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「私ね、大きくなったら王子様と結婚するの」

 スーザンはリールに用意された、小さな身体には大きすぎる木でできた椅子に腰かけて、足をゆらゆらと揺らす。

 足を動かすたびにフリルが裾に少しだけ付いた、スーザンの一番のお気に入りの若草色のドレスも揺れる。それを見つめながらまたゆらゆらと機嫌よく揺らす。お気に入りの、リールが可愛いと言ってくれたドレスが揺れるのが楽しくて。ゆらゆらと。

 揺らしながら、フリルを眺めながら、できたばかりの夢を語る。


 リールに聞いてほしい、スーザンの夢を。


 けれどそれは口にした途端に崩された。


「は? 無理に決まってるだろ? お前は貴族とはいえ……」

 リールはいつも決まった曜日に来る女性の足の形を象った木の塊に皮を押し付けて、スーザンになんて目もくれずに馬鹿にしたからだ。

 けれどスーザンはめげたりはしない。

 仕事中のリールに話しかけるとこうやってあしらわれてしまうことばかりだからだ。何も今回だけが特別に、というわけでもない。

 だからそんなリールの態度など気にせずスーザンは自分の話したいことを話し続ける。リールが目を向けていなくとも、ちゃんと話を聞いてくれることをスーザンは知っているからだ。だから今回だって気にはしない。けれども形だけはいじけたように頬を膨らませる。


「確かにうちは下級貴族だけど……無理じゃないわ。だってシンデレラ様は王子様と結婚できたもの」

 それは隣国で実際にあった話。


 没落寸前の貴族だったシンデレラという名前の女性は招かれた舞踏会で王子様に見初められて王妃様になったのだというスーザンの母の生まれ故郷で今もなお語り継がれている話。


 おとぎ話のような本当の話。


「はぁ……。あれは出来レースだったから結婚できたの。普通は無理なの。わかるか?」

「出来レース?」

 初めて聞く言葉に首を傾けているとリールは深くため息をついた。


「そう。初めから決まってたの」

 リールは顔をあげたと思ったら呆れたような顔を向けた。そしてすぐに他の皮を保管した棚のほうへと移動してしまう。スーザンはその後を産まれたばかりのヒヨコのようにちょこちょことついて行く。


「でも、でも……私は王子様と結婚するの!」


 スーザンには夢がある。

 王子様と結婚して靴屋のリールを雇って毎日城に呼ぶという夢が。


 そうすればリールの靴を毎日履ける。

 ずっと一緒にいられる。


 スーザンの家、カインザス家には裕福な生活ができるほどのお金がない。

 それは災害の影響で少しずつ膨らんでいる借金をいまだに抱えているからであった。

 今度災害でも起きて再び借金をすることにでもなれば今度こそ潰れてしまう、いわば没落寸前の貴族だった。



 カインザス家にお金がなくとも国の中枢であるお城にはたくさんのお金があるとスーザンは考えた。

 お金があれば何でもできるのだ――とも。



 リールとは結婚できなくても、仕事なら毎日会ってくれる。



 スーザンは夢を見る。

 リールの作ってくれた靴を毎日履くことを。

 リールと毎日顔を合わせることを。

 お金持ちになることを。

 王子様と結婚することを。




「お前はリールとは結婚できないんだよ。リールは、あの子は特別な子だから」


 これは先週、スーザンが父、カウロから言われた言葉。

 お昼ご飯を食べ終わり、お稽古もなく、ただゆっくりと過ごしている時のことだった。

 スーザンは突然頭の上に爆弾でも落とされたような一言に衝撃を受けた。頭で理解するまでに2、3ほどの時間がかかった。

 そしてようやく頭の真ん中まで情報が行き渡った。


「何でよ!」

 途端にスーザンは怒りをあらわにしてカウロの洋服を引っ張って、皺くちゃにした。涙と鼻水のあふれ出る顔を真っ白なシャツに埋めてこすった。けれどカウロは黙り込んで何も教えてくれはしない。


 だからスーザンはカウロの服からぱっと両方の手を手放して

「お父様なんて大嫌い!」

と叫んでから部屋から飛び出した。


「ちょっと待って!ねぇ、スー!」

 カウロはひどく焦った声でスーザンの名前を呼んだ。

 けれど

「お父様なんて知らない!」

 叫ぶスーザンはそんな言葉など構いはしない。カウロから逃げるようにして自分の部屋へと向かった。

 追いかけてくるカウロに捕まらないように必死で足を動かしていると、途中の階段に膝を強く打ち付けた。痛みに震えるスーザンの目にはあふれんばかりの雫が溜まり、今にもうずくまってしまいそうになった。

