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人鳥恋路  作者: 高坂喬一郎
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ぺんぎんと約束

「今から動物園に行きましょう」



 最後の定期試験を乗り越え波乱の一年を終えた春休みの初日。インターホンの音に呼び起こされる。眠たい目を擦りながら寝巻のまま外に出ると美園さんが腕を組んで仁王立ちしている。


「なぜ突然動物園なんですか」


「岩水寺君と西ヶ崎の様子を見に行く為に決まっているでしょう」


 そう言えばと思い出す。年末の岩水寺のやり取りから一月ほど経過した今日、ようやくデートに行くという話だった。


「一人で行ってくださいよ。それに人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬべきというじゃないですか」


「この時期に年頃の乙女が一人で動物園に行ったら失恋したみたいじゃない。私の人生に失恋なんて許されないし、そんな憐れんだ目で見られることも許さないわ」


 傍若無人かと思えばそういう所には気にするのかと呆気にとられる。封印の一件以来、美園さんの化けの皮が剥がれてきたようだ。


「邪魔するつもりはないわ。遠くからチラッと見るだけでいいの」


「いやだから行かないですって」扉を閉めようとすると悪徳セールスさながらに足をドアに挟み閉められないようにする。


「嫌ですって」「行きましょうよ」「だから嫌です」「嫌よ嫌よも好きなうちって言うじゃない」「それ使い方間違ってますから」


 それからさらに十分ほどの押し問答の末、僕の動物園行きが決定した。決定打となったフレーズがだって面白そうじゃないだったことは僕だけの秘密だ。


「それでどこの動物園に行くか分かってるんですか」バスに揺られる中、隣に座る美園さんに尋ねる。


「その辺は抜かりないわ。この近辺の動物園で、さらにぺんぎんを飼育している所は一つしかないからね」


「それは間違いなさそうですね」


 ぺんぎんを溺愛している岩水寺のことだ。必ずその動物園に行くだろう。


 そうこうしている内に動物園に到着。平日のせいか人もまばらにいるだけだ。人よりも動物の数の方が多いのではと疑いたくなる。


「二人はもう入場してるんでしょうか」


「まだ入場していないはずよ」


 彼女はずんずん進んでいく。種々雑多な動物がいる中、僕らは一直線にぺんぎんの飼育されているスペースへ向かう。動物園にいる中で人間観察を行う僕らは異質な存在だろう。


 二十分ほど歩きぺんぎんの館と示された建物にたどり着く。周囲の様子を確認し、岩水寺達よりも早く到着できたことに安堵した。


 ぺんぎんの館から少し離れたベンチに腰を掛ける。それから十分、二十分、三十分とぺんぎんの館を注視するけれど彼らは一向に現れない。二月にしては暖かく、加えて厚着していたせいか太陽の上昇と共に体温も上昇する。


「あそこの売店でソフトクリームが売られているわ」


 明確な意図を含ませ美園さんは投げかける。


「それは僕に買いに行けってことですか」


「まさか。買いに行けなんて言うわけないじゃない」


 わざとらしくおどけて彼女が続ける。


「ただ世間にはレディーファーストという文化があるのも事実ね」


「男女平等が叫ばれている現代にそれを言いますか」


「男女平等が叫ばれている昨今こそ古き良き文化をもう一度見直すべきだと思うけど」


「レディーファーストは元々毒見させるとか先に部屋に入れて弾除けに使うとかそういう意味らしいですよ。それを知っているのにレディーファーストを実行するなんてまるっきり悪者じゃないですか」


 美園さんは微笑み、僕の目を見つめる。


「理屈っぽいってよく言われるでしょ」


 勝負は決した。これ以上僕が何を言っても蛇足にしかならないだろう。敗者は大人しく不平等な条件を飲むだけだ。敗残兵は売店へ向かった。


 売店で買ったソフトクリームを舐めながらぺんぎんの館と呼ばれる建物を監視する。さらに三十分ほど待っているとようやく岩水寺と西ヶ崎が現れた。岩水寺は緊張しているせいか右手と右足を同時に出す可笑しな歩き方だ。幾多の武士もののふを葬り去って来た西ヶ崎も今日だけは刀を収めている。彼女もほころぶ頬を無理やり引き締めようとしているせいかおかしな表情になっているのが見えた。


