01 聖夜に集う者たち
仮想現実空間がもうひとつの生活世界として構築されて久しい世界。
そこで人は遊び、仕事をし、仲間と集いて絆を深め合ってきた。
そして今も、同じ目的をもって集まる者たちがいた。
仮想現実空間サービス大手の1つであるブルークリスタル・ストリート。
よくあるショッピングモールであるが、テナントに厳しい制約を課し、来場者にまず雰囲気を提供するテーマパーク型の有名所である。
その名の通り青い輝きで構成された街並みを、大勢の人が、いや人々が寄り添って歩んでいる。
そう、今日は恋人達の聖夜。大勢のカップルが、幸せそうな顔で集っている。
普段は人数制限――来場者数を制限するのではなく、一度に表示される人口密度に上限を設け、景観を損なわないようにしている――が掛けられているのだが、今日この日だけは敢えて人混みを作り、ちょっと歩きにくくなる程度の混雑を作り出している。自然と肩寄り添いあい、人ごみではぐれないよう互いの腰に手を回すのを不自然でないように演出しているのだ。
また、他の提携サービスと相互訪問出来るようにし、個別に会員登録しなければ行けないような風景を楽しめたり、また異形のアバター達が今日だけのリアルタウン型サイトでのデートを楽しんでいる。
有名どころのRPGサイトの冒険者やSLGサイトの軍服達。あちらでは囲碁サイトの和装と占いサイトの巫女さんが緑茶をすすりあい、サイバーパンクのサイト出身であろう薄すぎるレオタード1枚の少女達が楽しげに笑い、それに目を取られた猫耳メイドを狼男がたしなめているという姿が、ごく普通に見られる。
きっと今頃は同じようなアバター達が、ファンタジー世界のサイトでドラゴンライディングを楽しんだり、人間将棋でジャンケンをしていたり、テクノポップなダンスホールで踊っていたりするのだろう。
それはまさに、聖夜だけの、一夜夢。
恋人達は、普段互いに見せ合わないようなアバターを使いあって新鮮さを楽しみ、また異世界サイトで普段は楽しめないイベントをハシゴする。
店舗も売り上げに悲鳴を上げながらも、第一に恋人達への雰囲気提供を楽しんでいる。
だが、光あれば病みもまたすぐ近くにあるように、病んで病んで病みまくった集団もまた、この地に集っているのだった。
それはまさに、病みの集団といって良かった。
外見の話ではない。
彼らの多くは、ごくごくまとも(そうな)格好をしている。
しかし雰囲気だけで、既におどろおどろしいものが出ているのだ。
そして最近特に秀逸と言われるようになった表情システム。
仮想現実空間のアバターであれば美形であるはずなのに、それを真っ向から否定してしまえるような歪みきった表情。
それだけ言えばお分かりであろう。
そう、何時の世も毎年出没する、負け組負け犬マイナス人間達である。
無数ともいえる彼らを集めた青年が、いま登場した。
「諸君、本日この日この夜に、こうして集まってくれたことに感謝する。さて、これ以上の言葉は不要であろう。突撃準備」
人間として終わってしまった青年は、あっさり演説を終わらせると、腰に提げた剣を抜く。
後に続く集団が戦闘態勢を取ったのを見ると、通信クリスタルを起動させる。
「こちらスピアー1。準備完了」
「こちら皇帝。君たちで全ての部隊の準備が整った。突撃せよ!」
通信が切れると同時に、遙か後方――というより、異世界サイトのとある領地のお城ではあるが――で宣戦布告が為される。
RPG+SLGサイト《紅蓮戦記》の最上位職である皇帝は、国王や領主と違い、覇権戦争の実行権を有しているのだ。
これの詳しい説明は省くが、簡単に言えば一方的に国家間戦争を開始してしまえるのだ。
それも大使を通じた宣戦布告や会戦要求システムと違い、文字通り侵略戦争という一大イベントを。
皇帝が対象としたのはブルークリスタル・ストリート。
