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第三章 怒涛の火曜日



 火曜日というのは、一週間の中で最も凶悪で、手に負えない曜日だと思う。

 なんてったって、火曜日だ。一週間の二番目。

 だから何なのだ、という声が聞こえてきそうだが、だからこそ私は火曜日を最も凶悪な曜日として認定しているわけである。土曜日や日曜日の休日は言うまでもなく、金曜日は最後の平日、月曜日は最初の平日という『属性』がある。そんな中で、最も『属性』の薄い曜日が火曜日なのだ。

 率直に言って、テンション下がる。

 一週間のスタートである月曜日も憂鬱だが、火曜日はもっと憂鬱だ。昨日は休みじゃなかったし、明日も休みじゃない。この世の地獄とはこのことだ。

「……なんて言うか、淡居ちゃんの頭の中を覗いていると、ときどき嘔吐感を催すよ。よくもまぁ、そんなネガティブなことばかり考えていられるよね」

 死刑宣告を受けた翌日の火曜日。

 その日も私は変わらず学校に登校し、授業を受けていた。既に二時間目まで終了している。

 ちなみに、その日もいつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ時間に顔を洗い、水と手櫛で寝癖を直して、テキトーに制服を着てから家を出た。つまり、完全にいつも通り。ユージュアリー。エブリデイ。

「あのさー、淡居ちゃん。別に君の人生観に口を挟むわけじゃあないけれど、昨日言ったように僕は、君が幸せになってくれないと困るんだ。だから、君が不幸になるような行動は絶対にさせるわけにはいかないし、それと同じくらい、幸せに近づかないプラマイゼロの行動も控えてくれると嬉しいんだけどなー」

 そう思うなら、さっさと私から離れてほしい。

 お前みたいな死神がいるせいで、私は今現在、超絶不愉快……いや、不幸だ。この死神が目の前から消えるだけで、私の幸福度は当社比・百八パーセントくらいアップする。確実に。

「百八パーセントって……やけに中途半端だね」

「……いやですね。八パーセントは消費税ですよ」

 もちろん、消費されるのは私の幸福度である。ああ、大変。さっさと離れてもらわなくっちゃ。世間ではさらなる増税の噂も流れているし。

「はあ……。この秋風が吹く寒空の下、君のマンションの前で一夜明かしただけでも褒めてもらいたいくらいなんだけどね……」

「当然でしょう。一人暮らしの女子高生の部屋に、獣の如く(さか)っている若い男を連れ込むバカがどこにいるんですか」

 いや、世間的にはいるか。クソビッチが。

「だから、そういう汚い言葉を使うのはやめなよ、淡居ちゃん。そんな言葉を使うから、余計に君の心も(すさ)んでいくんじゃないかな」

「だとしたら手遅れですね。これはもう、私のパーソナリティ。言わば、個性ですから」

「……ナンバーワンよりオンリーワン。そのままの君でいいって言う優しい人もいるけどさ。それが総合的に君の幸せにならないようだから、僕は一応止めさせてもらうよ。……まあ、そんな淡居ちゃんも愛しているんだけどね」

 どうでもいいが、その決めゼリフっぽいフレーズをやめてほしい。こんな変態から「愛している」なんて言われると鳥肌が立つ。ああっ、また化粧代がかさむわ!

「……淡居ちゃん、化粧なんてしないでしょ」

 だが、持ってはいる。

 さておき、私は今日もこの変態の死神を引き連れて登校し、この変態の死神と一緒に日々の時間を過ごしている。昨日も言われたが、この死神の目的は『私を幸せにすること』らしい。

 一度幸せにしてから殺すなんて、どんだけ残酷なんだ!と、昨日の私は憤慨してしまったけど、今冷静に考えると、不幸なまま死ぬというのもそれはそれで残酷だった。この辺は賛否両論分かれるところかもしれないが、私は『美しく死ぬ』ことをモットーとしているので、悔いを残さないという意味でも、幸せになってから死ぬのは悪くない気がする。

 もっとも、死神にとってそんなことはどうでもよく、私を幸せにしたいのは単純に向こうの事情ゆえ、だった。なんでも、ある一定数の人間を幸せにしてから死なせることに成功すると、上司からその業績が認められ、出世できるんだとか。……会社かっ!

 しかし、話はそこで終わらず、出世した死神はそのまま死神の上司として業務を続けるか、現世に転生するかを選べるらしい。

つまり、黄泉(よみ)(がえ)り……じゃなかった、(よみがえ)りができるということだ。そしてなんと、この目の前の変態な死神は、その偉業達成まであと一人らしい。つまり、私を幸せにしてから死なせることができれば、現世に蘇れる。

「……要するに、あなたの個人的な都合ですよね」

黄泉(よみ)(がえ)り……じゃなかった、蘇りのこと? うん。まあ、僕の都合だよね。だけど、これはお互いにとってメリットのある話じゃないかな? つまり、WIN‐WINの関係というやつだよ」

 本当だろうな?

