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人鳥恋路  作者: 高坂喬一郎
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桃色図書館と幸福独占禁止法

 一人の友達を失ってから数日後、僕の元へ岩水寺がやって来た。一人でいるのも辛かったこともあり、渡りに船と僕は岩水寺と共に外へ出た。岩水寺の達ての願いから安くて量が食べられる学生御用達の店へ岩水寺と向かう。大学が冬休みに入ったせいか人が少なく、好きな場所に腰かけることができた。


「から揚げに餃子、春巻き、野菜炒めそれと炒飯大盛りで」


 僕の注文の量に岩水寺は驚いている。普段は小食な僕が三人前は注文したのだから驚くのも無理はないだろう。


「食べるだけではムキムキにはなれませんよ」見当違いな指摘に苦笑した。


「ここ数日何も口に入れてなかったから仕方ないだろう」


「断食修行でもしているんですか。性欲とか淫欲、それに色欲を抑えるには食を断つしかないとよく言いますからね」


 よほど嬉しいことがあったのだろう。いつにも増して軽口を叩く。


「僕のことを性欲の化身か何かと勘違いしていないか」


「桃色図書館の勇名を馳せる八幡のことですから欲を断つにもそれくらいの覚悟が必要かと思いまして」


 不名誉この上ない二つ名にじろりと岩水寺を睨む。


「それで今日は女性の扱いも上手い桃色図書館に助言を頂きたいんです」


「僕が桃色図書館なら岩水寺は桃色体育館ってところだな」


「図書館から体育館になるだけでいきなり生々しくなりますね。まあそれでもいいでしょう。今の俺にはそんな皮肉も寛容に受け止めることができますよ。野に咲く花は貴婦人に見え、小鳥の声は楽器団に聞こえるくらいですからね」


 僕の反撃もどこ吹く風、気にした素振りも見せずに会話を進めた。


「昨日クリスマスだったのは知ってますよね」


「今時信心深い仏教徒でも知ってるだろうさ」


 棘のある言い返しをしてしまうが反省はしない。岩水寺がクリスマスでの出来事を歌うかのように軽やかに語り始める。


 クリスマス当日、俺が起床したのは昼過ぎでした。クリスマスイブの昼から夜にかけて町中に跳梁跋扈ちょうりょうばっこする恋人たちの固く結ばれた手にチョップして回っていたのだから当然の結果でしょう。そんな寝起きに俺が。


「ちょっと待て」衝撃の告白に耳を疑い、語りを制止させる。


「お説教なら聞きませんよ。誰が俺を責めることができましょうか、いや誰も責めることはできないでしょう」


 鼻を膨らませて意気込む岩水寺に気圧されて自分の価値観が間違っているのかと勘違いしそうになる。


「説教をするつもりはないけれど、なぜそんな凶行に及んだのか動機を聞かせてもらおうか」


「幸福独占禁止法、幸せの再分配ですよ。限りある資源を彼らが独占していたから俺が世界の法となり刑を執行してやったんです」


 独善的で盲信的な理由に唖然とする他にない。繋いだ手を突然やってきた見ず知らずの男に引き離されるカップルを想像する。キョトンとした男女が脳裏に浮かぶ。


「彼らの幸せの大きさからしたら俺の意地悪なんて些細なことですよ。それが分かっていても胸の内から湧き上がるこの黒々とした衝動を抑えることができなかったんです」


 おそらくチョップされた恋人たちはまた手を繋ぎ直し、岩水寺のことを話の種として笑い合った事だろう。それを考えると目の前に座る男が不憫でしかたがない。


「この話はもういいですよ。続きをお話ししますよ」


 クリスマスの昼にようやく布団から這い出た俺は携帯電話をチェックしました。すると西ヶ崎から今日会えないかと連絡があるじゃないですか。早速再配分の効果があったと一瞬舞い上がってからすぐに冷静になりました。西ヶ崎が俺の事を好きになるなんてありえないと、これでも自分の客観視は得意ですから。


 客観視が得意な奴はクリスマスイブに街中を駆け回り恋人達の間に割って入ったりしないだろうよ、口を挟みたくなる気持ちをぐっと堪える。自分の言葉に可笑しさ感じていないのか岩水寺は軽快に口を動かした。


