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第四章 ノスタルジック・ウェンズデー



 水曜日は最悪だ。

 理由は説明するまでもないだろう。世間一般の学生・社会人の大半が、直感でその理由を察してくれるに違いない。

 だが、私とは別次元、もしくは異世界に住む超越者へ向けてあえて説明するなら、水曜日という曜日が週の真ん中であり、平日の真ん中であるからだ。お分かりいただけただろうか? この残酷な事実を!

 日曜日の七時頃に『サザエさん症候群』なんてインフルエンザ級の流行り病も蔓延(まんえん)しているようだが、同じように『デッドマン・ウェンズデー』が蔓延していることも周知の事実である。特に一部の人間にとっては、『ブルーマンデー』や『サザエさん症候群』を遥かに凌駕する末期症状へと至るケースもあるらしい。そして、残念ながらこの私こそが、その〝一部〟なのだ。ああ、辛い。しんどい。もう、死んじゃうかも。

「安心しなよ、淡居ちゃん。君が死ぬのはもう少し先だからさ」

「……ドア越しに思考を読むの、やめてくれませんか?」

 今日も今日とて鬱々とした顔でマンションのドアを開くと、開口一番に死神がつまらないことを言ってきた。だからお前はモテないんだ。空気読めよ、空気。女の子は気配り上手な王子様にこそ惚れるんだぞ?

「へえ。それは興味深い話だね。そういえば、確か淡居ちゃんも、一応は生物分類学上ギリギリ人間のメスに分類されるような気がする有機物だったね。だったら、ぜひともその辺、つまり人間の女性心理というやつをご教授願いたいもんだ」

 ふう。あ。でも今日はそこそこ晴れてるや。だからってテンションが上がったりするわけではないんだけど、やっぱり傘を持たなくていい分、私の憂鬱度も軽減される。あと、湿気で髪形が崩れる心配も無いし。

 そんなわけで、今日も平常時と同じくらいの憂鬱さで学校に向かって歩き出した。いつも通り、目と体は前を向いているが、心は後ろ向きだ。

「……モノローグまで完全にツッコミを放棄するのは、さすがに圧巻だよ」

 なんか蚊の鳴くような声が聞こえた気がした。あ。そっか。死神か。

 当初こそ二十四時間常に誰かから監視されることに対して多大なストレスを感じていたが、それも徐々に薄れていった。なぜなら、こいつは私にしか見えないし、基本的に何もしないからである。例えるなら、幽霊の見える霊能力者が、幽霊の目を気にしてエッチなビデオを控えるようなことをしない、という感覚に近い。要するに、こいつのことが心底どうでもよくなりつつあるのだ。

「…………ぴらっ」

「きゃああああっ!」

 マンションのオートロックを開けようとした所で、何の脈略もなく死神が私のスカートを捲り上げやがった!

 私は慌ててスカートを押さえつける。な、なに考えてんだこいつ! 殺すぞ! ぶっ殺すぞ!!

「意外と可愛い悲鳴が出たね。いやー。淡居ちゃんに無視されるのは、さすがに寂しいからさ。ちょっとしたアメリカンジョーク? いやしかし、淡居ちゃん。君ももう十七歳なんだから、そんな野暮ったいパンツじゃなくて、もうちょっとランジェリーっぽいものを――――だんぷっ!?」

 私は身体の(れん)()を全て使って鞄に連動させ、遠心力まで使って渾身の一撃を死神の顔面に叩き込んだ。普段は(おき)(べん)(教科書を学校に置いて帰ること)してるので鞄の中身はすっからかんだが、今日は幸運にも辞書が入っている。これなら超常現象が相手でも、確実にダメージが通るはずだ。

「いったぁ~~~……! ひどいよ……淡居ちゃん……」

「……自業自得です。自分が何をしたか、よく考えてください」

「男子高校生のマナーとして、好きな女子のスカートを捲っただけじゃないか」

「……失礼、訂正します。やはり何も考えなくていいので、今すぐヒモ無しバンジージャンプを敢行してください」

 口調こそいつも通りだが、私は怒っている。いくら私でも、女の子として最後のプライドは残っているのだ。気安くスカートを捲られてほいほい流せるほど、女を捨てていない。

 死神の方も口調はいつも通りだが、本気で痛がっているようだ。ギャグじゃ無く、全力で攻撃してやったので当然だが。

「ていうか、『(れん)()』って、パンチの時に腰を入れたり足を踏ん張ったりするアレでしょ? 色んな身体の部位を使って力を伝導させ、攻撃の威力を上げるっていう……どうして淡居ちゃんがそんなことできるわけ?」

