……。お兄ちゃん、なのに……」


 次第に弱くなる声。そして『お兄ちゃん』という言葉。

 それを聞いたスーザンはこの男はジュードであると確信した。


「お帰りなさい、お兄様」

 スーザンはいうと同時に右手を広げ、ジュードの腕をホールドし、そして彼の持ち帰った土産物に対して最上級の笑顔を向けた。


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