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人鳥恋路  作者: 高坂喬一郎
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ボンボンと先手必勝

 次の日の朝。正門の前で僕らは芝本さんの車を待っていた。動きやすい恰好という縛りのみで各々の判断に任せた結果、僕と西ヶ崎、それに美園さんは揃ってジーパンを履いていた。上は薄めの長袖で背中にはリュックサックを背負っている。


 岩水寺だけは上下ジャージという動きやすさに重点を置きすぎたスタイルだ。ジャージの胸の辺りには高校名が小さく刺繍されている。恥ずかしげもなくそれを着ていることが岩水寺の心臓の強さを表していた。


 一台の白いボックスカーが正門前に入ってくる。教授の車だろうかとちらりと運転席を覗くと芝本さんが手を振っていた。


「遅れて申し訳ない」


 開いた窓から芝本さんが言う。芝本さんの車種を知っていたのか美薗さんはすたすたと歩いて助手席に収まった。ワンテンポ遅れて僕らも車に乗り込む。


「てっきり軽自動車で来るかと思っていたので驚きました」


 後ろの席でゆったりとしながら素直な感想を述べた。


「初めて車見せるとみんな驚くんだ」


「芝本さんはボンボンですか」西ヶ崎はずばりと聞く。


 照れたように笑って芝本さんは違う違うと否定する。


「親が金を余らせているだけだよ」


「世間ではそれをボンボンっていうのよ」助手席から的確な意見が出される。


「なるほど僕はボンボンだったのか」


 二十数年生きてきて知らなかったと嘆いた。





 一時間ほど走っただろうか。車窓からの景色も緑一色で時折谷を流れる川やダムが映る。


「幻の池についての伝説は知っているかい」


 僕らの口数が少なくなったためか芝本さんが唐突に発する。


「伝説なんてあるんですか」最も興味を示したのはやはり岩水寺だった。


「それはもちろんあるとも、幻のって枕詞が付くくらいなんだから」自信満々に語る芝本さんは言いたくてうずうずしているのかルームミラーに映る鼻が大きくなったり小さくなったりする。


「この周辺は昔奥山氏一族が支配していたんだ。勢力は絶大で高根城を築き、その辺り一帯を統治していた。けれど時は戦国時代、国々の争いや裏切りが絶えない」


「食うか食われるかですからね、先手必勝の世界ですよ」岩水寺があたかも専門家のように語る。


「その通り。四代目の城主、貞益は弟の裏切りにあって殺されてしまうんだ。高根城が落城する時に貞益の奥方おかわ御前は生まれたばかりの姫と三歳になる若君を連れて逃げた」


「でも敵の勢力が優勢だったわけでしょう。そう簡単に逃げられるものかしら」


「ザッツライト。女性の足それも子連れでそうそう逃げ切れるものでもない」


 芝本さんは助手席に向けて指を向けて言う。


「最後には敵兵に見つかって殺されてしまう。そのおかわ御前の無念の涙から幻の池が出現すると伝えられているんだ」


 今でさえこんなに緑豊かなのだから数百年前は一層豊かだったに違いない。それなのにそんなことが起こるなんて自然が人を穏やかにするというのは嘘だなとそんなことを考える。


「さっきまで先手必勝の世界とか言っていたのに悲しそうな顔をしているね」


 憐れむ表情を隠そうともしない岩水寺に西ヶ崎が指摘する。


「そんな話聞いたら可哀想だと思うのは当然じゃないですか。そう思わない人がいるとしたら鬼の子かもしくは悪魔ですよ」


「でも敵も涙ぐましい壮絶な理由があったかもしれない」


「残念なことに俺の感情は今の知識にしか左右されないんですよ」


 岩水寺のこういった屁理屈を僕らは好み、揃って確かにそうだと納得したように頷いた。


「伝説ってもうひとつなかった?」


 助手席に座る美園さんが問いかける。


「いや僕は知らないな。他にも伝説があったのか」


 こういった話で芝本さんが知らなくて美薗さんが知っているということもあるのか。珍しい様子に注目する。


「確か竜が通る時の休憩場所っていう説があったはずよ」


 確かと言いながら断言しているあたりに美園さんらしさが出ていた。芝本さんを含めて僕らはその後の詳細な情報が語られるのを待ったが美園さんは言ったきりだ。


「それだけですか」思わず口にでる。


「それだけよ」


 車内に呆れた雰囲気が蔓延する。これってもしかして私のせいと狼狽する美園さんは見ていて面白い。一頻り騒いでから美園さんはお腹空いたと呟いた。


「そういえばお菓子持ってますよ」


 僕は後部座席からリュックを持ち出す。発車してから取り出すタイミングを見計らっており、ようやく取り出せた。取り出したタッパを開けると同時に独特なにおいが車内に蔓延する。


 最も危惧すべきだった西ヶ崎は予想していた通りで、視線で人を殺せるのではないかと思うほど鋭い目線をこちらに向けている。彼女の表情は想定の範囲内だ。


「この匂いは何なの」


 前の座席に座っている美園さんにも届いたのか後ろを振り返って僕の手元を見る。取り出したタッパには五本のピクルスが入っていた。


 これ何です、と問う岩水寺に西ヶ崎が苦々しげにピクルスよと答えた。


「もしかしてそれ西ヶ崎に渡されたピクルス?」


 頭の回転の早い美園さんはピクルスの流通経路にすぐ気付いたようだ。


「なんで持ってくるの」


「ピクルスは便秘に良いんだって」


 僕の言葉に西ヶ崎は青筋をぴくぴくさせた。


「さすがにカットされてないと食べづらいかな」


 言われてみればと美園さんの言葉でようやく気付く。一人一本ずつと思って持ってきたピクルスもカットされていなければ食べにくくて仕方ない。


「ばかね」隣から嘲笑うような声が聞こえたけれど無視する。


 仕方なくタッパを閉じてリュックにしまう。岩水寺だけがああと嘆いてくれた。


「そうそう僕もお菓子を持ってきたんだよ。僕のバックの中にあるから岩水寺君取り出してくれるかい」


 空気を変えるように芝本さんが発する。岩水寺が取り出したのはこの地方のお土産の定番ともいえるお菓子だった。長方形の対辺に半円を取り付けた形状をしていてクッキーのようなサクッとした触感がある。うなぎの名前が付くお菓子だけれど毎回どの辺がうなぎなのだろうと疑問に思う。それも食べ進めていくうちにどうでもよくなる。


 サクサクと口に含めていく、これがピクルスでなくてよかったと自分でも持ってきておきながら安堵した。

評価だけでも頂けたら幸いです。

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