全自動魔法ドリル
隠し部屋があるんじゃないか、と私が推測した場所に向かって行く四人だが。
先ほど地図を取り出して確認した場所からは、入り口との距離を考えた縮尺からそれほど遠くないはずなのだ。
そう思いながら私達は更に奥に歩いて行く。
歩いて行くのだが……。
私はそこで不安を覚えつつ、
「あれ、おかしいわね。そろそろ来ても良い頃なはずだけれど」
「縮尺がきちんとしているとは限らないんじゃないのか?」
カイが嘆息するように私に指摘する。
言われてみればこの内部の洞窟の地図は、道のみ示されているだけでそれ以上は……。
そこで私は沈黙してから、地図に描かれた目的の場所を見る。
その場所はこの迷宮の深い場所にあった。
とはいえ日帰りでしか今までも来ていない為……というよりも、そもそもこの迷宮自体が都市から近く人が沢山来る事ために内部の地図が作られているのだ。
つまり探検されつくした迷宮なのだが、縮尺は信用出来ないようだ。
とそこでカイが、
「ここは人がたくさん来る場所だから、隠し部屋があったなら、もう誰かが見つけているんじゃないのか?」
「……でしょうね。でもあったなら、面白いじゃない?」
と、気楽な答えを返す私。
普通に聞けば、特に何の考えもなしにその隠し部屋があるという、そんな気がする場所に向かっているだけに聞こえる。
けれど長年の経験からかカイは、私の肩を掴んで、
「……何をする気だ」
「大丈夫、ちょっと試すだけだから。本当にカイったら心配性ね」
と笑う私にカイの顔の血の気が引いていく。
まさかこんな所で目的がじつは違うかもしれないと気づかれてしまうとはと、私が思ってどう言い訳しようと考えているとカイが、
「この前、大丈夫だといって、壊れて動かなくなった番人兵器を起動させて、大変な思いをしたよな?」
「いや、あれはたまたまだし。あの兵器はここにはないし」
「フィーネが本気を出せば簡単に倒せる事は分っているけれど、危険な事をわざわざ……」
「あーはいはい。所でそろそろだと思うの」
私がにっと笑う。
けれどここは、まだまだその隠し部屋がありそうな場所には程遠い。
カイが嫌そうな顔をして沈黙した。
嫌な予感はするが、私がどうあっても止めないだろうことを悟っているのかもしれないし、ある意味で本当にそこに何かあるのだろうと私を信頼しているのか……その両方かもしれない。
間違っても意識をそらすためとかそんな理由ではない。
別に今カイに色々言われて引き返すことになるのが嫌だから適当に言った、というわけではないのだ。
その辺りの信頼だけは、カイは私にあるのかもしれない。
もっとも、ちょっと有る仕掛けが必要だったりするのだが。
それに関しては多分というか絶対に、カイは止めるだろうな~と私は思った。
そこでミトが、ああなるほどと手を打って、
「そういえばこっちのルートが近道なんだけれど、人が来ない理由を思い出した」
カイが不穏な空気を察しているのを見て、まだ気づかないかなと私は、軽く壁を二回ほど叩いた。
乾いた音が二回ほどして、同時に、ドンと大きなものが地面に落ちる音と僅かに伝わる振動。
それはすぐに何かが転がるような轟音に変わって、すぐに私達の前に現れた。
巨大な岩の塊が、ごろごろと転がってくるのを見て、カイは思い出した。
「皆、逃げるわよ!」
私の号令に従って、カイ達も走り始める。
カイも含めて皆真っ青だ。
その中で、シオリが涙目で、
「何でまたわざと罠を起動させるんですか! フィーネちゃん!」
確かに良くわざと罠を起動させて、魔法道具の実験を私がしていたし、その度にシオリは泣きそうになっていたが、そんな彼女に私ははっきりした声で、
「考えがあるの! いざとなったらあのでっかい岩ごとぶっ壊してやるから安心しなさい!」
「信じますよ! 信じていいんですね! なんだか毎回こんな目にあっていますが!」
そんなシオリの声にミトが余裕めいたほほ笑みを浮かべながら、
「大丈夫だよ、シオリちゃんだけは僕が守るから」
「ミトさん……うう、よろしくおねがいします」
一般人の感性からすれば確かに恐ろしいが、実の所あの程度の岩は、私だけでなくカイもミトも、大した考えもなく、それこそ暇つぶしのように粉々に出来る程度の力を持っていた。
なので冷静にシオリ以外は走って逃げていたのだが、そこでふとカイが思い出したように粒医薬。
「これ、前も通った……」
「そうよ、カイは忘れっぽいわね。でもあれが落ちてこないと道が開かないのよね」
「道?」
「そう、マップを見ていたら、本来無い筈の所に横穴が開いていてね。ほら、私達があの岩を前回やり過ごしたところ」
「? けれど少しくぼんでいるだけだろう?」
「でも以前同じように罠を発動させないように潜った時、あの窪みは無かった」