こいつ、口が達者な上、いつもヘラヘラしているからイマイチ信用できん。

「大丈夫だよ、淡居ちゃん。僕を信じて。なんだったら、世界中の美少女のパンツを賭けたっていいよ。もし僕が嘘をついていたら、世界中の美少女からパンツを取り上げると、ここに誓うよ」

 それ、結局お前が得してんじゃねーか。

 やっぱダメだ。こいつは信用できない。

「まあ、信じる信じないは君の自由だからね。そこは任せるよ。僕は僕のしたいことをするだけだしさ。もちろんそこには、淡居ちゃんから信頼されるために努力することも含まれているんだけど、今のところそれをするつもりは僕にもない。そんなことより、さっさと淡居ちゃんを幸せにしちゃった方が何倍も近道だからね」

 嘘くさいほどあっさりとした笑顔でそんなことを言われる。

 その余裕がなんか腹立つ。見た目は私と同い年くらいなのに、私よりもずっと大人っぽい。……ん? そうか。確かに見た目はこんなだが、死神って言うからには、年とかとらないのかもしれない。だったら、目に映る容姿でこいつの年齢……ひいては実際に生きた時間を計るのは愚かしいのかもしれないな。

「同じように淡居ちゃんも、僕なんかに構っていないで自分のことを考えることをオススメするよ。平たく言えば、人生設計だね? 残り時間は今日を入れて五日間。これほど管理しやすい人生もなかなか無いよ。ツイてるね、淡居ちゃん!」

 うるせぇよ、ハゲ。

 死刑宣告されて残りの余生が五日しか無い人間のどこがツイてるんだ。脳みそ沸騰してんじゃねーのか? 頭の中に液体窒素ぶちまけてやろうか。

「……いや、僕は別にハゲてないけど。ていうか、むしろ前髪はこんなに長いけど」

 ウザったい前髪を(もてあそ)ぶ死神を無視して、私は教室に戻った。チャイムが鳴ったのだ。

 三時間目の授業が始まる。三時間目は歴史だ。

小さな声でボソボソと話すため、生徒の間で悪評しか立たない社会科教師が教室に入ってきて、授業が始まる。私はそれを右から左へと聞き流した。こうしてみると、授業というのは中々いいBGMなのかもしれない。

「五日、か……」

 ポツリと呟く。私のそんな小さな呟きは、授業を続ける教師の声とノートや筆記用具が立てる雑音の中に消えて行った。

 私が『美しい死』を望むようになってから、しばらく経つ。その間、最も美しい死に方は何なのかと、割と本気で考えてきた。しかし……結局、明確な解答が見つかることはなかった。

 でも、見つけないとな。なんてったって、あと五日しかないのだ。

 もし理想的なラストを思い描いても、それを実行する時間が無いんじゃ残念すぎる。例えば『エベレストの頂上で眠るように凍死』なんてことを決断しても、そこに至る前に死んでしまう。いや、もちろんエベレストに登る気なんてサラサラ無いが。

「僕としても雪山への登山はオススメしないぜ。別に登山家を否定するわけじゃあない。山登りに幸せを感じる人間ってのは、往々にして、元から山に関心のある場合が圧倒的多数なんだ。もちろん、実際に登ってからハマる人もいるだろうけど、人生最後の五日間を懸けたいと思う人間は圧倒的少数だろうね。結局、その人にとっての幸せなんて、行ったことも見たこともないような場所には、落ちてないってことさ」

 自分の声が他人に聞こえないのをいいことに、死神がベラベラと喋る。

 私の席の後ろ、教室最後方にある窓に背を預け、腕を組んで偉そうに佇んでいた。

「青い鳥の(はなし)を例に出すまでもなく、幸せってのは案外、身近にあるものなんだ。それこそ、一週間や五日間で手が届く範囲に。そうじゃなきゃ、僕たち死神はもっと前もって死のお知らせをする制度になっていただろう」

 そうなのだろうか……?

 いや、そうかもしれない。事実、五日後に確実に死ぬと解っている私も、その期間を短すぎるとは感じていないのだから。五日あれば充分。三日でも行けそうなほどだ。そう考えると、一週間というのは十分過ぎるほど充分な期間なのかもしれない。

「でもまぁ、僕の経験から言って、たった一週間じゃ中々自分の幸せを見出せない人が多いのも事実だ。なぜなら、すっかり盲点になっているからね。脳科学的に言えばスコトーマかな? 本当は見えるはずなのに、見ている〝つもり〟になって、すっかり自分の幸せが見えなくなっている」

 なに言ってんだ、コイツ。頭おかしいんじゃねーのか?

「いや、あの……スコトーマって、本当に脳科学用語にあってね?」

 そんなものは知らない。小難しい学問や定理は、それを調べたい暇人だけがダラダラと時間を浪費して調べればいい。私は現実を見る。見えてるものは見えてるし、見えないものは見えない。他人の意見やご高説なんて、信じられるか。

「そんな捻くれてる淡居ちゃんも大好きだけどね。それでも、ものは試しだぜ。ほら、淡居ちゃん。ちょっと手を上げて、そこの初老の教師に質問をしてみなよ」

 …………は?

「授業中はいつだって、手を上げて質問してもいいはずだぜ。もっと言えば、どんな理由があろうとも、基本的に君の喋る権利を侵害することはできない。もちろん、ルールやマナーで縛ることも、物理的に口を封じることもできるけどね。だけど、今現在の淡居ちゃんは喋ることが可能だ」

 さっきから同じフレーズばかり繰り返している気がするが、それでも言ってやる。

何言ってんだ、こいつ。頭の中にウジ虫でも湧いてんじゃねーのか?

「……いけない子だなぁ、淡居ちゃん。そんな汚い言葉ばかり使って。もちろん僕は、そんな淡居ちゃんも愛しているけれど、淡居ちゃん自身の幸せのためにも、少しばかり更正に近づくよう、僕から指導してあげよう」

 そう言って死神は、右手の指をパチンと鳴らした。

 するとその瞬間、私の右腕と口元から感覚が無くなる。

「!? !!?」

「慌てないでいいよ、淡居ちゃん。ちょっと君の身体の自由を奪った……いや、〝借りた〟だけだからさ」

 いや……ちょっ、えっ?

 なに言ってんの? ほんとこいつ、なに言ってんの!?

