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騎士団長、箱入り娘と世界の真実を知る

難産でした。分かりづらい所が多々あるかもしれません。

後に大幅に変更する可能性があります。

騎士団長視点になります。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

*後半の賢者の台詞を一部変更しました

 頭上に浮かぶ二つの巨大な影が光を遮っていた。

 強風が打ち付けてアークの短い髪が踊るように掻き乱される。舞い上がった砂埃から目を守るために掲げた手の隙間から、こちらへ降下してくる竜の姿が垣間見えた。

 

「 ……でけぇ 」


 隣で同じように腕を掲げたルベルが、囁くように呟いた。

 十分な広さがあるはずの砦の屋上が狭く感じられる程、頭上の竜は大きかった。蝙蝠のように皮膜の張った翼は、広がれば屋上を覆ってしまいそうで、その迫力に原始的な恐怖が湧く。獅子姿のレスもアークの何倍も大きいが、そんなレスですら竜の爪先位の大きさでしかない。

 額に二本の短い角をはやし、鬣が頭から尻尾の先まで続いている。全身を覆う黒い鱗はアークが全力で攻撃したとしても傷ひとつ付けられないだろう。口許から覗く牙と太い四肢の先にはえた爪は、その体躯に見合った凶悪さだ。彼らにかかれば人間など虫を殺すように容易く消し飛ばすことができるだろう。


 まさに彼ら竜はこの世界の王だった。

 

 その巨大な竜の背から何者かがふわりと飛び降りた。

 竜と屋上の間にはまだ相当の距離がある。驚くアークたちの前で、重力を無視した様に緩やかに降り立ったのは白いローブを纏った一人の老人だった。

 

「 いゃあ、久しぶりの強行軍じやった。老体には身に応えるのう 」

「 …賢者殿。ということは、あの竜は竜王自身か 」

「 いかにも。なにぶんミラの存在は、この世界の今後に関わるからのぉ。他の者では些か力不足であろうよ 」

 

 レスに賢者と呼び掛けられた老人は、おっとりとした口調で答えた。長く伸ばした白髪を腰の辺りで括り、豊かな髭が口許を覆っている。賢者は疲れた様子で腰に手を当てて「あたたたた」とうめき声を上げていた。

 

  頭上では賢者を下ろした竜がその巨体を霧状に霞ませてこちらへ向かっていた。霞が集まり現れたのは、黒髪を顎の下辺りで切り揃えた妙齢の美しい女だった。屋上に降り立った女は、高い身長に軍服のようなコートを纏い、長い足をぴったりとしたズボンで包んでいる。男のような装いの中で、水晶のピアスと金色の目が煌めいていた。

 その金色の目がアークの方を見て細められる。

 

「 久しぶりだね、アーク。あのとき君はまだ小さかったから覚えていないかな? 」

「 …お久し振りです、エヴ姉上。それから賢者殿も 」

 

 ルベルが息を飲む音が聞こえた。

 

「 誠に久しぶりじゃのう。元気そうで何よりじゃ 」

「 覚えていてくれたんだね。あれから百年位は経ったかな? 」

「 まだ七十年位ですよ。俺が十歳になった頃でしたから 」

「 さほど変わらないだろう?あの時の子供が随分と立派になったね。また会えて嬉しいよ 」

 

 そう言って今代竜王エヴは笑った

 



 ********




「 母さまぁ~!!私も降りるよぉ~、ど~い~て~!! 」

「 ふぐぉっ!! 」



 空に残ったもう一頭の竜から、いきなり頭にグワンと響くような大声が降ってきた。頭に直接叩き込まれるような大声とは裏腹に、その話し方はどこかのんびりとしていて子供染みたものだった。

 アークは脳を揺らされたような衝撃に、必死に目眩を堪えることになる。高位魔獣のレスですら痛そうに頭を押さえていて、ルベルなど奇声を上げて床に蹲っている。アークも竜の核による強化がなければルベルのように倒れ込んでいただろう。

 ミラの叫び声といい、竜の大声はそこに悪意が有ろうが無かろうが立派な攻撃だ。街と砦がもう少し近ければ、さっきので老人がポックリ逝っていたのではないだろうか。

 アークの腹違いの姉である竜王は、頭を押さえて悶えるアークたちを見て、あきれた様に頭上を仰いでため息を吐いた。

 

