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6/8

箱入り娘、再び街にでる

ミラ視点です。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

( *4/28 後半を一部加筆修正しました )

 

 夢を見た。

  

 自分は深い水の底で微睡みながら踞っている。

 光の届かない水の底は周囲に魚の影もなく、真っ暗で冷たい場所だった。

 冷たい水と静寂は心地よくて、不思議と寂しさは感じなかった。

 ずいぶんと長い間そうして一人でぼんやりしていた。

 たまに精霊たちが来て何か話しかけてきたけれど、その記憶も泡のように弾けて消えていった。

 ただひたすら生まれでる時を待って、ふわふわと微睡んでいた。

 

『 この世界は君の為の揺り籠。君に翼が生えるまで、僕の目となって世界を見せておくれ。翼が生えて旅立つ時に、この世界を生かすかどうかを決めるために 』

 

 遠い記憶で誰かが言った。

 

『 この世界が君を育むに値する場所に成長することを願っているよ 』  

 

 だけどそれも泡になって冷たい水に溶けていった。


 



 ********

 

 

 

 ミラはよく知る気配を感じて目が覚めた。

 アークもルベルも出ていったようで、部屋にはミラ一人だけだった。ベッドを出て、テーブルの上に置かれた水差しからコップに注ぎ飲む。ぬるめの水が乾いた喉を潤して、とても美味しく感じた。


 ( 母さまが来たんだ… )

 

 追って来るなら兄か姉だと思っていたが、この気配は母と妹のものだ。ルベルが言っていた、この国のお姫様の契約魔獣となった竜とは妹の事だったのだろう。ミラは唇を噛みしめた。


 アークがしてくれた話は、ミラには知らされていない話ばかりだった。ミラを召喚できる人間がいないことも、幼い弟や妹がミラより先に召喚魔法で喚ばれた理由も。

 家族がみな契約魔獣なのは誓約によって決められていた事で、そしてそこにミラは含まれていない。それはきっと、ミラがこの世界でただ一人の龍だから。家族は端からミラを契約魔獣にするつもりなどなかったのだ

 

 なぜ話してくれなかったのだろう。契約魔獣になるんだと張り切るミラを、家族はどう思っていたのだろう。

 たくさん涙を流しても、混乱した頭と心はちっともスッキリしなかった。


 母の気配からはまだ距離があるが、こちらへ向かっているのが分かる。

 …まだ会いたくない。今はまだ、どんな顔をして会えば良いのか分からない。


 ポケットから持っているお金をすべて取り出し、使ったコップと一緒にテーブルの上に置いた。こんなもので貰った恩は返せないけれど、せめてもの感謝の気持ちだ。

 部屋の窓を開けて、身に纏う魔術の構成を変える。

 ミラの身体が霧のように霞んで散り、再び集まったとき、そこには銀色の小鳥がいた。小鳥になったミラは確認するように小さく羽ばたくと、そのまま窓から飛び立った。その時一度部屋の中を振り向いたが、再び扉が開かれることはなかった。


 空から見たミラが一晩お世話になった場所は、石でできた武骨な城のような所だった。これがアークの騎士団の砦なのだろう。


 ( お礼も言えないまま出てきちゃったな )

 

 眉間に皺を寄せてミラをじっと見つめるアークの顔を思い出す。癖なのかそれとも警戒していたのか、彼はミラから視線を離そうとしなかった。眇められた眼光は金色に輝いて、その目線に晒されるとひどく緊張した。人にしては多すぎる魔力を制御できていないようで、全身から漏れる魔力のせいで物凄い威圧感だった。

 ミラは彼ほどの魔力を持つ人間を、他に[賢者]くらいしか知らない。いや、[賢者]でも敵わないかもしれない。不思議とアークの魔力は竜のものに似ていて、まるで家族から怒られているような居た堪れなさに逃げ出したくなった。

 

 アークの契約魔獣は誰なのだろう。

 母ほどの強さを持った魔獣などいただろうか。もしかしたら竜族の誰かかもしれない。ミラはその魔獣がとても羨ましくなった。

 

 アークもルベルも泣いてばかりのミラにとても優しかった。失礼な勘違いまでしたのに、お腹を空かせたミラに美味しいご飯を食べさせてくれた。昨日アークに保護されなかったらどうなっていたことか、今となっては恐ろしい。

 ミラには残酷な真実も、アークは分かりやすく丁寧に説明してくれた。顔は怖いのにその態度はとても誠実で、泣いてしまったミラを心配そうに撫でてくれた。家族とは違う大きな手が頭を覆うように撫でると、まるでミラを守るようにアークの魔力で包み込まれて、その優しさに余計泣けてしまった。

 ミラが逃げた事を知ったら、彼はまた怒るだろうか。怖い顔をしながら心配してくれるだろうか。

 

 いくつかの屋根を越えると門が見えてきて、ミラはそれも通り越して街へ向かうことにした。とりあえず街で身を潜めて母をやり過ごし、その後でここから離れればいい。心細くはあるが、もう少しこの世界を見てまわりたい。人間界に来るのはこれが最後になるかも知れないのだ。

 

 人間達の家は、ミラの住む家に比べるとちっぽけに見えるほど小さかった。騎士団の砦に向かって延びる大通りを中心にして、石造りの小さな家がぎゅと集まり、高い外壁がそれを囲んでいた。

