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シルヴァンは自らが住まう真奥宮を出て、石畳の廊下を足早に歩いた。

王位継承権二位以下の王族が住まう上翼宮は主に王の妃達が住まう為に、女性らしい彩に溢れている。

どちらかといえば硬質で堅固な石で出来た護る事と格式に特化した真奥宮よりも、花が咲き乱れて緑に満ち、たくさんの麗しき女性達のいる上翼宮の方がシルヴァンは好きだった。

高さは真奥宮に敵うものではなかったが、無駄に偉そうに聳える城より平たく清楚なこちらの方がシルヴァンは落ち付けて良いと思った。

真奥宮で良い事といえば、その高さ故に城や街が一望できるくらいなものだ。

すれ違う女性に軽い挨拶をしながらシルヴァンは草花のアーチが道を作る美しい庭を進み、その奥で風を切る音を探した。


「レーオ君」

「…兄上」


目的の人物はいつものように、一人で一心に鍛錬をしていた。

長い黒髪をまとめ上げ、運動着で木の剣を振るう弟の姿はなんとも頼もしかった。

彩色溢れる上翼宮にはいっそ不釣り合いで、シルヴァンとレオナールと、実は反対の城で育ったのではないかと噂される程だ。

引き締まった身体も精悍で真剣な横顔も、自分とはまったく違う。兄弟の中で一番父によく似ていて、まだ15歳だというのにとても大人っぽく見える。

また、三人の王子達の中では一番臣下達に敬意を持たれている。

レオナールは木の棒を壁に立てかけて、汗を拭いながら不機嫌そうに眉を歪ませた。


「その、レオ君っていうのやめてくれませんか。俺はレオナール、です」

「弟に優しく出来ない子供なお兄さんはレオ君の方が似合ってるよ」

「兄上はオリヴィエの味方って事ですか」

「ふむ。二人のお兄ちゃんとしてはね、どっちかに肩入れするなんて野暮な事はしたくは無いね」


肩をすくめて見せると、レオナールは更に睨むような目つきになった。


「じゃあいったい俺に何の用なんですか」

「お兄ちゃんが用もなく弟に会いに来ちゃダメなのかな」

「民と同じような事をしていては駄目です。血を分けた兄弟であろうと手の届かない一線も二線も向こうの存在、それが王です」

「僕はただの王子だよ。それに、陛下だって元は臣下じゃないかい」


三人の父である王は、元は王に仕える騎士の身分の臣下であった。

だからこそですよ、とレオナールは語気を強めた。


「臣下の中にはそうやって誰もが王座に昇れるのだと思いあがっている者がいる。だからこそ、境界をはっきりとさせておきたいのです」

「格式が大事なのは僕も理解しているつもりだけどね」

「言っている事が伝わっていないようですね。気軽に話しかける事も止して欲しいと、そう言っているのです」


レオナールはシルヴァンに背を向けて手や首の汗を拭う。

その頼もしい背中を見ながら、シルヴァンは苦笑いを零した。


「それは無理かな。僕は君と話をしたいんだ。まさか断るつもりじゃないだろう?」

「…では場と衣服を弁えます。待っていてください」

「その必要は無いよ。僕が認めると言っているんだ」


彼が聞き入れそうな言葉でシルヴァンがそう言うと、レオナールはしばらく睨むような目で見てきた。

にこり、と笑顔で返すと、不満そうに顔を伏せた。


「…わかりました。で、話とはなんです?オリヴィエの事だったらこれ以上何も話す事はありません」


根が真面目だからだろう、しっかりとシルヴァンの方に向き直るレオナール。

それでも全てを拒絶するような言い方をするのは、シルヴァンにも覚えがあった。

自分もレオナールくらいの年齢の頃には、たびたび周りを困らせるような発言をしていたからだ。

それは周りに居た者達からしてみれば多分、真面目なレオナールよりも酷くて無茶苦茶な…思い出したくない。

周囲の言葉全てが自分を見下しているようで、なんとなくイラついてしまうのだろう。

彼が彼自身というものを作りだしている証拠だ。

だからこそ言葉は慎重に選ばねばならない。


「前王には子供は一人しかいなかったけど、どうして僕達は兄弟なのだと思う?」


シルヴァンのその質問に、眉間に皺を寄せて顔を伏せるレオナール。

シルヴァンの祖父に当たる前王には生涯一人の子供しかいなかった。

血筋が途切れる事を危惧した臣下達はしきりに他の子供を作る事を勧めたが、前王は受け入れる事はなかった。

それは前王がただ一人の妃を愛していたからで、その妃は一人娘を産んで死んでしまったのだ。

だが現在、王国には三人の王子達がいる。

レオナールはようやく顔をあげた。


「誰かが死んでも王家の血筋を絶やさないようにです。王家の血筋が絶えると、いらぬ争いを生みます」

「レオ君らしい答えだね」


シルヴァンがそう言うと、レオナールはむっとしたように更に眉間に皺を寄せた。


「だけど俺やオリヴィエではその役目は果たし切れません」

「そうは思わないけど…僕はね、きっと支える為に在るんだと思うよ」


シルヴァンの言葉に、あからさまに渋面をつくるレオナール。

表情にすぐに出てしまうのがまだ子供らしい。

正直シルヴァンは彼の楽しそうな顔は未だに見た事が無いのだが。


「確かに…王は一人で王なわけでは無い、とは思います」

「そうだねぇ。たくさんの臣下に支えられてる」

「信頼できる者ばかりとは限りません」

「だよね。僕もそう思う。だからこそ血の繋がった兄弟が支えてくれるって事はとても安心できる事だと思うんだ」


