二人だけのダンスホール
ゆっくりと歩みながら、呼吸を整え、扉を開く。目に映るのはただ一人、頭の芯はぼぅっと熱く、それでいて冷静だった。
広い洋館のホールに、高い天井。いくつも並ぶシャンデリア、何某の神話で活躍した十二人の天使を象ったステンドグラスと、熟れた果実のような夕陽のお陰で明るく、中央に立つその人を照らし出していた。
大理石の床をきゅっと鳴らし、カトレア=ラークスパーは嬉しそうに振り返った。
「コール!あの馬鹿な花の召した“花”に手間取った?あァでもちゃんと来てくれた!俺だって“影”だよ、どうせあいつ等と同じ化け物だ!」
ひどく高揚し、まるで処女のよう。キャッキャと一方的に喜び、一方的に話立てる。感激しているのだと、それに悶える。
歩きながら斧を召し、コールは冷たく彼を睨んだ。
「そうだな、お前は化け物だ。だから誰も傷付かせないように、私だけに向けるように、お前を束縛してきた。その結果暴走しやすくなったのは私の責任だ」
「なぁに言ってんの?俺、コールのこと大好きなんだよ?コールしか見てないんだよ?なのに何で責任だなんて言うの?そんなにボロボロになって、それでも来てくれたんでしょ?」
キロリと、狂いの瞳が彼を見る。愛していないの?そんなの無いでしょう?と至福に満ちて。
ドロドロと、カトレアの足下から黒いヘドロのようなものが流れ出す。無差別にヒトを襲う影の元凶はこれであり、感情にひどく作用されているようだった。今のように喜んでいるだけならただ流れて、床に消えて行くばかりだった。
剣を抜くこともせずにくらりくらり酔い痴れて、カトレアはコールに向けて両腕を広げた。
「愛してる。俺だけが、あなたを。誰にも渡したくない、あなたは俺だけのヒト。もうどこにも行かない、もうどこにだって行かせない!」
「……あァ」
冷たく、感情のない言葉を吐き、コールは斧を振り上げてカトレアへと駆け出した。
狂いに支配されて笑う彼の喉元へーーギィンッと、鼓膜を破らんばかりの打ち合う音が、二人だけのダンスホールに響き渡った。
溶けるように甘い声で、カトレアはコールに囁いた。
「いつか、コールの周りのやつ全員消すからさ。やめてよ、コールを傷つける道理はない」
「私には道理があるんだ。友人を消されるのは見過ごせない」
「友人なんて、居なかった癖に。何で?俺じゃ不満だった?頑張って勉強して、コールに見合うだけの知識も得たのに」一転し、苦しそうに呻きだす。「教えてよ、コール!」
怯える少女の如く、助けを乞うようにその瞳は潤み、コールを見つめていた。
答えずに斧を振り上げ、一閃。感情など失せたかのように冷たく。
キィンッと刹那抜刀した刃でそれを受け、更に一変、カトレアは嫉妬に染まる瞳で彼を笑った。
「……ずっと知ってたんだ。コールは俺には遠すぎる。俺なんて釣り合わない。どうせ永遠に近付けないんだって、俺なんて、俺なんて!」
「ーーお前はやはり、何も解っていないのだな」
寂しげに、冷酷に、遠く離れた声がそう呟いた。
いつもなら、考えを練ってから行動を起こした。何をするにしてもまず考え、作戦を立て、それから一番確実な方法を採ってきた。だが、あァ、笑うと良い。
ギチギチと刃を擦らせ、コールは苛立ちを全て手元に込めた。
予想しなかった力の込められ具合に、思わずカトレアは怯んだ。
「一方的に語って、それで満足か!何もかもを知らない癖に、解った風に口を利くな!」
「、間違ってるとは思わない!束縛しないと、コールは俺の元から居なくなる!」
「未だ騙るか馬鹿者!」語気を荒げ、コールは武器を擲ってカトレアへ迫り、その両腕を掴んだ。
躊躇いなど無かった。頭で想うことは、ただ一つだけだった。
「私はお前を愛している!消失させたくないからこそ、ここへ来た!今すぐ戻ってこい、カトレア!」
「ッ……嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!心変わりしてる、コールはもう、俺なんて!」
「その言葉に根拠はあるのか!いつまでたっても頭の悪いッ……!」
怒りからくる興奮状態で頭に血が上り、そのままの勢いで愛の言葉を吐き散らす。惚気るというのはつまりどういうことだったか、叫ぶお互いも理解できなくなっていた。
逃げようともがくカトレアを必死で抱き締め、コールは何度も繰り返して同じ言葉を吐いた。「ここにいる」「愛している」のだと。