「 ……動けるようなら、すまないけれど竜の姿のままで着地できるように、できるだけ隅に寄ってやってくれるかな?あの娘の契約者はまだ竜に乗れるような力はなくてね、先に乗り物を下ろしてやらないといけないんだ。まあ、あの娘は私より小さいから危ない事はないだろうけれど、どうにも落ち着きの無い子供でね。無理なら私がかついでも良いけどどうする? 」


 かろうじて竜王の言葉を聞き取ることのできたアークとレスは、ルベルを引きずってヨロヨロと入口近くに避難する。

 言葉どおり頭上の竜は、竜王の半分位しかない小型の竜だった。茶色の鱗に緑色の瞳をした竜は、ずんぐりとした体に小さめの翼を懸命に羽ばたかせてゆっくりと降下している。どことなく危なっかしいその動きは、先程の話し方といいまだ幼い個体なのかもしれない。

 何やら後ろ足に車輪の付いた箱の様な物を括り付けていて、アークたちが退いたスペースにそれを慎重に下ろすと、すぐに霧のように溶けて人化を始めた。そして現れたのは、焦げ茶色の髪を背中辺りまで伸ばした、まだ幼い少女だった。

 少女は人化が済むと直ぐに下ろした箱の元へ向かい、側面に付いた扉を開いた。

 その扉から先に降りた侍女らしき者に手を添えられ出てきたのは、ブロンドを複雑に結い上げ、ドレスの上から繊細な刺繍の施されたガウンを纏った少女だった。

  

「 ユーラ、大丈夫~? 」

「 ええ、ありがとう。リュイが馬車に結界を張ってくれたお陰で、揺れもなく快適に過せたわ 」  


 心配そうに見上げる竜の少女にユーラと呼ばれた人物は穏やかに笑い返しながらこちらへ歩みより、アークの前で立ち止まるとガウンを摘まみ優雅に挨拶をした。

 

「 初めまして、私はオフィクス王が三女、ユーラ・オフィクスと申します。王に代わって、此度の問題を見届ける為に参りました。若輩者でありますが、どうぞよろしくお願い致します 」


 アークが初めて会うユーラ王女は、成人を迎えたばかりとは思えない程落ち着いた雰囲気の美しい少女だった。アークを真っ直ぐに見つめる、長い睫毛に囲まれた夜空のような紺色の瞳からは、深い知性が伺える。初対面でアークを前にしても萎縮しない女性はとても珍しく、相手が王女とはいえ少し驚いた。

 その見た目と連れている契約魔獣から大体の想像は付いていたが、まさかこんな辺境の街へ王族自らやって来るとは、ミラがこの世でたった一人の龍だったとしても、些か大袈裟に感じられた。

 ミラを連れ戻しに来ただけにしては、何とも物々し過ぎる顔触れだ。竜にとっての龍とはそれ程重要な存在なのか。


「 …ようこそいらっしゃいました。お目に掛かれて光栄です。私はカプト騎士団で団長を務めるアーク・ノルドと申します。こちらは我が領主の契約魔獣のレスです 」

「 ワシはもう何度か会ったことがある。久しぶりだな、三の姫 」

「 お久しぶりでございます。レス様ったら、あまり王宮にいらして下さらないのですもの、忘れられてしまったかと思いましたわ」

「 ワシはああいった堅苦しい場所は好かん。あそこにいる人間もヘラヘラした気色悪い奴らばかりだしな 」

「 まあ、レス様ったら相変わらずでいらっしゃいますのね 」


 可笑しそうに笑みをこぼす王女の隣では、王女の腰にしがみ付く様にして竜王の娘が訝しそうにアークを見上げていた。子供に怯えられるのはいつもの事だが、初対面となる姪っ子に胡散臭い物を見る目で見つめられて、アークはちょっと傷ついた。

 

「 ねぇ~、あなた本当に人間?なんでそんなに魔力があるのぉ?なんで怖い顔してるのぉ?なんで怒ってるのぉ?何か嫌なことあったのぉ?空気が怒ったニザ兄ちゃんみた…ゴォォン!……っいったぁ~い!!母さま何するのよぉ~!? 」


 唐突に始まったなんで攻撃に、呆気に取られるアークだったが、すたすたと近付いてきた竜王が勢い良く拳骨を少女の頭に降り下ろした音で我に返った。見れば少女は先程のルベルのように頭を抱えて床に蹲っている。

 …割れ鐘のような物凄い音がしたが、大丈夫なのだろうか?

