第96話 2回恋をした
その日の夜、
「桃子ちゃん、俺、あの神社、結構いいなって思うんだ」
といきなり、聖君は凪を寝かしつけた後に言ってきた。
「え?」
「緑川さんが連れて行ってくれたじゃん」
そ、そっか!記憶が戻った聖君には、式を挙げることに抵抗はもうないんだね!
「レストランもよかったしさ。緑川さんに俺の記憶が戻ったことを報告して、結婚式の話進めてもらう?」
「うん!」
嬉しい!
「…桃子ちゃん、目、潤んでる」
「だって、聖君の紋付き袴…」
うるうる~~~。やっと見れる~~~。
「あ、それで感動したわけね」
「うん!」
「はいはい」
聖君は呆れたって言う顔をした。でもすぐそのあと、私のことを抱きしめてきて、
「俺も、桃子ちゃんの白無垢見るの、すげえ楽しみ」
と言ってきた。
ああ!いよいよ結婚式を挙げるんだね!
「桃子ちゃん」
「え?」
「まだまだ俺、桃子ちゃんとべったりしていたいんだ」
「へ?」
もう、今、べったりしてるけど。
「でも、やっぱり明日には大学に顔を出そうと思って」
「あ、そっか。そうだよね。ずうっと休んでいるんだもんね」
「…すぐに夏休みだから。そうしたらまた、べったりしていられるから。ね?」
そう言うと、聖君は私の鼻やほっぺ、おでこにキスをしてきた。
うわわ。キス攻め?これも久しぶりで嬉しい。
「あ!そっか!桃子ちゃんも、一緒に行こうか」
「え?どこに?」
「大学。凪連れてさ」
「でも、もう聖君、記憶戻ったのに」
「うん。だけど、凪のこと、まだみんなに見せていないし」
「え?」
「でへへ~~~。そうしようっと。講義にすぐに出られるかどうかもわかんないし。教授に休んでいた時のことは相談するよ。で、教授にも、奥さんと娘ですぅって紹介しちゃうんだ」
「え?!」
「いいアイデアでしょ?」
「え?な、なんで紹介?」
「桃子ちゃんも、いつも夫がお世話になっています~~。記憶がない時には心配おかけしました~~って、挨拶してね?」
へ?
「なんちゃって。俺が見せびらかしたいだけなんだけどさ」
「凪を?」
「自慢の奥さんと娘を」
「………」
記憶が戻ったと思ったら、突然、これ?
「でへでへでへへ~~~」
ああ、にやけまくってる。こりゃ、断れそうもないな。
「うん。いいよ。そうしてまた、聖君に女の人が言い寄ってこられないように、私も、くっついて歩くから」
「だから、もう言い寄られたりしないって」
「でも、ラブレターもらってた」
「あ、東海林さんのこと?」
「そう」
「あれは勝手に」
「……」
私が聖君を睨みつけていると、
「あ、桃子ちゃん、あれ、怒ってたの?もしかして」
と顔を引きつらせ聞いてきた。
「お、怒ってないけど。聖君が悪いわけじゃないし」
「でも、俺、桃子ちゃん一筋だから」
「…うん」
「記憶がなくなったって、桃子ちゃんに恋しちゃったじゃん」
「うん」
「それも、ベタベタにめろめろに惚れちゃったじゃん」
「そうなの?」
「そうだよ~~~~。わかんなかった?」
「……」
聖君はまた、私を抱きしめて、そのまま布団に押し倒した。
「桃子ちゃんにしか、恋しないようになっているんだから。杏樹も言ってたよね?」
「あ、そういえば」
「桃子ちゃんだけだから。ね?」
「……でも、最初、冷たかったよ」
「え?」
「記憶なくなってすぐの時」
「ああ、あれは。それ以前の問題。記憶ないってなんだよって、受け入れるまでに時間かかった。それも、結婚や子供って、何が起きてるんだって、俺、けっこうパニくっていたんだけど」
「そっか。そうだよね。そりゃそうだよね」
「そうだよ。でも、すぐに桃子ちゃんみたいな可愛い子と俺、結婚しちゃったの?って浮かれたけど」
「ほんと?」
「本当~~~~。桃子ちゃん、めちゃ可愛いんだもん!いろいろと、ずっこけたことしてたし」
う…。何それ。
「桃子ちゃんは?いきなり16の俺になっちゃって、戸惑った?」
「うん。でも、16歳の聖君、可愛かった」
「たとえば?」
「手、触れただけで、ぱっと引っ込めたり。あれ、最初嫌がられていると思った。でも、顔、赤くなってた」
「…うん。あれはかなり、照れてたよ、俺」
やっぱり、そうなんだ。
「それから、キスも、触れるか触れないかのキスになってた。付き合った当初を思い出しちゃった」
「う、そうだね。そういえばね」
「あと、ベッドでドタバタやってるのが聞こえた。あれ、嬉しくってドタバタしてたんだよね?」
「うん。嬉しくって、ジタバタしてた。あれもそういえば、付き合ってすぐ、してたよね、俺」
「可愛い聖君、いっぱい見れた。そんな聖君にまた恋してた」
「そ、そっか。俺に2回も恋しちゃったんだね」
「聖君も?」
「あ、そうだね。俺も2回も桃子ちゃんに恋しちゃった。でへ」
「16歳の聖君を好きになって、浮気ものって思ってない?」
「へ?でも、それも俺だし」
「だよね」
やっぱり、あの夢は、私の深層心理が出ちゃった夢だったんだな。聖君が16歳の自分に嫉妬している変な夢。
「桃子ちゅわん」
「え?」
「今日はこうやって、抱き合いながら寝ようか」
「うん」
「昨日頑張りすぎて、俺、今日はちょっと無理そうだから。ごめんね?」
「あ、謝らないでもいいってば。私、そんな、期待もしてないし」
「え?そうなの?俺に今日も抱かれたいんじゃないの?」
「む、無理。私だって、連日は」
「もう~~。実はタフなくせに~~」
「聖君のあほ!」
「え?」
「もう~~~~」
19歳の聖君は、ほんと、スケベ親父なんだから!