 最近は便利な世の中なんだよ。週刊マンガに、そういう専門知識を授けてくれるマンガが掲載されていたりな。

「少年誌は、もう少し青少年への影響を考えた方がいいと思うよ……」

 お前が言うな。

 あと、私は夢見る少女なので、青少年への影響を考慮したところであまり関係ない。

 そんな風に少々To() LOVE(らぶ)るはあったものの、ここ数日間ですっかり馴染みつつある死神と揃っての登校が続く。

相変わらず、私のすぐ隣を歩くこの異常な存在には誰も気づかない。「よっ。ほっ」とか言いながら死神が通行人を避ける。こいつの場合、向こうから歩いてくる人間が気を利かせて避けてくれたりはしないので、それはそれで大変そうだ。……まぁ、私にはどうでもいいんだけど。

 最短距離の通学路を使用しているため、今日も商店街のど真ん中を歩く。本来ならこんな人が多そうな道を歩きたくはないが、学校に行く時間帯はまだ、商店街もほとんどの店が閉まっている。本来、人が大勢ごった返しているはずの商店街が無人に近いというのは、なんとなく気分がいい。非日常っぽいものを感じるからかな。

 一瞬だけいい気分になり、次いで、すぐに元の鬱テンションに戻るということを繰り返していると、私とは対照的に365日24時間年中無休でご機嫌そうな死神が、通常運転でヘラヘラしながら尋ねてきた。

「そんな憂鬱そうな淡居ちゃんだけど、今日は昨日や一昨日よりも大分マシだね? やっぱり、昨日の『気づかなかった現実』に気づけたのが、よかったのかな?」

「……昨日……」

 授業中に絶対零度の一撃必殺を受けて瀕死になったことを思い出し、すぐに鬱になる。しかし、すぐに夕希のことを思い出して、少しだけ気分が改善された。

 そうだ。夕希だ。学校に行けば、夕希がいる。暗黒のドロドロした魔界の中で、唯一の清涼剤。救世主。今日はいったい、どんなパンツを履いているんだろう?

「いや、それは僕も気になるところだけど、淡居ちゃんは別に、昨日も夕希ちゃんのパンツなんて見てないだろう?」

 うるせぇ! お前なんかが『夕希ちゃん』とか呼ぶな! 夕希は私のもんだ!

「すっかりレズレズになっちゃってまぁ……」

「……誤解が広がる前にマジレスしておきますが、私は至ってノーマルです」

 確かに夕希は可愛い。だけど、だからと言って、性的な意味で偏愛したりはしない。夕希は、そんなのじゃない。もっと清らかで、優しくなるような気持ちなのだ。そうか、これが愛か。

「レズとか異常性愛をすっ飛ばした感じになっちゃってるけど、たぶんそれは、普通に『友情』とか『友達愛』って言うんだろうぜ」

 ……なに? 友情? 友達愛?

 そうか……これが、そういうものなのか……。

「ところで、さっきのモノローグは僕的に非常に興味深いものだったんだけど、淡居ちゃんって、ちゃんと男の子が好きなの? だとしたら、どういう男がタイプ? ひょっとして、好きな人とかいるのかなっ?」

「…………!」

 あ。ああ。ああああああ。

 ヤバい。これ、逃げられない。私の心中が読まれている以上、そんなアホみたいな質問にもメチャクチャ正直に即答しないといけない。いや、でも、ちょっ、まっ、

「てくまくまやこん、ぴーりかぴりらら、でひゃらほげるる、ぱるぴりぱんぱら、ほにゃほにゃぷ~~~~~!!」

 じゅあるびっち! ふぇいばりー! だんぷさいど! ばーくねす!! ぱるぷんて!!

「……もはや感嘆するよ。自分からあえて意味不明な発言をする事で思考を読ませないとは。さすがに脳内映像まではすぐに切り替えられないだろうけど、ただ心の声が『聞こえる』だけの僕には、その戦法で十分回避できるわけだ」

 ぜぇー……。ぜぇー……。

 な、なんとか誤魔化せたらしい……。今改めて考えてみると、乙女の心の内を全て見通す力とか、とんだ犯罪能力だ……。この多感な時期の女の子から内部情報を全て引き出すなんて、万死に値する。