 屋根の中の一つに降り立ったミラは、人目がないのを確認してまた魔術の構成を変える。

 今度現れたのは銀色の猫だった。

 

 変化の魔術はとても難しい魔術だが、変化する対象が元の大きさから離れれば離れる程よりその難易度は高くなる。小鳥のような小ささで長時間いるのはミラにとっても難しい。街に隠れるには、目立たない大きさの物に小まめに変化するしかない。 


 猫になったミラは屋根づたいに歩き出した。屋根から見下ろす街は活気に溢れて騒がしい。昨日は余裕がなくて見ていなかったが、こんなに沢山の人間を見るのは初めてだ。

 屋台には野菜が積み重なり、料理を売る店からは客引きの声が上がる。兵士や狩人達が狩ってきた獣の肉が運ばれてきてそこに人が群がり、子供がその周りをはしゃいで走り回っている。迷子になって泣いている子供を契約魔獣が連れ戻し、子供は母親から拳骨を貰ってから抱き締められた。

 神話を歌う吟遊詩人らしき歌い手と、その契約魔獣だろう蜥蜴が炎を使って神話の場面を再現し、観衆から驚きの声が上がった。

 

 そこにはミラの知らない沢山の人間の生活があった。

 人間達の戦争が終わってから千五百年。あっという間に人間達はその数を取り戻し、戦争によって荒野となった世界には森が増えた。人間界にある神様の植えた[ 始まりの木 ]も、魔獣界の[ 始まりの木 ]を通して息を吹き返したと聞いている。

 

 人と魔獣が手を取り合い、共に仲良く暮らしている。目の前に広がるのはミラの憧れた世界そのものだった。


 こっそり覗いていたはずが、楽しげな雰囲気に引き寄せられて近づき過ぎてしまったようだ。珍しい色の猫を見つけた人間達がこちらを指差して騒ぎ始めたので、ミラは慌ててそこから駆け出した。

 

 そろそろ母がここへ到着する頃だろう。

 人気のない裏道を選んで、ミラは身を隠すことにした。

 

 

 

 ********

  

 

 

 裏道に置いてあった水差しの影に身を隠してどのくらい経っただろう。ふいに上から声が掛けられて、ミラは思わず飛び上がった。

 

「 やっと見つけた!ねえ、あなた魔獣でしょう!? 」

 

 家族に頼まれて探しに来た追っ手かと思い、ミラは慌てて逃げ出そうとする。

 

「 待って、逃げないで!お願い話を聞いて!私、妹を探してるの!どこかでグリフォンの子供を見なかった!? 」

 

 泣き出しそうな声がミラを追い掛けてきて、思わず足を止めて振り返った。

 声を掛けてきたのは二十歳位に見える女性だった。焦げ茶色の髪を一つに括り、動きやすそうなシャツとズボンにマントを羽織っている。首からは羽を型どった水晶の首飾りを下げていた。目元を確認すると琥珀色の瞳が縦に割れていて、この女性が人化した魔獣であるのが確認できた。

 

「 ありがとう、話を聞いてくれるのね。私はシュク、グリフォンの魔獣よ。さっきあなたを見掛けて慌てて追いかけてきたの。あなた猫の姿をしてるけど、本当は変化した魔獣よね?そんな色の猫、見たことないもの 」

 

 どうやら思ったよりも目立ってしまったようだ。確かに青銀色の生き物はミラ以外にいないだろう。それが猫の姿をしていれば、余計目立っても仕方ない。…これはちょっとまずいかもしれない。

 

「 ねえ、どこかでグリフォンの子供を見掛けなかったかしら?私の妹なの。数日前に隣の街で居なくなってしまって、それからいくら探しても見つからないのよ。最近人化できるようになったばかりで、まだ契約者もいないの。人間達も探してくれてるけど、全然見つからなくて 」

 

 猫の姿のミラにすがり付くように、地面に膝を落としたシュクは必死に言いつのる。見ればシュクのマントもズボンも泥だらけだ。どれ程妹を探して歩いたのだろう。そのボロボロになった姿にミラを心配する家族の姿が重なって心が痛んだ。

 

「 …ごめんなさい、僕も最近人間界に来たばかりで何も知らないんだ 」

 

 ミラの言葉に落胆を隠せず俯いたシュクの頭上を、大きな影が二つ横切っていった。

 

 ( 母さま… )

 

 とうとう母が到着したのだ。街中から驚きの声が上がり、裏道にいるミラとシュクのもとにまでその声は響いてきた。

 

「 竜!?まさか竜が来るなんて、この街で何が起こっているの!? 」

 

 気づいたシュクも青ざめた顔で空を見上げている。魔獣の王が自ら出てくる程の問題がおこった場所の近くで、妹が行方不明になったのだ。妹が何かとんでもない事態に巻き込まれたのではと、シュクの目に絶望が拡がっていく。

 

 ( …どうしよう、竜が来たのは家出した娘を連れ戻すためだなんて言えないし。妹さんは何も関係ないって事くらいは言った方が良いのかな。でも言ったら何で知ってるのか、絶対聞かれるよね?うわぁ、どうしよう物凄い罪悪感だよ! )

  

「…ああ、プエル。あなたどこにいるの?どうか無事でいて…! 」

 

 とうとう顔を覆って泣き出したシュクを前に、ミラは途方に暮れるのだった。

 

 

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