箱入り娘、人間界へ行く
初心者のつたない文であり、誤字脱字が多く見られると思います。
ぬるい目で読んで頂ければ幸いです。
( * 4/20 ミラについての描写を追記しました )
日の暮れはじめた街の大通りを、ミラはとぼとぼと歩いていた。
青がかった銀の髪は水晶の花飾りと一緒に編み込んで肩から流し、髪に合わせて選んだ青色のドレスはここ最近の中では一番の仕上がりの物だ。
ミラは今日開かれるパーティーのために精一杯おめかししていたが、それもすべて無駄になってしまった。
手には長いこと握りしめていたせいで、ぐしゃぐしゃになった紙がある。紙にはこう書いてあった。
『 契約魔獣出会いパーティー開催。あなたも運命の契約者と出会えるチャンス!飛び込み参加大歓迎♪ 会費お一人様5000G。魔獣様は参加費無料。食事、飲み放題付きの大サービス!ぜひご参加ください 』
ミラの口から大きなため息が零れた。
( 今日も契約魔獣になれなかった…せっかく人間界まで来れたのに… )
ミラは『契約魔獣出会いパーティー』なる怪しげな会に参加するため、魔獣界からはるばる人間界までやって来たのだった。
魔獣は重なったこの2つの世界を渡ることができる。
友人にチラシをもらったミラは、これは契約魔獣になるチャンスだと反対する家族をおいてやって来た。
しかし…
( まさか間に合わないなんて…家から抜け出すのに時間が掛かり過ぎたんだ… )
ミラは『 出会いパーティー 』に参加することも出来なかったのだ。
********
契約魔獣とは、人間と契約し助けとなる魔獣の事だ。
魔獣には様々な種族がいるが、大概は人より寿命が長く魔力も高い。好奇心が旺盛で気に入った人間がいれば気まぐれに守護を与えてくれたりする。守護は授かった人の怪我や病気に対する耐性を少し上げる程度のものだ。
契約は多くに与えられる守護とは違い、人間も魔獣も基本同時に一人だけしか契約できない。そして契約した人間と魔獣は、お互いの魔力をある程度共有し身体能力やあらゆる耐性の向上に加え、老化の減退と寿命の延長など人間にとっての恩恵は計り知れない物がある。
とはいえ、そこまで力のある魔獣と契約するには高い魔力か必要となるため、大概は守護よりちょっと良い程度の恩恵でしかない。それでも人間は産まれた子供に少しでも魔力があれば、召喚魔法を扱えるように訓練して契約してくれる魔獣を探すのが一般的だった。
ミラの両親と兄弟達はみな契約魔獣だった。どうやらミラの種族は人間と相性が良いらしい。だからミラも当然いつか契約魔獣になるんだと考えていた。
いつ人間に召喚魔法で呼び出されてもいいように、たくさん魔術の勉強をした。あいにくミラは攻撃魔術が苦手だったので、その分得意な治癒と結界の魔術は誰にも負けないように頑張った。
人間はか弱くてすぐに死んでしまうそうだから、病気になっても治せるように魔術だけでなく母に頼んで薬学や医術の勉強もした。母の契約者は[賢者]という種類の人間で物知りなのだ。
生活の手助けだってできるように料理や洗濯、掃除に裁縫、何だってできるようにした。兄弟たちの服はすべてミラの手作りだ。
戦えないミラでは契約者を守る事はできない。召喚された時にがっかりされるのが怖かった。だから未だ見ぬ契約者に、ミラと契約してよかったと言って貰える様にできる努力は全部した。
けれど、待てど暮らせどミラを召喚する者は現れない。
そのうち幼い弟や妹まで召喚されて、相手の人間を気に入ったからと契約魔獣になってしまった。弟や妹は人間界から帰ってくる度に契約者とどんな事をしたとか、どんな所へ行ったとか嬉しそうに話してくれる。ミラはその話しを聞きながら、兄弟達が人化した時に着る服をせっせと縫っていた。
おかげで裁縫の腕は上がったが、あまり嬉しくない。
( やっぱり弱い魔獣は必要じゃないのかな… )
周りにおだてられるまま色々してきたが、それすら召喚されない理由に思えてきた。
