彼は面白い事が好きらしい
崩れた壁の先にある洞窟に、私は目を輝かせる。
「当りね! でもこんなに薄い壁だと思わなかったわ。せっかく持ってきた"全自動魔法ドリル君五号"の立場がないわ」
「……おい、フィーネ。窪みの壁がぷるぷる震えているんだが」
カイが私にそう告げる。
なので私が見ると、確かに壁の部分がぷるぷると小刻みに震えている。
そしてそのカイの声に呼応するように少しずつ膨れていく。
ここで私は、あの罠を作動させないでいるとこの窪みがない事を思い出した。
だからすぐさま私は新たに現れた奥の洞窟を指で指し示して、
「奥に逃げ込みましょう!」
だが私の意見にカイは、
「このままだと俺達はその奥に閉じ込められるだろう!」
「この程度の岩、私たちなら簡単に壊して貫けるでしょう!」
「でももしも閉じ込められたなら、危険だ」
カイが私の腕を取る。
そしてそのまま元来た道に戻ろうと引っ張っていく。
その真剣な表情に、私もそれ以上言えなくなってしまう。
何時だってカイは私の事を心配していて、私よりも年上な所をいざという時には見せるのだ。
だから私は悔しい。
理由は分らないが悔しいと思う。
私だってやろうと思えば色々出来るのだと言いたいのに、駄々をこねられない。
そこで、私とカイの襟首に手が伸ばされた。
「カイ君のその真面目な所は結構気に入っているんだけれどね、真面目すぎても面白くないんだよねっ!」
「な! ミトさん、なにをって……うわぁあああ」
「きゃああああ」
ミトに襟首を捕まれて、私とカイは新たに現れた洞窟に投げ込まれて悲鳴を上げる。
それを追いかけるようにシオリとミトもそこに入って来て、同時にぼこっと音がした。
見ていると、茶色い洞窟の壁がもこもこと膨らんでいって、やがてそれまであった穴を埋め尽くした。
それによってあたりは闇に閉ざされる。
そこでぱきっと何かが折れる音がした。
カイの手には中央が特に細くなっている透明なガラス管が握られており、二つに折れた場所から白い光を放つ粉が噴出す。
空気に触れると同時に反応して発動するもので、ものによってはただ割る衝撃だけで水中でも明かりを作る事ができるものもある。
そしてガラス管の割れた場所に、一つの球状の明かりを作る。
「"ガラスの明かり"か」
そのうちの一つをミトに手渡すカイ。それを見て、ミトは呟いた。
「ええ、もしもの時に持ってきておいたものです。明かりの魔法を唱える時間に襲われてはたまらないですから。でも……特に必要は無かったみたいですね」
それを見ながらシオリが、
「でも、これ、"かいちゅうでんとう"みたいですね。考える事は違う世界でも同じなんですね」
そう呟きと、シオリはまじまじとミトに渡された明かりを見ている。
そんなシオリも可愛いなと、ミトがでれでれしているのを尻目に、カイがその光を前方に向ける。
私も今のシオリの発言が気になるも、それよりも優先すべきは今の状況なのでカイが照らし出したその先を見る。
魔物らしき影がない。つまり、
「私の出番ね! 鮮やかなる光の精霊、日の光に導かれかの輝きを示せ! "花の灯"」
私が呪文を唱えると、ひらひらと風に花びらが舞うように光の欠片が周囲に零れ落ちて、ポップコーンが破裂するような音を立てて、一度に十個ほどの灯りが生まれる。
ふわりと私の周りに現れたそれを意識しながら、その内七個ほどを前方に私は飛ばす。
けれどその光は、すぐにすうっと壁に引き寄せられて、解けて消えてしまう。
しかも私の生み出した傍にある光の球まで壁に吸い寄せられて消えてしまう。
再び、カイとミトが持っている明かりだけという、薄暗い状況にこの場所はなる。
「明かりが壁に向かって消えたとなると、壁に何かあるわね。でも傍から魔法の異常は感じられないとなると……」
私が壁に近づいて、手を触れる。
同時に壁に触れている手の辺りと、足元に光の魔法陣が線に繋がれて複数浮かび上がる。
