第95話 強い私?
家に帰り、聖君はすぐに凪をお風呂に入れた。凪はお風呂でも、うとうと眠そうにしていたらしい。
凪はお風呂から出て、おっぱいをあげているうちに寝てしまった。
聖君がお風呂から出て来てから、2階に行って布団を敷いてもらい、凪を寝かせた。
すると、
「桃子ちゃんも早く、お風呂入って来てね?」
と、聖君はウキウキした声でそう言った。
私は急いでお風呂に入った。そして、濡れた髪をバスタオルで拭きながら2階に上がった。和室に入ると、聖君は、ドライヤーとブラシを持って、布団に座って待っていた。
ああ、その、ちょこんと布団に座っている姿がやけに、可愛く見える。
「桃子ちゃん、早く、早く」
聖君はウキウキした声で、私を座らせた。そして、鼻歌を歌いながら、私の髪を乾かしだした。
ああ、19歳の聖君だ。鼻歌交じりに髪を乾かす聖君、すごく久しぶりの気がする。
そして髪を乾かし終えると、聖君はドライヤーとブラシをぽいと部屋の隅に置いて、私を一気に布団に押し倒してきた。
「うわ」
いきなり?
「桃子ちゅわん」
聖君は甘えた声でそう言って、私の胸に顔をうずめた。
「なんだか、こうやって甘えるの久しぶりかも」
「そ、そうだよね」
16歳の聖君は、そんなに甘えん坊じゃなかったしなあ。
「桃子ちゅわわわん」
聖君は私の胸に、頬づりをしている。う!可愛い!
私は思わず、聖君の髪を撫でた。すると聖君は顔をあげ、私にキスをして、
「思いっきり愛してもいい?」
と聞いてきた。
うわ~~~~。照れるよ、その言葉。でも、でも、でも、嬉しい。
「うん」
コクンとうなづくと、聖君はあっつ~~い濃厚なキスをしてきた。
ああ、聖君との幸せな甘い時間が始まった。きっと私は今夜、溶けちゃうに違いない。
翌朝、聖君の腕が重くって目が覚めた。聖君は私を抱きしめて寝ている。
うわ。なんて可愛い寝顔なんだ。思わず聖君にキスをすると、
「でへ」
と聖君はにやけた。あ、まさか起きてる?
「でへへ」
聖君はもう一回にやけると、またす~~って寝てしまった。
「なんだ。寝てるのか」
にやけちゃうような、夢でも見ているのかなあ。
「桃子ちゅわん」
あれ?やっぱり、起きてる?
「ムギュ~~」
聖君はそう言うと、またスウスウと寝息を立てる。やっぱり、寝てる。
しばらく私は聖君の腕の中で、幸せを噛みしめ、それから聖君の寝顔を見て、うっとりとしていた。なんでこんなに可愛いんだろうか。
昨日は、何度もギュウって抱きしめてくれた。それから、いっぱいキスをしてくれた。
何回も愛してるよって言ってくれた。そのたびに、私の胸は満たされた。
「あ~~~」
後ろから、凪の声が聞こえた。私は振り返り、凪を見た。あ、ご機嫌そうな顔でこっちを見ている。
「う~~~」
「おはよう、凪」
私は聖君の腕からすり抜け、凪のほうに向いた。すると、
「う…ん。桃子ちゃん?」
と聖君は目を覚ました。
「おはよう、聖君」
「…おはよ。…あ、凪、泣いちゃった?」
「ううん。ご機嫌だよ」
聖君も上半身だけ起き上がり、凪を見た。
「あ、本当だ。目、ばっちり開けてる。おはよう、凪。ご機嫌だね」
「う~~~~」
凪は嬉しそうに聖君に答えている。
「さてと。もうすぐ7時だね。起きようかな」
「うん」
「桃子ちゃん、後ろ向いててね。俺、着替えるから」
「うん」
え?なんで?
あれ?19の聖君だよね。まさかまた、16になっちゃったんじゃないよね?
