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「兄上のばかっ!もうボクのことはほっといてよ!」

「オリヴィエ!」


その頃は大門王宮内で二人の王子がケンカする声が毎日のように響いていた。



「…オリヴィエ…またここに居たのかい」


毎日御苦労な事に、末の弟であるオリヴィエは真ん中の弟のレオナールと喧嘩するたびにシルヴァンの部屋に来ては一人で静かに読書に耽っていた。

二人の弟王子とは違った城…王と次期国王の住まう真奥宮にあるシルヴァンの部屋までわざわざ来るのは、レオナールと顔を合わせたくないからだと理解できるが、この広い王宮内でその子供らしい理由で訪れるには大変な意地だとシルヴァンは思っている。

と、言ってもシルヴァン自身もまだ17歳の子供ではある。

しかしまだ12歳になったばかりの末の弟王子は少し歳の離れたシルヴァンにとって、可愛く無いはずがない。

ほとんど対等な立場で接する事が出来る限りある存在な事がその絆に拍車をかけている事もある。

だからいつも不機嫌そうな顔のオリヴィエやレオナールの顔を見る長兄シルヴァンも、自然と頭を悩ませ表情を暗くしていた。


「オリヴィエ。ちゃんと側近には居場所を告げて来たのだろうね?」

「だいじょうぶだよ。シルヴァン兄上様にはメーワクかけないから」


淡々とした口調で本から視線をはずさずに言うオリヴィエ。

以前オリヴィエが黙っていなくなり、城内が軽く騒ぎになった事があった。

その時もやはりずっとシルヴァンの部屋に居たので、とばっちりを食らった事はあるが、シルヴァンはそれを懸念しているわけではない。

シルヴァンはため息といっしょにオリヴィエの本を取り上げた。


「僕の言ってること、理解できているよね」

「…シルヴァン兄上様もボクの事馬鹿にするの?」


言いながら不満そうに頬を膨らませるオリヴィエ。


「しないよ。君はとても賢いからね」

「レオ兄上様に言わせたらボクなんてただのドーラクモノなんだって。でもさ、先生も言っているんだ。文学や芸術を愛する人は心が豊かになるんだって」

「同感だしオリヴィエはよく勉強していると思うよ…多少偏ってはいると思うけどね」


実際オリヴィエは兄弟のうちの誰よりもよく本を読み、よく勉強をしている。

教師を務めている臣下に懐いて、先生と呼び慕っているぐらいだ。

その分類は多岐にわたるが、文学によりがちなのが真面目なレオナールは気になるらしい。

レオナールは王子の鏡と言ってよく、規律や戒律、上下関係、道徳などに厳しくいっそ堅物といって良いほど真面目だった。

そのために基礎教育期間を終えた、自由で気まぐれなオリヴィエとは衝突することが多くなってしまった。

切欠はオリヴィエがこれから何を学ぼうかとシルヴァンに相談しに来た事だった。

まずは忙しいシルヴァンに頼らず自分で決めろという事、あれやこれやと手を出さずにひとつに絞れという事、そしていきすぎは道楽にしかならない文学からはそろそろ手を引けという事。

文学や芸術を特に愛するオリヴィエにとってはそんな兄の意見に反対通り越して反発しか覚えなかったようだ。

それからは何かにつけてレオナールはオリヴィエを非難し、オリヴィエはレオナールを軽蔑する。

兄は本より重いもの、ましてや剣も振れない弟に対し怒りを感じ、知識の泉を不毛だと馬鹿にする兄に弟は反発している。

それが何故か半年も続いてしまって、既に水と油のように相容れなくなりつつある。

弟達の仲が悪いとシルヴァンの立場も微妙だし、国民や臣下は心配するし、何より心苦しい。オリヴィエがよくシルヴァンの元に逃げ込む事もレオナールは快く思っていないようだ。


「オリヴィエ、レオ君の事、嫌い?」

「きらい」


いともサラリと言ってのけるオリヴィエに罪悪感はカケラも無いようだ。

それが本音では無い事を願いつつ、シルヴァンは苦笑いしながら弟の頭を軽く叩いた。


「君のお兄さんだろう」

「どうしてそんなふうに言うの?シルヴァン兄上様だって兄上様だ!」

「すまない、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。もちろん君達は僕の大事な弟だ。だから君達がケンカしていると僕はとても悲しい」