 あまりの音に心配になったアークが容態を見ようと屈み込むよりも早く、竜王が少女の襟首を持ち上げて目の前にぶら下げた。


「 お前はまともに挨拶もできないのか?契約者が出来て少しは落ち着くかと思っていたけれど、どうやら間違いだったようだね。先程の大声といい、周りへの配慮もできないようでは人間界の仕事は勤まらないだろう。この事が終わったら、お前は暫くジュデの側でもう一度勉強してきなさい 」

「 や~!!パパの所は嫌だよぉ~!!ユーラ助けて~!」


 少女は竜王に掴まれたまま、目に涙を浮かべて足をじたばたさせている。助けを求められた王女もどうしたものかと困り顔だ。


「 エヴよ、今はそのくらいにしときなさい。リュイもここに何をしに来たのかは分かっとるじゃろう?邪魔をするならなら帰りなさい 」

「 …ごめんなさ~い 」


 ルベルに治癒の魔術を掛けていた賢者に諭されて、竜王は娘を床に下ろし、娘もしょんぼりと賢者に謝罪した。


「 謝る相手を間違っておるよ。この青年はリュイの念話の衝撃で意識を失うところじゃった 」

「 えぇ!?ごめんなさい!私まだ力の加減がうまく出来なくてぇ。お兄さん大丈夫ぅ?まだ頭痛い~? 」

「 …いや、賢者殿に治してもらったんで、もう平気っスよ。でも人間は魔獣みたいに強くないっスから、心臓の弱い年寄りとかはあれで死んじまったりするンで、もうちょっと押さえた方がいいっスね 」

「 本当にごめんなさい~。次からは気を付けるよぉ 」


 謝りながら涙をこぼし始めた娘を、立ち直ったルベルがひょいと抱き上げて頭を撫でた。


「 ほらほら、泣かなくってもいいっスよ。俺はそこで怖い顔してる団長の補佐官してるルベルっス 」

「 私はリュイ。ユーラの契約魔獣なのぉ 」

「 リュイちゃんっスね。よろしくっス 」

「 よろしくっスぅ~ 」


 ルベルの口調を真似て笑顔になったリュイを見てアークもほっと息を吐いた。…しかしルベルは一言余計だ。そんなに自分は怖い顔をしてるだろうか?

 思わず頬を撫でて確認するアークの脇で、竜王は感心したようにルベルを見て言った。

 

「 君の補佐官は私などより余程母親らしいな。私は仕事が忙しくて、家のことはミラに任せっきりでね。甘やかされて育ったせいか、なかなか私の言うことを聞かないんだ 」

「 ……それは子供が子供を育てるようなものではないですか?」

「 おや、君はミラを知ってるのか? 」

「 先ずは場所を変えましょう。その話も含めてそこでお話しします 」


 驚いたようにこちらを向いた竜王に、アークはそう言って入口へと促した。




 ********




「 さて、ここにレスが居るという事は、大体の事情は知っていると見て良いのかな? 」


 場所を応接室へと移し、改めて顔を会わせると、さっそく竜王が話を切り出した。

 王女に付いて来た侍女は他の団員に任せて退出しているが、王女自身がどこまでミラの事情を知っているのかわからない。

 竜王の正面のソファーにレスと共に腰掛けたアークは、慎重に口を開いた。


「 ……私がレスから聞いたのは、竜の娘が一人で人間界へ逃げ出し、この街に向かった可能性が高い事と…それからその娘の人化した時の特徴と、魔獣の時の姿の事ですね 」

「 アークもレスも、王女の事は気にせんで良い。竜の契約者として知るべき知識は教えてあるのでな 」

 

 竜王の隣に腰掛けた賢者がアークたちに向けて言った。

 追加で運び込んだ長椅子に座る王女に視線を向ければ、ニコリと微笑んで頷かれた。その隣にはリュイを膝に抱えたルベルが居心地悪そうに座っている。

 何とも不敬な事だが、王女が自分はただの見届け役だからと言ってその席を望んだのだった。そして侍女と一緒に退出しようとしたルベルだったが、リュイがしがみついて離れなかったので、王女に促されてしぶしぶその隣に腰を下ろすことになった。