私が焦って、後ろを向くと、聖君はちょうど布団から出るところだった。
「あ!後ろ向いててって言ったのに。桃子ちゃんのエッチ」
「え?!」
「俺の裸、そんなに見たい?」
「ち、違うよ」
慌ててまた、背中を向けると、
「なんちゃって~~~」
と言って、聖君は布団からパッと立ち上がり、窓のところまで全裸で歩いて行った。
「今日、雨だ。ちょっとやる気なくすね」
カーテンを開けて聖君はそう言うと、こっちを向いた。
「あ、だから、桃子ちゃん、こっちを見ないでって言ったのに。エッチ」
「だ、だったら、全裸で布団から出ないでよ」
また慌てて私は、聖君から視線を外した。
「桃子ちゅわん」
聖君は平気で全裸で私にひっついてきた。
「な、なに?」
「今日はお風呂、一緒に入ろうね!」
「…うん」
「でへ」
聖君はしばらく私の背中に抱きついていたが、離れるとパンツとTシャツを着て、さっさと部屋から出て行った。
「やっぱり、19の聖君だった」
全裸に平気でなれるかどうかで、判断するのもなんだけど。でも、一瞬焦っちゃったよ。
「あ~~~」
「あ、ごめん、凪も着替えて下に行こうか?」
私も慌てて、下着と服を着て、凪の服を替えてあげて、オムツも替えた。凪は、寝ているだけで汗をびっしょりとかく。だから、首の下やひざの裏にアセモができてしまった。
「起きてもすぐに、シャワーに入れてあげた方がいいのかなあ」
そんなことをつぶやきながら、一階に下りた。凪は、朝起きてすぐにおっぱいを欲しがらなくなってきていた。
7月でもう、4か月になるんだなあ。表情は豊かになってきたし、体重も増えた。それに髪の毛も、たくさん生えてきた。
最近は、お風呂上りには、白湯ではなくお茶を飲むようになった。味がわかるのか、白湯よりも凪は喜んで飲む。
おもちゃも、手に持っている時間が長くなってきた。それに、さすがに寝返りはうたないものの、かなり体をそらせるようにもなってきた。
そのうちに、ぐるんと寝返りもうつようになるのかな。
どんどん、成長してるよね。
お店に行くと、聖君はキッチンで朝ごはんを作っていた。
「おはよう、桃子ちゃん、凪ちゃん」
お父さんはカウンターで新聞を読んでいて、その隣で杏樹ちゃんが、朝ごはんを食べていた。
「おはよう、お姉ちゃん、凪ちゃん。ああ、やばい。遅刻する」
杏樹ちゃんはそう言って、残っていたパンを口に入れ、
「ほひほうさま」
と言うと、食器をキッチンに持って行った。
「桃子ちゃん、おはよう。今、聖が朝ごはん作ってるから、カウンターに座って待ってて。凪ちゃんは、抱っこしてるわよ」
「はい、お願いします」
「凪ちゃ~~~~ん」
お母さんは嬉しそうに凪を抱っこした。
「凪、アセモができちゃって。起きてすぐにシャワー浴びたほうがいいですか?」
「ああ、そうねえ。朝起きてすぐにじゃなくても、昼のあったかい時間帯に、シャワー入れる?汗をかいたら、すぐに拭いてあげたり、着替えさせてあげましょうか」
「そうですね。赤ちゃんってすごく汗をかくんですね」
「代謝がいいからかな。でも、いいことだよ。うん」
お父さんはそう言うと、お母さんが抱っこしている凪の顔を覗き込んだ。
「もうすぐ、寝返りうつようになるかな?」
「そうね。そろそろかしら。そのうちに、ハイハイとかできるようになったら、大変よね」
「そうだなあ。いろんなグッズ、今日にでも見に行くかな」
「グッズ?」
私が聞くと、お父さんは、
「動くようになると、いろんな引き出しを開けてしまったり、階段だってのぼっちゃうかもしれないだろ?引き出しを開けられないようにするグッズとか、いろいろと売ってるんだよ」
「ああ、俺も見たい。いろいろとあるよね、そういうの」
聖君が、キッチンから私の朝ご飯を運びながらそう言った。
「聖も、桃子ちゃんも一緒に行くか?」
「行く!」
聖君は即答だった。
「ずるいわねえ。私も凪ちゃんのいろんなもの見たいのに」
「ははは。くるみが行くと、どんだけ洋服を買いこむかわかんないから、連れていけないよ」
お父さんはそう言って、笑いながらリビングに行ってしまった。
「爽太だって、絶対に凪ちゃんのおもちゃ買って来るわよ。絶対に」
お母さんはそう言うと、凪に「ねえ?」と同意を求めた。凪は嬉しそうに笑った。
「爺バカと、婆バカだよな」
聖君がそう言うと、
「聖に言われたくないわ。親ばかのあなたに」
とお母さんはすかさずそう言った。
ある程度、お店の準備も終わり、家事も済ませてから、私、聖君、そして凪はお父さんが運転する車に乗り込み、ショッピングセンターに繰り出した。
そのセンターには、大きなベビー用品売り場がある。前にここで、ベビーカーを買った。聖君も私も、あっちこっちを見て回り、目を回しそうなほどだったお店だ。
そして今日は、
「聖、この帽子、凪ちゃんに似合うと思わないか?あ!このピンクのも似合いそうだ~~!!」
と、はしゃぐ人がもう一人増え、大変なことになりそうな予感がする。
「え?どれどれ?わあ、似合いそう!」
「聖!この靴、可愛いぞ!」
「凪にはまだ早いって。うわお!でも本当だ。すげえ可愛い!」
「聖!このリュック。天使の羽がついてるぞ」
