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騎士団長、箱入り娘を説得する

今回は騎士団長視点となります。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

( 4/19 主にルベルについて加筆修正しています )



「 どうした、食わないのか? 」


 アークは目の前でよだれを垂らさんばかりに料理を見詰めている少女に声を掛けた。さっきは盛大に腹を鳴らしていた癖に、今は見つめるばかりで一向に手を付けようとしない。団員に持ってこさせたばかりの料理は、まだほかほかと旨そうに湯気を上げているというのに。


「 毒なんか入ってないぞ。それとも食えない物でもあるのか? 」


 騎士団の団員のほとんどが契約魔獣を持つなかで、アークは契約魔獣を持っていない。なので普段、魔獣が何を食べているのかなど全く分からない。たまに食堂で契約者から食事を分けてもらっている魔獣を見かけたりするので、別段人間の食事が食べられない訳ではないはずだが。

 いぶかしく思っていると、少女がおどおどとこちらを見上げた。

 銀に一滴の青をたらした様な淡い色の大きな瞳は、高い魔力が滲んで揺らいでいる。その瞳孔は縦に割れていた。魔獣が人化した時の特徴だ。

 歳は十歳位だろうか。目と同色の長い髪は緩く編んで片側に流し、水晶でできた花の髪飾りが輝いてる。着ている青いドレスには白い小花の飾りがあしらわれ、襟元には繊細なレースが飾られていた。


 美しい少女だった。それがかりそめの姿であると理解していても、目を引かれずにはいられない。


 人の姿をとることができるのはかなり高位の魔獣だ。随分と上手く変化しているのか、自然とこぼれ出すはずの魔力や威圧感を瞳以外から感じることはない。普通の人間は、この美しい少女が人ではないなどと中々気づかないだろう。ここまで力のある魔獣を見たのは、アークも初めてだった。だから、警戒した。


 しかしそれも、さっきまでの話である。

 散々怯えられてボロ泣きされて、部下にはロリコンだの強姦魔などと罵られ、真面目に警戒するのもバカらししくなった。

 今もアークと目があった瞬間にビクリと震えて、また泣き出しそうなのを堪えているのがわかる。これが演技だとしたら大女優だ。余りにも怯えられて、アークも段々不愉快になってきた。これでは、こちらが弱いもの虐めでもしているかのようだ。ただ食事を勧めただけなのに。

 アークの眉間にシワが寄り、ますます少女が怯える。悪循環だ。


「 ちょっと、団長。何んで睨んでるんスか。そんなんじゃ、この子もご飯食べられないでしょうが 」

「 別に睨んでなんか無い 」

「 睨んでなくてそれじゃ、もっと怖いんでスけど。地顔で怖いのに今の団長の顔、団員でも近付きたくないレベルっスよ?」

「 余計なお世話だ! 」


 アーク付きの第一補佐官であるルベルが、いつもの軽薄な口調でいなしてくるが、生まれ持った顔はどうしょうもない。怯えさせたい訳でもないのに、勝手に相手が怯えるのだ。確かに昨日は脅し過ぎたかも知れないが、その分さっきは精一杯優しく対応したはずだ。それなのに、ここまで怖がられたらさすがにアークも傷つく。泣けるならこちらが泣きたいくらいだ。


「 ほら、あんたも早く食べろよ。せっかくの飯が冷めちゃうじゃん 」

「 …あの、ありがとうございます。いただきます 」


 ルベルにも進められて、少女はようやく食事に手をつけ始めた。アークがいくら進めても食べなかったくせにと、些かイジケた気持ちになる。

 ルベルは赤茶けた髪に灰色の瞳のをした、筋骨逞しい青年だ。そこらの破落戸と変わらない柄の悪さだが、軽薄な口調と何時も眠たそうに目を細めている気の抜けた雰囲気で、アーク程周りに怖がられない。見た目に反して、八人兄弟の三男という微妙な立場のためか、面倒見も良いので団員達に何かと頼りにされている。今も少女にフォークを持たせ、水を用意してと甲斐甲斐しく動いていた。


 最初は遠慮がちに、というよりは戸惑った様に食事をしていた少女だが、食べ進めるうちに余程空腹だったのか夢中になって口に運び始めた。目には先程とは違った意味の涙が浮かんでいる。本当によく泣く子供だ。