「で、淡居ちゃんの好きな人って?」

「ぱいぱいぱーぱい、はめるくらるく、のもぶよおし、れりーず!」

 私は秘密の呪文を唱えながら、全力で秘密の急所を蹴り上げた。

 新世代ヒロイン・物理系魔法少女の、誕生の瞬間だった。

「おー、淡居。おはよーさん」

 虚空に向かってエアキックをする超イタイ私に、躊躇(ためら)いもなく声がかかった。

 私に声をかける人間自体非常に稀なため、てっきり夕希が話しかけてくれたのかと期待したのだが……その期待は見事に空振る。ていうか、夕希は私を『淡居』なんて呼ばない。

「……おはようございます、学園長」

 気づいたら、いつの間にか学園の正門まで辿り着いていたのだ。

「おー。今日も憂鬱そうだなー」

「……お蔭様で。今日も昨日と変わらない毎日を送っています」

「ちょっといい風な言い方をして、実は全然ダメな発言をするところはさすがだ。相変わらず、お前は面白いなー」

 はっはっは、と笑ってパイポを吸う。今日もトレードマークの黒髪ロングと真紅ドレスが似合っていた。

「……私からしたら、学園長の方が面白いですけどね。そんな若々しい容姿してますし」

「ほんとだよね。スカート捲りたいよ」

 お前は黙ってろ。

「おおう? なんだ、淡居が人を褒めるなんて珍しいじゃないか。なんかいい事でもあったのか?」

「…………」

 いい事、と言われて、即座に夕希の顔が頭に浮かぶ。どうやら、私は自分が思っている以上に『友達』という存在を渇望していたようだ。恥ずかしい。

「……いえ、別に」

「そうかー。まっ、可愛い生徒がご機嫌なのはいいことだ」

 今日も私は平常運転で、ご機嫌などとはほど遠い境地なのだが、確かに日頃と比較する分には大分マシなのかもしれない。残念ながら、可愛いの方は当てはまらないけど。

「その調子で、毎日が楽しく、幸せになるといいな」

「…………え?」

「ん? どうした?」

 いきなり『幸せ』というワードが出たもんだから、思わず固まってしまった。

 だが、学園長は相変わらず「う~ん……ロングスカートだと、屈んでも中が見えない」とかアホなことやってる死神には注意を払わないままだ。どうも私は『幸せ』というワードに過敏になっているらしい。

「……いえ、なんでもないです。それじゃあ」

「おおー。今日も一日頑張れよー」

 私はテキトーに会話を切り上げて教室へと向かう。

 私の『幸せ』……夕希に会えるかなーなんて、そんなことを思った。



「…………」

 そして私は今日も、無言で教室に入る。

 クラス連中の大半は「おはよー」とか「やっはろー☆」とか「とぅっとぅるー☆」とか「にゃんぱすー」とか言っているが、私は無言。隣で前時代的な死神が「おっはー!」とか言っていたが、私は無視。それが私スタイル。私イズム。いつもの私。オールウェイズ。

「いやー。残念だね、淡居ちゃん。せっかく夕希ちゃんに挨拶できるかと思ったのに、彼女、人気者だからさー」

 うるせぇ。あと、『夕希ちゃん』って呼ぶなっつってんだろ。何度も言わせんな。

 死神が言った通り、夕希に朝の挨拶をすることは叶わなかった。なぜなら、夕希の机を囲うようにして、クラスのイケてる系女子・オシャレ系女子が集まっているからだ。あの集団に割って入る勇気は、ちょっと無い。いや、だいぶ無い。あと、仮に勇気があったとしても、そもそも入る気が無かった。

 うーむ。さすが夕希。クラスでも人気者なのかー。まぁ、あの中でも飛び抜けて可愛いけど。ナンバーワン美少女だけど。

「昨日、風の噂を聞いたんだけど、彼女、容姿や勉学の他に剣道の腕も立つらしいよ? 剣道部に所属していて、一年次・二年次と共にインターハイに出場したらしい。文武両道、容姿端麗。まるでラブコメマンガに出てくるような女の子だね」

 普段ロクなことをしない死神が、初めて役に立つ情報を寄越した。

 ふーん。そうなのか。以前から勉学と容姿だけでも化け物だと思っていたが、さらに怪物じみたな。……あ。訂正。フェアリーじみたな。天使だな。女神だな。

「妖精に天使に女神とは、すごい美辞麗句を並べたもんだ。もっとも彼女なら、そんな賛辞も真正面から受け止められるだろうけどね。だけど、僕は淡居ちゃんも愛しているぜ」

 久々にウザいキメ台詞が出た。死ねばいいのに。

 私は鞄を机のフックに吊るして席に座り、今日も今日とてボンヤリと窓の外へと視線を投げる。だからと言って、何かを見るわけでもない。青い空。白い雲。雲の流れで感じる秋風。登校する生徒。相変わらず校門で挨拶を続ける学園長。……そんな風景を見ても、その視覚情報は私の目と脳を素通りし、どこかへ流れ、消えて行く。

 時間の無駄遣いを認識し、予復習のために教科書を開こうと思った。

「さて、淡居ちゃん。なんだかんだで今日はもう水曜日だ。昨日の一件で少しばかり幸せになってもらったわけだけど、ここらで一気に幸せの頂点まで上り詰めてもらうぜ」

 別にいいけど、具体的に何をするんだよ。

 慣れたもので、私は教科書を取り出す動作を止めることもなく、死神に心中で返答した。

「あくまで統計的にだけど、人が幸せを感じる瞬間の第一位は、人と感情的な繋がりを持てた時だそうだ。その点は昨日のことで、多かれ少なかれ実感してもらえたと思う」

 ほう。まぁ、確かに悪くない気分だった。こいつの意見を認めるなんて蕁麻疹(じんましん)が出そうだが、事実なのでそこは公平に認めておく。

「そこで、飛び抜けて幸せになるためには、良い人間関係をたくさん持てばいいというのが一般論なんだけど……淡居ちゃんはきっと、その大多数には含まれないだろう」

 その通りだ。夕希は特別で超絶美少女で友達になれたから例外だが、それ以外のめんどくさい人間関係なんているもんか。私は少数精鋭タイプなのだ。なんとなくの友達百人と一時間ずつ関わるくらいなら、夕希と百時間一緒に居たい。