 けれどスーザンの中では痛みよりもカウロから逃げることの優先順位が圧倒的に優っていた。

 今は顔なんて見たくなかったのだ。

 痛い足を頑張って上げて、残り三段ほどの階段に今度はつまずかないようにと下を向きながら登る。

 階段を全て登り切っても安心は出来ず、少しだけ痛みの引いた足ですり足になりながらも自分の部屋へと入り込み、ドアをバタンと閉めた。


「スー! スーザン! 開けなさい」

「嫌よ! 意地悪なお父様なんて大大大大、大~嫌い!」

 ドアに手をついて踏ん張りながら必死で押す。踏ん張るたびに膝は痛みを増していく。けれどいつカウロが中に入って来てしまうかと思うと止めることは出来ずに汗を滲ませて一生懸命押し続ける。


「スー、お父様が悪かったから。謝るから可愛いお顔を見せておくれ」

「もうお父様とお話なんてしてあげないんだから」

「え!?」

 ドア越しにもカウロが鼻をすするような音がスーザンの耳に入ってきた。


「スー、お父様は寂しいよ」「出てきておくれよ」

と何度も言ってはドアにベタって手をつき、ドア越しのスーザンに縋るように泣いた。けれどスーザンはそれには何も返さなかった。






 けれどそんな怒りもお腹が減ってしまえば続かない。

 スーザンの母、マリーの

「おやつできたわよ~」

という間延びした声と甘い香りがすればスーザンの中で沸々とお湯のように沸きあがっていた怒りよりも食欲が簡単に勝る。


「はぁい!」

 いい子ちゃんの返事をしてからドアをバンって開けた。

 バン? 

 いつもはしない音を不思議に思い、首を傾げながらもわずかにできた隙間に身体を滑らせて廊下をバタバタと音を立てて走る。





 スーダンがリビングまで一直線に向かうとそこには甘いセサミクッキーとそれに負けないくらい甘いミルクティーを用意したマリーが待っていた。


「スー、ちゃんとお父様には謝った?」


 スーザンはいつも座る、自分の特等席に座るとマリーはクッキーの乗ったお皿をスーザンの前から退かして、代わりに顔を持ってきてから首を傾げた。


「…………」

 ああ、そうだったと思い出してから目だけを右から左、左から右に動かす。しかしそのどこにもカウロの姿はない。念のためにもう一度だけ確認してからスーザンは嘘の返事をした。


「うん!」

 はっきりと言い切った。


「そう? じゃあいいわ」


 マリーはやっとスーザンの前にお預け状態だったクッキーのお皿を置いて、どうぞと手のひらをお皿に向けた。


「いただきます」

 スーザンは次から次へと両方の手にクッキーを取ってから口に入れていく。

『行儀』なんてスーザンの頭からはすっかりと吹き飛んで、部屋の隅にちょこんと置かれた屑籠にでも捨ててあった。


「はいはい。誰も取らないからゆっくり食べなさいよ」

「うん!」

 返事こそするがスーザンの食べるスピードが緩まることはない。

 今日のおやつは久しぶりのセサミクッキー。スーザンのお気に入りのおやつの一つだ。


 今は兄のジュートが居ないためマリーの言う通り誰も取られる心配はない。

 だがジュートが来た途端にその言葉は適応されなくなる。ただでさえちゃんと噛んでいるのかと不思議に思うほど食べるのが早いジュート。そんなジュートが好物のセサミクッキーを目にしたらそれこそ飢えたオオカミのごとくこの場にある全てのクッキーをお腹に収めてしまうだろう。

 きっとそうなったら一枚も残らないどころか食べカスすらも残らないだろう。

 だからスーザンはジュートが剣の素振りから帰ってくる前に自分の分を全て食べてしまおうと思っていたのだった。


 スーザンが他のものに目をくれることなくクッキーだけにひたすらに気を向けているとマリーはスーザンの前に位置する、空いている席にゆっくりと腰をかけて

「ねぇ、スーザン。今は悲しいかもしれないけどね、お父様はずっと後にスーザンが悲しくならないようにお話してくれたのよ?」

とまだ幼い子どもに言い聞かせるように話した。

「でも……」

「お父様はね、スーザンが大好きなの。もちろんお母様もスーザンが大好きよ? だからね、お父様は意地悪なんかしないのよ」

「……うん」


 そんなこと、言われるまでもなくスーザンはよく知っていた。


 カウロはいつもスーザンの好物であるトマトが食卓に上がった時、自分のお皿の中のトマトをスーザンのお皿に入れてくれた。


 ピーマンが苦くて嫌だと言ったら一口食べれるまでずっと側にいて、えいっと目を閉じながら口の中に放り込むと『偉いよ』ってわしわしと髪をぐちゃぐちゃにしてから抱きしめてくれた。


