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箱入り娘、保護される

 窓に掛かるカーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。

 光はベットで眠るミラの上にもこぼれてキラキラと輝いていた。光の妖精たちがミラの瞼をつついたり髪を引っ張ったりして遊んでいるのだ。


「 うーん… 」


 ようやく目を開けたミラに、妖精たちはキャラキャラと笑いながら無邪気にまとわり着いてくる。なついてくれるのは嬉しいが、寝ている間の悪戯はいただけない。顔にへばり着いていた一匹を摘まみ上げると、目の前にぶら下げて注意しておく。


「 おはよう。あんまりイタズラしないでよ。くしゃみのついでに吹き飛ばしちゃったらどうするの? 」


 妖精くらいならブレスで簡単に焼き殺せてしまうのだ。寝ている間にそんなことになれば、さすがにミラも寝覚めが悪い。

 ミラの言葉を聞いた妖精たちがあわてて逃げていく。摘ままれていた妖精も、きゃーきゃー言いながら手から身を捻って抜け出し勢いよく飛び出して行った。

 その姿をなんとなく目で追ってから、見知らぬ部屋を見渡した。ミラが寝ているベットとテーブルと椅子が二脚あるだけの小さな部屋だった。


( ここどこだろ? )


 たしか昨日は体力の限界がきて、男の前で倒れたのだ。殺されはしなかったが[ 騎士 ]であろうあの男に捕まったようだ。罪状が何かは分からないが。ここは罪人を収容する部屋だろうか?


( これからどうしよう… )


 ミラはベッドに寝転んだまま、ぼんやりと天井を見上げた。


( とりあえずこの街から離れないとダメだな )


 そろそろ兄弟たちもミラが逃げた事に気付いただろう。

 ここを出たら何かご飯を買って食べよう。空腹では逃げ切ることもできない。ミラを心配する兄弟達には申し訳ないが、どうしても契約魔獣になる夢を捨てられないのだ。


 人間は寿命が短い分、繁殖力が強いという。たくさん人間がいるのなら一人くらいミラと契約したがる者もいるはずだ。

 もしも世界中探し回っても契約者が見付からなかったら、悲しいけれど諦められる。その時はおとなしく魔獣界へ帰って、周りが望むとおり静かに暮らそう。別にすべての魔獣が契約して人間界に行くわけではない。ミラの周囲が特殊なだけで、大概の魔獣は契約せず魔獣界でのんびり暮らしているのだ。


( ここを出たら、どこに行こう )


 弟と妹が召喚されたのは[ 学園 ]という場所だった。そこはたくさんの子供が集められて、みんなで色々な事を学ぶ場所らしい。ミラも[ 学園 ]に行けば契約者が見つかるかもしれない。それに[ 学園 ]なら人間界に関する色々な知識を学ぶ事ができる。そこで人間界のルールを学べば、昨日のように人間を怒らせることも無くなるだろう。


 昨日は本当に怖かった。男は高位魔獣のミラですら怯える程の魔力を放っていた。まるで魔獣の様な男だった。あんな人間もいるのだ。


( あの男の人は僕をどうするつもりなのかな… )


 何にしてもまずは、自分の罪状を確認しなければならない。それによって、これから取るべき行動が変わってくる。[ 賢者 ]に聞いた話のなかには、罰金や懲役という刑罰があった。罰金を払うにしても、ミラの手持ちで足りるのだろうか。


( 懲役…鉱山で働くんだっけ?僕はそこで働かされるのかな?謝ったら許してくれないかなぁ )


 さすがに死刑にはならないだろう。昨日のうちに殺されたりはしなかったし、そこまで悪い事はしていないと思う。ミラは初めて人間界へ来たのだから情状酌量の余地はあるはずだ。


 ミラは[ 賢者 ]のシワシワの顔と穏やかで優しい声を思い出す。刑罰の他にも人間界へ行った時に困らないように、色々なことを教えてくれた。ミラは母の契約者である[ 賢者 ]が大好きだった。でも何か忘れているような気がした。なんだったか、とても大切な話を…


『 …なかには、魔獣の心臓を食べれば不老不死になれると信じとる愚かな人間もいる。そういう輩に捕まらない様に十分注意なさい。 』


 ミラはあわてて飛び起きた。


( まさか、あの男は僕を食べるために捕まえたのか?! )


 考えてみれば昨日のミラは走ってパーティー会場へ向かい、間に合わなかった事を知って、そのまま街の外へ歩いていただけである。街に入って半時もしない時間でそうそう悪い事などできただろうか?いくらミラが世間知らずでも、道を走っただけで罰をくらうとも思えない。


 それならなぜ、男はあんなにも怒っていたのか。


 もしかしたら、あの『 出会いパーティー 』自体が間抜けな魔獣を呼び寄せる罠で、せっかく見つけた獲物を逃がしそうになって男は怒っていたのかもしれない。


( ああ、なんでこんな重要な話を忘れてたんだ!! )


 多分ミラは人間を嫌いになりたく無くて、記憶の隅に追いやってしまったのだ。兄弟たちはチラシの罠に気付いたから、あんなにも反対したのだろう。それでミラを閉じ込めてまで行かせまいとした。


( なんで兄ちゃん達の話をちゃんと聞かなかったんだ!! )


 今さら後悔しても遅い。『 後 』で『 悔いる 』から『 後悔 』なのだと、ばーちゃんと喧嘩したじーちゃんが言っていた。


( とにかく早く逃げなくちゃ!! )


 食べられてはたまらない。

 ミラはベッド抜け出して、側にあるカーテンをめくり窓を開けた。下を見れば丁度良いことに人気はない。ここは二階の様だが魔獣のミラには問題にならない。本来の姿に戻れば飛んで逃げることもできる。


