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スローンを見送ったスーザンはすぐに自室へと戻った。
見に来てはいけないと言われてしまった以上はスローンが再び家に来るのを待つしかなく、スーザンには生誕祭の時に振舞われる酒や食べ物の用意についても手を引かなければいけなくなってしまった。
けれどスーザンに一片たりとも焦りはなかった。
スローンは人望が厚く、また一度言い出したらやり通す、とても頼りになる人だからだ。彼に任せておけば悪いようにはならないだろうという確証があったからだ。
7年前の準備の時にスーザンに用意を教えてくれたのはカウロとスローンであった。何度も生誕祭を経験している彼ならばきっと自分よりも多くのことに気を回せるだろうとも思ったのだ。
スローンの協力を得たおかげで生誕祭の準備のほとんどから手を引くことが出来たスーザンは唯一任された、国に提出する『地域復興行事書』の作成に取り掛かった。スローンは小難しい書類と言ってはいたものの実際は7年前に提出されたものの控えを書き写すだけだ。
『地域復興行事書』なんて名前こそ面倒くさそうな雰囲気を漂わせているものの、結局のところは王家の目の届かないところで不穏分子が動いていないか確認するためのものであって、昔から行われている、『収穫祭』や『生誕祭』なんてものは、下手をすれば中を見ることなく許可の印を押されてしまう。
けれど出さなければ出さないで厄介なことになる。
定期的に行われていた祭りが行われなくなるということは領主が仕事を怠っているのではないかと疑われる材料ともなるからだ。その反対もしかりで国からの援助金が欲しいがために書類は提出し、実際にはそんな祭りは行われていないなんてこともあるらしい。
そのため少しでも怪しいと目を付けられないように真面目に書類を提出する必要がある。要は書類を出すのを忘れなければ何の心配もないのだ。
スーザンは7年前の書類を棚の奥から引っ張り出して、年と月の部分だけ書き換えて後は全く同じように書き写し、封筒に入れた。そしてそれを使用人に出してくるように頼む。
まだ日の高い時間だ。きっと3日もすればお城の文官の元へ届くだろう。
難なく割り振られていた仕事を終えたスーザンは先ほど使用人が積んでいった書類へと手を伸ばす。
村の人たちが頑張っているのに頑張らないわけにはいかないと己を鼓舞する。途中、使用人から
「スーザン様、昼食はいかがしましょう?」
と声をかけられをかけられたものの、今止めるのもキリが悪いと思い「後で食べるわ」と返した。ちょうどいいところまで終わったら食べに行こうとひたすらに処理もとい山の切り崩しにいそしんだ。
「よし、こんなものかな」
スーザンが机の上にそびえ立っていた山を全て崩した時には窓の外は真っ暗に染まっていた。
背中を伸ばして筋肉のこりをほぐすと、今までは全く視界に入らなかった、作業していた机からは少し離れたところには見覚えのあるトレーが置かれていた。その上に乗っているのはこれまた見覚えのあるカップ。スーザンの休憩の際に差し入れられるものだった。
いつの間に置いたのだろうかと手を伸ばすと、カップはもうすでに冷たく冷え切っていた。当然中身も冷えていて、冷ます手間もなく飲み干した。
するとスーザンのお腹の中から今までずっと寝ていた虫がぎゅるぎゅるぎゅると鳴き始めた。
思えば最後に口にしたのは朝食のパンで、昼食もおやつも、そして飲み物さえも口にしていなかった。
何かしらの食べ物にありつくためにスーザンは食堂を目指してドアに手をかけた。すると外からは「おい」だの「離れろ」だの声が耳に入った。
はてなんだろうかと疑問に思いつつもドアを押し出すと、そこには何人もの使用人たちが膝をついていた。
「えっと……何をしているの?」
スーザンは疑問を使用人たちに向けた。するとすぐに赤くなったり青くなったり顔色をぐるぐると変えて、やがて生贄のように中でも一番若い、男の使用人を前へと突き出した。
「えっと、その……ですね。……お食事、お食事はいかがしましょう!」
前へと突き出された使用人はいいことでも思いついたとばかりにキラキラと目を輝かせて、正面のスーザンの目を見て言った。
「ええ。いただこうかしら」
使用人の勢いに押されつつも、もともと食事をとろうと思っていたスーザンは彼らの言葉に乗った。
するとそれが嬉しかったのか、他の使用人たちは顔をほころばせた。
「私、クーロンさんのところに行ってまいります!」
「私は机の用意を」
私は、私はと口々に言いだした使用人たちはすぐに自分の役目を果たすために散り散りになって、スーザンの前から去っていった。
用意された食事はいつもよりも豪華でペコペコのスーザンのお腹は徐々に満ちて行った。満足げにフォークを置くと、すぐに後ろに控えていた使用人がスーザンの隣にすっとやってきた。
「スーザン様、お風呂の用意はできています!」
まるでボールを取ってきた犬のように誇らしげに言われてしまったため、内心では今日はもう寝ようかななんて思っていたスーザンも断るのは忍びなくなってしまった。
「こちらへ」なんて勝手知ったる屋敷内で風呂へと案内されてしまえば『断る』なんて選択肢は泡のように簡単に流され、そして消えてしまう。
さすがに「お手伝いを」と使用人の口から出た時には遠慮したものの、湯船につかりながら心配をかけてしまったと自己嫌悪に陥った。
ただでさえスーザンの幼いころから、もしくはスーザンの生まれる前からこの家に仕えてきている使用人たちは昔のスーザンを知っている。当然、スーザンがあまり勉強を得意としていないことも、何が引き金となって今のように仕事に励むようになったのかも全て知っているのだ。だから心配するのだろう。
無理はしていないかと過敏なほどに世話を焼きたがる。
もう子どもじゃないのに……顔の半分を湯に沈めながら風船のように頬を膨らませる。こんな姿を見られたらますます彼らは子ども扱いするだろう。
いくら年を重ねたところでそれは変わらないのだろう。
用意されたタオルで身体を拭き、サッパリとしたスーザンは布団に飛び込んだ。
ひたすら仕事をしていた時も、ご飯を食べていた時も、風呂に入っていた時でさえなかった疲労感がどっと押し寄せたのだ。
ここはスーザンの部屋。一番気が抜ける場所だ。
処理待ちの書類も、昔はあった過去のデータをまとめた本も何もない。あるのは椅子やベッドといった家具とジャガイモ、そして町へ出るたびにカウロが買ってくる本くらいだ。
最低限のものしかない、だからこそ何も考えなくてもいい場所。
布団に身体を沈めながら思うのは、数日後に行われる生誕祭。
用意にかかわることはできないけれど、それでも楽しみにするのはいいかななんて思いながら眠りにつくのだった。




