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人鳥恋路  作者: 高坂喬一郎
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ゴールデンウィークとマナー

 ゴールデンウィークに入る前日。講義も全て終了し家に帰ろうかと思っていた所で岩水寺に止められた。


「八幡これから暇ですか」


 家に帰ってもどうせすることもないので、暇だと答える。


「それじゃあ今から宅飲みしましょう。ちょっとコンビニで色々買ってくるんで待っててください」


「どこで飲」


 返事を聞く間もなく、岩水寺は脱兎のごとくコンビニの方向へ駆けて行った。僕の周囲の人はみな落ち着きがない。近くにあったベンチに腰を下ろし、ぼさっと帰りを待つことにした。


 夏が始まりつつあるのか夕方であってもちょっとだけ暑く感じる。講義室から出てくる学生を見ているとその中に西ヶ崎を発見した。


 西ヶ崎も気付いたのか周りの女生徒に何か言ってからこちらに向かってくる。


「あなた岩水寺以外に友達いないの」


 急所を的確に狙って言葉を放ってくる。鋭い刃がハートへ刺さる。


「わずかでも信頼できる友人と十分なご飯がある、それだけで幸せってものさ」


「でも岩水寺はあなた以外にも大学に友達がいるわよ」


 またも強烈な一発をもらい、視界がくらむ。彼女は悪びれた様子もない。本当に血が通っているのかと疑いたくなる。僕の気持ちを知ってか、知らずか話を先に進める。


「ゴールデンウィークは何か予定あるの?」


 なんとか反撃を、と頭を働かせる。


「今から岩水寺と飲みに行くんだ」


 中々の一手である。西ヶ崎は羨ましいのか睨むように僕を見る。僕もどうだと言わんばかりに胸を張る。すぐにまるで岩水寺を取り合っているみたいじゃないかと気付き素に戻った。


「機会があったら西ヶ崎も誘うように促しておくよ」


 そう言うと彼女は嬉しそうに笑う。顔は綺麗なのに発する言葉はナイフの様に鋭い。これが噂に聞く小悪魔系女子か。


「岩水寺しか会話しないだろうけどしっかりお願いね」


 彼女が去り際に言う。小悪魔系女子ではなくただの悪魔じゃないのか、精神のヒットポイントを全て削られた僕はがっくりとうな垂れた。


「何で下を向いているんですか」


 コンビニから戻ってきた岩水寺が問う。顔を上げると右手に大きなビニル袋を持っていた。薄く透過して見えるのはポテチの袋だろう。


「ちょっとした舌戦に負けてね」


「八幡が負けるとなると中々の強敵ですね。僕が仇討しましょうか」


 なんて友達思いな発言だろうか。会話の原因が岩水寺である為なんとも言いづらい。


「大丈夫、自分の尻くらい自分でふくさ」


 岩水寺は何か思案してからいきましょうか、と言って歩き出した。急いで彼の横に並んだ。


「八幡は自転車を取ってきてください」


「ちょっと待て。いつも通り岩水寺の家で飲むんじゃないのか」


 てっきりそう思っていた僕は驚く。


「今日は八幡の家で飲みましょう」


 初耳だぞ、岩水寺を見ると彼は鬼の首のように右手のビニル袋を持ち上げる。だから自分でつまみやら飲み物やら買いに行ったのか。渋々ながらも了承するほかなかった。


 僕と岩水寺はそれぞれ自転車に跨り、走り出した。僕が先導し岩水寺が後ろに付く。


 西ヶ崎の件を岩水寺にどう切り出せばよいか漕ぎながら考える。快調に回るペダルとは反対に頭は全く回らない。何パターンか考えてみたけれどどれも僕が西ヶ崎を誘いたいみたいに思われそうなためにやめる。