幾つもの魔法を処理するために必要なのが魔法陣。
それを接続する事によってより早く高度な処理が出来る。
シオリが言うには、"こんぴゅーた"に似ているらしい。
そんな魔方陣を浮かびあげて、謎の魔法を分析しあわよくば操ろうとしている私に、カイは、
「フィーネ、得体の知れないものにうかつに手を出すのは良くない!」
「大丈夫だよ、カイ。即座に攻撃されないから、多少構造を見ても平気でしょう」
「でも……」
「攻撃するなら暗がりになった時点で即座に襲うはず。そして現状では魔物すらいないもの。そしてそれが示すのは、ここは何らかの人々が過ごす場所……そうは考えられない?」
「古代人の?」
「そう、でもこれで貴重な本があるかどうかは、期待が出来なくなっちゃったな……ここかな」
私の周りでくるくると魔法陣の一つが赤い光を放つ。
同時に遠くの方で、音がする。
鍵盤楽器の一つを押したようなそんな音が響いてくると同時に、壁の所々が淡い水色に輝きだす。
それは水晶のようだった。
淡い光を放つ電灯のように、そこら中で輝いて道を照らしている。
見ていた私が、そのうちの水晶の一つに触れて、その欠片を魔法で削り取る。
削り取られた水晶も暗闇の中で光を放っている。
その変化を読み取りながら私は、
「この洞窟のどこかに魔法源があって繋がっているのかと思ったけれど、そうじゃないみたいだね。この水晶自体に魔力が残っている、でもこの輝きは蓄積されたものではないわね。切り口から魔力は零れ落ちないから。となると怪しいのは、さっきの音かな?」
音と同時にこの水晶が輝きだしたのだとしたら、さっきの音が起爆剤か、それとも別の何かが影響しているのか……と、考えるのは後のお楽しみにしようと私は思った。
腰につけたポシェットに大事そうにしまってから、私は歩き出す。
それにつられるようにカイとミト、シオリの順に歩いていく。
そこで先ほどから"全自動魔法ドリル君五号"を私は片手に持ったままな事を思い出した。
「シオリ、これもっていてもらって良いかな?」
「あ、はーい。わっ」
投げられて、上手くそれを受け止めたシオリはもそもそとリュックにそれを放り込んだ。
そして一向は延々と歩いていく。
途中二回ほど横に曲がる道があったが、その見えない影から何かが出てこないかどうかを警戒して、私は杖を取り出して備えるも、それは杞憂に終わった。
加えて随分と長く深い場所を歩いていて、私は気づく。
「洞窟の中なのに、随分と息がしやすいわね。何処かに地上と繋がりがあるのか、それとも空気を生み出す魔法装置があるのか……それとも、ここに似た異界とつながっているのか」
迷宮には異界から魔物が来たり、アイテムが来ている。
異界からこなければ、こんな高度なものが取っても新たに増えるのはおかしいというのが一般論だ。
では、それら作られたものがどうしてここにあるのかといえば、良く分らない。
わざわざここに落とすために作っていると言うのは流石にないだろうから、偶然ここに零れ落ちているのだろうという話である。
そこで、シオリの事を思い出して私が振り向くと、期待と不安のない交ぜになった目で私を見る。
未だに私はシオリが異界の人間だとは思えない。
確かに奇妙な言葉を呟くけれど、基本的な概念や考え方はあまりにも似通っている。
なまじ中途半端に似ているから、信じられないのである。
けれど、シオリはそうだと言って、その異界に戻る事を望んでいる。
だから、もしも危険でないなら私はシオリの望みを叶えようと思っている。
友達だから。
そうこう考えて歩みを進めているうちに、気づけば扉の前に来ていた。
細かい装飾は古代文明の一つ、"眠りの王"の神話に酷似している。
けれど住居であればそれほど危険はないだろうと踏んで、私は扉をゆっくりと開けていく。
中は広い空間だった。
そして私は、自分の推測が間違っていた事に気づいたのだった。