「 ミラの事を知っているようだったけれど、アークはミラに会ったのかな? 」

「 昨日、街を歩いているところを保護したのですが…申し訳ありません、つい先程部屋から逃げられてしまいました。今団員たちに後を追わせています 」

「ああ、私達の気配を感じて逃げられたかな。あの娘は精霊との繋がりが深くて、大体の気配に敏いんだ。自分の気配を殺すのも上手いから、本気で隠れられたら探しだすのに時間がかかるかもしれないね 」 

「 …あの、ちょっと良いっスか? 」


 思案顔で黙り込んだ竜王に向けてルベルが恐る恐る口を開いた。

 抱えたリュイを落とさないように、ごそごそとジャケットのポケットを探り、何やらハンカチに包まれた塊を取り出した。


「 団長への報告が後回しになりましたけど、ミラちゃんが寝てた部屋にお金が置いてあったんスよ 」


 ルベルの手でテーブルの上に広げられたハンカチには、それなりの金額が包まれていた。

 ミラは何を思ってこのお金を置いていったのだろう。なにも言わずに消えてしまった少女に、アークは再び焦燥に駆られた。

 あの世間知らずがまた一人でふらふらとしているのかと思うと、今すぐ探しに部屋を飛び出したくなる。


「 多分これミラちゃんが置いてった物だと思うんで、今うちの契約魔獣に臭いを追って貰ってるところっス。なんかミラちゃん窓から飛んでったみたいっスけど、多分竜が到着するまでは街に隠れてるんじゃ無いかと思って 」


 竜を迎えるまでアークとレスが話し込んでいる間に、ルベルは一人で動いていたらしい。確かに気配は殺せても、臭いまでは消せないだろう。ルベルの英断だった。


「 ルベル君は気が利くのう。では、ミラの事はそちらに任せるとして、アークには少し話に付き合って貰うとしようか 」


 おっとりと言った賢者に、ルベルは焦ったように言葉を挟んだ。


「 いや、絶対に見つかるとか確信は無いんで、そんな期待されても困るんスけど 」

「 なに、ミラのことなら心配ないさ。あの子はああ見えて強いからね。世間知らずではあるけれど、力だけなら私以上だよ。人間に傷つけられる様な柔な体はしてないさ。何しろ龍だからね 」


 あっさりと言い切った竜王にアークたちは困惑を隠せない。

 ミラを連れ戻すために、ここまで物々しい顔触れで来たのではなかったのか?居なくなった龍を心配してここに来たにしては、竜王も賢者も落ち着き過ぎているように感じる。


「 わしらが来たのは、なにもミラを連れ戻す為だけではない。むしろ今回の事は良い機会じゃった。ミラをあのまま魔獣界に閉じ込めて置くわけにもいかんかったしのう 」

 

 賢者の言葉にますますアークの困惑は深まった。

 何か知らないかとレスの方を見るが、彼もアークと同じように訝しげにしている。


「 話が良く分からんのだか、竜王たちはミラを連れ戻すためにここまで来たのでは無かったのか? 」


 疑問を口にしたレスに向かって、竜王は何やら驚いたように返した。


「 レスは先代から龍に関しての記憶を受け継いでないのか?獅子族程の魔獣であれば、記憶の継承を疎かにするとも思えないんだが 」

「 ワシの先代の族長は契約者を庇って死んだから、あまり引き継ぎらしいことは受けなんだな。何か不味い事があるのか? 」

「 そうか、獅子族は先代以外に古の記憶をもつ者が生き残っておらなんだか。最後に神が降りてからもう千五百年たつからの、比較的長命な種族であっても、そろそろ限界かもしれんのぅ 」 


 賢者の何気ない一言にアークは息を飲んだ。

 

「 ちょっと待ってくれ、今賢者殿はなんと言った?神が降りたと聞こえたのは、ワシの聞き違いか?」


 レスが机に乗り出すようにして、賢者に問いただした。

 アークもそのような話は聞いたことがない。千五百年前といえば、人間界の暗黒期である戦国時代が終わった頃だ。それが事実であるなら、なぜその様に重要な歴史が一切残っていないのか。