「はーい、先生ー。質問でーす」

 次の瞬間、静かだった教室に間抜けなほど気色悪い猫撫で声が木霊した。

 そして、その信じられないほど気色悪い声は……私の口から漏れていた。右手もいつの間にか上がっている。

「……ほえ? ええと……淡居さん、じゃったかの? なんですか?」

 返ってくる教師の声。集まるクラス中の視線。

 そこまで状況が進行して、ようやく私の右腕と口元に感覚が戻ってきた。

「ほい、淡居ちゃん。クラスのみんなも先生も、みーんな君の質問を待ってるぜ。ほら、何か言ってごらん」

「あ、あぁああ、あぁぅ…………」

 パクパクと動かす私の口から漏れるのは、意味不明な外気音だけだ。

 ダメ。ダメだ。頭、真っ白になってる。何も考えられない。どうしよう。どうしよう。どうすればいいの? やだ。みんなこっち見てる。ダメ。私、こんなキャラじゃない。大人しくて。静かで。存在感無くて。教室の隅にひっそりいるだけの存在だったのに――

 私が感知しないところで私の呼吸音が早くなる。まるで風が鳴っているかのようにヒュー、ヒューと音がした。ひょっとするとこれが、過呼吸というやつなのかもしれない。

 どんどん視界が真っ白になって、嫌な汗が体中を伝って、もう、ほんとにこの世の終わりだと思ったその瞬間――世界のどこかで、再びパチンと音が鳴った。


 気付くと、私は教室の自分の席に座っていた。

 教壇では初老の社会科教諭がいつも通りボソボソとした喋り声で授業を行っている。クラスの生徒も全員、私の方ではなく前を向いていた。

「いやー。淡居ちゃん、辛そうだったからさ。ちょっと時間を戻したんだ」

 背後でのん気な声が響く。

 それを聞いた私は、超常現象に驚くよりも早く、安っぽい自分の椅子の上で脱力した。安堵のため息と冷や汗が流れる。

「淡居ちゃんがあんなに緊張するタイプの女の子だとは思わなかったよ。普段割とハキハキ喋るから、そういう場面が来れば堂々としてるタイプだと思ってた」

 うるせぇ。こちとら、生まれてこの方、万年コミュ障なんだよ。頭の中を覗いてるお前はともかく、この世界で私を知っている人間の誰一人として、私を『ハキハキ喋るタイプ』なんて思う奴はいないだろう。

「なるほど。そういうことか。確かに淡居ちゃん、僕と話す時もモノローグとは違って敬語だしね」

 わかったか? わかったら、もう二度とこんな真似するんじゃねーぞ? 心臓に悪い。五日待たずして、この場で恥死するところだったわ。恥死で致死とか、全然美しくない。むしろ、世界で一番醜い。

 私は不自然にならない程度に背後へと視線を投げ、死神へ直死の魔眼をお見舞いする。そんな私の死線を受けて、しかし当の本人は涼しい顔で続けた。

「いや、でもね? スコトーマ……って言葉が嫌いなら、心理的盲点という日本語読みでもいいや。とにかく、『淡居ちゃんが気付いていない現実』を知る意味でも、やっぱりここで手を上げるのは、やってみようか」

 !!?

「大丈夫。もう勝手に淡居ちゃんの身体を操ったりしないよ。僕は紳士だからね。さっきやって見せたのは、最終的に僕には、そんな手段もあるよって手札を公開したかっただけ。だから、今後は淡居ちゃんの自由意志に任せるよ。ちゃんと手、上げてくれるよね?」

 背後なので表情は窺えないが、絶対いつものヘラヘラ顔であることは想像に難くない。

 つーかこれ、脅迫じゃねーか。私の身体を操るつもりはないって、確かに能力は使ってないかもしれないけど、結果的に私は操られている。そこに至る過程が違うだけで。

「現実逃避はやめなよ、淡居ちゃん。そんな非生産的なことを考えても仕方ないさ。ここはむしろ、どうやってこの場を切り抜けるか考えよう。大丈夫! 淡居ちゃんの聡明な頭脳なら、きっと乗り越えられるさ! 僕は信じているよ!」

 こいつ……後で絶対殺す……!

 手元でミシミシとシャーペンが悲鳴を上げる。だが、折らない。死神を殺すこともしない。なぜなら、目立つから。私は目立つのが嫌いなのだ。世間一般の普通の女子高生でいたい。注目されるのは嫌だ。変な子だと思われるのは、もっと嫌だ。平凡でいたい。オーソドックスでありたい。ギャルゲーの主人公・女バージョンでありたい。

「ギャルゲーって……淡居ちゃん、実は割とそっち方面にも詳しい?」

 うるせぇ! ちょっと黙ってろ!

「おー怖い。そんな(うな)らないでよ。大丈夫。手を上げて質問が浮かばなければ、一発芸で(しの)げばいいさ。なんだったら、ネタを授けようか? そうだな……先生を間違えて『お母さん』と呼ぶのはどうだろう?」

 お前の目は節穴か? どう見ても初老の男性教諭だろうが!

 よし、決めた。潰す。この授業が終わって、私の行動が自由になったら、まず潰す。どこを、とは言わない。強いて言えば、女の子でも簡単に男を制圧できる場所だ。それ以上の内容は企業秘密にしておく。

「いや、それ明らかに僕の未来が予想できるんだけど……」

 後ろで死神が震える。知ったことか! こちとら、それ以上の苦しみと苦渋の決断を迫られてるんだよ!