シルヴァンが両手を広げて笑うと、レオナールは一瞬呆けたように目を丸くした。


「理想論ですよ」

「理想論結構じゃないか。理想が無ければ向上は出来ないよ」

「そういうのは屁理屈というのでは?王家に跡目争いはつきものです。男兄弟ならなおさらだ。歴史上、血を見る事も多いです」

「他所は他所。うちはうち。君だってそうならない事を望んでいるのだろう?」


そう悪戯っぽく言うと、レオナールは渋面のまま顔を伏せた。

軽いため息のような音が耳に届くと、レオナールはようやく顔をあげた。


「…それはそうです。そんな事には絶対させません」


レオナールがはっきりとした口調でそう言った瞬間、あ、という声が辺りに響いた。

とても耳になじんだその声に反応してシルヴァンが振り向くと、黄金色の髪を跳ねさせてオリヴィエがこちらに向かって走って来ていた。


「オリヴィエ…!」

「なんだオリヴィエ。君も帰って来ていたのかい」


オリヴィエが何も言わずに軽く息を整えている間に、後ろからもう一人子供がやって来た。

短い太陽色の髪を風に晒して元気に駆けて来るのは、シルヴァンの側近であるアンジュだ。


「もー、オリヴィエ様。盗み聞きなら最後まで黙ってないと!」

「…アンジュ。君言ってはいけない事を残らず言ってしまっているよ?主の会話を盗み聞きした挙句、さらりとその悪行を口にするのってどういう事だい?」


シルヴァンが何故だか痛むような頭を抱えながら言うと、アンジュは少しも悪びれもせずへらりと笑った。


「聞いちゃダメな会話をこんな場所でするんですか?」

「…ようし、君には常識っていうものをもっと教えてあげるよ。僕直々に」

「シルヴァン様はジョーシキ知ってるんですか?」

「うんうん。君よりはね。それよりどうかしたのかな、オリヴィエ」


アンジュの頭を抑えつけながらシルヴァンはオリヴィエに向き直る。

オリヴィエは軽く息を吐いてから口を開いた。


「僕だって同じだよ。兄上様」

「うん?何がだい?」

「僕も兄上様達と継承争いなんて絶対しない。シルヴァン兄上様が王になって、それを支え続ける」


茶色の大きな瞳がシルヴァンを真剣に見上げる。

シルヴァン等の会話を聞いて飛び出してきてくれたという事は、それだけはっきりと主張したかったという事だ。

いくら仲違しても、やはり兄弟で志は同じ。

そう思うとシルヴァンの憂えた気分はいっきに晴れてきた。


「そのために自らを律して鍛えねばならない」

「そんなこと、わかってるよ。レオ兄上様みたいに固すぎるのもどーかと思うけど」


折角雰囲気が良くなったのに、また言い争いを始めてしまいそうな二人をシルヴァンは両手で制した。


「そうだね、二人が違うからこそ僕は違う面で君達を頼れるんだ。そして僕が王になっても、それは国民や君達を支える為だということを忘れないで欲しいいな。…王様なんて国で一番の下っ端だからね」


と、両手を挙げて笑って見せた。


「…まあ、父上にはナイショにしてて欲しいけど」

「あー、王様の悪口ですねぇ!ダメですよぉ」


アンジュがシルヴァンに向けてびしりと人差し指を突き付けて来たので、その指を握って関節とは逆方向に曲げた。


「王子に指さす君の方がダメです」

「いたたたた」


アンジュが涙目で指をさすって、シルヴァンはため息を吐いた。


「…もし」


ぼそり、とオリヴィエが小さい声で呟いた。


「もし、本当に王権を争うような事になったら…僕は王子を辞める」

「オリヴィエ」

「俺だってそうなるくらいなら自害して死んだ方がマシだ」

「レオ」


二人の決意と想いは、シルヴァンに真っすぐと伝わった。

弟たちと会えるようになったのは、ほんの二年程前の事だったが、そんな長さなんて気にならない。

同じ想いと志を抱いてくれている事が嬉しかった。


「うんうん、僕は嬉しいよ。城の者達はみんな君達に良い教育をしてくれたようだね。それともあのお方のお陰かな。頼れる弟達と、信用の出来る臣下が大勢いて僕は幸せだ」


と、シルヴァンが言うと、何か言いたそうにレオナールが顔をあげた。

それを手で制してシルヴァンはオリヴィエに笑顔を向けた。


「ね、だから仲直りしてくれると僕は嬉しいな。二人が違う道を歩む事を僕はダメな事とは思わないよ」

「………」


オリヴィエは何も言わずにレオナールを見た。

レオナールはオリヴィエから顔を背ける。


「…わかりました。しばらく様子を見ます」

「それでいいんだよ、レオナール」


オリヴィエはきゅっと唇を噛んで一度顔を伏せたが、すぐにぐっと顔を持ち上げた。


「…僕ももっと勉強する。勉強では、レオ兄上様やシルヴァン兄上様にだって負けないようになる」

「それは楽しみだ」


シルヴァンが微笑みかけると、オリヴィエはさっと踵を返した。


「じゃあ僕は部屋に帰るよ。…勉強のために」

「ああ、頑張っておいで」


そのまま足早に庭園を去るオリヴィエの、小さいながらも頼もしい背中を見つめながらシルヴァンは目を眇めた。

その姿が見えなくなったなった頃、シルヴァンの背中をレオナールが軽く叩いた。


「…兄上。少し相談したい事があるのです」

「うん。話してご覧」

「はい、オリヴィエの事ですが…」


深刻そうに眉を潜めて、レオナールは話し始めた。

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