「さあ、それでは、次に人が幸せを感じるものは何だろう? もちろんこの問いには、十人十色の答えが返ってくるだろう。だけど……僕が考える、淡居ちゃんに適していて、かつ、刹那的ではなく、恒久的に君を幸せにする事象――――それは、」

 パチン、と指を弾く音が響いた。

「夢を持つこと、だよ」

 その声を最後に、私の視界から教室の情景が消し飛ぶ。

 視界が暗転し、明滅し……ここではないどこかに飛ばされて行った。



 ここは、どこだ。

 いや、分かる。教室だ。狭い部屋に整然と三十前後の机・椅子が配置され、その机が向いている先には黒板がそびえ立っている。『日直』という文字だけが残された黒板の上にはカシオのシンプルな時計があり、その針が四時を指し示していた。

 時刻は逢魔(おうまが)(とき)

 窓から人間の根源的な不安を煽るような夕日が差し込み、教室内をオレンジ色に妖しく染めていた。その教室にいるのは、私一人。

まるで、他の生徒が全員、神隠しに遭ったように。

まるで、私だけを置いて、世界が去って行ったように。

孤独と不安と恐怖だけが充満する空間。そんな教室が、そこには在った。

「いい所だろう? もっとも、登校してすぐに夕日を拝むのは、体内時計的に不快かもしれないけどさ」

 今は、そんな皮肉な声さえも心地よく感じる。

慌てて振り返ると、窓際の最後列の机に腰掛けた死神の姿があった。私はどうやら、教室ど真ん中の席に座っているらしい。

「……どこですか、ここ」

「あれ? 覚えがない? ここは淡居ちゃんの記憶から引っ張り出した世界なんだぜ?」

 そう言われても、私は知らない。……いや待て。朝霧学園と比較したから混乱してしまったが……この机と椅子、妙に小さくないか? そう、まるで小学生が座るような――

「…………思い出しました」

 ここは私が〝小学生として過ごした教室の一つ〟だ。

 詳しい地理は思い出せない。私の親は転勤が多く、小学生の間だけで四~五回は転校した。そのうちの一つは、確か、こんな教室だったような気がする。もうほとんど忘れてしまったので、確証は得られないが。

「そう。人間っていうのはね、忘れる生き物なんだ。『夢は叶わない』とか『夢なんて見るもんじゃない』なんて言う大人もいるけれど、彼らの夢は叶わなかったんじゃない。忘れてしまったんだ。実は、夢というやつは、諦めるよりも忘れてしまうことの方がずっと多いんだよ」

「……で、何がしたいんですか?」

 私は一刻も早く元の世界に帰りたかった。自分が通っていた母校をこんな風に言ってしまうのもアレだが、ここは気味が悪い。私は『教室』という場所に対して、そもそもポジティブなイメージなんて微塵も持っていないけど……この教室よりは、今通っている朝霧学園の教室の方が何億倍もマシだ。

「言ったでしょ? 淡居ちゃんをもっと幸せにするために、夢を持ってもらいたいんだ。夢を探す方法はたくさんあるけど、一番いいのは子供時代を……〝過去〟を思い出すことなのさ。人の幸せは、行ったことも見たこともないような場所には落ちていない。その人が幸せになる夢は、ちゃんとその人が通ってきた道に落ちているものなんだ」

 パチン、と死神が指を弾く。

 それを合図に、黒板に映像が浮かび上がった。

どこかの景色。家か? キッチン?

「…………やめ、ろ」

 その家が、幼い頃に私が住んでいた家の一つだと分かるや否や、私の口から自然と言葉が漏れる。

「やめろ……」

 やめろ。

 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ!

 そんなものは見たくない!

 私は、そんなものに興味は無い! 全てに無関心! 何にも囚われず、過去なんか切り捨てて、今だけを生きる女なんだ!

 だから――――やめろ!

 そんなものを見せるんじゃない!!