普段普通なら不可能であるが、今日この日だけは別である。
普通全く互換性を考えて作られていなかった異世界サイト同士。
それをアバター交流出来るように、特別に――つまり技術者的に言ってしまえば間に合わせで一時しのぎの継ぎ接ぎで――作られた、一種のセキュリティホール。
もちろん厳密な意味でのセキュリティホールではない。
各サイトは厳しいデバッグ作業を通っており、普段であればゲームバランス的な修正以外の何ものも必要とせず、外部侵入はもちろん、内部からのチートクラックも許さない。一応。
だが、各サイトに初めから実装されているシステムは、そもそも規制対象外である。
もちろん聖夜イベントということで、モンスターは攻撃してこないし、攻撃も出来ない。
(まぁそのために、狩りとかストーリーイベントも進行出来ず、余計に病み集団の呪怨を高めたわけだが)
しかしこれらの設定をしたGMやプログラマ、それにSEは人間であり、それなら当然ミスもするし、敢えてミスもするのである。
すなわち、異世界サイト自体に対して、戦争を仕掛けられてしまうといったように。
そう、いま恋人達が集う仮想現実世界は、いきなり戦争状態に陥ったのだった。
恋人達が集うショッピングモール、ドラゴンフライト空域、ダンスホールやレストラン、それにパーティーの開かれている白亜の城。
それらに突然慌ただしい鐘の音が鳴り響き、緊急告知が音声メッセージでながされる。
「緊急事態です。緊急事態です。ただいま全世界に対し、覇権国家ストイック・パラディンズから宣戦布告が為されました。これにより、通常ログアウトは制限されます。マニュアルによる緊急ログアウトは動作可能です。強制切断による強制ログアウトはアバター保護されます。繰り返します。通常ログアウトは制限されます…」
騒ぎ始めたのは、ファンタジーサイトで戦争というものを経験したことの無かったアバター達であった。
いきなり戦闘禁止アイコンが消えてしまう。
これは戦争状態に入った時、普段は攻撃禁止エリアとして指定されている場所でも戦闘行為を行えるようにする、システムによる上書き行為のためだ。
聖夜ということで全エリアで攻撃禁止措置が取られていたが、その裏をかいた抜け道行為である。
いや、どちらかというと、システム変更されていなかったがゆえに起こってしまったことだろう。
なにしろ無理矢理異世界サイト同士を接続しているのだ。下手にシステム部分に手を入れると、予期せぬ不具合が生じる。
なにせこの聖夜イベントは、急遽決まり、様々な仕様変更を変遷とし、次々と様々なサイトが参加してきたのだから…。
「えっ、なによそれ」
「ちょ、ま、ろぐふか? ありかいよ、まじかうよ」
「落ち付けって。通常だけだろ、禁止は。マニュアルは大丈夫っていってるじゃないか」
やがて戦争経験者が、そこかしこで説明を始める。
「大丈夫だ。ログアウト機能が一時的に、システムの方で制限されているだけの演出だ。敵前逃亡してズルしようってやつを戒めているだけで、ネットワークエラーとかリアルの方の機器不調での強制ログアウトは安全だ」
「でも、緊急とかってログアウトして、大丈夫なのかよ」
「ああ、大丈夫だ。マニュアルで緊急ログアウトしても、後から理由と一緒にログを提出して申請すれば、アバターが復旧される。いくら戦争で制限されているとはいえ、ちゃんと…って、おいやめろ」
「えっ、なんでよ。こんなの付き合いきれないわよ。私、帰るわよ」
「いや、今言ったろ、理由がいるって。自分の都合でログアウトするのは緊急と認められないんだ。今までに認められたのは、仕事でやむを得ない呼び出しが入ったとか、身内が怪我したとか、そういったことだけなんだ」
「ちょっとなによそれ。そんなのありえないでしょ。ふつう、そういったのってないでしょ」