( 特技が家事や裁縫の魔獣なんて、あきらかに弱そうだもんなぁ )
考え始めれば気分がどんどん落ち込んでしまい鬱々とした日々を過ごすようになった。
そんな時、友人にあのチラシを貰ったのだ。召喚してくれる人がいないなら自分で契約者を探せばいい、と言って。
ミラの目から鱗が落ちた。
まさに友人の言うとおりだ。
さっきまでカビの生えそうだった心が明るく軽くなる。
( こんなふうに落ち込んで過ごすくらいなら人間界に行って契約してくれる人を探そう。まずはこのパーティーに参加してみよう。契約魔獣が欲しい人間が集まるなら、僕を欲しいと言ってくれる人も見つかりやすいはず )
ところが、期待で胸を膨らませたミラが人間界へ行くため家族にチラシを見せたところ、兄弟たちは大反対した。
「 なんだその怪しい名前のパーティーは 」
「 ミラが契約魔獣になる必要なんてないわ 」
「 人間界なんて危ない場所に行かせられないよ 」
「 弱っちいくせに、怪我でもしたらどうすんだ 」
口々に言ってミラを人間界に行かせまいと部屋に閉じ込めてしまった。外に出られないように何重にも結界まで張って。
今まで契約魔獣になることを賛成してくれていると思っていた家族の豹変に、ミラは唖然とした。
ある理由によってミラはこの家から自由に外へ出ることができない。だけど契約魔獣になれば、契約者との誓約の為に人間界へ行くことができる。自由に外へ出られるようになるのだ。ミラがどんなに召喚されるのを待ちわびていたか、それは兄弟達だって知っているはず。なのになぜ反対するのか。
ミラは閉じ込められた部屋の中で、大切な家族に裏切られた気持ちになった。
しかしどんなに反対されても、一度心に灯った希望は容易に諦められるものではない。
人間界に行く。
召喚される日を待ちわびて。
朝起きて今日こそと期待して。
変わらぬ一日が終わって落胆して。
毎日毎日。
ミラはもう限界だった。
確かにミラは攻撃魔術はほとんど使えないし、武器をもって戦うこともできない。だけど治癒魔術と結界魔術は誰にも負けない。何せ練習する時間はあまるほどあったのだ。外へ行ってばかりの兄姉達はそれを知らなかったらしい。
ミラは家族の気配が薄れたところを狙って結界を破り、部屋を抜け出した。兄弟達が四人がかりで張った結界は破るのに少し時間がかかったが、部屋を出た後に再度結界を張り直しておいたのでしばらくは兄姉達もミラの不在に気付かなかっただろう。
そうして途中で道に迷ったりしながら三日間眠らずに夢中で飛び続けて、ようやく今日この街にたどり着いたのだ。
しかしミラを待っていたのは、無情にも後片付けの始まった侘しさ漂うパーティー会場だった。
********
( これからどうやって契約者を探せばいいんだろ… )
パーティーへの期待が大きかった分失望も大きかった。今は自分の体すら重く、足を動かすのも億劫に感じた。
通りすぎる人たちがドレス姿の少女に驚いて振り返る。こんな田舎の街にどこの貴族の姫様が迷い混んだのかと今や注目の的だったが、しかしミラは落ち込むのに夢中でその事にまったく気づかない。
しょんぼりと歩いていると大通り沿いの店から夕飯だろういい匂いが漂ってきて、この三日水しか飲んでいないミラのお腹がグゥと鳴った。
( お腹すいたなぁ… )
空腹が余計に気持ちを落ち込ませる。
今のミラの所持金はチラシに書いてあった参加費用の5000G。魔獣は無料と書いてあったが、もしもの為に持ってきたものだ。魔獣界にはお金なんて無いので、昔契約魔獣をしていたじーちゃんのへそくりをおねだりして貰ってきた。
人間界で食事をするにはお金がかかるらしい。夕飯のいい匂いがミラを誘惑するが、これからの事を考えると安易にお金を使うことはできない。
( どこか僕が隠れられる様な森とか山とかあるかな… )
俯いた拍子に涙がこぼれそうになって、ミラはグッと顔をしかめた。
( 泣かない!すぐ泣くような弱い魔獣じゃ、誰も契約してくれないんだから! )