 どうせサークルで集まってクリスマスパーティーでも開くのだろうと思った俺は西ヶ崎に了承の返事をしました。こう振り返ってみると、ここで違和感に気付くべきでした。


 時間は過ぎて夕方六時、俺は指定された集合場所である駅前にいました。イブの晩は目が濁っていたせいか分かりませんでしたが駅前のオブジェや木々が電飾で鮮やかに彩られていました。綺麗な景色だなと周囲を見渡すと艶やかな一面の中に一際輝く一人の女性が立っているじゃないですか。乳白色のコートに、黄色のマフラー、白いニット帽を被り、冷たい手に息を吹きかけて温めている西ヶ崎でした。


「はい、ストップ」とまた制止した。「今度は何ですか」二度目の制止で気を悪くしたのか不満そうだ。


「脚色が過ぎないか。西ヶ崎がまるで聖女のように聞こえるが」


「そう聞こえるように話しているのだから当たり前でしょう」


 そうかそれならいいんだ、僕は中断した非を詫びてから岩水寺の服を指差す。


「恋は盲目ってことか」


黒字でLove is blind.とプリントされている。


「Tシャツにプリントされた英語を読むことは人間の汚点のひとつだと俺は思いますね」


 先ほどまで歯の浮くようなセリフを厚顔無恥で述べていた男が顔を赤らめた。この男と出会ってもう長いけれどまだ僕の予想を悠々超えていく。中々に退屈しない男だ。


「もう大まかな流れだけ説明しますよ」そう言い、火照った顔で僕を睨む。


 駅前のイルミネーション鮮やかな中、西ヶ崎は他には誰も来ないと俺に告げて紙袋を渡してきました。期待半分、不安半分。恐る恐る覗くと中にはリボンで縛られた大き目の封筒が入っていましたよ。俺が受け取ったことを確認すると西ヶ崎はそれじゃあと踵を返して去って行ってしまいました。その時は何がどうなっているのか、全く分かりませんでした。紙袋を持ったままただ、西ヶ崎の後ろ姿を見ているだけでした。


 家に帰り封を切ってみて驚きましたよ。中には喉から手が出るほど欲しかったぺんぎんの写真集があったんです。そこでようやく全てを理解しました。


「ずっと西ヶ崎は八幡のことが好きなんだと勘違いしていました。でもそれは間違っていたんですね」


 込み上げる嬉しさを我慢できないのか、口角は上がり両の目はへの字を描いている。


「ようやくそこに辿り着いたか」


 西ヶ崎の気持ちを聞いてからだいぶ時間が経った。もどかしくも辛抱強く見守りやっとハッピーエンドを迎えることができる。


「やっぱり知っていたんですね。俺はあの写真集のことを八幡にしか話していませんからね」


「岩水寺以外サークルの全員が知っていたよ」


 絶句する岩水寺を無視して話を先に進める。


「もちろん返事はしたんだろう」岩水寺に問いかけるととんでもないと言う様にふるふると首を振った。


「女性からそこまでさせておいてすぐに返事をしないなんてヘタレを通り越して玉が付いているか疑うくらいだ」


「失敬な、玉はちゃんと付いてますよ。ただどうしたらいいか分からなかっただけです」


 岩水寺は用意された水を飲み干して一息つく。


「そこで妄想的人生経験豊富な八幡に相談ですよ。俺はどうしたらいいんでしょうか」


「僕の妄想的人生経験から言えばまずはデートに誘うんだ」


 僕の返答を聞いて岩水寺は大きなため息をつく。


「なんだよ、王道だろう」


「やっぱり八幡の豊富な人生経験の大半は妄想でしたか。そんな誰でも思いつくような答えを期待したわけではないんですよ」


「仕方ないだろう。高校時代初めてできた彼女は未だに交際していたことに気づいていないんだ」


 見下すように目を細める岩水寺が気に入らない。


「誰でも思いつくということはそれが大衆意見ということだ。数は正義だ」


「でもそんな無難な返答でいいんでしょうか」


「ならマンドリルみたいに尻を振りながら迫って見せるのか」


 眉間に皺を寄せた岩水寺は僕を睨む。


「いいですか、豚も煽てなければ気に登らないんですよ。俺を煽ててその気にさせてくださいよ」


「デートに誘ってほしいに決まっている。西ヶ崎がプレデターなら狩りに誘えばいいけれど、おそらく人間だ」


 岩水寺が腕を組み悩み続ける。


 何かと理由をつけてデートを避けようとする岩水寺をあの手この手で説得する。店を出るころになってようやく決心させることができた。


「俺が最も緊張しない場所に誘えばいいんですよね」別れる間際まで僕に問いかける岩水寺に、そうそうと適当に相槌した。


「もし彼女がプレデターだった場合はどうしたらいいんですか」


「その場合は狩りにでも誘え」強い口調で返してその場を後にした。

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