「い、いや、それがあるんだ。《紅蓮戦記》であったんだが、入会規約にそういうのがあってだな…」
「ちょっと、関係ないでしょそれ。あたしは付き合いきれないって。じゃあね」
そういって緊急ログアウトで接続を切る女性。
途端にアバターが無表情となり、回線が切れたことがわかる。
が、異様なのはそこからだった。普段ならアバター保護が終わった後に消えるはずのアバターが、そのままその場に残っているのだ。
さらにアバターの周りを輝く文字が円を描いて取り囲む。
『緊急切断されました。負傷扱いです。捕獲可能です』
それを痛ましい表情で見つめる男性。
と、耳に手を当てる。おそらく先程離脱した女性が、リアル世界から会話してきているのだろう。
「だから言ったろう。敵前逃亡と見なされるって。ああ、この戦争が終わるまで、緊急切断したアバターには戻れないんだ。…無理だって。俺と君は同じ陣営と見なされるから、君のアバターは保護出来ない。とりあえず救護するけど、覚悟しておいてくれよ」
そういって男性は女性のアバターを守るように立つ。
それを見て、離脱した女性と同じく、この状況が判っていないカップルが質問を投げかける。
「えっと、それって、どういうことなんですか」
「見ての通りだ。中身を失ったアバターは、獲物として残される。敵が手に入れたら身代金を要求出来る。さらに誰かが治療行為としてそばにいないと、消失する」
消失、それは文字通りのアバター削除である。
普通は違法行為やマナー違反などによる強制退会や見せしめ処置としてしか行われない。
途端に青ざめるカップル。いつの間にか、事情通の男性の周りに人が集まっている。
「みな、落ち着いて。逃げ出さなければ大丈夫。戦死しても、消失することはない。レベルダウンしたり、アイテムドロップしたり…」
そこまで言って気が付く。よくよく見れば、ほとんどが《紅蓮戦記》とは関係ないサイトのアバター達ばかりだ。ということは…。
「あの、おれたち、そもそもレベルとかないんですけど」
ダンスサイトのサイバーパンクが困ったように言う。
ここのアバターはいかに生身に近付き、かつ生身を感じさせない理想の肉体動作を可能にするかを追求しているのだ。レベルとかアイテムとか、あるわけない。
いや、アイテムといえば装飾品とか服飾とかがあるが、流石にこれをドロップしたらまずいだろう…。
「いちおう私たちはレベルとかはあるけど、そもそも戦闘とかそういったものとは違うし…」
将棋・囲碁・チェスなどの盤上ゲームのアバター達である。単に階級をレベルと言い換えるのが可能という程度で、そもそも戦闘能力とは全く関係がない。それ以前に、アバターに要求されているのは、駒の手触りとかパチッ音の再現性や感触である。ある意味限りなく戦争に関係ない王位とか将位である。
「俺らも違うよなぁ。レベルが上がれば戦闘…戦争能力は上がるが、そもそも意味ないし」
そういってきたのは戦略ゲームのアバター達。軍服を着こなした兵士…ではなく将校とか将官といった勲章輝かしいデスクワークの達人である。《紅蓮戦記》といったファンタジー風の肉弾戦魔法有りの超人乱舞とはそもそも方向性が違う。
なかには軍医や整備兵と言った、役に立ちそうでどう役立たせたらいいのか使いどころの難しい兵種も混じっていたりする。
いやそれ以前に、そもそも彼らは銃火器の持ち込みを禁止されていたために、全員丸腰である。
ちなみにリアルさを追求するサイトらしく、数値ボーナス的に能力値が上がることはない。
レベルはある意味功績値であり発言権であり、NPCに言うことを効かせやすくする以上の効果はないといっても良い。
「いやいやいや。この子達と別れるなんていや」
そういって涙ぐむのは、もふもふサイトの常連達。システムの都合上もふもふたちを“所持”することになっているが、実際は家族も同然である。戦えとか戦利品扱いとか、とてもそんなことは言えない。
