振り回されたい、複雑な男心
「えーと、この書類は、今月破棄される本で、後で判子を押してもらうものの一覧が記載されていて……はあ」
魔道図書館リザの男性司書であるカイはため息を付いた。
白く山のように積み重なる、今月廃棄する本と新しく購入する本に関する書類。
これを書かないことには、本の処分ができないのだ。
この大きな図書館といっても、本をおいておける寮というのは一定量だ。
しかも気軽に見れるよう外側においてある物以外にも、地下数十階にわたって様々な本が貯蔵されている。
中には危険な魔法の施された魔導書もあり、それらが封じられていたりする。
とは言うもののそういった危険な魔道書には希少価値もあるので、場合によっては目玉商品にもなる。
つまり客が増えるし、図書館が赤字なら希少性から高値がつくの売り払うのも手である。
もちろん善良で信頼できる人物に対してだが。
さて、そのあたりの図書館の家計的な事情は置いておくとして。
破棄する本などの書類、その仕分けをてきぱきとこなしながらカイは悩み、深々と溜息をついた。
カイは、男にしておくのがもったいない、寄こせ……と某女子に言われてしまうような、長く艶やかな黒髪を一つに束ねた赤い瞳の美少年だった。
何でもこの黒髪のキューティクルが羨ましいらしい。
そんな彼は、普段は穏やかだが、元々が苦労性な性質なので時折憂いた表情をする。
ちなみにそれが薄幸な感じがして良いと一部の女性の方々に評判だった。
けれどそんな美少年が台無しなくらい、カイは眉を寄せて、
「俺、どうしてあんな奴を好きになっちゃったんだろう」
「そうかそうか」
また何かあったなと思いながら、この図書館でカイと同い年であるルチル・スノーは適当に頷いた。
ちなみにこの彼も、図書館の淡い明かりの中でも、磨きたての銀のように輝く銀色の短髪に、淡い水色の硝子の瞳をした童顔の美少年だった。
更に補足説明をしてみると、実はこの二人が一緒の仕事をしているのは、ここの図書館の女性職員が美形がいて眼の保養! しかも二人も! という理由だった。
そして更に付け加えるならば、この仕事をここでする――二階の、少し入った本棚に囲まれた場所――理由は、二人の姿が色々な場所から見える、という理由であったりする。
もちろん女性職員の欲望にまみれた感情だけでなく、彼ら自体が目当てで図書館にやってくる女性が後を絶たないのも理由の一つだった。
そう、密かにこの二人と、もう一人の美形男子に対するファンクラブが出来ている事実に本来の目的がある。
つまり、密やかという事になっているファンクラブのお陰で女性達がこの図書館に来る、それ自体が一番の目的なのだ。
と、ここまで遠回しに言ってみたが、ようは図書館に入るだけでも入館料が取れるので、彼らがいるだけで自然とお金が図書館側に降ってくるのである。
しかも、入館料を支払わなければ見えない絶妙な位置に彼らが配置されている所まで、全て計算済みだった。
守銭奴と言われそうだが、何分、予算の都合で競争に敗れて廃館してしまう魔道図書館が多い中こういった形での人集めも必要だった。
なので美形ともなれば引っ張りだこで、しかも能力も高いなどなどのハイスペックとなれば、魔導書を手に入れてくる能力もあるので押して知るべし、である。
そんな彼らは男性からの嫉妬にまみれているかと思えば、そんなわけではなかった。
どちらも人当たりが良いのに加えて、カイの巻き込まれ体質やらなにやらの関係で、大変だなと生温かく見守られているのが現状である。
そんなカイは悲しげに、ルチルに愚痴をこぼしていた。
「しかも、あいつよりも俺の方が歳上なのに、初めは学年変わるのが嫌だって飛び級してきたのは可愛くて良かったし、嬉しかった。なのに、気づけば一緒に猛勉強させられたり教えられたりして同学年で院まで卒業して……ないわ」
「そうかそうか」
先ほどから、そうかそうかとルチルは聞き流す。
うんそうだなと言って煽っても良いのだが、それはそれで面倒くさい男心があるのだ。
なので、ルチルの同意を受けながらカイはぶつぶつと続ける。
「でもさ、やっぱりさ、もっとこう、女の子っぽい、おしとやかで柔らかくて儚げな感じの子で、胸とかがボンキュボンな感じで……そう、出る所は出てて引っ込む所は引っ込んでいるような……いや、今のは大事なことなので二回行ったけれど、こう、綺麗でひだまりの中で刺繍とかしているような着飾った女の子もいるわけだ」
夢見がちに二次元世界というか、理想的な女の子について呟くカイにルチルは適当に相槌を打ちながら、
「そうかそうか。所で何かあったのか?」
「両親にお見合いを勧められた」
ぴたっとカイは書類を処理する手を止めて、大きく溜息をつく。
その話の続きを面白そうにルチルが待っているのでカイは、
「呼び出された時に嫌な予感がしていたんだ。やけに何の集まりか言わないし」
「うんうん、それで?」
「しかもそれが先ほど俺が呟いたような繊細で俺が守ってあげなきゃというような女性だったんだ」
「いや、それはお見合いの時だけそう装っているのかもしれないよ?」
「……それが偽物かどうかくらい、俺だって分かるさ。でも、それこそ文句の付け所のない麗しい、俺にとって理想的なご令嬢だったんだよな……」