「……人は。自分の痛みと向き合わない限り、本当の意味で幸せになることなんて、不可能なんだよ」

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 私は目を閉じ、机に突っ伏す。

 そうやって、確かに目を逸らしたはずなのに。

 確かに目隠しをしたはずなのに。

私の(まぶた)の裏では、過去の記憶がしっかりと再生されていた。


     ■


 人生が楽しいと思ったことは一度も無い。

 私はいつの頃からか『こんな風』になってしまったわけではなく、物心付いた頃から……生まれた時からずっと『こんな風』だったのだ。

 幸せな家庭なんて見たことがない。

 ケンカをして怒鳴り、暴力を振るっているか、互いに互いの存在を〝無いもの〟として扱っているかの、どちらかだった。

 そんなに仲が悪いなら離婚すればいいのに、と子供ながらに思ったことがある。

 だけど、当時は今ほど離婚に対して世の中が寛容ではなかったし、生憎、両親が共に古風な考え方の人間だった。それほどまでにストレスまみれの生活を送っていながら、それでもなお、世間体を優先させたのだ。

 加えて、やはり『私』という子供の存在が大きかったらしい。

 離婚したとして、どちらが私を引き取るか、という問題で揉めた。笑えるのは、お互いが私を『引き取りたい』という意見で揉めたのではなく、二人とも私が邪魔で、『いらない』という意見で揉めていたことだ。

 せめて私の聞こえないところで口論してくれよ、と幼少の私は思っていた。当時は自分が小さかったから、この感覚が間違っているのかもしれないなどと、末恐ろしいことを考えていたのだが……その考えは私が十七歳になった今でも変わることはない。

要するに、当時の私の考えは正しかったわけだ。もっとも、正しい考えを持っていたからといって、事態が改善されることはなかったが。

 そんな家庭環境において私がしたことといえば、一貫して『いい子』として過ごすこと。そして、『居ないフリ』をすること、だった。

 ただでさえ、行き場を失ったストレスが充満している家。そこで問題でも起こそうものなら、容赦なく暴力の嵐が飛んできた。誇張ではなく、僅かな油断が死に直結した。だから私は、必死になって『いい子』を演じ、『いい子』として生きるしかなかった。それが私にとって唯一の、生き残る手段だったのだ。

 そして……親が私を必要としていない時は、私はひたすら『居ない者』として扱われ、また私も、率先して『居ないフリ』をした。その分、ほんの僅かとはいえ、両親のストレスが軽減された。その『僅か』が、『ごはんを貰えるかどうか』という所まで大きく変わってくるのである。

 ただただ、生きるのに必死だった。

 生き残るだけで、精一杯だった。

 そんな家庭環境だから、当然、友達なんてできやしない。

 友達がどうとか言う前に、そもそも私は、人とどんな風に接すればいいのかすら、わからない。

ただでさえそうなのに、親の都合で何度も転校を繰り返したせいで学校では常に浮き、より人間関係は希薄になっていった。

 そうそう。そう言えば、繰り返した転校生活の中で、親がおらず、施設に預けられた子供たちと交流したことがあった。たまたま、そんなイベントがある学校に通っていた時期があったのだ。

 向こうの子供たちは「パパやママと一緒に住んでるの? いいなぁ……」と言っていたが、私からすれば「パパやママと一緒に住まなくていいの? いいなぁ」である。

私自身まだ幼かった上、あまりにもその子供が羨ましかったので、つい本音を言ってしまった。当然、教師からこっぴどく叱られた。それ以来、教師の前でも『いい子』と『居ないフリ』が定着した。

 ずっとそんな生活をしていたから、私は『遊んだ』記憶がほとんど無い。

 もちろんオモチャなんて人生で一度も買ってもらったことが無いし、父親とキャッチボールをしたことも、母親と一緒に買い物に行ったことも無い。小学三年生くらいまでは公園で一人ブランコに乗ったり、学校で使うノートの後ろの方に鉛筆でこっそり絵を描いたりしたことがある。それが私の人生において、唯一の『遊んだ』記憶かもしれない。

それも、四年生になったらやめた。

そんなことをしていると、とてもじゃないが良い成績を取れなくなったのだ。学校の休憩時間も勉強の予復習に費やし、さらにクラスで孤立した。

 そんな日々を、生きて来た。

 そんな人生に、疲れきってしまった。

 だから私は、何も考えないようにしたのだ。『無関心』に、なったのだ。

 そうしなければ、生きられなかった。

とてもじゃないが、今日まで生きて来れなかった。

 朝霧に入学し、奨学金をもらって、学園指定のマンションで一人暮らしを始めて……ようやくあの家から解放されたというのに、未だ過去の傷は癒えない。

 ……いや、そもそもそんな傷が『癒える』と考えている方がおかしいのかもしれない。

 今日まで私はどうにかこうにか生きて来たが、そもそも今現在、私が『生きている』ことの方が、おかしいのかもしれない。

 今、過去を振り返ると、素直に疑問だ。どうして私は、今日まで生きて来たのか。なぜ、途中で潔くギブアップして、死ななかったのか。そっちの方がずっと楽だったし、その方が、私の両親だって余程マシな生活を送れたと思う。私が死ぬことは、私にも私の両親にもメリットのある話だった。


 それなのに、どうして私は今も生きているんだろう――――?