「……落ち着きなよ、淡居ちゃん。人生なんてチョロイ。もし失敗したら、気のせいだと思えばいいさ」

 その言葉だけはなぜか穏やかな声色で告げ、それっきり死神が黙る。これ以上は関与しない、さっさと手を上げろ、ということか。

 私は緊張で震える体を押さえつけ、目まぐるしい速度で回転する脳を意図的に自覚した。

 そして、私の人生で初めての舞台の幕が上がる――――。

「……先生」

 手を上げて、席を立つ。

 先程のような猫撫で声じゃない。普段通りの私の地声。

 ただ、なぜかそんな私の声は教室内にピンと通って、クラス中の注目を集めた。

「……ほえ? ええと……淡居さん、じゃったかの? なんですか?」

 返ってくる歴史教諭の声。回ってくる私のターン。

 そこで私は、とっておきのネタを披露した。

「失くしてしまった過去は変えることができない……。だから、今を戦って、未来を変えます!」

 教室内の空気が、凍った。



「あはははは! 最っ高! 超面白かったよ、淡居ちゃ――――ぐみっ!?」

 私の歴史がまたもや漆黒に染まった三時間目。

終了のチャイムと同時に、死神が股間を押さえて地面に倒れ伏した。理由はわからないがビクビクと痙攣している。まるで何か大切なものを潰されてしまったかのようだ。

「…………死ね」

 つーか、私が原因だった。

もう無理だ。我慢できない。叙述トリックなんてクソ喰らえだ。

 私はさらに、(うずくま)る死神の頭を踏み潰す。

「う、うぐぐ……あのね、淡居ちゃん……。こうして、制服でミニスカな女子高生から足蹴にされるというのは、パンチラなんてラッキーパンチも拝めて、割かし悪くないというか、むしろ業界ではご褒美と――」

 パンチラなんざ知ったことか。二年前に『しまむら』で買って着古したパンツで良けりゃ、いくらでも見せてやるよ。そんなことよりも私は今、猛烈に〝潰したい〟のである。

 廊下で中途半端に足を上げ(他人視点)、挙動不審な態度を取る私の隣を、物珍しそうな目をしながらクラスメイトが通り過ぎる。……くそっ。本来なら超影の薄い私。ちょっとくらい奇行に走っても、余裕でスルーされるのが常だったのに……っ!

 私は悔しさを噛み締めつつ死神から足をどかし、腕を組んで窓の外に視線を移した。残念ながら今日の天気は曇りだ。それが原因でさらに私の気が滅入る。

「うぐぐ……ま、まぁ僕の男のシンボルという、割と笑えない犠牲があったことは残念だけど、淡居ちゃんが『気付いていない現実』に気付けたのは良かったよ」

「……意味が分かりません。死んでください。それか、死んでください」

「一見、僕に選択の余地があるかのように見せかけて、その実、僕が死ぬという一択しかない問い掛けは流石だけど、そのことも置いておこう。つまり、僕が言いたかったのは、月並みな言い方になってしまうけれど、『淡居ちゃんには無限の可能性があるよ!』ってことさ」

「……そんな下らないことを伝えたかったのなら、口頭で伝えてくださればよかったのに」

 もちろん、無視するが。

「だよね。だからこそ僕も、実際に強行手段で示させてもらったんだよ。そうでもしないと、淡居ちゃんが信じてくれないってのは簡単に予想できたからね」

 行間やモノローグを読まれているせいで、私というキャラクターを完全に見透かしているらしい。

やりにくい。私は本心を隠して常にポーカーフェイスで勝負するタイプなのに。

「いや……仮にモノローグが読めなくても、淡居ちゃんのキャラクターは結構わかると思うけど……」

 そんなはずはないので、今の発言は、この死神がちょっと頭おかしい人だという何よりの証拠です。皆さん、注目。

「ああ……もう、いいや。とにかく、そういうこと」

 死神があきらめたように息を吐く。ようやく認めたか。己の愚かさを。

「……なんでもいいですが、今後はあのように私の身体の自由を奪うのはやめてください。都条例に引っかかりますよ? R指定で出版できなくなったら、どうしてくれるんですか」

「色々とメタ発言をありがとう。僕も女の子とは合意の上で楽しみたいタイプだから、あんな力を乱用するつもりはないよ。だから、安心して。もっと言えば、死神の不思議パワーは基本的に一種類につき一回きりだから、そういう意味でも安心してほしい。もし仮に、僕が残虐非道な鬼畜愛好家だったとしても、もう二度と淡居ちゃんの身体の自由を奪ったりはできないさ」

 それを聞いて安堵する。こんな得体の知れない変態に、身体の自由を奪われる可能性があるなんて、辛すぎる。なんだったら美しさを問わず、その場で飛び降り自殺することも辞さない覚悟である。

「まぁ、君の死亡時刻は確定してしまっているわけだから、今ここで窓から飛び降りても決して死ぬことはないんだけどね? せいぜい意識不明になって運命の時まで植物状態でいるくらいだろうぜ」

 うるせぇ。知ったことか。

乙女には、死よりも守らなくちゃいけないものがあるんだよ。

「僕もできるなら、あんな強引なことはしたくなかったさ。でも、昨日一日淡居ちゃんに任せっきりにしてみたら、微塵も前進しないんだもの。僕の中で君が幸せになることは確定事項だ。だから、もし普通にやってそうならないのなら……僕は、ありとあらゆる手段を用いて君を幸せにしてみせるよ。……あ。今のセリフ、ちょっとプロポーズっぽい?」

 黙れ。授業中にいきなり手を上げてボケをかましたところで、全然幸せにならなかったじゃないか。むしろ、現在は不幸のどん底だ。死にたい。もう学校に来たくない。どうせ死ぬんだし、明日から登校拒否しようかな。

「そんなことをしたら、君の友達が悲しむぜ。なんてったって、普通にしてても、君と過ごせる残り時間はあと五日なんだからさ」

「……べつに、友達なんていません」

「そうは言うけど、一人くらいいるだろう? ほら、友達の定義がどうこう言い始めると揉めるから、単純に、ちょっと世間話するくらいの間柄も含めてさ」

「……いません」

「いやいや。そうは言うけど、淡居ちゃんがそう思っていないだけで、向こうが勝手に友達だと思っているパターンも――」

「……ありません」

「…………マジで?」

「えらくマジです」

 唖然とした顔で死神が私を見る。

 おいおい。何をそんなに驚いているんだよ? 似た者同士だろ? お前がいつ死んだかなんて知らないけど、どうせお前だって、友達ゼロだったはずだ。

「いや、こんな僕だけど、一応、生前はケータイに百人前後の電話番号とアドレスがあったよ……?」

「…………マジで?」

「あ。素が出るほどショックなんだ?」

 え? え? マジで? ほんとに?