でも、そんな聖君も好き。ああ、やっぱり私は変態かも。でもでもでも、スケベ親父の聖君が戻ってきたのは、やっぱり、嬉しい~~~。
私は思わず、聖君に抱きついた。
「桃子ちゃん?襲って来るの?」
「ううん。抱きしめたくなっただけ」
「…なんだ。桃子ちゃんから襲って来たら、もしかしたらその気になったかもしれないのに」
「え?ほ、ほんと?」
「うわ。桃子ちゃん、やっぱり期待してるじゃん!もう~~~~。桃子ちゃんのスケベ」
「!!!」
私は、聖君を抱きしめている手を離し、聖君の腕をぺちぺちたたいた。
「もう~~~!」
「あはは。痛いって!凪が俺の顔をよくぺちぺちするけど、あれ、桃子ちゃんに似たんだな」
「…」
たたく手を止めた。そしてまた、聖君に抱きついた。
「嬉しかったんだもん。だって…」
「え?」
「ずっと、こうやって、バカップル、できなかったから」
「16の俺と?」
「うん」
「クス。16の俺にも思い切り抱きついたり、襲ったりしてもよかったのに」
「ま、まさか~~~!!」
「あはは!」
ああ、もう。笑顔は爽やかなんだから。
そうやって、聖君と遅くまでいちゃついてしまった。
「ああ、やべ。明日大学行くなら、早く寝ないと」
聖君は時計を見てそう言うと、私にキスをして、
「おやすみ。奥さん」
と可愛い笑顔でそう言った。
「…おやすみなさい」
ああ、その「奥さん」って響きが嬉しい。ほんとにほんとにほんとに聖君、戻ったんだね、記憶。
じ~~んと喜びをかみしめながら、私は聖君の腕の中で眠りについた。
翌日、私は凪を連れ、聖君の運転する車で大学に行った。
「なんだか、緊張する」
「桃子ちゃんが?なんで?」
「だって、大学教授と会うんでしょ?私、うまくちゃんと挨拶できるかな」
「ああ、そのこと?あはは。あれは冗談だよ。桃子ちゃんは、俺から奥さんですって紹介するけど、そんなに改まって挨拶しないでも大丈夫だからさ」
「でも…」
「大丈夫だから。ほんと、のほほんとしてていいよ?」
の、のほほんって、そんな…。
聖君はすごく機嫌がよくって、カーラジオをかけるとすぐに鼻歌を歌いだした。
凪も上機嫌で、私が凪の顔を見ると、にこにこと笑う。
「凪はいいなあ。なんにも考えないで、にこにこしてるんだから」
私がそう言うと、聖君は、
「桃子ちゃんも何も考えないで、にこにこしてていいけど?」
と言ってきた。
もう。聖君ってば、能天気なんだから。ま、そういうところも好きだけど。
だけど、そうは言われてもやっぱり緊張してしまう。
そして、大学についた。聖君は駐車場に車を停め、
「今日は桃子ちゃん、ずっと俺にくっついているんだし、迷子になったりしないよね?」
と聖君に言われてしまった。
「うん。ずうっと、ひっついてる」
凪を抱っこして、車を降りた。それから、聖君にさっそくべったり寄り添い、大学構内に入って行った。
しばらくは誰にも会わなかった。
「教授を講義の前につかまえないとね」
聖君はそう言うと、ちょっと早足で歩き出した。私もちょこちょことついていった。
長い廊下を抜け、違う棟に私たちは入った。するとそこには、カフェに通じる廊下だからなのか、たくさんの人が行きかっていた。
「あ!!!」
さっそく、聖君は誰かに見つかった。
「聖!大丈夫なのか」
「よう、木暮。久しぶり」
あ、木暮さんだ。それに、カッキーさんも。
「よう!じゃないよ。お前、俺のメール読んだのか?メアド変わってないよな」
「ああ、わりい。返信していなかったっけ」
「そうだよ。教授が、しばらく榎本君はお休みをするなんて言ってたから、どっか体の調子でも悪くしたのかとか、桃子ちゃんや凪ちゃんに何かあったんじゃないかとか、いろいろと心配してたんだぞ」
「わりい。階段から転げ落ちちゃってさ」
「え?怪我してたのか?」
「いや…。あれ?麦ちゃんから聞いてない?麦ちゃんは知ってると思うんだけどな」
「聞いてないよ。何も」
カッキーさんが話しに加わってきた。
「俺、階段落っこちて、3年間の記憶忘れちゃってたんだよね」