最近のオリヴィエは思春期からか些細な言葉に反応して激高する。

そのせいでレオナールと折り合いが悪いというのもあるだろうが、シルヴァンはそんな二人の心境を鑑みて言葉を選ぶよう努力した。

したつもりだったが、この言い方はまずかったらしい。

今度から気をつけようとシルヴァンは心に誓った。


「シルヴァン兄上様の事は嫌いじゃないよ」

「有り難う。できればレオ君とも仲良くしてほしいね」

「…それは無理」


冷たく言い放ったオリヴィエにまたシルヴァンは苦笑いで返して、どうしたものかと思案を巡らす。

すると突然部屋の扉が開かれて遠慮なくずかずかと少年が入り込んできた。


「あっらー、オリヴィエ様。またここに居たんですか?ダメじゃないですかぁ~」

「…ダメなのは君だよ、アンジュ。まったく何処の国に王子様の部屋にノックも挨拶も許可も無しに入り込んでくる召使いがいるかな…」

「ここにいますけど」


口の減らない側近の笑顔をため息交じりで見ながらシルヴァンは頭を痛ませた。

実の弟達も弟のように思う側近もシルヴァンの頭を悩ませてならない。

なんて頭を悩ませている間にもオリヴィエがアンジュを引っ張って部屋を出て行ってしまった。

何かあったら呼んでくださいね、なんて言葉を残しながら。


「まったく…どっちの側近なんだい、あの子は…」


しかし歳が近い彼らにシルヴァンは介入しない方がいい事もあるだろうと思ったので、今はアンジュに任せておこう。

別にアンジュに丸投げしているワケでは決してない、決して。



「何かご用ですか?オリヴィエ様。ボク、シルヴァン様のお側を離れたくないんですけど」

「君っていっつもシルヴァン兄上様にべったりだよね。ただの使用人のくせに」

「だってシルヴァン様が良いっていうんだもーん」

「もーんって…」


自分より年上であろうアンジュだったが、言う事為す事全てが子供っぽい。

自分も子供なんだけどそれより子供っぽい。

そう考えて、自分も子供という部分に軽く自己嫌悪した。


「ボクはいいんですよー。お城にもお国にも王様にも仕えてるんじゃないです。シルヴァン王子様に仕えてるんですー」

「君とシルヴァン兄上様ってどういう知り合いなの?君って何処から来たの?」

「えー、門から入って来ましたけど」

「誰もそんなの聞いてないよ」


いや、出てきたのかな?とかアンジュは呟いていたが、そんな事はもはやどうでも良かった。

ただ暇を潰す相手が欲しかっただけなので、会話の内容は何でも良い。


「…アンジュは…僕より年上なんだよね?」

「年上っていうのはアレですか…オリヴィエ様より年の巡りを多く経験したっていう事ですか…」

「…ややこしいけど、そういう事だよ。僕は今12歳。つまり12回の年の巡りを経験したって事。君は」

「えーと、4回だから4歳ですか」

「…」


アンジュと会話するのは少々疲れる。

使用人としての仕事はしっかりと覚えているのに、それ以外の、学の無い子供でも知っていそうな常識にも疎いのだ。

そこがアンジュの不思議に拍車をかけているのだが、追求しようものならこっちの頭まで混乱してしまうのが関の山。

しかし会話が成立しないというのもどうかと思うので、オリヴィエは壁にぶつかるたびにアンジュに常識を教え込んでいた。


「君はとても4歳には見えないよ。だから4歳じゃない」

「見た目で歳って判断できるんですか?」

「一概には言えないけど、少なくとも4歳が僕より身長高いっていう例は見たことない」

「ほう、じゃうボクは初めてその例を打ち破った…」

「違うから。4年っていうのは君がこのお城に来てからでしょ。その前はいくつの歳を廻ったの?」

「数えた事ないからわかりませーん。そもそも“トシ”っていうのはこっちきてから教えてもらったんです」


それが本当ならば、アンジュの年齢は実質不明だという事だ。

シルヴァンに聞いた話によれば、“アンジュ”という名もシルヴァンからもらったものだそうだ。

と、いう事は歳も名前もわからず、そして出身もよくわからない…そんな怪しい人に隣にいても良いのだろうかとちょっと不安になってくる。


「ま、いいや。君と話してるとタイクツしないから」

「それは良かったです。退屈はダメです。怖いですから」

「…退屈が怖い?」


アンジュは思いだしように顔を青くさせてぶるぶると器用に身体を震わせた。


「怖いですよー。今は違うんですけど、シルヴァン様と会った頃は退屈すると無茶な事ばっかり言って困らせるんですよー。よく怖い顔してたし…そういえば今のオリヴィエ様ってその頃のシルヴァン様そっくりです。兄弟だからですか?」

「…僕が?シルヴァン兄上様に?」

「雰囲気はそっくりです」


誰に対しても優しく、気さくで、それでいて優秀な長兄シルヴァン。

数年前はあまり会う事も許されなかったために、兄弟ながら昔の事はあまりしらないが、尊敬する兄と似てると言われて嫌だったわけじゃない。

理想が少し自分に近づいてようで嬉しい感情と、夢が少し壊されたようななんだか微妙な気分だった。

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