 結局自宅に到着するまでに良案は浮かばなかった。今回は機会がなかったということで、と心の中で西ヶ崎に謝罪した。


「何か真剣に考えていたみたいですけど、どうかしましたか」


 家に着くまで何の会話もなかったことを不思議に思ったのか岩水寺に問われる。


 なんでもない、そう答えてから自転車を止める場所を指示する。岩水寺の自転車は駐輪場の脇に止めてもらい、僕もその隣に止める。


「それにしてもすごい数の自転車ですね」


 駐輪場を見て岩水寺が唸る。


「話に聞いたところではこれは全部二階の住民のものらしい」


「二階にそんなに住民がいるとは思えないですけど。何人住んでいるんですか」


「学生アパートだから一部屋一人と考えて四人だろう」


 岩水寺が自転車を数えはじめる。


「十二台ありますよ。八幡を抜いて三人住んでいると仮定して一人四台ですか。自転車収集家でも住んでいるんですか」


 岩水寺が二階の部屋を見ながら言う。


「ママチャリなんか収集して何の意味があるんだろうな」


 僕らが立ち話をしているとチリンチリンというベルの音が近づいてきた。顔を向けるといつか駐輪場であった女性だった。


 髪をなびかせながら立ち漕ぎしている姿は以前と変わらず清廉としている。見とれていると彼女はこちらにそのまま突っ込んできた。


 僕と岩水寺が慌てて左右に避けると、彼女は僕らがいた位置に急ブレーキで飛び込んできた。


「やあやあ、いつかの新入生じゃないか」


 僕はどうもと頭を下げる。岩水寺が僕を見て説明を求めている。僕もこの人の事をほとんど知らないために何も言えない。


「今帰りですか」


「そうそう。君たちは今から飲み会かい」


 岩水寺の右手の袋を羨ましそうに見る。


「一緒にどうですか」


 岩水寺が右手の袋を少し持ち上げて言う。彼の言動には常々驚かされてばかりいる。岩水寺の横に並び耳打ちする。


「本気か」


「男二人で寂しく飲みたくないでしょうに。一抹の清涼剤ってやつですよ」


 確かにその通りではあるけれど。しかしどうなんだろうと首を傾げる。


「ありがたいお誘いだけど女性が私一人というのはいささか不安がある」


 そこでふっと肩を下ろす。破天荒な人かと思えば中々良識があるじゃないかと見直した。


「しかし」


 彼女が指を一本立ててこちらを見る。


「休暇に入ったし私も飲みたい気持ちは多分にある。そこで一人、君たちの友人の女の子を誘いたまえ」


 この人は何を言っているんだ。僕が岩水寺を見ると彼も僕を見ていた。二人が互いに助けを求めあう情けない状態だ。


 長い沈黙。微動だにしない岩水寺を頼ることはできない。このまま沈黙が返答となることも考える。しかし、誘う女の子が一人もいないと思われるのも何か癪である。仕方なし、僕は西ヶ崎を誘う決断をした。どうやら神は常に美しいものの味方らしい。


「一人あてがあるので聞いてみます」


 僕が携帯電話を取り出すと彼女は嬉々とし岩水寺は怪訝な表情をした。電話を掛けると一時のコール音も待たずに西ヶ崎の声がした。


「八幡ね、お誘いかしら」


「電話取るのもそうだけど色々早すぎやしないか。もしかしてかなり期待して待ってた」


 小さな電子音しか聞こえなくなった。怒っているのか恥ずかしがっているのか想像する。おそらく両方だろう。


 僕は今回の一件を簡単に説明する。見ず知らずの女性に若干難色を示したものの色欲が勝ったのか、概ね好感触だ。


「今、失礼なこと考えてない」


「とんでもない。これっぽっちも考えていないよ」


 彼女の第六感の鋭さに舌を巻く。ぼろが出る前にと話題を切り替える。


「それで今から大丈夫?」


「勿論大丈夫よ」


 先ほどの声とは打って変わって嬉しそうな声が電話口から聞こえる。


「僕の家で飲むんだけど場所分からないよね」


「住所と何号室か送ってくれればあとはたどり着けるわ」


 何と心強いことか。あとで住所と部屋番号を連絡する旨を伝え電話を切った。


「どうだった」先輩が問う。


 僕は右手の指で丸を作り答える。


「素晴らしい」


 先輩が僕の肩を叩きながら褒める。思わぬことで少し照れる。


「それじゃあ私も荷物を置いてこよう。しばし待っててくれ」


 そういって先輩は部屋へ消えて行った。どうやら先輩の部屋は僕の部屋の丁度下らしい。


「色々聞きたいですけどまず誰を呼んだのかと、あの女性とどういう関係なのかを教えてもらいたいですね」


 岩水寺がぐいぐいと近づきながら質問してくる。


「呼んだのは西ヶ崎だ。あとあの人はこのアパートの先住民でそれ以上のことはない」


 そういうと岩水寺の接近が止まった。下を向きわなわなと震え始める。どうして、どうしてと小さく呟いている。


 大丈夫か、声を掛けると突然顔を上げて僕の両肩をがっしりと掴んだ。岩水寺の手から放り出されたコンビニ袋は中身を吐き出しながら宙を舞った。缶が音をたてて転がる。中は大丈夫だろうか、岩水寺よりもそっちが気になる。


「どうして西ヶ崎さんの連絡先を知っているんですか。リーマンショック以来のショック、八幡ショックですよ」


 肩を揺すられるたびに西ヶ崎の気持ちを伝えてしまおうかと考えてしまう。口を開かなかったのは岩水寺の顔が少し笑っていたからだ。


「あんまりショック受けてないだろう」


 肩から手をどけて指摘すると岩水寺もケロッとした顔をした。


「俺はほとんど話したことなかったですしね。友の門出を祝福しないほど心は狭くないつもりですよ」


 ばんざーい、ばんざーい。岩水寺が万歳三唱した所で先輩が戻ってきた。


「何か面白いことしてる」


 先輩が興味深そうにこちらを観察し始めたため、照れを隠すように僕らは揃って転がった缶や袋を収集した。


 拾い終えると僕は二人を部屋へ招待した。


「男子大学生の部屋にしては中々綺麗にしているな」


 先輩は部屋に入ってからまじまじと観察した結果そう評価する。なぜかほっと肩を落とした。


「さて探そうか」


 先輩がベッドの下を漁り始める。


「何を探す気ですか」


「男子大学生の部屋に来たら性癖を探るのがマナーだろう」


 今まで見たこともない下卑な笑みを浮かべている。


「どこの世界のマナーですか。親しき仲にも礼儀ありですよ」


「私たちはまだそれほど親しくないから問題ない」


 ついに悪魔の本性を現したらしい。魂を売り渡してなるものか。


 慌てて動きを止めようとすると岩水寺に羽交い絞めにされた。離せと暴れても岩水寺は一向に手を緩めようとしない。


「裏切ったな岩水寺」


「大丈夫、例えどんな性癖でも僕は引いたりしないですよ。性を同じくする者同士仲良くやりましょう」


 気持ち悪いほど優しい声で僕に囁く。


「同じ男なら今の俺の気持ちが分からないわけないだろう」 


 岩水寺はうーむと唸ってから続けた。


「でも西ヶ崎さんの連絡先知っていましたし」


 先ほど祝福するとか言っていたくせに、舌の根も乾かぬうちに意見を覆した。 

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