ここは図書館に近いので何回か来ているのだ。
それ故に私は、あの窪みが怪しいと思っているのだ。
確かにその先は行き止まりだったので、以前は大して調べずに引き返したものの、ずっと引っかかっていたのだ。
そしてマップの中にある空白地帯。
それだけならば実は幾つもあるのだが、窪みの事を考えると一番怪しいのがこの場所だ。
加えて人の手が入らない場所であれば、貴重なものが沢山あるかもしれない。つまり、
「魔道図書館スティアなんかに負けて堪るかぁあああ」
私は叫んだ。
真の目玉商品を入れ、私はトップになってみせると決意する。
その声を聞きながら、カイは、はあと嘆息して、
「負けず嫌いなのもいいけれど程ほどにしておけ、フィーネ」
「勝利こそが私にふさわしい言葉よ!」
「あー、はいはい」
カイは沈黙した。
これ以上言ってもいつもの問答が繰り返されるだけだなと思ったのかもしれない。
そんな思いに足しての私への抵抗か、何度目かになる嘆息をしていた。と、
「……もっとこう、少しでいいから色っぽいイベントが自分にないかな」
「? カイ、こんな迷宮にそういうのはないと思う。あるのは、大衆向けの小説よ」
「そうだよな。……何度願っても、そんなイベントは起きないし。そうだな。諦めるべきだよな」
「……何で私の方をカイはちらちら見るのよ」
「ふう。いいんだ。理想と現実は違うって、フィーネに勉強をさせられた時に俺は学んだし」
「なによ。カイには私と一緒にいてほしいの」
特に他意はなかった。
だがその言葉に、カイは嬉しそうに笑う。
でもいっしょにいたいと言ってカイも嬉しそうで、それが私にも何となくだけれど……嬉しい。
ただ、何故かミトがニマニマしているのがいらっと私には来るが。
やがて目的の所の窪みに辿り着いて、私たち全員が一斉にそこに飛び込んだ。
そんな四人の前に、ごろごろと轟音を立てながら岩が転がっていく。
それを私は見送ってから、
「ふう、どうにか着いたわね。もっとも、もっと先まで行っても良く知られている道に戻れたのだけれどね。さて、この窪みがなくなる前に行きますか。シオリ、頼んだ五号出してくれる?」
「……えーと、5号ですね。はい、分りました」
シオリがふらふらとした手つきで、リュックを開いて中を調べる。
先ほどの岩に追いかけられた恐怖がまだ抜けきれないようだった。
そしてどうにかそれを見つけて、私に渡す。
赤い色の箱に車輪が二組ついて、そのうちの一面に小さいドリルのついたおもちゃのようだった。
それを三人の前で自慢げに私は見せつける。
「"全自動魔法ドリル君五号"! 穴掘りには最適な道具よ!」
「……フィーネちゃん、ここ一応、国営の迷宮だから壊されると困るんだけれど」
ミトがそれほど困っていないように呟くので、私はミトの服の端を引っ張って、ちょっと離れた傍の壁に連れてきてこそこそと耳打ちする。
「シオリとはまだデートは出来ていないんでしょう?」
ミトがその言葉にビクリと反応する。
やはり予想通りと思っているとミトが、
「それはまあ、まだ喫茶店に誘ってお茶くらいしか……」
「シオリも誘って、私とカイとミトとで水族館とかどうですか?」
丁度水族館の無料チケットが手元にあるのだ。
以前購入した町内会の福引で手に入ったもの。
それで四人で遊びに行ってもいいと思ったのだ。
そんな私の誘惑にミトが頷き、
「ダブルデートか」
などと言ってくる。
何がどうしてそうなったのかが分からないので、
「? 私とカイは違いますよ? ただの幼馴染だし、私のお兄ちゃんみたいなものだし」
「……そこは突っ込むのをやめて、もう一声」
「欲張りですね。……途中で私とカイがはぐれた振りをする、いかがですか?」
「いいだろう、ここでの出来事を私は見なかった」
ひそひそと悪い話をしている私達にカイはまたなにか悪いことを話しているなー、と言った表情で見ていた。
ちなみにこの時カイは、またフィーネがなにか悪い話をしている、何だかなと思いつつ、もう少し俺の方見てくれても良いのになー、と嘆いたのだが、そんなカイの真鍮を私が知るすべはなかった。
さて、話べきことは話したので、くるりと私はカイの方を見て、上手く行ったわと片目を瞑り合図する。
そして、周囲の壁を軽く叩いて私は様子を見ていると、ある面だけ空間があるような響きを感じる。
ここは多分、“当たり”だ。
「よーしここね、行け! "全自動魔法ドリル君五号"」
そう魔力をこめて手を放すとその小さなドリルが走っていって、壁にぶつかった。
ドリルが突っ込んだ場所から上部へ地亀裂が入る。
そしてすぐにばらばらと握りこぶしほどの石の固まりとなり砕ける。
そこには……新たな洞窟が広がっていたのだった。