 瞬く間に減っていく食事を眺めながら、この勢いで食べていながら何故下品にならないのか不思議に思う。

 この少女が何者であるにしろ、育ちが良いのは確かである。着ているドレスも派手ではないが、何かしらの魔法が施された一級品だった。何処かの国のお姫様がお城から抜け出してきたと言われても信じてしまう高貴さがあった。見た目だけは、の注訳付きだが。


 今朝この部屋の扉を開けて、窓に片足をかけているあられもない姿を見た時はぎょっとした。その後も、意味不明なことを泣き喚くわ、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだわで高貴さの欠片もなかった。


 あれからさほど時間は経っていないはずなのに、物凄く疲れた。昨日からアークの感情は、自分でも収集が付かない程に荒れ狂ったままだった。


 夕暮れに、初めてこの少女を見た時の事を思い出す。

 仕事に出た先で見つけた少女から、目が離せなくなった。こんな辺境の街には場違いなドレス姿。俯いて表情までは見えないが、纏う空気が少女の周りだけ鮮やかだった。少女に気付いた住人がぽかんと口を開けて見送っている。いつも騒がしい大通りが、かつて無いほどに静かだった。


 あれは人間ではないと、アークの本能が告げた。


 とたん怒りがわいた。

 同時に泣きたくなった。何故かは分からない。大切にしまっておいた宝物が道端に捨てられているのを見つけた様な気持ちだった。

 こんな所を一人で歩いていることも、疲れた様なふらふらとした足取りも、拐ってくれと言わんばかりの無防備さも、全てが耐え難かった。


 気が付けば後を追って走り出していた。何度声を掛けても振り向かない姿に余計に腹が立った。やっと振り向いたかと思えば、こちらの言葉にも反応せずぼんやりと見上げてくる。その警戒心のなさと、手に握られた紙によってアークの理性は焼き切れた。

 その後、気を失った少女を抱き止めて、ようやく我に返り呆然とした。


 ついさっきまでの自分が理解できなかった。まるで、得体の知れない者に操られていたかのような薄気味悪さにゾッとした。

 それでいて、腕に抱いた少女に安堵と幸福を覚えている自分がいた。


 その不可思議な感覚は、少女への警戒を解いた後も未だに続いている。





********




「 そろそろ話を聞かせてもらおうか。お前の名前は?この街には何をしに来たんだ? 」


 少女が食事を終え、ルベルが入れてきたお茶を飲みながら落ち着いたところで、アークは話を切り出した。


「 名前も名乗らずにすみません!僕の名前はミラと言います 」

「そうか。俺はさっきも言ったが、ここの騎士団長をしているアーク・ノルド。こっちはルベル・キャヌス補佐官だ」

「よろしくっス」

「 で?昨日はこの街で何をしていたんだ?契約者はどうした 」


 慌てたようにミラと名乗った少女は、次の質問でとたんに表情を暗くした。


「 …僕に契約者はいません 」

「 え!?あんた、契約者いないの?なのになんでこんなトコ一人でふらふらしてんだよ! 」


 ルベルが不躾に声を上げたのにも頷ける。魔獣が契約者も無しに人間界へやって来るのは珍しい事でもないが、こんな幼い少女が一人で居るのには眉を顰めざる負えない。特にミラは人化できる程の高位魔獣だ。どんな事件に巻き込まれるかわかったものじゃない。


 貴族や金持ちにとって、強く美しい契約魔獣を持つことは一つのステータスだ。その上、高位魔獣の心臓を食べれば不老不死になれるなどという噂を信じている者もいる。どんなに国が監視していようとも、裏で良からぬ事を企む連中は後を絶たない。そんな連中にとってミラは好い鴨だろう。


 魔獣は人では敵わないような力をもつが、基本的に単純で、正直あまり頭が宜しくない。少し好奇心をくすぐってやれば簡単に罠に嵌まってしまう。高位魔獣によっては人よりも知恵の回る者もいるが、それはごく一部でしかないのだ。そしてそういった一部は、各国の王族や教会の上層部に監視役として送り込まれるのが殆どだった。

 …ミラはどう見ても前者だった。

 懐から昨日の紙を取り出すと、ミラが気付いて、あっ、と声をあげた。


「 これには契約者探しと書いてあるが、大概はそれに託つけた加護狙いだ。召喚するだけの魔力の無い人間が集まって、魔獣に飯や酒を振る舞っていい気持ちにさせたところで、あわよくば加護を授かろうっていう魂胆だ」