 しかし窓に片足を乗せたところで、突然部屋にあるドアが開いた。入ってきたのは案の定、昨日の男だった。

 驚いた様に見開かれた男の目が、昨日と違って金色に見えた。


 二人は無言で見つめ合う。


 明らかにここから逃げようとしているミラの様子に、男の目が剣呑に細められていく。


( タイミング最悪だぁー!! )


金色の眼光におののきながら、ミラの頭の中は真っ白になった。


 睨み合いの沈黙を破ったのは男の方だった。


「 …どこに行くつもりだ? 」


( ひいっ!! )


 既に半泣きだったミラは、急に声を掛けられて飛び上がるほど驚いた。

 どこに、と聞かれても、此処ではない何処か、としか答えられないし、そんなことを言えるはずかない。

 黙ったままのミラに、男はドアを閉めながら大きなため息を吐いて言った。


「 今はお前みたいな奴を外に出す訳にはいかない。おとなしくしていられないなら、縛り上げることになるぞ?それとも… 」


 男は視線を決して離さずに、しゃべりながらゆっくりとミラに近づいてくる。一歩距離が近づく度に、ミラの頭の中はパニックに陥っていく。


 なんで扉を閉めた?外には出せない?縛り上げる?意味深に切られた言葉の続きは何?動けないよう足を切り落とす?いっそ今すぐ殺す?それとも…


( ……ここで心臓をたべる?? )


「 逃げなきゃならない理由でも…… 」


「 ぎゃぁぁーーーー!!!たべられるぅーーー!!?? 」


 ミラは男の先の言葉も聞かず、街中に響き渡るような悲鳴をあげた。




********




「 おい、何事だ!?」


 再びドアが開いて数人の男たちが部屋に入ってきた時、ミラは黒髪の男の足元で泣きながら必死に懇願している最中だった。


「 …ひっく、どうか許して下さい。僕はまだ成人もしていない子供で!ズビッ…は、発情期だって来てないし、身体だって小さいし…ううっ!他の事なら何でもします!貴方の為に働きます!だがら、ひうっ…許じでぐだざい!お願いたべないでぇ…!! 」


 そしてとうとう「 じーちゃんだずげでー!! 」と泣き叫び始めた。傍から見たその姿は完全に、貞操を狙われた哀れな乙女そのものだった。


「 ……団長がそんな人だとは思わなかったっス 」

「 ……最低 」

「 ……鬼だな 」

「 誤解だ!! 」


 団長と呼ばれた黒髪の男はあわてて否定するが、返ってきたのは冷たい目線だった。


「 いや、どう見ても幼気な美少女を、団長が無理やり襲ってる様にしか見えないんっスけど 」

「 …団長が結婚しないのって、そういう理由だったんですね 」

「 …幼女趣味? 」

「 …ロリコンの強姦魔とかマジ引くわ 」

「「「 ……最低 」」」

「 だから誤解だ!誰がロリコンだ!! 」


 足元に踞るみらを立ち上がらせようと肩に添えた手が、まるで押し倒そうとしている様に見える。華奢で小柄なミラと、背も高くガッシリとした団長の対格差が余計に『 泣いて赦しを乞う少女を無理矢理手込めにしようと襲いかかる男の図 』に見せていた。


「 いい加減にしろよ!?意味のわからん事を叫ぶのを止めろ!! 」

「 ヒイッ…!!ごめんなざい、ごめんなざいぃ!! 」


 怒鳴られたミラはますます怯え謝りだして、最早収集がつかない状態だ。


「 …鬼畜 」

「 …ドS 」

「 もうホントお前らいい加減にしろよ!?後で全員しばくからな!! 」


 泣き怯える少女と団員達の冷たい目線と口撃に、団長は己を押さえるかのように深い、それはもう深いため息をついた。


「 落ち着け、いいか?俺はお前を喰ったりしない。襲ったりもしない。だから、とりあえず話を聞いてくれないか 」


 ミラを落ち着かせる為にゆっくりと語り掛ける様に話し出した男に、パニックに陥っていたミラも謝るのをやめてようやく耳を傾け始めた。


「 俺はここの騎士団長をしている。お前は昨日、俺が声を掛けた後で気を失ったんだ。最近は何かと物騒だから、放置するわけにもいかずに此処へ運んだんだ。決して罰を与える為でも、ましてや食べる為でもない 」

「 ……僕を、食べない?? 」

「 食べない。だから泣くな 」


 騎士団長だという男はまだ怖い顔をしたままだが、しゃくり上げるミラを落ち着かせる様にトントンと肩を打つ手は優しい。


「 ひっく…じゃあ、なんで、あんなに、怒ってたの? 」


 男の話が本当だとしても、昨日の態度まで誤解だとは思えない。わざと魔力まで放ってミラを威圧してきたのだ。それにさっきは、ミラをここから出す訳にはいかないと言っていた。その理由が分からないうちは安心などできるはずがない。


 警戒心いっぱいのミラに、どう答えるか悩むように少しの間黙りこんだ男が再び口を開いた時、


くうぅぅ~きゅるるぅ~くうぅ~


 先にミラのお腹が限界を訴えた。断食四日目の切ない訴えに、全員の視線がお腹に突き刺さる。ミラはあまりの恥ずかしさに、もう一度気を失いたくなった。


「 … 」

「 … 」

「「「 … 」」」

「 …とりあえず話は飯を食ってからにするか 」


 くうぅぅ~


 返事をしたのは、やはりミラのお腹だった。





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