…まぁ聖夜のデートで、カップルとして狙って良いものかどうかというと、
(外からの雄叫び声)「いいか、ケモナーに人間様の良さを教えてやれー」
どうやら病み集団には、恋人認定されているようだ。不幸な。
「そんな、この子達より立派なアバターなんて、いるわけないでしょ!」
不幸でもないようである。人間的に不憫なというか、まぁもふもふだから仕方ないというかなんというか。
「まっ、まぁとにかく。迎撃体勢…を…」
恋人を守ろうとする男性であるが、既に孤立していた。
聞きたいことを聞いたアバター達は、いかに逃れるか、いかに恋人を守るかに集中して議論している。いや、すでに半数以上が逃げ出している。
もともと戦争システムとかに興味がないから知らないといった者達である。戦おうとするわけがなかった。
そして軍人であり戦闘能力が皆無な将校達は、いかに彼ら以外を囮として包囲網を突破するかの最善手構築に余念がなかった。
いちおう誰も彼もが、緊急ログアウトで逃げ出そうとはしていなかった。
アバターはそう簡単に作り直しがきくものではなく、まさにもう1人の自分といってよい分身である。
それにアバターに蓄積された履歴や経験、称号も捨てられない。
長年使うことによって、自身の認識とのずれをとことん埋めるに至った、育て甲斐あった肉体である。とても大事なのだ。
そう、見ず知らずの他人を犠牲にしても良いくらいの…。
実在の個人が死なないというのも拍車を掛けていたと言って良いだろう。
かくして、信じられるのは恋人同士だけという、大脱出が始まった。
「ひゃっはーっ、ひゃえーっ」
病み集団の先頭を駆けながら奇声を上げるのは、世紀末モヒカンアバター達である。
今日この日のために1年近く掛けて作られたこのアバター達は、見た目と裏腹にかなりのハイスペックである。
彼らは普段のやられ雑魚役という名誉職を殴り捨てて、都市防衛のために城壁外部に繰り出してきた先遣偵察隊をあっという間に血祭りに上げていく。
「おーらおーらおーらー、ひゃっはーだぜーっ」
バイク(型の木馬)に跨り、トゲ付きショルダーが頬を突き刺すのにも構わず鉄球鎖鎌や釘バットを振るう。
それはまさに世紀末の先遣隊で、都市内で退却支援待機をするものたちを震え上がらせる。
「こなくそっ」
あっという間に混戦に持ち込まれ、退却することすら叶わなくなった偵察隊の戦士がスキルを発動する。
両手に持つ剣が輝き、致命的な一撃を加えんとする。
が、あっさりと両手大盾に阻まれる。
「ふんぬー」
全身を分厚い鋼鉄の鎧で覆い、もはや鉄塊というか、それ自体が武器になるんじゃねといわんばかりの壁をぶんぶん振り回す防衛戦士たち。
彼らもまた、今日この日のために作られたアバター達だ。
レベル1よりカンストするまで、防衛戦士としてのみ最高の性能を発揮出来るように計算され尽くして作られた専門職人達。当然中の人は廃神であり、当然アバターは廃スペックと化している。
廃神としてのスキルを発揮すれば、たとえ防衛戦士であっても凄まじい血祭りの狂宴を開催出来るであろう。
しかし彼らは、一切攻撃をせず、ただひたすら防御にのみ己の能力を使っている。
何故か。それは彼らが守るべき者達を見れば、自ずと知れる。
「このっこのっこのっ」
「あ、あ、あ。いけるいけるいける」
「た、たのしい。たのしい。神様ー」
そう、防衛戦士たちの周りをうろちょろする、真の雑魚達である。
真の雑魚達はまさに素人も良いところで、はっきり言って連携のれの字も考慮していないお邪魔キャラそのものである。
しかし防衛戦士たちの視線は暖かい。それはまるで雛を見守るような親鳥の慈しみの視線であり、ようこそ我らが修羅道へと新人たる獲物をロックオンした業深き煉獄の鬼神そのものでもある。