「記憶喪失ってこと?え?じゃ、じゃあ…」
カッキーさんは驚いている。
「あ、もう思い出したから。大丈夫」
聖君はそう言うと、にこりと笑ってそう言った。
「あ!桃子ちゃんが抱っこしてるのって、凪ちゃん?」
木暮さんがそう言って、凪の顔を覗き込んだ。凪はほんのちょっとびっくりしている。
「木暮、凪が驚くから」
そう言って、聖君は私から凪のことを受け取った。
「わあ。可愛い。桃子ちゃんに似てる」
カッキーさんがそう言った。
「本当だ。桃子ちゃん似でよかったよな」
木暮さんまでがそう言った。
「へっへっへ。可愛いだろ?めっちゃ可愛いだろ?」
ああ。聖君の顔が思い切りくずれていく。
そこに、
「聖君、久しぶり」
「榎本君じゃない。今までどこに行ってたのよ」
そんなことを言いながら、女の人がどんどん集まってきた。
「ちょっといろいろとあってね。あ、それより、俺の娘の凪です。今日は奥さんと娘を連れてきちゃった」
聖君はでれっとした顔のままそう言って、集まってくる女の人たちに凪を見せた。
「わ、可愛い」
という人もいれば、
「連れて来たの?」
と驚く人もいれば、関心を示さず、顔を引きつらせて去っていく人もいた。
その中に、あきらかに顔が青ざめている人がいた。ああ、東海林さんだ。
「ひ、久しぶりです」
そう言って近づいてきたが、私や凪を見ると、さっと顔が青ざめ、特に凪を見てでれでれの聖君を見たら、何も言わずにその場を去って行ってしまったのだ。
「もうあの子、聖君に言い寄らなくなるかも」
「え?東海林さんのこと?」
「うん。さすがに娘を抱っこしているのを見たら、引くよね」
「……俺がだらしない顔してるから?」
カッキーさんの言葉に聖君がそう聞くと、
「あ、それもあるかもね」
とカッキーさんはあっさりと答えた。
「そりゃよかった。凪を連れてきて、正解だったな」
聖君は淡々とそう言って、
「あ、やべ。教授を早くつかまえないと。じゃ、俺ら行くからさ」
とそう言って、人垣の中を私を引きつれ抜け出した。
後ろからは、
「聖君、本当にパパなんだね」
とか、
「聖君、顔、締まりがなくなってたね。いつもクールなのに」
とか、そんながっかりしている声が聞こえてきた。
やっぱり。クールな聖君は人気があったんだな。でも、そんな中、
「赤ちゃん可愛かった~~。ああ、聖君の子ってだけで、ドキドキした。私も聖君の子、産みたくなっちゃった」
という、とんでもない爆弾発言も聞こえてきた。
うひゃ~~。それって、どういう意味。いや、きっと意味も何もないんだろうけど。聞いてるこっちが、バクバクしてきたよ。
「あの奥さん、いいな~~。聖君と結婚できて。聖君の子供まで産んじゃって」
「聖君に抱かれちゃったのかあ。羨ましすぎる」
げえ。そんな声まで聞こえたけど、それ、ばっちり聞こえてるってば。多分、聖君にだって聞こえてるはず。
私は真っ赤になりながら、聖君のあとをちょこちょことついて行った。すると、
「桃子ちゃん、真っ赤」
と聖君がこっちを見て言ってきた。
「…だって、すごいこと言ってたんだもん」
みんなから離れたところで、私は聖君にそう言った。
「ああ。俺に抱かれて羨ましいとか?」
やっぱり。聖君、聞えてたんだ。
「そこであれだよ。また、変なこと考えたりしないでね」
「へ?」
「私だけ、聖君に抱かれちゃってていいんだろうか。とかさ。他の人にもおすそ分けは俺、嫌だからね」
「あ、当たり前だよ。そんなの考えないよ」
「ほんと?」
「本当だよ。聖君が他の人に触れるだけでも嫌なのに。絶対にそんなの駄目だもん」
「よかった。じゃ、ちゃんと俺に引っ付いていてね?奥さん」
「え?うん」
「羨ましがられても、堂々としていてね?奥さん」
「う、うん」
聖君はほっとした顔をして、それからにこっと笑った。
「じゃ、奥さん。教授にも紹介するからさ」
そう言って聖君は、ある部屋に入って行った。
わあ。またドキドしてきちゃった。私、聖君の奥さんだって、紹介されちゃうんだね。
わ~~~~~。ドキドキ、緊張。マックスだ~~~。