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人鳥恋路  作者: 高坂喬一郎
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パンツとNG

 夏休みが始まって数日、やるべきこともやりたいこともない暇を持て余していた僕は午前の内からだらだらと部屋に籠っていた。テレビでは夏休みアニメスペシャルと称して十年ほど前のアニメを再放送している。テレビの中では少年たちが一心不乱にサッカーボールを追いかけ汗を流している。そんな姿にどうにも自分が責められているように感じてテレビを消した。


 ここ数日は人としゃべる機会もなく僕と相対しているのは扇風機のみだ。夏休み初日に購入した扇風機は僕の部屋に文明開化をもたらした。外の方が涼しいと揶揄されたこの部屋に一抹の清涼感を与える。いっそうのこと扇風機が愛おしくなって仕方がない。ういいやつめ。


 そうやって扇風機を愛でているとピーンという美園さん特有のインターホンが鳴る。はいはいと鍵を開けようとしたところでパンツしか履いていなかったことに気付き急いで服を着て、ズボンを履く。


「出るまでにやけに時間が掛かったわね」


 ドアを開けた美薗さんは僕を上から下まで観察した。


「顔を洗ってましたから」持ちうる限り全てを投入した輝かしいスマイルでそう返した。ふーんと疑いの目を向けられる。


「それでどうしたんです」


「幻の池が出現したから全員集合って連絡が芝本君からあったから呼びに来たの」


 毎度のことながら思うけれどなぜ僕には連絡が来ないのだろう。もし嫌われていたらと考えると芝本さんに直接聞く勇気もない。


「まさか本当に出現するとは思っていませんでした。ちょっと準備するので待っててください」


 部屋へ戻ろうとすると「もうパンツ一丁じゃないのだから大丈夫でしょう」と言われて後ろから首を掴まれる。


「女の子がパンツ一丁とか言うのはどうかと思いますよ」


 なぜばれたのだろうかと冷や汗を流す。


「女子に対して夢を見すぎよ。私だって一人で部屋にいる時はパンツ一丁よ」


「ほんとですか」思わず全身を見直してしまう。


「嘘に決まってるでしょう」ほら行くわよと首根っこを掴まれそうになるのを寸での所でかわし、財布と携帯電話だけ持ちに戻らせてもらう。


「美園君に八幡君よく来てくれた」


 サークル室の扉を開けると冷えた空気と熱い芝本さんが出迎えてくれた。毎度のことながら岩水寺と西ヶ崎が部屋にいて僕と美園さんが最後の到着らしい。


 西ヶ崎は僕らが来たのを一目見ると読んでいた本を閉じる。心地よい空間で机に突っ伏して眠っていた岩水寺の隣に座って芝本さんの話を待つ。


 奥の席に着いた芝本さんはごほんと一咳して岩水寺を起こそうとしたけれど目を覚ます気配はまるでない。意地でも咳で起こしたいのかゴホゴホと連発する。美園さんと西ヶ崎はBGMのように咳を聞き流している。仕方なしに岩水寺の足を蹴って起こした。


「メーデー、メーデー」けたたましい声と共に飛び起きる。


 それから岩水寺は周りを見渡し、ようやく察したのか照れながら謝る。誰も反応しないのは既に全員が岩水寺の奇行に慣れてしまったからだろう。


「諸君、ついに幻の池が現れたぞ」


 待ちに待ったと言わんばかりの勢いで伝えるけれどその気持ちを誰も共有することができない。


「明日にでも出発しようと思うのだけれど諸君らの都合はどうだい」


 芝本さんの目から逃げるように目線を逸らす。


「幻の池ってどの辺にあるんですか」


 意外にも乗り気なのか西ヶ崎が質問する。


「自動車で二時間ほど山の中を走った後にさらに徒歩で山を登る」


 そこで西ヶ崎の眉間に皺が寄ったのを僕は見逃さなかった。


「登山の道具なんて持ってないですよ」


「ノープロブレム、大した登山ではないから運動靴とかで大丈夫さ」


 岩水寺の抵抗も眩しい芝本さんの笑顔の前に儚く消えた。


「しかし女性に登山を強要するのは紳士としていただけない」


 そうだろうと同意を求めるように僕と岩水寺を見ないでほしい。


「紳士は男にも登山を強要したりはしないんじゃないか」と岩水寺に耳打つ。


「Not Gentleman略してNGですね」


「なるほどNGね」岩水寺の返しにちょっぴりニヤつく。


「どうだろう男性陣」芝本さんは机からグッと身を乗り出してこちらの動向を窺っている。


「日がな一日ゴロゴロしているよりよっぽど面白そうだと思わないかい」


 そう問われると確かにその通りである。


「諸君、書を捨て街へ出よ。いや今回の場合は、昼寝を捨て、山へ籠れ」


「山へ籠れなんて言われると余計に行きたくなくなりますね」


「でも家にいるよりは面白そうですね」岩水寺がポロリとこぼす。


 確かにそうだと思ってしまった時点で僕の負けである。僕らは揃って参加表明した。


「私たちも勿論行くわよ」


 美園さんが挙手して主張する。私たちということは西ヶ崎も行くのだろうかと視線が西ヶ崎に集まる。


 数秒固まった後、西ヶ崎はゆっくりと手を挙げた。

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