 こんな、変態で変人でストーカーで捻くれ者で嘘つきで臭い死神なのに?

それでも友達って、できるものなの?

 そんな、バカな。

「ちょっと待とうか、淡居ちゃん。後半の二つは違うよね? 確かに僕も嘘をつくことはあるけど、まだ君相手に嘘をついたことはないし、そもそも僕は臭くは――」

 死神がなんかごちゃごちゃと言っているけど、私の耳には届かない。

 だって、もしこの死神に友達がいるとしたら……私、こいつ以下ってことなの?

嘘、でしょ……?

確かに、スクールカーストや人間ヒエラルキーにおいて、私は最底辺の辺りをフラフラしているとは思っていたけれど、もしかして私こそが、紛う事なき最底辺だったの……?

「信じていたのに……。あなたのような人だけは、私と同じく「はい、それじゃあ好きな人同士でペアを作って~」という教師の軽はずみな一言に、甚大(じんだい)なるストレスと実害を被ると思っていたのに……」

「ああ……。確かにそれは僕にもあったけど……」

 それには心当たりがあるようで、死神もブルーな顔をする。だが、そんなことはどうでもいい。

 決めた。私、友達作る。底辺脱出する。

べつに、生涯一匹狼のアウトローで全然構わないと思っていたけれど、一人くらい友達を作って群れるのも悪くない。ていうか、この変態に負けたくない。私だって友達できるんだぞーってことを証明したい。その上で、その友達との関係を続けるかどうかは判断すればいい。

「人を捻くれ者呼ばわりするけど、淡居ちゃんも相当だよね? まっ、いいや。多少なりとも前向きになってくれたみたいだから。それじゃあ、休憩時間の残り五分を使って、友達を作ってみるかい?」

「…………はい?」

 何を言っているだ、こいつは。

 友達作るんだぞ? たった五分で何ができる?

むしろその百倍、八時間くらいかけて計画を立てた後、予行練習を重ねて、トータルで五年くらいかけるべきじゃないのか。

「いや、それしたら、とっくに淡居ちゃん死んでるけど」

「……じゃあ、私には無理ですね」

 それなら仕方ない。

諦めの早い私である。いや、ここは潔いと言ってほしいところだが。

私に友達を作る力はあるが、時間が足りないのだ。これは仕方ない。残念。残念だなー。

「友達を作るなんてそんな難しいもんじゃないよ? ただ道を歩いて、気になる女の子に陽気に声をかける。で、一発芸。その後でメアドとテル番を訊けばいいだけさ」

 ……それ、ナンパじゃね?

「まあ、なぜかみんな、僕のメールには返信してくれないんだけどねー」

 あはは、と屈託なく笑う死神。

 うわー痛ぇー。こいつ、超イタイわー。

「そんなわけで。とりあえず、その辺の女の子に話しかけてみるといいさ。……あ。淡居ちゃんは女の子だから、話しかけるのは男の子の方がいいかな?」

「……いえ、女の子でいいです」

 はっ!? 気づいたら、私が道ゆく女子に声をかけることが決定している!?

 窓の外に投げていた視線を慌てて戻すと、死神がニヤニヤしていた。くそっ。油断してた。完全にハメられた。

「ハメられたとか、淡居ちゃんは結構えっちだねー」

 くだらない冗談を言う死神をスルー。構うだけ時間の無駄だ。

 どうせ、私はやるしかない。ここで拒否すれば、またあの意味不明な死神パワーで強引に事を進められてしまうだろう。それだけは、嫌だ。どうせ恥をかくにしても、せめて自分のコントロールできる範囲で恥をかきたい。

 私は学ぶ人間である。たとえ失敗してもタダでは起き上がらない。どーせやるなら、やってやるです。……別に、さっき恥をかいてしまったせいで、ヤケクソになっているということはない。全然ない。ほんとに。ないったら、ない。

「……おっ。今、目の前を通った女の子、かわいいねー。あの子にしようぜ、淡居ちゃん。チャンスがあったら、僕がスカートを捲ってもいいか訊いてくれ」

 うだうだと私が脳内会議している内に、私たちの前を一人の女生徒が通り過ぎたらしい。

 もう、どうでもいい。どうせ死ぬんだから……という自暴自棄で、私はその女子に話しかけた。

「……あの、すいません」

「…………?」

 歩いていた女子が振り返る。その顔を見て、私は「げえっ!」と思った。

 ゆるく巻かれている髪の毛。色は茶色。決して濃すぎない、しかし絶妙とも思えるナチュラルメイク。抜群のプロポーションを誇る体は着崩した制服に包まれ、スカートは下着が見えるか見えないかの長さで揺れている。そして、パッチリとした目が不機嫌そうに釣り上がって、こっちを見ていた。

 まるで『今どきのイケてる女子高生』をそのまま体現したかのような彼女。

名前は、(ゆき)(しろ)()()