この道は廃神の誰もが通った道であり、かつ堕ちるしかない一方通行に自ら嵌り込むことに依る愉悦を楽しむ笑みでもある。
攻撃が拙くてもいい。連携が取れなくてもいい。
いまはただ、聖夜の敵を倒すことだけに熱中すればよい。
君たちは我らが守ってみせよう。だから、もっともっと恋人達の血を浴びるのだ。
そう、真の廃神たる廃真たちは、もはや己の手で罪人達を葬ることにこだわりはしないのだ。
デスロードにようこそ。終わり無き廃神たちの道へようこそ。
尊き君たちの魂の輝きは、誰にも傷つけさせはしない。
廃真たちはその能力をフルに使い、廃スペックの絢爛舞踏ここにありとばかりに見せつける。
罪人達は聖戦士を誰一人として傷つけること叶わず、ただ虚しく骸を重ねるのみ。
一方的な殺戮は、すぐに終焉を迎えようとしていた。
「くっ、なんてことだ」
「あれほどまでとは…」
城壁の上で惨殺を眺めるしかない防衛隊。
威力偵察ということもあり、急遽集った防衛隊の一線級の戦士達がみな参加したが故に、戦闘能力はかなり落ちる。
おまけに完全に敵味方入り交じっており、もはや多少の援軍では意味無く巻き込まれ、嬲り者にされるより他にない。
しかし、救世使が現れた。
「諦めるな、諸君」
「あ、あなたは…まさか…」
そう、まさかの人物の登場である。
この人こそ、まさに救世の使い。
折り目正しき制服。ベレー帽を模した制帽。白手袋に白ローファー。美しきネクタイにスレンダーなスラックス。
面接前の一次選考で容姿審査を徹底しているというチョイぷちハイソな(意味不明だな…)ファミリーレストラン『プラチナシルバー』の従業員(スペシャルクールスタッフと呼ばないと怒られる)、ホール長(バイトだったりする)の栗須ティーナ=杏奈ちゃんである。ちなみに男。髭面。上半身の筋肉凄すぎ。
「な、なにしに…」
思わず腰が引けてしまう。
気にせず両手を広げて歌うように美声を披露する。無駄な意味で廃スペック。
「何しに来たって。いうまでもないだろう。我ら夢の世界の従僕たちは、お客様を守るためにこそ存在を許されるんだよ」
<いや、仕事しろよ。ファミレスの店員だろ>
思わず心の中で突っ込む。口に出したりはしない。怖いから。ここ重要、テストに出るかもよ。
「さあ、マイルドケーキ、オープン。ゆあうえるかむ、まいビッグマグナム」
その掛け声?を合図にして、ブルークリスタル支店の店舗が変形していく。
まるで超合金巨大ロボットが変形合体する際のギミックを展開するがごとく、店舗が上へ上へと伸びていく。
「うわ…テレビ番組みたい」
思わず漏れた声が、全てを代弁する。
質量保存の法則とか、構造物構成的にあり得ない伸張をもってして、巨大な大砲が姿を現す。
再び、思わず心の声が漏れる。
「いいのかよ、ファミレスがアレで。武装とかありえんだろ」
すかさず不心得者を殴り倒して、髭熊が大声を上げる。
「ぃてーっ!!」
放たれた砲弾が見事に髭熊に命中したからである。世界がちょっと、綺麗になった。
「ふっふっふっ、甘いな。我らが、聖夜に仕事シフトを入れられている我らが、どちら側の人間か判別も付かないようであったか!!」
はははははー、という笑い声に連ねるようにして、次々と近隣店舗が武装を展開していく。
「我らが同士よ。計画は成功せり。繰り返す、計画は成功せり。今こそ罪人どもを血の海に沈めよ」
次々と砲弾が城壁に命中し、残っていた守備隊もろとも吹き飛ばしていく。
構造上足下を狙えないが故に、罪人たちは人海戦術でのみ裁くことしか出来ない。
そうか?、否!!
大砲で吹き飛ばす? そのようなことが許されるのか?
罪人は聖戦士のみが、その手に掛けることを許される。
このような鉄の塊に代行させて良いものではないのだ。
ましてや一瞬で吹き飛ぶような終わり方をさせて良いものか?