「へ~、じゃあ競争率高そうだから、この機会を大切にしたらどうなのかな?」
「でも俺は、彼女を愛せない」
カイはそう、きっぱりと言い切った。
どんなに素晴らしい人で、どれだけ良い縁組かを語られて、それでもカイは選べない。
だがどう相手に断るのかと言えば、それだけ素晴らしい相手であるため断るべき理由も見つからない。
カイにとって、確かに理想的であったとしても、それでも彼女かあいつかどちらかを取れと言われれば迷わずあいつを選んでしまう。
本当に自分は救いようがないと、カイは思う。
けれどそれくらいカイは、あいつが好きなのだ。
その事実を再度確認してしまったカイは、そこで再び嘆くように幸せが逃げていく溜息をついて、
「そんなわけで昨日は大喧嘩した挙句、家の半分を吹き飛ばすほどの大騒動になったんだが……」
「……そんな騒ぎ、あったかな?」
ルチルは首をかしげる。
一応カイの家はそこそこ有名なお宅なので、半分位が消し飛べばニュースやら噂にはなる。
なのにそれが一つもないのだ。
少なくともルチルが町を歩いてこの図書館に来たけれど、そんな噂話は一人も効いていない。
けれどそのルチルの疑問に答えず、カイは、
「とはいえ元に戻せと言われたので、頭にきて消し飛んだ家半分の所に山から切り出してきた石を置いておいたんだが……」
「……そういえば、もりもり山の幾分かがきり取られたって、今朝の新聞でニュースになっていたような……」
そういえば怪現象が一つあったなとルチルは思い出したが、その原因が目の前の人物のくだらない理由だとは思えずルチルはとりあえず黙ることにした。
そんなルチルにカイは更に苛立ったように、
「そうしたら『そういう意味じゃない、良いからこの娘と結婚しろ!』と父と取っ組み合いの喧嘩になってしまったんだ」
「あ、うん、そうか……」
「その他にも筆舌しがたい戦いの末、結局俺が好きなあいつに対してどの程度の思いを持っているのかを400字詰め原稿用紙に書けと言われて、昨日から延々と書いていたんだ。ちなみに、父親は母親に、それを500枚ほど書いて持っていったら、『長い! 一言で!』と切れられたらしい」
カイは再び嘆くように呟きながら最後の書類に目を通して判子を押した。
どうやらそれで終わりであるらしい。
代わりにカイの持ってきた、謎の紙袋から紙を取り出した。
仕事が一段落し、時間が空いたのだろう。
カイが取り出したその紙は、400字詰め原稿用紙のようだった。
ゆうに500枚を超える枚数。
見える範囲でのその原稿用紙にはびっしりと文字が刻まれていて、持った束が垂れ下がる時に、それらが全てそのような状態であると思わせられるようなインクの色が見て取れた。
その情熱に引きつった笑みを浮かべるルチル。
やる方もやる方だと、その情熱に若干ルチルは引き気味なった。
けれどそれに気づいていないカイはその原稿用紙の束をじっと見つめる。
書き連ねたカイにしてみれば、これらにある種の不安があったのだ。つまり、
「幼少期からのあいつへの思いを全てこの紙につらつらと書き連ねていったんだが……もしかして、俺ってマゾなんじゃないかという結論に達した」
「あー、そうかそうか」
今更な感がルチルにはあったが、そろそろ書類の整理も終わりそうだったので試しに突いてみる事にした。
そう、カイにとっての彼女のについて、
「そうだよな、暴力的で、性格悪くて腹黒くて計算高いもんな。敵対した奴が、その姿を見るだけで震え上がるような……」
「そんな事ない! あいつにだって、優しい所も可愛い所もあるんだ!」
脊椎反射で否定するカイに、相変わらずだなと思いながら、ルチルはにやにや笑う。
この絶妙な男心が、カイの悩みのおお元なのだ。
そしてそれを答えて再びカイは頭を抱えた。
「どうするんだあのお見合い相手。何とかならないか……」
「いざとなったら、フィーネと駆け落ちしちゃえば良いんじゃないかな」
「あ、それもそうだな」
良い事を聞いたとあっさり頷くカイに、ルチルはそんな単純な話だったかなと思うも、本人が納得しているからそれで良いか、と、それ以上考えない事にした。
このまま変にうじうじ悩まれて仕事の最中も謎の暗黒な空気を放出されてもそれはそれで気持ちのいいものではないのだから。
そこで誰かが走ってくる足音がする。
カイがピクンと反応した。
それにルチルは、フィーネが来たなとすぐに理解した。
そして案の定、現れた茶色い瞳の彼女、フィーネは元気よく、
「カイ、また迷宮に行くから一緒に来て!」
と一言。
そんなカイを慕うようなフィーネに、今の関係も気に入っているんだよなとカイは心の中で思う。
けれどそれに関してはまだ口には出さず、代わりに苦笑するように、
「またかよ」
「だって負けたくないもん、私は一番が好きなの!」
「仕方がないな……準備してくるから待っていろよ?」
「分かった! 玄関前で待っているね!」
嬉しそうに駆けて行って、他の年配の職員に、転ぶんじゃないよ、と注意されて、はーいとフィーネが答えて去っていく。
「まったく、またかよ」
一人小さく呟くカイ。
けれどその声は、そこはかとなく嬉しそうな雰囲気を含んでいたのだった。