レイン=ローズ=ペリツェの行方
--さて、考えることは皆同じ。何が一番の災厄であるかなど頭を巡らせることもない。ごく普通に考えればいい、誰だって一つに思い当たる。
カトレア=ラークスパー。一級危険分子なのはあの空間の全てに言えるが、あれはまた別格だ。自分の知る範疇だけでなく、何をしているのか不明な点が多い。それだけに危険分子、不穏分子であるのだ。
図書室の奥の、誰も入れない禁じられた一室。そこには何もなく、自分でなければ扉が開かないようにされている。
美しい。酔狂な男はその美しさに見惚れ、身体を心を奪われた。そうして盲目に、永遠の闇を彷徨うこととなったのだ。
ゆっくりと、近づくだけで独りでに扉は開かれた。まるで最初から待っていたかのように。
「……随分暗いな。あのサイコが武器を使えるのも、お前の仕業か」
くくくと、低くそれは笑う。しかしそれは喜びの笑みであり、ただ他意はなかった。
禁書室の明かりもつけられていない闇の中に、その影の塊はくらりとコールに会釈した。
「あァ、違うだろうな。そんな馬鹿なことができるのはあのネコの業だな」
「……コール」
静かに、名を呼ぶ。一言、落ち着き払って優しげな声で。何の悪びれもなく、自分は至福にいるのだというように。
碧色の瞳でコールを見つめ、カトレア=ラークスパーはにこりと幸せそうな笑みを浮かべた。
「俺は、俺の為に。それだけだよ」
身を引き、カトレアはすぅっと闇の中へとその身を消した。その表情は、狂気にフレているとは思えないほどに安らかだった。
「カトレア!」呼んだときには遅く、もう既に、その姿はどこにもなかった。
舌打ち、苛ついて、コールは彼の立っていた場所を睨み付けた。
「てンめぇ!何やってんだよ馬鹿犬!」
「俺の知ったことか。黙ってしがみついてろ阿呆」
ただいま異様に追われていた。長い長いお馴染みの廊下を、狼に抱えられて逃げ惑う。
背後の床を走る、人型をした漆黒の『何か』。こちらを追ってきているのは一目瞭然、『影』というものかと考えるがカトレアではない。ヒトの形をしているが、目も鼻もなく、ただ真っ黒。
三匹四匹追ってくるそれらを確認し、巴椰はブレットの首にしがみついた。
「何なんだよアレ……ブレット、走れよ。追いつかれたら何されるか解んねえ」
「ナニされるんだろうな。逃げ切ったら、アブノーマルなプレイにでも付き合ってくれるか」
「冗談も大概にしろよ絶倫狼」
反駁できるものか。授受の言っていた女性の名前はまだ覚えている、この馬鹿狼が色好みなことは立証済みだ。
返すことなく突然立ち止まり、ブレットは一瞥して銃を彼らへと向けた。
「掴まっていろよ」と、耳元で口早に言葉が吐かれた。
言われたとおりに更に強くしがみつくや否や、ガゥンガゥンッとその銃口が吠え、床に一つ一つ黒い死骸が積もった。
床に溶けるようにその輪郭を保っていた黒い何かは流れ落ち、後には茶色く変色した紙屑のようなものが数分残っていた。
「……レイン=ローズ=ペリツェは、思う以上に面倒な変異を遂げているらしい。花ごときに輪郭を吹き込み、仮の姿まで与えて」
何ともくだらなさそうに、ブレットはぐしゃりとその枯れた花々を踏み潰した。最初から解っていたかのようで、眉間には皺が寄っていた。
呆然とそれを眺め、巴椰は遠く、もう見えないロワールの居た方向を見やった。
「うちの花嫁候補はつくづく心配症だな。行くぞ」
「心配にもなるだろ。あんたと違っていい子なんだから」
「いい子」くだらないとでも言うかのように、ブレットははっと嘲笑めいた息を吐いた。
「お前を犯してしまう狼はそんなものにはなれんさ。悪いな、可愛い子」
「あぁそうかいそうかい。もういいわ」
反論せずに受け入れればそれでいいのに。しかしそれではブレット=ベリオロープという感じがしないのだが。
狂いの赤い花を頭の中に思い描き、巴椰は眼前の狼にため息を吐いた。
目的は何だ、何なのだ。あの黒兎一匹のためにここまで他人を巻き込めるものだろうか。それともそこまで執念深く何かがあるのか。計り知れないが、くだらないことであるかもしれないというのは否定できない。
面倒そうに頭を掻き、巴椰はちらとだけブレットを見やった。
自分以上に怠そうで、そして美しい白銀の狼を。
気付けば半年でした。受験も終わったので、ちまちま更新していきたいと思います。