否!!否!!否!!否!!否!!
その身に聖なる刃が食い込む様を見せつけねば、捌かれたことにはならないのだ。
そうして初めて、己が罪を自覚するであろう。
いつの間にか、いや計画通りであろう。放送システムを乗っ取った演奏グループが張り切って賛美歌を流す。
世紀末モヒカン走行隊は新規入会者に獲物を譲り、逃げようと無駄なあがきを続ける者達を追いかけ回してからかっている。
廃真たちは子守をやめ、城壁跡地に勢揃いして街を取り囲み、誰一人として逃そうとはしない。
普段は隠密した敵を発見し、いち早く防御するための看破スキルを使い警戒している。
見つけ次第挑発スキルを浴びせかけ、足止めしたところでバトンタッチ。
付与術師は弱体化(デバフ)を掛けまくって抵抗力を根こそぎ奪い、強制転移で中央広場に送り届ける。
ヒヨッコたちは反撃されてかすり傷を負うのを楽しみ、また自らの血にも酔い、供宴を繰り広げる。
既に前哨戦で大いにレベルアップしており、もはや地獄の悪鬼に片足を踏み入れているのだ。
次々と撃破されていく恋人たち。
もともと戦闘能力のないアバター達なので、経験値は落とさないが所持品はドロップ対象となる。
「やったー、指輪ゲットだぜー」
「こっちはハート形ロケットだ」
「俺なんか勝負下着だぞ。ざまーみろだ」
教会の鐘は煩いくらいに鳴りっぱなしである。
《紅蓮戦記》で復活ポイントを登録していないアバター達は、死んだ後は最寄りの教会で復活する。
そのため教会は破壊されず、祭壇の後ろに撃破魔術師が勢揃いしている。
交替で威力ゼロのノックバック効果最大に設定された攻撃魔術をぶちかまし、大きく開かれた正面扉から、目の前の中央広場に送り届けているのだ。その名もベルトコンベアー隊。
たまにうっかり間違えて、強制転移を掛けてしまっている。
すかさず広域チャットだ。
「強制転移しちゃった、捕まえてね。てへぺろ」
狐狩りならぬ、罪人狩り遊びと好評である。
異世界の皇帝も報告を受けていた。
「ドラゴンライダー隊から連絡。遊覧飛行中の全飛、撃ち落としました」
「静かな湖畔では、大海獣のお食事タイムが終わりました」
「こちら大鍾乳洞。崩落魔法と暗盲魔法を展開中。悲鳴が心地よいです」
「森林浴部隊より救援要請。多数の衣服のみを発見。俺たちごと焼き払ってくれ!」
「陛下、拷問室より嬉しい悲鳴がやみません。あなたに永遠の忠誠を!」
とても楽しそうである。
そしてリアル世界で歓声を上げる者達も。
「やったー! やったーっ! やぁったーーっ!!」
「ざまーみろ、くそ上司。万歳、マネージャー!」
惨劇の舞台で本来なら制止すべく狂奔しなければならない者達が祝杯に酔いしれる。
今回の聖夜イベント企画者であるマネージャーは、無理すぎるスケジュールと仕様変更を毎時繰り返した上司に心の中でざまぁみろと言いつつ、神妙な口調で関係各所と連絡を取り合っていた。
「ええ、すいません。相当数のアバターが入り乱れて参加しており、強制シャットダウンは難しいです。ええ、法定防護条件を満たせず、無理に行った場合身体への実被害の可能性が…。あ、はい、うちのスタッフは、みんな周辺各国からの違法アクセスに掛かりっきりです、はい。いえ、放置して接続されてしまった場合、アバター窃盗が、あ、お分かりに、はい、すいません。ありがとうございます。ええ、早急に収集を、はい。え、いえ、私が現在の現場最高責任者で、はい、すいません。もうしわけありません、こちらから本来の責任者の連絡先はお教えすることが出来ず、はい、すいません。1人専任で連絡を取らせているのですが、全然出てこず。おそらくこの騒ぎに巻き込まれているかと、はい。いえ、そういうわけではなく、スタッフの一員として内部参加しており、けっして家族サービスを不当授受しているはずはなく、はい。それにつきましては、関係各省と…」
