いざ大空へ
気がついた時には、もうそこは俺の部屋ではなかった。
「ここは……?」
地面に尻をついて座った状態で、辺りを見回してみる。すると、俺を見下ろす何人もの人間達と目が合った。その中には、やはり無表情のラゴンの姿もある。
ラゴンは俺と目が合うと、無言ですっと手を差しだしてきた。
「自分で起き上がることもできないのか。地球の人間は貧弱で横着なんだな」
「……い、いや、別にそんなんじゃねぇよ」
強がるものの、素直にラゴンの手をとって立ち上がる。すると周りにいた人達は、俺の動きに合わせて視線を動かした。
「ラゴンとか言ったっけ。お前これ、どうなってんの?」
「どうなってんのとは、どういう意味だ?」
「だから、ここはどこだってことと、周りにいる奴らは誰だってことだよ」
俺はぶっきらぼうにそう言ったのだが、ラゴンは今度は呆れることもなく、
「ここはストウミィに隣接する国の一つ、クローク国だ。そして彼らは、クロークの住民だ」
当たり前だと言わんばかりの表情で言った。いや、そんなこと言われても、全然ピンとこないんだが……。むしろ余計にこんがらがってしまう。
「ま、まぁ、隣町ってとこか?」
「そう理解してくれてもいい。……そろそろ行くぞ」
「へ? 行くってお前、どこに――」
俺が言いかけた、その瞬間だった。
吹き飛ばされるかと思うほどの強風が俺を襲い、周りにいた住民達も同じく襲われていた。頭上からは、何かが羽ばたく様な羽音が近づいてくる。
その羽音は虫のものなんかとは比べ物にならないぐらい勇ましく、例えればドラゴンのもののようだった。ま、ドラゴンなんて伝説上の生き物であって、実際には存在しないんだけどな。
……でも待てよ、ここは俺が住んでいる地球ではなく、世に言う異世界という場所だ。それにラゴンは、能力がどうとか言っていたな……。
嫌な予感が俺の頭をよぎる頃には、もう時すでに遅しだった。
「こっちだ、ホス、ピトル」
ラゴンが空に向かって、大きく手を振っている。俺は彼女の視線の先を、反射的に目で追ってしまう。
そして、俺は見た。
俺とラゴン、加えて住民達の方へと真っ直ぐ飛んでくる、二匹のドラゴンの姿を。
そのドラゴンは両方ともほぼ同じ外見をしており、体の表面は全体的に青く、目は赤く輝き、包丁の代わりにもなりそうな鋭い翼の裏側が黄色になっている。腹はクリーム色で、何本か横線がはいっているのが薄らと確認できた。
なんだよコイツら……。本物のドラゴンなんて見たことがない俺は、その姿に恐怖をおぼえる。
ドラゴン達はゆっくりとラゴンに近付くと、クロークの住民達が開けた場所へと静かに着地した。
「今日も宜しく頼むぞ」
ラゴンが、ドラゴンの鼻先を撫でる。するとドラゴンは、嬉しそうに目を細めた。
「す、すげぇ……」
「何をぼさっとしてるんだ、早く行くぞ」
俺が二匹のドラゴンを交互に眺めていると、ラゴンに厳しい視線を向けられた。だから、行くってどこへだよ?
「どこへ行くっていうんだ?」
「話しただろう、ブワックへ乗り込みに行くと」
あぁ、お前の国を乗っ取るって宣言した大統領がいる国ね、はいはい。
「それは分かったけど、どうしてドラゴンなんか呼んだんだよ」
俺はもう一つ、気になっていたことを口にした。するとラゴンは、今までずっと無表情だった表情を怪訝そうに崩し、
「何も分かっていないんだな。こいつらに乗ってブワックまで行くからに決まってるだろう」
俺をめんどくさい人間だと言うように、やや乱暴にそう言った。
乗って行くって言われても、俺はコイツらとは初対面だし、そう上手くいくのか? 途中で機嫌を損ねられて、振り落とされるなんて絶対に嫌だぞ。
とは思うものの、そんなことをラゴンに言うことはできない。言ったらまた、「私が信用できないというのか」などと言い返されてしまうからな。
仕方ない……。俺は覚悟を決めて、ラゴンへと頷いた。
「分かった、俺も行くぜ」
「当たり前だ。ではお前は、ピトルの方へ乗れ。私はホスに乗る」
『ホス』と『ピトル』というのは、どうやらドラゴンの名前らしいが、俺にはどっちがホスでどっちがピトルかなんて全く分からない。
見ただけならどっちも同じに見えるし、何か目に見える違いでもあるのか?