「西ヶ崎の方はしっかりおめかししてるわね」


「そうなんですか」言われて確認するが日頃との違いが分からない。


「髪型もちょっと前に見たのと少し違うでしょう。それに服もいつもの色と違って明るい色でまとめられてる。八幡君、今まで女の子とあんまり接してこなかったでしょう」図星を突かれ、乾いた笑いが口を出る。


 そういう所しっかり見てあげないと駄目よ、僕の頬を引っ張りつつ二人の方に釘付けだ。


「岩水寺君もあれは新しい服なのかな」


 岩水寺へ目を向けると確かに新しい服だ。つい先日僕を連れ出し何時間も悩んで購入したものである。


「先生、あの服はどうですか」


「悪くないんじゃない。君のその無難すぎるセーターよりはだいぶね」


「僕のことはほっといて下さい」


 緊張の中ぺんぎんの館の入り口を見張っていると、二人は仲良く手を繋いで出て来た。


 思わずやったと美園さんとハイタッチをしてしまう。軽快な音が響き、危うくばれそうになった。


「これで枕を高くして眠ることができますよ」


「険しい道のりだったけどようやく私の苦労も報われるのね」


「私の苦労ってなんです。何かしたんですか」


「工作に工作を重ねて色々やってたのよ。あの二人の恋路には小石一つないようにね」ふふっと悪い笑みを浮かべて二人の姿を見る。


「ほら、私たちも尾行しないと」


 言うが早いか美園さんは立ち上がりずんずんと進む。


「待ってください、これ以上は蛇足でしょう。ここからは二人だけの物語ですよ」


 なに聖人ぶってるの、頬を膨らませた顔を近づける。


「ここで帰ったら消化不良も良いところじゃない。私はハッピーエンドのその先が見たいのよ」


「幸いここは動物園ですし、馬に蹴られて死にますか」


「人の恋路以上に見ていて面白いものなんてこの世にないでしょう。だからこそ恋愛小説は売れるのよ」


 精一杯の脅し文句もまるで通じない。仕方なし、袖を捲り実力行使する。


「まだ仕事に対する報酬をもらってないわ」嘆く美園さんを無理やり引っ張りながら動物園を後にした。




 次の日、岩水寺から電話があり西ヶ崎と付き合うことになったと報告があった。


 どこに行き、どういう風に告白し、どんな返事をもらい、その後どうなったのか。根ほり葉ほり質問したいけれど野暮なことだと自分を抑える。それに下手に質問すると二人の後をつけて動物園に行ったことがばれてしまいそうだった。


「一つ信じられないような話があるんですけど聞いて下さいよ」


 岩水寺は嬉々として語る。


「動物園に行った日、俺は今日気持ちを伝えるべきかと大いに悩んでいたんです。でもそこでぺんぎんが奇跡を起こしたんですよ」


 館内に設置されたトイレに西ヶ崎が行っている間、俺はぺんぎんをじっと見ていました。今告白するべきか、後にするべきか。悶々と悩んでいると一匹のぺんぎんが俺の方に近づいてきて羽をぱたぱたさせるじゃないですか。よくよく観察すると嘴を開いて何か言っているようでした。この子は一体何を伝えたいのかと耳を澄ませると「今気持ちを伝えるべきだ」と日本語で確かに言ったんです。信じられない話かもしれないですけど確かに僕は聞いたんですよ。


 本当に本当の話なんですよ、僕が信じないと思ったのだろうか何度も言う。


「信じるよ」話を聞いて泣きそうになり鼻をすすった。


 どうしたんですか、異変に気付いたのか心配される。


「ちょっと鼻風邪をひいたみたいで」今度はわざと鼻をすする。


「それは安静にしてないと駄目じゃないですか。俺の溢れんばかりの幸せを分けて元気になればいいんですが。今日はもう切りますね」


 岩水寺の幸せ報告が終わり静かな部屋を見渡すと、ぺんぎんが愛用していたクッションが目に入った。そこにはぺんぎんがいるような気がした。


「中々粋な真似をするじゃないか」一人言った。

本作はここで最終話となります。

長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。

最後まで読んで下さった方、ブックマークをして下さった方、評価して下さった方、感想を書いて下さった方には感謝の思いばかりです。

また、本作は終わりましたが、他の作品も読んで楽しんでいただけると幸いです。


ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。

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