スタッフらは別室でのらりくらりと言い訳しつつ、さりげなく上司に責任をなすりつけたマネージャーに付いてきて良かったと心の底から感謝していた。
「おっ、来た来た」
「やったな。じゃあ行くぞ」
この騒ぎを知った電脳的周辺各国からの様々な接続侵入。
祝杯を投げ捨て、獲物を前にした舌なめずりを隠そうともしない。
「回線接続システム、隠密奪取確保」
「こっちもだ。では、進入路開放」
「さーて、新たなみなさん。楽しんでくださいよ」
数日にも及ぶ徹夜でハイになっているスタッフたち。しかし今頭脳はさえ渡り、魂的エネルギーは最高潮だ。
おそらく各国最高峰クラスのハッカーたちの接続制御権をこっそり奪い、情報窃盗しようとしたり、こちらのシステムを書き換えようとするクラッカーたちを、次々と手玉に取っていく。
やがて新たな世界が開けたことを察した聖戦士たちが拡散し、あわてて逃げようとしたフロンティアを繋ぎ止める。
大型モニターに映し出されるのは、侵蝕するウィルスにも似た挙動をみせるサイバースペース。
侵蝕先にこっそり制御権を返しながら、ついでにかれらのものとして通用する犯罪証拠も残していく。
やがて全ての操作を終えると、にたりと笑みを交わしあう。
彼らは再び祝杯を取り合い、次なる生贄がやってくるまで、しばしの休息を取る。
さあ早く次よ来い。聖夜はまだ長く、始まったばかりだぞ。
こうして後の世に、『聖夜の惨劇』と呼ばれることになる事件は未曾有の被害をもたらした。
消失アバター数万。被害アバター数千万。余波被害アバター数億とも数十億ともいわれる、史上最悪の電脳事件である。
しかしながら、この事件は幾つかの良点ももたらした。
聖戦士たちの聖闘戦に世界中の(不法アクセスによる不当)参加者が共鳴し、険悪だった電脳的周辺各国とのアバター達との関係が劇的に良くなったことである。
感激した、参加した、一生付いていくなどといったアバター世論が巻き起こり、一大軍事同盟を結成したのである。
惜しむらくは、電脳的周辺各国との仲が徹底的に悪くなった点であろうか。
互いに責任をなすりつけあい、賠償請求をしあい、しかし参加者への厳罰では協力しあおうとした。
そしてここに、国際電脳国家連帯と聖戦士同盟との間に、第一次電脳世界大戦が勃発するのであった。
これは従来の国家間によりのみ戦争が外交的解決手段として行われるといった常識を破壊し、新たな個人帰属集団の再構成へと向かう歴史的転換点であったのだが……
「聖戦士たちよ。来年の我らが聖闘戦のために、今こそ集いて予備戦を勝ち抜け!」
……当の参加者たちの誰もが、その意味を気付いていなかったのが残念で
「聖闘戦より他に大事なものなど無し!!」
ああ、まぁ、そうですね。来年も頑張ってください。
「ねえ、来年はリアルでデートしよ」
「うん、そうだね。お金がかかるけど、それがいいよね」
「ううん、だから良いんじゃない。お金じゃ私たちの大切な時間は…」
あら、来年は不発に終わりそうですね。
「いや、国会を解散させ、総選挙だ。聖夜はアバターで過ごさなくてはいけない法案を成立させるぞーっ!」
「「「おーっ!!!」」」
…恐るべき陰謀は、リアルを絶惨侵蝕中です。
(おしまい)
(…おわるの、ほんとに? …これでおわってほしいなぁ…)
そう、このお話が、ほんとうに終わるかどうかは、読者方次第なのです。
(ほんとに、おしまい)