これだけ派手な外見をしているくせに、学業成績も学年二位という化け物じみた女。私の天敵だった。

「…………なに」

「あ、えっと……」

 しまった。全然話題が浮かばない。

 (わら)にも(すが)る思いで横に視線を投げると、そこに死神の姿は無く。

「うわー! なにこの子! 超可愛いんだけど! なになに、学園のアイドル?」

 雪城の周りをちょろちょろと動き回って視姦していた。

 ……ダメだ。あいつは使えない。

「私、は……(あわ)()美空(みそら)と言います」

「…………知ってる」

 おっと。これは意外な展開だ。

 てっきり、彼女みたいなリア充勢は、教室の日陰で鬱々としている陰キャラのことなんて眼中にないと思っていたのだが。どうやら、クラスメイトの名前を覚える程度には、ボランティアスピリットに溢れているらしい。

「……いつも、成績発表の時、隣に名前があるから」

 ああ。そういうことか。

 朝霧学園は毎回の試験結果を廊下に張り出すという、非常に残酷な教育システムを採用している。なんでもこれは学園長の方針で、自分の『力』を正確に認識するためらしい。

 こんなことをすれば、最下位の生徒、ひいてはそのモンスターペアレントから大抗議が来そうなものだが……そんなことは過去に一度もないらしい。というのも、テストで最下位を取るような朝霧の生徒は、往々にして部活動などの課外活動に力を入れ、そちらで成果を上げているからだ。テストの結果が悪くてもケロリとしている。

「私は万年三位ですけどね」

「…………わたしも万年二位だよ」

 雪城が吹雪の如く冷めた目で返す。

 ふざけんな。こちとら、死ぬほど勉強しての三位なんだよ。

 私は、学園から奨学金をもらっている。

朝霧では、毎回のテストで上位五位以内の学力をキープし続ければ、在学中にもらった奨学金の返済を免除できる制度があるのだ。私の家は貧乏だから、私がこの学園を無事に卒業するためには、この制度で生き残るしかない。

 そんな理由がある上、私は趣味もなければ、友達もいない。よって、放課後も休日も全部勉強漬けで時間を投資しているのに、どうしてそんな私が負けるんだよ。死神とは別の意味で頭おかしいんじゃねーのか、こいつ。

美人で、男にモテて、リア充で、その上勉強までできるって、どんだけ完璧超人なんだ。お前みたいなクソビッチは、クラスのダメ男共と淫らな学園性活でも送ってくださいよ。

……べ、べつに羨ましくなんてないんだからねっ!

「でも、すごいですよ~。私も結構頑張ってるのに、雪城さんには一度も勝てないんですから」

 などと、そんな私の黒い内面は一ミクロンたりとも相手には見せない。

 これが私スタイル。死神のせいですっかり忘れそうになっていたけど、これが本来の私なのだ。

「……わたしも、どんなに頑張っても一位にはなれないから」

 ちなみに、朝霧学園の総合トップ(全学年含めて)は、私が入学した当初からずっと一人の男子生徒が独占している。私と同じ学年で……確か、(かん)()(ひろ)とかいうやつだ。もうこの辺に至っては、私とは根本的に頭の構造が違うのだと思わざるを得ない。ていうか、人間じゃないだろ。宇宙人だ、あいつなんて。

「……ところで、どうして敬語? わたしと淡居さん、同じ学年だよね?」

「えっと……私、誰に対しても敬語なんですよ~。だから、気にしないでください」

「…………そのセリフは、好きじゃない」

 雪城がムッとした顔をする。

 おいおい、失礼だろ。こちとら同い年の小娘に敬語で接してやってんだぞ? 感謝こそされても、そんな顔で批判される筋合いはねーよ。

「淡居ちゃんは相変わらず素が黒いなぁ……。そんなんじゃ、確かに敬語以外で接すると大変そうだ」

 うるせぇ。ほっとけ。

 そんな風に死神へツッコミを入れていると、雪城がハッとしたような表情になり、次いで、バツが悪そうに謝ってきた。

「その……ごめん。わたしの昔の友達に、そんな風に言った子がいたから……」

「いえ、気にしませんよ。人間の好き嫌いなんて、人それぞれですからね」

「ち、違うのっ。べつに淡居さんのことも、その子のことも嫌いなわけじゃなくてっ。むしろその子は、今でも友達だと思っているんだけど……っ」

 雪城が慌てたようにフォローする。しかし、その先をどう続ければいいのか分からなくなってしまったように俯き、ゆるくウェーブのかかった髪の毛をいじる。ツリ目なのにしょんぼりするという、器用なこともやってのけた。

 ……あれ? なんかこいつ、可愛いぞ。外見が派手な分、そんなしおらしい態度が余計に引き立つ。あれだ。ギャップ萌えとかいうやつ?

 そこで、チャイムの音が廊下に響いた。

「……ご、ごめん。話が逸れちゃった。もし何か用事があったなら、お昼休みに聞くから」

 そう言って、つっけんどんな態度で教室へと戻っていく。

 変わらぬツリ目のせいで一見すると感じ悪そうに見えるが、その仕草で、内心あわあわと動揺しているのが見て取れる。……なるほど。クラスの男子が「雪城はツンデレなんだよ! たまらんっ!」とか騒いでいたが、そういうことだったのか。確かにあれは、可愛がってやりたくなる。