     ■


「……『機能不全家族』、か。今時、珍しくもないかな?」

「…………」

「機能不全家庭で育った子供は、病的な家庭で生き延びるために役割を背負うものらしいよ。淡居ちゃんのタイプは『ヒーロー』と『ロスト・ワン』かな? いやー、辛かったね」

「…………」

「……顔色が悪いよ、淡居ちゃん。元の世界に帰ったら、少し休むといい」

 そこを最後に、私の記憶はプッツリと途絶えている。

 叶うなら、そのままゆっくりと〝休みたかった〟。



 気づくと、私は真っ白な空間にいた。

 先程の流れで、てっきり死んでしまったのかと思ったけれど……そんなことはないらしい。私がいる部屋には天井も壁もあるし、私が転がっているのはベッドの上だ。それら全てが真っ白。雪みたい。

「…………気づいた? 心配、したよ……」

 隣から控え目な、女の子らしい声がしたので仰ぎ見ると、フェアリーと天使と女神を足して三倍にしたような美少女がいた。

 ていうか、夕希だった。

「……おはようございます、夕希ちゃん。今日も美人ですね」

「……茶化さないで。大丈夫? 痛いところ、ない?」

 どういう理由で私が保健室のベッドにダイブすることになったのかは(わか)らないけど、夕希にそんな風に言われたもんだから、一応全身の調子を確認してみる。特に問題ない。いつも通りだ。

「たっぷり寝たので、頭がすっきりしています」

「……そう。よかった……」

 夕希に状況確認をしてみると、私は一時間目の授業が始まる直前、自分の席から転がり落ちるようにして気絶したらしい。日頃からエアリーな空気感を演出している私でも、さすがにそんなパフォーマンスをしてしまえば、衆人環視の餌食になってしまう。

……で。昨日私と初めて喋ったというほぼ他人な間柄なのに、夕希は献身的な愛を発揮して保健室まで付き添ってくれたそうだ。マジ天使。

「ありがとうございます、夕希ちゃん。私は大丈夫です。授業に戻ってください」

「……気にしないで。美空が心配だから、もう少しここにいる」

 それは素直に嬉しい言葉だったけど、それだと、夕希に迷惑がかかってしまう。

その辺のアホならどうってことないが、夕希はこの朝霧学園でも二位の成績なのだ。私なんかに構っていたせいで成績を落としても、責任は取れない。

「夕希ちゃんに迷惑かけたくないんです。大丈夫なので、戻ってください」

「……迷惑じゃ、ない。美空は、わたしがいると嫌?」

「そんなことはないですけど……」

 むしろ、超絶嬉しいっす。できれば、添い寝してくれると、もっと嬉しいっす。……いかん。なんか、ノリがあの死神に似てきた気がする。悪影響の塊みたいなやつだからな。

 と、そこで気づく。死神がいないのだ。

珍しい。どこをほっつき歩いているんだろうか?

「……じゃあ、もう少しそばにいさせて。わたしは大丈夫だから」

「は、はい。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね……」

「……美空、怖い夢でも見てた? うなされてたよ」

「……………………」

 たったそれだけのことで、あの世界での寂寥感(せきりょうかん)、そして過去の記憶がフラッシュバックする。

 夕希の前で変なところは見せたくない。崩れそうになる表情を必死に抑えるも……あまりにも生々しく過去を回想してしまったせいで、そう簡単には昔の傷跡が隠れてくれなかった。

さすがに泣くのはマズイと思い、寝返りを打って枕に顔を(うず)めた。

「…………美空?」

「夕希、ちゃん……。変なこと、聞いてもいいですか……?」

「……うん」

 どうしてそんなことを言ってしまったのか。

 その問いを投げかけた時点で、私は夕希に訊くべき質問を選定していない。そもそも、私は自分が何を訊きたかったのかすら、わからなかった。

無関心になる事で心のバランスを保っていたはずなのに、昔の傷を引っ張り出されたせいで、自分でも驚くほど情緒不安定になっているらしい。何か訊きたいことがあったような気がするのにそれが思い出せず、結局、つまらない例え話をしてしまう。

「えーっと……その。例えばの話なんですけど。もし、自分の命があと一週間しかなかったとしたら……夕希ちゃんは何をしますか?」

「――――っ! 美空……っ!」

 夕希がうつ伏せになっている私の腕を掴む。痛い。可愛い夕希からは想像できないほどの握力だ。そうか。そういえば、剣道で鍛えているんだっけ。

 (かたく)なにうつ伏せになっている私の腕を引っ張り、夕希が無理矢理に私を自分の方へ向かせようとする。……マズイことを言ってしまった。なぜ夕希がこんなに取り乱したのか、私はすぐに思い至った。

 夕希の、友達。

 私に雰囲気やちょっとした仕草が似ているというその友達は、すでに他界してしまったのだった。だから、私がそんな発言をしてしまったせいで、なにか彼女のトラウマに触れてしまったのかもしれない。