魔獣界に帰る事は考えない。帰ってしまえば、また閉じ込められて二度と人間界へは来られないだろう。成長期のミラにはあまり時間がないのだ。何とかして家族に見つからない様に逃げ回らなくてはならない。でも逃げ切れたとしても、どうやって契約者を探せばいいのか。
( 僕これからどうすればいいんだろう… )
疲れで頭が働かない。
眠らずに飛び続けたせいで、体力は既に限界に近かった。街の中で人化の魔術が解けてしまったら大変な事になる。今は人の姿に化けているが、ミラの本来の姿はかなり大きめなのだ。
とりあえず街から出なければと、重い足を踏み出した。
********
「 おい、そこのお前 」
ミラがふらふらと街の外に向かって歩いていると、不意に声が掛けられた。
ミラは自分が呼ばれているとは思わずにいたが、何度声を掛けても立ち止まらないことに痺れを切らした相手に腕を掴まれてようやく振り向いた。
「おい!呼んでいるのが聞こえないのか!?」
ミラは腕を掴まれたまま、どうやら怒っているらしい男の顔をぼんやりと見上げた。
男は短めの真っ黒の髪に、夕焼け色の目をしていた。人化したミラよりも随分と背が高い。かっちりとしたジャケットを羽織っていて、腰には剣を下げている。
剣を下げているなら[ 騎士 ]か[ 兵士 ]という種類の人間だろうか?魔力を込めた高級品の服を着ているから[ 騎士 ]の方かもしれない。
年齢は幾つくらいだろう。人化したミラよりは上に見えるが、まだ若い男だ。
( 人間ってあんまり見たことないから、年齢がわかんないなぁ。母さまの契約者みたいにシワシワじゃないし、父さまの契約者のお髭のおじさんより若いかな?兄ちゃん達の契約者と同じくらい? )
そこまで呑気に考えたところでハッと気付いた。
ミラは今人間界にいるのだ。
そして目の前の男は知らない[ 人間 ]だった。
その[ 人間 ]が怒った顔をしてミラの腕を掴んでいる。
ミラの心臓がドキドキと音をたて始めた。
「 お前は魔獣だな?こんな時間に何をしている。一人でどこに行くつもりだ。契約者はどこにいる 」
「 あ、あ、あの僕は、そのっ…!」
矢継ぎ早の質問に、緊張で上手く答えられない。
ミラの手元でクシャリと音がして、その音を追うように男の目線が下がった。
「 …なぜお前はその紙を持っている。どこでてに入れた? 」
握りしめられたチラシを見た男から、魔力がゆらりと立ち上った。腕を掴む力がグッと強くなり、痛みにミラの顔が歪む。
( このチラシが何?なんでこの人こんなに怒ってるの!?)
[ 騎士 ]というのは仲間を守り、悪いことをした相手を捕まえるのが仕事だと聞いた。ミラはこの[ 騎士 ]と思われる男に呼び止められる様なことをしてしまったのだろうか?
周りに色々話しを聞いてはいたが、ミラが人間界に渡るのはこれが初めてなのだ。だから知らず知らずのうちにしてはいけない事をしていたのかもしれない。
だってこの男はとても怒っている。
ミラをにらむ目はとても強く夕日の色を写して燃えているようだ。男の放つ魔力に反応して、向き合う体がチリチリと焼けるように痛みだした。
この男に捕まったらどうなってしまうのだろう。殺されてしまうのだろうか。
( どうしよう、どうしよう、この人怖い!! )
顔から血の気が引いていく。恐怖で涙がこぼれそうになり俯くと、いきなり視界が回り始めた。
( あ…まずい… )
このままでは人化が解けてしまう。あわてて身体に魔術をまとい直したところで限界がきた。
ふらりとミラの体が傾いでいく。
「 おい!? 」
「 …ごめん…なさい… 」
意識を手放してはいけないと必死に持ちこたえようとしたが、もう体のどこにも力が入らない。黒く染まった視界の中で、男に謝罪の言葉を残すのが精一杯だった。
( …謝るから、だから殺さないで… )
そうして焦ったように声をあげる男に腕を掴まれたまま、ミラは意識を失った。