「 大体、契約魔獣なんて探さなくっても、召喚すればすむ話っスからね 」

「 その上、そこに集まった魔獣を狙っての犯罪が最近は多い。この前は、別の街でこれに参加した高位魔獣が行方不明になっている。そいつはまだ見つかっていない。…お前も参加したのなら、目をつけられている可能性があるんだ 」


 昨日無事に保護できて本当に良かった。話を聞いて顔面蒼白になったミラを見て、アークは心底思った。


「 契約者も無しに人間界に来る危険を、知らなかった訳じゃないだろう。家族は何も言わなかったのか? 」


 食べてくれるな、と泣き叫んでいたからには知らないわけがない。それでも人間界に来たからには、余程の事情があるのだろうか。


「 ……僕、その、契約魔獣になりたくて……でも、召喚してもらえなくて。それで、人間界に来れば契約者も見つかるかもしれないと思って 」

「 親はどうした 」

「 ……反対されたけど、でも、どうしても契約魔獣になりたくて… 」

「 ……マジで家出かよ 」


 勘弁してくれ、とルベルが遠い目をして呟いた。気持ちは良く分かる。アークも同じ目をしていることだろう。

 今頃魔獣界のミラの家では、どの様な騒ぎになっているか、想像するのも恐ろしい。


 どうにかして大人しく魔獣界に帰って貰わねばならない。高位魔獣とは、人間界で言えば王族の様なものだ。そういった意味では、先ほどのお姫様という例えも間違いではない。

 すでに一人行方不明になっているというのに、ミラにまで万が一の事があれば、魔獣界と人間界で戦争にもなりかねない。そうなれば、人間界が一方的な滅ぼされることだろう。胸の内は複雑だったが、これからの事を考えれば、魔獣界へ帰す他ない。


「 基本、召喚魔法で呼び出される魔獣は術者の魔力に依る。これは知っているな? 」

「 ??はい、わかります 」


 突然話しを変えたアークに、ミラは付いていけずに不思議そうな顔をした。

 本当だったら、こんな話しはミラの両親が話して聞かせるべきものだ。何故自分が貧乏くじを引かねばならないのか。


「 契約するのも同じだ。強い魔獣と契約するには、人間側も高い魔力が必要となる 」

「 ??? 」

「 …つまり、お前が召喚されないのは、お前を召喚できる程の魔力をもつ人間がいないからだ 」

「 え? 」

「 人間界を探し回ったとしても同じだ。高位魔獣と契約するだけの魔力をもつ者がいないか、すでに契約しているか、どちらかだろう。 」

「 え?え?…ええ??」

「 大人しく魔獣界で召喚されるのを待ちなさい。何十年かすれば、お前を召喚できる人間も生まれるんじゃないか 」

「 うぇぇえぇぇぇ!!?? 」


 ミラの絶望に染まった顔を見ながら、顔も知らないミラの両親に殺意が湧いたアークを誰が責められようか。


「 そんな!でも、人間はたくさんいるんでしょ!?さ、探せば一人くらい見つかるかもしれないじゃないか!! 」

「 俺はここの領主の契約魔獣を知っているが、あいつも獅子の高位魔獣だ。つまり領主はかなりの魔力もちだ。…お前は見たところ、そいつでも話にならない程魔力が高い 」

「 マジっスか!?領主様、この国でもトップレベルの魔力持ちっスよね。それより高い魔力持ちつったら、王族か、 あっ、確か末の姫様が何年か前に竜を召喚したとかって、お祭り騒ぎになってたっスよね 」

「 !? 」

「 ああ。しかし王族は竜王との誓約によって、何が召喚されるか大体は決められてるって話だ。あとは『賢者』だか、今代の『賢者』は竜王自身が契約してるからな 」

「 !!?? 」

「 どうしても契約魔獣になりたいというなら、竜王に嘆願してみたらどうだ。お前も高位魔獣なら、話くらいは聞いてくれるんじゃないか? 」


 ミラに話を向ければ、何やら蒼白な顔で目を見開き、口許を戦慄かせている。目には限界まで涙をためていた。


 嫌な予感がしたアークとルベルは、無言のまま両手で耳を塞ぐ。そして


「っ母さまのバカぁぁぁーーー!!!うわあぁぁぁーーー!!!! 」


 本日二度目の絶叫が響き渡り、ミラの両目からは大粒の涙がこぼれた。





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