「 聞き違いなどしておらんよ。確かに千五百年ほど前に一度神がこの世界へ降りておる 」

「 ではなぜ、その話が公に伝わっておらんのだ! 」

「 それは神がそう望んだからじゃ。お主らはこの世界の神話は知っておるな? 」


 いきり立つレスを物ともせず、賢者は穏やかに問いかけた。

 神話とはこの世界の創世記だ。神が龍と共に降り立ち、乾いた世界に魔力を満たして水を産み出した話だ。アークも寝物語に領主の妻から聞かされたし、騎士学校の授業でも学んだ。この世界で知らない人間など居ないほど有名な話だ。


「 神話ではこの世界に神と龍が降り立ったとされるが、ではなぜ神はこの世界に降り立ったのか、その事については何も語られておらぬ。それは何故か? 」


 固唾を飲んで見つめる先で、賢者はアークの目を見つめて言った。


「 それは人間が神の言葉を忘れたからじゃ。短命で力の弱い人間たちは、神に与えられた役目を忘れ、欲に駆られて他者から奪う事を覚え、この世界を壊しそうになったからじゃ。神はそれを危惧した 」


 賢者の目には深い悲しみと憤りが浮かんでいた。その目に真っ向から射抜かれて、アークの手は知らず震えだす。


「 神は記憶を龍の鱗に封じて一人の人間だけに与えた。そうして生まれたのが『賢者』じゃ。そして来るべき時まで人の世界を監視するように、人間の中でも信の於ける者だけに記憶を伝えるように言った。わしは先代から核を受け継いだ二代目の『賢者』じゃ 」


 賢者は話ながらローブの留め金を外し、襟元を寛げて晒されたその胸元には、銀色に輝く核が埋め込まれていた。

 その核を目にうつした瞬間、アークの胸の核が燃えるように熱くなり、その熱で体が焼けるように痛みだした。胸を押さえて呻き声をあげたアークに、気付いたレスが声をかけた。


「 おい、アークどうしたんだ?どこか痛むのか? 」

「 ちょっと団長、どうしたんスか!? 」

「 ……いい、構うな。賢者殿、話を続けてくれ 」

「 でも、団長! 」

「 ルベル君、座りなさい。話を続けよう 」


 心配して席を立ったルベルを、賢者は再び座らせる。今の賢者には有無を言わせない迫力があった。

 そのやり取りの間も賢者はアークから目を離すことは無かった。アークも核から目を離し、再び賢者と目を合わせた。

 多分これはアークにとって必要な話なのだ。父親から受け継いだ核が、その本来の力を取り戻そうと蠢いているのがわかる。

 幼いあの日、賢者によって封じられた獣が人の体を喰い破り、今再びその姿を現そうとしている。

 

「 神はまだ手付かずの世界を探して、ここを見つけた。神はその世界を魔力で満たし、魔力から生まれた精霊が水を産み出し、そして龍は一つの卵を産んだ 」


 …ああ、あの娘は。

 胸の痛みと熱が、心臓の鼓動と重なって響く。

 その度に目に浮かぶのは、昨日からアークの感情を振り乱して離さない一人の少女の姿だ。


「 木を植えたのは命を育むため。獣と人を産み出したのは、その命を循環させて世界の淀みを無くすため。精霊たちはその世界の構成を司る 」


 思えば泣き顔ばかりを見ていた気がする。

 目を離すことができず、怯えられれば苛立ち、泣かれれば共に胸が抉られる思いがする。


「 ミラはエヴの産んだ子供ではなく、神と龍の子供。龍は、神の生み出した人間を心配して、魔獣を生み出したのではなく、我が子を心配して魔獣を生み出した 」


 隣で笑っていてくれれば、どれ程幸福であろうか。


「 魔獣に与えられた使命は、龍の子供を守ること。そのなかで竜に与えられた使命は、卵が孵り、背中に翼が生えて、神と共にこの世界を飛び立つまで、守り育てること 」


 …ミラ、君は。


「 この世界は全てミラのために造られた揺りかご。ミラが飛び立てば、この世界は神によって消されるであろう 」


 核が跳ねるように脈動し、アークの中の獣が目覚め咆哮をあげた。



本編に行き詰まって番外編を書きました。

ミラの姉視点の話です。

こちらも読んでいただければ嬉しいです。

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