 このクッキー一つ取ったってスーザンとカウロとの間にはいくつもの思い出があった。


 スーザンはクッキーを掴んでいた手を止めてじっと眺めてこくんと首を動かす。


「じゃあ、ごめんなさいしようね」

「うん」

 マリーには謝ってなかったことが初めからバレていたのだと、嘘をついたことを少し後ろめたく思う。

 そしてカウロに大嫌いと言ったことも。


 カウロはスーザンにとって本当は大好きで、大事な父親なのだ。

 大嫌いなんて心からそう思ったことなど一度もなかった。


 マリーに背中を押されながら振り向くとそこには鼻と目を真っ赤に染めたカウロが立っていた。

「ううっ……おとう、さま……」

 ごめんなさいと言いたくて。

 でも言葉よりも涙のほうが先に出た。


「ごめ……ごめ、ごめんなさ……ごめんなさぁい」

 するとすぐに湿ったカウロのお腹が顔にぺたりとくっついて

「うん、うん。反抗期じゃなくてよかったよぉ~」

とスーザンの頭の上でカウロも一緒に泣いた。


 その日、スーザンは久しぶりにカウロと一緒にベッドに入った。

 2人で枕をびちょびちょになるまで涙で濡らしながらぐっすりと眠りについた。



 そして朝日を浴びて目をパッチリと覚ましてからスーザンはある決意した。


 カウロを悲しませるくらいだったらリールと結婚することは諦めようと。


 そしてカウロもリールも一緒にいられる方法を考えた。



 けれど結婚というのが一番身近ですぐに思いつく『一緒にいられる方法』でそれ以外はなかなか思いつかなかった。


 ご飯の時間はうーんと悩んでいたらいつの間にかスーザンの残り一切れあったお肉はジュートの口の中に収められていた。

 スーザンはそれに気づかず何も乗っていないお皿をフォークでつついた。


 かと思えば、おやつの時間にリールのことばかり考えていたら、剣の稽古からまだ帰って来ていない、ジュートのお皿に手が伸びて、カップケーキを食べてしまっていて帰ってきたジュートが裏庭の大きな岩のようになって動かなくなってしまっていた。


 もう考えられないと弱音を吐いてしまうまでずっと考えた。




 カウロは「結婚できない」というだけで理由を教えてはくれなかった。

 だから考えた。スーザンは貴族の娘にしては学がなく、けれど村の子ども達よりは多少優れた頭を回転させて今まで得た情報のすべてをかき集めた。


 スーザンは3日の間、悩みに悩んで悩みぬいた。

 そしてようやく朝食に出されたトマトの皮が口の中で弾け、中から出たたくさんの甘い汁が広がったその瞬間にスーザンははたと思いついた。

 そして導かれた答えは『お金がないから』だった。

 だから結婚できないのだと。



 リールはこの村唯一の靴屋のおやっさんがリールと同じくらいの歳に作った靴よりも素敵な靴が作れるらしい。十年前に生まれ故郷であるこの村に帰ってくる前はお城のお抱えの職人だったおやっさんがリールはセンスがあるんだと教えてくれた。


 始めてからたった数年じゃこんなにうまくできないのだと。

 王都で売られている靴なんかよりもずっとずうっと凄いのだと。


 一週間に一度やってくる綺麗な服を着た、村に唯一ある居酒屋の看板娘のメアリーさんよりも厚い化粧をしている女の人たちがこそこそと話しているのを耳にした。

 リールは顔立ちがきれいだと。

 お抱えにしたい。リールのためならいくらでも払うと。



 ならばお金持ちになればいいのではないか。

 彼女たちと同じようにお金を払えば、結婚は無理でも一緒にはいてくれるのではないかと。


 それがスーザンの考え付いた、精一杯の答えであった。


 カウロに話すと困ってオロオロして、ジュートに話すと「俺も協力する」と名乗りを上げた。そして最後にマリーに話すと「大きな夢ねぇ~」といつも通り間延びした答えを返された。


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