「ご、ごめんなさい! たとえば! たとえばの話です! 寝起きでヨダレまみれの顔が恥ずかしいので、そっちを向くのは勘弁してください~」

 本当は、違う。私は単純に、自分の顔を見られたくなかった。

これまで生きてきて、一度も他人に見せたことのない素顔。ありのままの心を晒した隙だらけの表情。それを見せるのは、さすがに夕希が相手でも、恥ずかしかったのだ。

「…………びっくり、させないで……」

 私の言葉を聞いて、夕希の手の力が弱まる。

 そこまで心配してくれたという事実は、素直に嬉しかった。口元がニヤける。そういう意味でも、顔は隠しておいて正解だった。ごめん、夕希。

「……てっきり、サヤみたいに、美空の身にも何かあったのかと思った」

「ご、ごめんなさい……。そんな誤解を与えちゃっただろうなって思いました……」

「……ほんとに、たとえばの話なんだよね?」

 チクリ、と。ほんの少しだけ胸が痛む。

 ずっと嘘まみれで生きてきて。他人に本当の事を言うことの方が少なかったはずなのに、変だな、と自嘲気味に思った。

「もちろんですよ。夕希ちゃんは、最後の一週間で何をしますか?」

「……わたし、は……」

 そこで夕希の言葉が止まる。どうやら悩んでいるようだ。私のそんな空想の話にまで真剣に付き合ってくれるなんて、どんだけいい子なんだ、夕希は。

 しかし、なんか私の問いかけに対する答えを探しているというよりは、すでに出ている回答を言うかどうかで悩んでいるような気配を感じる。

「…………こ、告白……」

「告白!?」

 私はガバっと起き上がる。寝起きのヨダレまみれの顔とか、隙だらけの表情とか、そんなことはどうでもよかった。それよりも、夕希の恋バナの方が気になる。

 私がいきなり起き上がって詰め寄ったせいで、夕希は真っ赤な顔のまま固まった。次いで、逃げるように視線を横へと逸らす。なにこの萌えっ娘。超可愛いんですが。

「夕希ちゃん、好きな人がいるんだ……」

「…………な、内緒だよ?」

「誰なんですか? 同じクラス?」

「……ひっ、秘密っ!」

 うーわー。真っ赤な顔しちゃって。可愛いなー、夕希はー。

 そして、わかり易すぎる。同じクラス?って言った時、可哀想なほどビクンと肩が震えた。完全にすぐ(そば)にいますって自白したぞ。

「そっかぁー。告白かぁー」

「……ど、どうせ一週間で死んじゃうなら、フラれてもそこで終わりだから」

「いやいや。夕希ちゃんをフるような男子はこの世にいませんよー」

「……いるよ。全然いる。眼中にないもん、わたし……」

 お世辞抜きで百パーセント事実を述べたつもりだったのに、夕希はそう言って落ち込んだ。

どうやら、本当に狙っている男と上手く行ってないらしい。……信じられない事実だが。

こんなに可愛い夕希から好意を寄せられて、それでもなびかない男子なんているのか? いたとしたらそいつ、ホモなんじゃね?

「……と、とにかくっ。やっぱり、死んだ時に後悔したくないことをするんじゃないかな」

「後悔、ですかー」

 無意識に、先程の回想がリピートされる。残念ながら、私の人生において後悔するようなことは何一つ無かった。強いて言えば、生まれてきたことを後悔している。

そういう意味でも、今日まで生きて来れたことが心底疑問だ。やっぱり、さっさと死ぬべきなんだと思う。できるだけ、美しく。

「……美空は、好きな人いないの?」

「…………」

 どうしようかな、と思った。

 義理で考えれば、ここは私もフェアに情報を開示すべきなのだが、それは義務ではない。だいたい、恋バナにおいて、馬鹿正直に話すから女子の間でいざこざが生まれるのである。そういう機密事項は隠しておくに限る。

 …………だけど。

 なんとなく、夕希にはこれ以上、嘘をつきたくない気がして。

「……今は、いません。昔はいたんですけどね」

 と、そんな風に答えた。



 結局、お昼休みになっても死神は私の元へ帰って来なかった。

 別に、いいんだけど。ただ、ここ数日ずっと付きまとわれていたから、いなかったらいなかったで、変な感じはする。

 私はいつも通り購買でサンドイッチとジュースを買って、銀色の宝物で屋上への扉を開いた。今日はそこそこ晴れているので、屋上は素晴らしい……と思ったが、風が冷たく、あまり快適とは言いづらい環境だった。

「…………夢、か」

 私が幸せの頂点まで駆け上がる方法は『夢を持つこと』だと、あの死神は言った。

 だけど、無理矢理に直視させられた過去を振り返っても、これといったものは見つからない。当然だ。スッカスカの人生なんだから。

 死神もいなくなったことだし、ここらで私は死神のペースから距離を置くことにした。常にあいつが隣に居たせいで忘れていたが、私の命は今日を入れてあと四日しかないのだ。幸せや夢がどうこう言うよりも、もっと大切なことを……死ぬための準備をしなければならない。