「淡居ちゃんって、レズなの?」

 私もすぐに自分の席へと向かったが、死神はなかなか教室に入ってこない。

 なぜか、廊下で股間を押さえ、震えていた。



 そうして、すぐにお昼休みがやってきた。

 お昼休みは屋上でパンと決めている。なぜなら、それが一番落ち着くから。アウトローだから。孤高の女子高生だから。

「いや、素直にぼっちって言いなよ」

「……この世界でぼっちな死神さんには言われたくないですね」

「いよいよ黒さの出し方に遠慮がなくなって来たなぁ……」

 脳内を覗きまくられ、素の私を知られた死神には、容赦しない方向で行くことにした。

 それでも敬語を使っているのは、周囲の目を気にするが(ゆえ)だ。万が一にでも誰かに聞かれたら、変な口調は誤魔化しようがない。

「いや、いくら敬語だったところで、内容がアレなら大差ない気がするんだけど」

「そんなことはありませんよ。お脳みそがお(とろ)けになって、お耳からお流れになられていらっしゃるんじゃないですか?」

「……うん。むしろ敬語である方が、威力が上がる場合もあるよね」

 さておき、そんな現代で孤軍奮闘するラストサムライである私が、なぜか今日は教室で食事を摂ることになっていた。理由は、雪城夕希。

 四時間目終了のチャイムが鳴ると同時、彼女が私の席までやって来た。そして、再度謝罪を述べた後、「……あの、その……」と無愛想なツリ目のまま弱気な態度を見せるので、ついつい昼食に誘ってしまった。イッツ、ミステイク。私としたことが。なんたる過ちを犯してしまったのだろう。

「実は淡居ちゃん、初めての友達と一緒のお昼だからって、浮かれてない?」

 うるせぇ。年がら年中浮かれてる、お祭り死神は黙ってろ。

「心中のツッコミも容赦ないんだ……」

 というわけで、私は現在、購買でパンを買ってから教室へと引き返しているところである。雪城と一緒じゃないのは、彼女が弁当を持参していたからだ。大多数の例に漏れず、彼女も自宅からこの学園に通っているらしい。

「…………うっ!」

 だが、そんな私の夢見がち乙女スキップも、教室のドアをスライドしたところで止まってしまった。目的の人物である雪城が、クラスでもトップクラスに可愛いオシャレ女子数人に囲まれて、席に着いていたからである。

 ……無理。あの輪に割って入って行くなんて、無理。想像しただけでゲロ吐きそう。

「どんだけコミュ障なんだよ、淡居ちゃん。僕にそうする十分の一でも、その内面の暗黒物質を外に出したらいいんじゃない?」

 黙れ。最初っから脳内を覗き見してるお前は別にして、世間一般の可愛い女子高生が、私みたいな毒物と空気感染してくれるわけねーだろ。考えてものを言えよ、カス。

「淡居ちゃんは時々、とてつもなく自己評価が低いよね」

 そんなわけで、私はあっさりと雪城との約束を反故にして屋上へ向かう決心を固めた。

ただ、今日は登校中にペットボトルのジュースを買っており、その残りがあるので、それだけ拾いに自分の席へと戻る。

「…………!」

 と、そこで不意に雪城と目が合ってしまった。

 向こうも向こうで気まずいのか、釣り上がった目付きはそのままに、慌てたようにわたわたしている。……なんか、本当に私のツボだ。

 私は「大丈夫だよー。また今度にしよー」というテレパシーを込めて、(がら)にもなくニッコリ笑い、教室を後にした。

「…………っ! あ、淡居、さん!」

 しかし、廊下に出たところで背後から声がかかる。

 振り返れば、雪城がお弁当の包みを両手で抱えて私を見ていた。

 どうしようかとしばし悩んだ後、ヒラヒラと手を振って廊下に出ると、雪城も慌てたように私を追って廊下へ出てきた。

「え、えっと……っ。その、ご、ごめん。普段一緒に食べてる友達が、なかなか離してくれなくて……っ!」

「あ。いいですよ。気にしないでください。一緒にご飯食べるのは、今度にしましょう」

 余裕の笑みを浮かべる私。おっしゃ。外面だけなら完璧に一般女子高生だ。とても毒物には見えまい。大丈夫だ、問題ない。

それにしても、なぜかこの雪城に対してだけはスムーズに言葉が出るな。未だに死神が相手の時でさえ、発言の文頭に三点リーダがデフォなのに。……あ、そうか。この雪城も発言前に三点リーダがつくようなタイプだから、安心してるのかも。それと、強気で近寄りがたい見た目と違って、弱いところもある女の子だって、知っちゃったからかな。

「……う、ううん。大丈夫。なんか、男の子とお昼食べるって、勘違いされてたみたいだから……」

 ああ、なるほど。そういうことか。確かにこの雪城のお相手となれば、私ですら興味がある。近しい友達なら言わずもがな。その辺の(さか)った男子も言わずもがな。

「……あのさぁ、淡居ちゃん。君、夕希ちゃんのこと天敵だって言ってなかったっけ? 今日も話しかけた第一声の後、心中で「げえっ!」とか、女の子らしくない悲鳴を上げていたような……」

 死神が意味不明なことを呟いている。発言内容は理解できなかったが、とりあえず私の可愛い雪城を夕希ちゃん呼ばわりしているのが腹立つ。取り消せ。夕希は、お前みたいな下劣な男が近づいていいほど、安い女じゃねーんだよ。

「なるほど。そこで私みたいな冴えない喪女(もじょ)が相手だとわかって、解放されたわけですね」

「……も、もじょ? よくわからないけど、淡居さんと一緒にお昼食べるって言ったら、解放してくれた」

 おおっと。さすが夕希。超絶美少女なだけあって、『喪女』なんてダークサイドな単語もご存じないらしい。

「それで……どこで食べる?」

 問い掛ける夕希に向けてニッコリ笑い、銀色の宝物を見せる。

 不思議な顔をする彼女の手を引いて、私は屋上を目指した。


「……すごい。初めて屋上に上った」

「ですよねー。普通は鍵がかかってますから。こんなに綺麗な俯瞰(ふかん)風景を職員で独占するなんて、許せませんよ、まったく」

 私はデレデレしながらハンカチを取り出して地面に敷き、そこに夕希を座らせた。

「……い、いいの? これじゃ淡居さんが……っ」

「大丈夫です。私のことは気にしないでください」

「…………ありがとう」

 俯いて控え目に笑う夕希。 

 ああっ。可愛いっ! 最高! これが美少女と呼ばれる生物か! 都市伝説だと思っていたけど、まさか実在していたなんて! 国宝に指定して厳重に保管すべきじゃないだろうか。保管するのはもちろん、私の部屋だ。誰にも夕希を渡すもんかっ! 一生私が養っていくんだ!