ラゴンに聞こうかと思ったが、言い返されるのが嫌で聞くことができない。よし、ここは一か八か、感に頼ろう。
俺は向かって右にいたドラゴンに近付き、背中側へと回った。そして、興奮させないようにゆっくりと、背中を上っていく。幸い、ドラゴンが暴れ出すことも、俺が足を滑らせて転落することもなかった。
それを見ていたラゴンが一言。
「……感だけはいいようだな。それとも運か?」
やはり、俺がどっちがピトルか分かっていないことなんて、お見通しのようだった。鋭そうだもんな、ラゴンって。
ラゴンはもう一匹のドラゴンである、ホスの背中に軽々と飛び乗る。よくまあそんな動きができるなぁと、異世界初体験の俺からすれば驚きだ。
「準備はいいか、文月」
「あ、あぁ……いいぜ」
返事はしたものの、ちゃんと空を飛べるかが心配だ。しかし、ラゴンはそんな俺の思いには気づかずに、
「飛べと言えば飛ぶ。では行くぞ」
それだけ言い残すと、自分は先に空へと飛び立った。飛べって言えば飛ぶとラゴンは言うが、本当に大丈夫だろうか? いや、それ以前に、アイツはそのなこと言ってないのにホスを飛ばしたな。
ドラゴンの扱いには慣れているのだろうか?
「ま、まぁいいか。……よし、ピトル、飛べっ!」
俺が命令すると、ピトルは一瞬にして空へと飛び上がった。飛び上がった、のはいいが……。
「う、うおっ?」
肝心の俺が、早速地へと落ちようとしていた。
ピトルはホスとは違い、体を九十度傾けて……つまり縦にして、空へと向かっていったのだ。ちなみにホスは、体制はそのまま、浮くようにして飛び立ったんだけどな。
てか、なんでこんな奴を俺に寄こすんだ! なぁ、ラゴン!
俺は必死にピトルの背中に這いつくばり、落ちないように耐えた。しかし、それもつかの間。すぐにホスとラゴンと並んで、大空へと浮くように飛んでいた。た、助かった……。
横を見ると、同じく俺へと顔を向けていたラゴンと目が合った。
「お前がドラゴンの扱いに慣れていないのは当然だ。だが、いつも一緒にいれば必ず心が通じ合うようになる」
「それは、お前だからできることなんじゃないのか?」
俺がそう言い返すと、ラゴンは視線を少しだけ下に向けた。……あれ? 何か変なこと言ったかな?
ラゴンは視線を俺に寄こさずに、若干悲しそうに答える。
「確かに私は、惑星アースの人間であり、ドラゴンと友達になれる能力を持っているから、お前よりはハンデがある。だがな……」
「だけど?」
「最終的には、努力も必要なんだ。努力なしでは、才能があったとしても、それを開花させることは不可能だからな」
ラゴンは言い切ると、ホスの背中に当てていた手に力を込めた。何か、ラゴンには思うことがあったのだろうか? 俺はそんなことを無神経に聞いたりはしないが、機会があったら少しずつ聞き出してみるのもいいかもと思った。
「努力、か……」
確かに、努力は大切だな。努力が嫌いだという人はたくさんいるだろうけど、やっぱり努力なしで立派な人間になろうなんて、考えが甘いんだよな。
俺はそんなことを考えながら、視線をラゴンから前方へと向けた。




