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あるとても純粋な。

 至って健康そのもの。あの聖母様と違って傷一つ付かず、いつも以上に優しげに微笑んでいた。

 登りきった階段の上にはまた部屋があった。自分もよく知るーー違和感のないことに違和感を感じる朔門冴の部屋が。

「何、どういうことなの。お前捜しにきたのもあったのに」

 呼吸を整えながら談笑でも、と彼を見た瞬間は考えていたが、おかしい。何かがおかしい。解っているのに頭が何がおかしいのかを理解してくれない。

 困惑していた。あの手当ての時以来会っていなかったヒトが目の前で笑っている。てっきり巻き込まれたものだと捜しに、助けに来たというのに。

 気付けば足下に階段は失せ、巴椰は更に混乱して彼に向いた。

「お前、おかしいよ。何がおかしいのかは解んねえけど、でも、何かおかしい」

「何、俺おかしいの?」くるくると回りながら自身の身体を眺め、冴は悪戯っぽく笑って見せた。「太ったとか?」

「バカにすんな。何でそんな、笑ってんの」

 いつもならもっと苛々して、その矛先は大抵猫かブレットに向いて、そうして自分に悲しそうに寂しそうに「ごめん」と謝る。自分の知った朔門冴という人物はそういうヒトだ、間違っていないはずなのだ。

 巴椰を抱き寄せてうりうりと子供のように頭を撫でてやり、冴は何が困惑の原因か解らないように小首を傾げた。

「どうした?またあのクソイヌになんかされたのか?お前優しいから言わねぇもんなぁ」

「……今のお前って不気味だわ。こんなとこにいるからだよな、ほら、帰ろう。遊びに行こう、ここじゃないどこかに」

 手を払い、拘束を解かせ、巴椰は冴と距離をとってそう言った。

 振り払われたのに驚いて軽く目を見開き、冴は巴椰へと手を伸ばした。逃げないでと、小動物に乞うように。

「ここでいいだろ?巴椰とずっと、二人で居たいって思ってたんだよ。いつかあのケダモノから救い出してやりたいって、ずっと、ずっと」

「そんなの誰が望んだんだよ!俺はお前のことを助けにっ……!」

 じりじりと後ずさり、相手もそれに合わせて距離を縮めてくる。おかしなこの空気に呑み込まれてしまうような閉塞感。思考能力は既にうまく働いていなかった。

 壁際へ追いつめられ、巴椰は悲しそうな竜を前にずるずると壁を背で擦って崩折れた。

「……ブレットはずるいよなぁ。いっつも二人っきりで、恋人気取りも甚だしい。俺が連れてきた子だってのに、勝手に奪って」

 床に膝をつき、怯える巴椰の頬を撫で、冴は吐息の触れる距離でゆっくりと言葉を吐いた。

 恐怖という恐怖をあまり感じない、感性の鈍いらしい自分が怖いと感じている。友人である、優しい竜の子の異変を。

 触れられる度にびくびくと震え、巴椰は鈍く頭を振って逃れようと努めた。

「怖がんなよ。俺、お前のことだけは大切にするから。大好きなんだーー殺したいくらい」

 くっと顎を上げられ、嗜虐の瞳はそう笑った。純粋に、何の邪念もないだけに恐ろしく。

 空いた方の手が、服の上から心臓の真上を撫でていた。今すぐにでも潰し殺せるとでも言いたげに、うっとりと恍惚に浸って。

「すっげー早くなってるけど、興奮してんの?」早鐘の心臓に手のひらを押しつけ、冴はゆっくりとその手に力を込め始めた。

「冴、やめっ……!」

「首かっさばいてもいいんだぜ?手足切り落としてゆっくり失血死してくれてもいいし、首絞めて窒息死してくれてもいい。どのみち、パーツで保存するし、頭に傷が付かなけりゃ飾ってられる」

「何言ってんの……友達、なのに」

「それももう聞き飽きたんだよ、巴椰。お前の恋人の枠にはいっつもあいつがいる。誰にだって優しいのも知ってる、だからあんな兎にまで懐かれる。お前を一番占領して愛したいのは俺なのに」

 狂っているというのに悲しく、むしろ彼の方が怯えていた。離れるのが怖いから壊してしまいたいのだと、今にもその頬は濡れてしまいそうだった。

 痛みに身をよじり、押さえつけられている手を掴み、巴椰はぐっと冴を自身の胸へ押し込んだ。

「殺したいんなら、本気なら、そんな目すんな。俺が何考えてんのか読めるくせに卑怯だろ」

「……解る訳ないだろ。あんたはいつだって俺の手の中に居ない、いっつも離れた、あいつの中に居る」

「だったら今は、どうなんだよ」

 苦しいと叫ぶ心臓の音は押しつけさせた耳から筒抜けだろう。それでも聞かせていた。まるで暴れ回る獣をその身を挺して護るように。

 自分より背も高くがたいもいい彼の頭を撫でながら、巴椰は言った。

「ほら、また怪我してる。今度は誰とやり合ったんだよ。いっつも怪我すんなって言ってんのにさ」

「……絆したいんなら止めとけよ。もうとっくにあんたの虜になってる」

「そういうのはもっと綺麗な、お前のことを何より大事にしてくれるヒトに言え。俺じゃ足りないよ」 

 落ち着いてきたのか呼吸は穏やかだった。それでも手を離すとまたすぐに暴れ壊れてしまいそうではあったが。

 ふっと顔が近づき、前髪が頬に擦れた。

「そんなのあんた以外に居ない。あの狼よりずっと、好き」

「……なら、約束しようか」

 すっと二人の間に小指を立てた手を出し、巴椰は不自然でない程度に笑んだ。

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