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人鳥恋路  作者: 高坂喬一郎
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ママチャリと手紙

 朝、轟々と唸る風の音で僕は起こされた。布団を捲ってもぺんぎんの姿はない。左右に視線を動かすとこんもりと盛り上がったカーテンを発見した。


 耳から入る情報を遮断し、少しは風雨が弱まっていたらいいなと淡い期待を抱いてカーテンを捲った。淡い期待ほど簡単に裏切られるもので、外には昨日見た景色がそのまま映し出されていた。この荒々しく吹き荒れる風と容赦なく降り注ぐ雨の中、海まで行くことを考えると気が滅入る。


「雨天決行」


 隣で外を見上げるぺんぎんが力強く言う。


 寝間着を脱ぎながら海までの道順を考える。そこでふと一つの壁にぶつかる。この風雨の中で僕は一体どうやって海まで行くつもりだ。テレビ画面には交通機関が雨で停止しているテロップが表示されていた。


 ここから海までの距離は十五キロほどある。快晴時に自転車で走っても一時間は掛かるだろう。この天気の中、自前の折り畳み自転車で行けるとは思えない。かと言って徒歩も考えられない。車という選択肢を持ち合わせていない貧乏大学生は頭を抱えた。


「自分一人で海に行けないんですか」恐る恐る尋ねた。


 今になって何を言っているんだ、ぺんぎんはため息をついて僕を見た。


「私のためではない、人間のために動いているんだ。八幡が連れて行かないのならそれまでだ」


 情け容赦のない言葉を浴びせられる。ですよねと乾いた笑いが口から出た。


 無理に自転車を飛ばすとしてぺんぎんはどうする。家にぺんぎんが入るほどのリュックなどはない。豪雨の中でぺんぎんを抱えながら自転車を漕ぎ続けられるほど器用さも持ち合わせていない。


 どうするどうすると手中に残る選択肢を見たが何一つ残されていない。時間は掛かるが徒歩で行くしかない。僕の葛藤も知らず、早く行くぞとぺんぎんは急かす。


 持ってはいたけれど使ったことのないカッパを着込む。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。覚悟を決めて玄関ノブを捻る。途端、外から小さな金属が落ちる音が聞こえた。僕とぺんぎんは顔を見合わせる。


 ゆっくりと扉を開くとひらひらと紙が宙を舞った。扉に挟んであったらしい紙は左右に揺れながら床に着地する。紙の隣には金属音の原因と思しき紐のついた鍵があった。


「なんだこれは」


 鍵と紙を拾い中を見ると見事な達筆がふるわれている。


 拝啓 盛雷の候、何かとご多忙のことと存じます。


 今回八幡様が封印という大変な役目を仰せつかったということで筆を執った次第です。


 この世界の命運をになう大役、龍の引っ越しにおきましては私も微力ながらお力添えをいたしたく、自転車の鍵を同封させて頂きました。駐輪場を占拠している軽快車の内、左端の一台の鍵です。ご自由にお使いください。


 袋に入った玉を忘れず、くれぐれも情など移さぬようよろしくお願いします。


 ご多忙の折ではございますが、天など召されませぬようご自愛ください。


追伸 手紙のことは内密に


 Ms 小野


 手紙を読み終わり、種々な疑問が浮かぶ。この小野という人物は何者なのか。なぜ龍のことを知っているのか、なぜ自転車を用意しているのか。そしてこの格好つけたような文体。しかし何より気になったのは袋に入った玉を忘れるなという一文だ。


 この小野という人物が述べた玉とは僕の金の玉のことなのか。常に僕と共にあるのに忘れるなとは一体。もぞもぞとポケットに手を入れて袋に入った二つの玉が股にぶら下がっていることを確認した。


「一体何をしているんだ」ぺんぎんが無粋な視線を僕の股へ向ける。


 金玉が付いているかチェックしていましたと言えるはずもなくへへへと笑って誤魔化した。


「数多の人間を見てきたが手紙で欲情する者は初めてだ」


 笑顔で誤魔化せるわけもなく大きな勘違いをされた。違うと否定することも億劫である。


「もうそれでいいですから、早く行きましょう」


 若干の不気味さを感じつつも、このお伽噺に巻き込まれている人間が他にもいると思うと少し心強かった。


 ポケットに手紙をつっこむ。ぺんぎんは、両羽を上へ下へと動かし機嫌の悪さをアピールしていた。


 さあ、急がなくてはと駐輪場へと駆けるが、「そう急がすな、この短足ではついて行けんわ」とぺんぎんが足をパタパタと動かし短さをアピールした。


「申し訳ないです、ラグビーボールみたいに抱えて連れて行くべきでしたね」


 胸と腕に挟まれ抱えられる自分を想像したのかぺんぎんぶるぶると身震いした。


「それで先ほどの紙には何が書かれていたんだ」


 根拠は全くないが直感的に言うべきではないと判断した。煙に巻いてみて巻ききれなければ正直に述べればいい。その程度の心持だ。


「読まずに食べてしまいました」自分でも阿呆と肩を落としたくなる逃げ口上をする。


「白やぎかお前は」


 ぺんぎんは呆れたのか聞くべきではないと判断したのか、それきり手紙について言及してこなかった。やけにあっさりしているなと拍子抜ける。


 大き目のぬいぐるみを抱く様にぺんぎんを抱える。ぬいぐるみよりだいぶ重い。


「ちょっとダイエットした方がいいんじゃないですか」


「人間の都合で考えるな。ぺんぎん界隈では私の体はボンキュッボンのナイスバディと賞賛だぞ」


 ぺんぎんも体型を気にするのか。それからあることに気付く。もしかしてこのぺんぎん雌なのか。ぺんぎんが雌なら中身の神も女神なのだろうか。美しい羽衣を纏った見目麗しい姿を想像する。


 痛ッ、見るとぺんぎんが腕を噛んでいる。


「急になんですか」抗議の声を挙げるだけでぺんぎんは落とさない。


「鼻の下が伸びていたからだ。ぺんぎんにまで欲情するな、見境なしか」


 僕のことを性に貪欲な獣とでも思っているのだろうか。またも大きな勘違いだけれど卑猥なことを考えていたことは確かだったため反論ではなく反省した。


 ぺんぎんにせっつかれつつ駐輪場へ歩を進める。屋根のない場所へ出ると大粒の雨が僕とぺんぎんを容赦なく襲う。雨粒がカッパに当たりビタビタと大きな音を立てる。


 自転車がぎゅうぎゅうに詰め込まれている駐輪場の端から一台のママチャリを引っこ抜く。手紙に付いていた鍵を使ってみるとかちゃりと音を立てて簡単にロックが外れた。


 手で押してみる、普通のママチャリより少し軽いくらいにしか感じないが、折り畳み自転車よりは頼りになりそうだ。


 ぺんぎんをママチャリの籠に入れる。まるで宇宙人と少年の友情を描いた有名映画みたいだ。空でも飛べたらすぐにでも海に着けるだろうに。


 一漕ぎしてすぐに気付いた。重心の位置がいいのか他の自転車にはない安定感がある。これならば少々の風などものともしないだろう。しかし今回は相手が悪い。強風に煽られ雨に打たれながらゆっくりとペダルを回した。


 ペダルを漕ぐたびに自転車が右へ左へと揺れる。ぺんぎんを見ると振り落とされない様に籠にしっかりと捕まっている。自転車が空を飛ぶ気配はない。


 とにかく必死に漕ぎ、ようやく大通りに差し掛かったが人っ子一人見当たらない。籠にぺんぎんを乗せている姿を見られないことが不幸中の幸いだ。

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