「……淡居ちゃん。君はやっぱり、レズ――」

「……どうしたの? 急に手を上げて」

「いえ、ちょっと虫がいたので~。気にしないでください」

 小さな虫を払うつもりで左拳を振り抜くと、何か目に見えないものが私の手に当たった気がした。きっと、気のせいだ。私の裏拳が何かを吹っ飛ばしたなんて、あるはずがない。

「でも、意外でした。教室での雪城さんは、なんかこう……ちょっと、近づき難いオーラみたいなものがあって。実際に話してみると、普通の女の子なんですね~」

「…………よく言われる」

 夕希が苦々しい顔でごはんを口に運ぶ。可愛らしいお弁当には色鮮やかなおかずが詰まっていた。可愛い。女子だ。美少女だ。

「……わたし、目付きがキツめなせいもあって、よく誤解されるの」

「あ~、確かに。パッチリしてて印象的な目ですもんね」

「いや、淡居ちゃんも誤解していた一人じゃ――――ひでぶっ!?」

 視界の端っこでゴミクズが股間を押さえて(うずくま)った。

 私が急に足を上げたことで驚いた夕希に苦笑いをしつつ、「足、しびれちゃった」と座り方を変えた。

「でも、実際に話してみるとすっごく話しやすいです。クラスで雪城さんが人気なのもわかります」

「……女の子には比較的普通に話せるの。男の子は、全然ダメ。特に……いや、なんでもない」

 言いかけた先が気になるけど、夕希が言いたくなさそうなので訊かないことにする。

「……でも、淡居さんに話しかけてもらえて、嬉しかった」

「私に?」

「……淡居さん、いつも一人で堂々としててカッコいいから。いつか、話してみたいと思ってたの」

 まさか学園のアイドル(私の一存により決定。異論は認めない)から、そんな風に思われていたとは、予想外だ。実際はただのコミュ障で、ぼっちなだけなのだが。

「……それに……どことなく、わたしの一番の友達と雰囲気も似てるから」

「そうなんですか?」

「……うん」

 誰のことだろう? クラスで他に私みたいなぼっちはいないし……。

「それって、五組の吉田さんですか?」

「……ううん、違う。この学園にはいない。……もう、他界しちゃったんだ」

「……………………」

 いかん。なんか、重い話になってしまった。

 私はゼロ円スマイルのまま、顔中に粘っこい脂汗をかく。ここまでどうにかやって来たが、これ以上はキツい。生まれてから今日まで、まともに友達なんていなかった私だから、友達のこんな深刻な悩みに対してベストアンサーを持ち合わせているはずもなかった。

 でも、何か言わないと!

黙っていればツリ目や派手な外見も手伝って「向かうところ敵無し!」みたいに見える夕希だけど、こんなに弱々しい姿を見せられたんじゃ、お節介も焼きたくなる。

「その子は……不幸だったのかな?」

「…………え?」

「人は、いつか死ぬよ。それは絶対。だから、精一杯生きるんじゃないかな。たとえその期間が短くても、長くても……最後の最期に悔しい思いをして後悔しても。それでも、その人なりに一生懸命生きたなら、その人生を否定することは、誰もしちゃいけないんだと思うよ。悲しむなとは言わないけど、だからってその子が原因で雪城さんが立ち止まってしまうことを、その子も望まないんじゃないかな」

 …………ハッ!? 何言ってんだ、私!?

 ヤバい。テンパったせいで、普段のキツい口調のまま、グロい本性を暴露してしまった。

せっかく夕希と仲良くなりかけたのだから、ここは普通に「辛いね、悲しいね……」と言ってればよかったのに! 何かのマニュアル本でも『男は問題の解決を望み、女は感情の同意を求める』って書いてあったぞ!? それなのに、なにトチ狂って自分の意見押し付けてんだ、私はぁぁああああああ!! それでも女かぁぁああああああああああああ!!

 しかし、そんな風に新たな黒歴史を後悔する私に対して、夕希は優しげに微笑んでくれた。

「……ありがとう。淡居さんはほんと、サヤに似てる」

「え、ええっと……どうもです……」

 サヤっていうのは、たぶんその女の子の名前なんだろうな、と適当に当たりをつける。

 しかし、そのサヤさんとやらも、まさか内面がこんなに嘔吐物なわけはないだろうから、あくまでちょっとした仕草や雰囲気が近いということなのだろう。

「なんか……熱くなっちゃって、申し訳ありませんでした……」

「……いいよ。それより、さっきみたいに、敬語を使わないで接してくれると嬉しい」

「え……。あ、いや、それは……私は敬語キャラなので、もう少しそれは待ってほしいと言いますか……」

 具体的に言えば、私の真っ黒な中身が改善するまで待ってほしいと言いますか……。

「……じゃあ、名前で呼んで。〝()()〟って。わたしも、〝美空(みそら)〟って呼ばせてもらっていい?」

「え、はい。それくらい、全然いいですよ」

「……ありがとう、美空」

 しどろもどろに答えると、夕希は嬉しそうに笑ってくれた。

 ごめん夕希。心中じゃいつの間にか、夕希って呼んでた。

 秋風が舞う屋上。日光が微塵もサービス精神を発揮しない曇り空の下。

 この上なく憂鬱を感じるシチュエーションで、しかし私は意外なほど悪くない気分だった。


 ――その日、私に人生初の友達ができた。




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