 そう、〝美しく死ぬ〟ための。

 そういう意味では、死神よりも夕希の意見の方がよっぽど参考になった。『死んだ時に後悔したくないことをする』。それが『美しい死』にも繋がっているような気がしたのだ。

 だけど、と私は思う。

 昼休みに屋上で一人、寂しくサンドイッチに(かじ)りついている私には、そもそも後悔するようなことは何一つない。これでは、今すぐ死んでもいいぐらいである。でも、それはそれで、なんだか淋しい。どうせ死ぬなら、この命、最後の最後で有効活用してみたいものである。

 私はサンドイッチを食べ終え、前もって持ってきていたノートを開く。数学のノートだ。当たり前だが、全ページに罫線が引いてあった。

 私は、このタイプのノートを美しくないと思う。 

 小学生の頃は『自由帳』といって、全ページ真っ白の何も書いていないノートを持つことが許されていた。あのノートが一番美しい。こんな不自由なノート、見るだけで吐き気がする。

 それでも今、手元にあるノートはこれだけなので我慢。鉛筆もないので、シャープペンシルで代用。

 そうして私は、遥か彼方の記憶を探るように、ノートの一番後ろのページを広げ、そこにシャーペンで線を走らせた。

 ……懐かしい。トラウマだらけの過去だけど、ノートの後ろに落書きしているシーンだけは、過去の私を「いいなぁ」と思ってしまったのだ。当時、それが私に許されていた数少ない『自由』だったから。今はもう、私が失ってしまった『自由』だったから。

 私はノスタルジックな気分に包まれながら、ただひたすら、シャーペンを走らせる。

 相変わらず、下手だなぁと思う。センスの欠片も才能の片鱗も感じられない。マンガでさえペン入れするご時世だ。今時、鉛筆だけで書く絵のクオリティといったら、笑ってしまいそうである。

 加えて、私が描くものにはモデルが無かった。それが風景でも、物でも、人でも……それは一切この世に存在しない。ただ私の頭の中にだけある意味不明な無源(むげん)物質。何の意味も無く、何の価値も無く、何の由来も無い、ただのラクガキ。だけど……そんな無駄な絵を描いている時間が、昔はたまらなく好きだったのだ。

「へー。淡居ちゃん、画才があったんだね。意っ外ー」

「…………」

 せっかくノッてきていい気分だったのに、たった一言でそれがぶち壊される。

「……どちら様ですか? 先生を……いや、警察を呼びますよ?」

「話しかけただけで犯罪って、僕は一体どういう存在なんだろうね?」

 空気感染型セクハラ病原菌。略して、KSB。……怖っ!

「うん、相変わらず剃刀よりも鋭利な毒舌をありがとう。それだけ口が達者なら、もう立ち直ったってことで大丈夫だね?」

「……そうですね。夕希のお陰で。夕希のお陰で助かりました。もうほんと、夕希だけが頼りでした」

「えっと……ひょっとして、僕にも居てほしかったのかな?」

 そんなわけねーだろ。死ねよ、カス。

「まぁ、淡居ちゃんはそれくらい毒舌の方が可愛いけどね。ところでその絵、せっかく描いたんだから、夕希ちゃんに見せてあげようぜ」

 …………は?

「……何を言っているんですか? 頭おかしいんじゃないですか? KSBに感染したんですか?」

「病原菌が病原菌に感染するパターンって、下手したらノーベル賞ものじゃないかな? そうじゃなくて、せっかく描いたんだから、その絵、誰かに見せようよって言ってるの」

 いやいや。やっぱりお前、頭狂ってるって。

 誰が好き好んでこんな無価値で無意味で由来不明なラクガキを見たがるんだよ。夕希にしたって、苦笑いで困るのが目に見えてるっつーの。

「いやまぁ、そうなんだけどね。でも、自分の才能っていうか、その人が持っている力ってのは、やっぱり、誰かのために使ってこそ真価を発揮するものじゃないかな?」

 うぜぇ。相変わらず意味不明だな、お前は。

 私はノートの最後のページを破ると、ぐしゃぐしゃに丸めて放り投げた。丸まった紙が秋風に吹かれて転がり、フェンスを越えて学園裏の林へと消えていく。

「あーーーーー! なんてことを! もったいない!」

「……くだらないこと言ってないで、そろそろ死ぬ準備でも始めませんか? もう今日入れて四日しかないんですよ? 私を幸せにするとかなんとかは別にして、身辺整理とか始めたいです」

 私がそんなことを言っても、死神から返事は返ってこない。

 ただ、私がこの世に生み出したゴミクズの環境破壊を嘆くように、林の方ばかり見つめていた。




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