「凪に似合いそう。だって、凪、天使みたいだし!」
ああ、こりゃ駄目だ。何時間ここにいることになるかなあ。
はしゃぐ2人は、かなりお店で目立っている。それも、イケメンの親子だ。それが赤ちゃんの可愛い服を手にしながら、きゃっきゃしてるんだから、そりゃみんな、注目するでしょうよ。
私はあんまり離れると、2人がかわいそうなので、なるべくそばにいて、
「この二人は、今、この私が抱っこしている赤ちゃんのものを見ているんです」
というのを、アピールした。でないと、もっと危ない親子になってしまう。
「ね?桃子ちゃん、凪に似合うと思わない?」
そう言って聖君が私に見せてくれたには、ピンクのワンピース。多分、2歳くらいの子が着るような。
「それ、まだまだ着ないし。それに、そんなワンピース着て行く場所もないだろうし」
ちょっと呆れながらそう言うと、後ろからお父さんが、
「凪ちゃん、これ、どう。これ!」
とミッキーマウスのつなぎのパジャマを持ってきた。
「それも、あの…。多分1歳半くらいの子が着るパジャマなので、凪には早いです」
やんわりとそう言って断ったが、
「そうか。1歳半か。その頃また、買いに来るか」
とお父さんはにやついた。
いったい、この親子の感覚はどうなっているんだろうか。
「あの、いろんなグッズを買いに来たんですよね?」
なんとなく、そうお父さんに言ってみた。
「あ、そうだった。忘れてたよ。あれ?聖、どこに行った?」
本当だ。さっきまでいたのに、もうどっかに行っちゃった。
「桃子ちゃん!父さん!見てみて!」
「あ、あそこで手を振ってるの、聖君ですよね」
聖君は、おもちゃ売り場にいた。あちゃ~~。今度はおもちゃか。
「何かいいものがあったのか?聖」
お父さんもにこにこ顔で、聖君のもとに駆けて行った。
「やれやれ。いつ、帰れるかなあ。ねえ、凪」
私はそのあとを、とぼとぼとついて行った。
聖君は、これまた凪には早いですというような、木の積み木を見ていた。
「可愛いよね。色も鮮やかで。絶対に木のおもちゃっていいと思うんだよね」
「本当だ。いいね」
「でも、あの。まだ、凪には危ないです。きっとそういうの、振り回して投げたりしそうですし」
私がそう言うと、聖君は私を見て、
「ええ?凪が?大人しいのに?」
とそう言った。
「大人しくないと思う。多分」
すでによく、ガラガラとか投げてるし。
「そっか。まだ早いか」
「聖、こういうのだったら、今でもいいんじゃないか?」
今度は、ベッドにつけるようなおもちゃだ。でも、ベビーベッド、榎本家にないし。
「あの、それはベッドに…」
「父さん、うち、ベビーベッドないじゃん」
「あ、そうか」
私が言う前に、聖君が言ってくれた。
やれやれ。で、グッズの方にはいつ行くんでしょうか。
それから30分おもちゃを見て回った後、ようやくグッズを見に行った。
「へえ。いろいろとあるんだね」
「この辺は聖や杏樹が子供のころ使っていたのがあるよ」
「それ、もうぼろいんじゃないの?」
「いや、この前点検した。ちゃんと使えるよ」
階段の前に立てかけておくガードだ。お店の方にも行けないように、こう言ったガードは2,3個家にあるらしい。
「じゃ、あとは何が必要?」
「この辺だな。引き出しを開けられないようにするものとか、テーブルの角をガードするものとか」
「ああ、ぶつかったら痛そうだもんね」
「聖、痛いだけじゃなくって、怪我したら大変だろ?」
「だね。記憶喪失になっても困るしね」
「あはははは。そうだな。お前が階段から落ちないような、でっかいガードにしておくか?聖」
「それを置いて、どうするんだよ。俺はどうやって、2階から下りてくるわけ?」
「桃子ちゃんに、手を引いてもらって」
「なんだよ。それ!俺は子供かよ」
「あははははは」
お父さんは思い切り笑った。聖君はその横で、ちぇっと言って、口を尖らせていた。
ああ、この親子って、仲良すぎ…。
買い物も無事に済み、みんなでファミレスに入った。凪には、すでにベビー用品売り場にある授乳室でおっぱいをあげてきていた。
「凪、寝るかと思ったけど、起きてるね」
「にぎやかだから、興奮したかな?」
聖君の言葉に、お父さんはそう言った。
「聖、俺が凪ちゃん抱っこしてるから、お前先に食べちゃえよ。抱っこしていたら食えないだろ?」
「ああ、うん。じゃ、そうするね」
聖君はそう言うと、凪をお父さんに渡して、さっさとご飯を食べだした。
「お座りができるようになったら、楽だろうね。ベビーカーに乗せて、買い物もできるし」
「そうだね。でも、抱っこも俺、嬉しいけどな」
凪がおっぱいを飲んでからは、ずっと聖君が凪を抱っこしていた。寝るかと思いきや、凪は聖君の腕の中で、あ~う~とご機嫌だったんだよね。
「桃子ちゃんには大変だろう。もう重いもんなあ」
お父さんはそう言いながら、凪の顔を見た。凪は嬉しそうにお父さんの顔をぺちぺちとしている。
「あ、そうだよね。桃子ちゃん、買い物している間、ずっと抱っこさせちゃった。ごめんね?」
「ううん。大丈夫。なんだか前よりも、腕に筋肉ついた気もするし」
「母は強しだよなあ。そうやって、強くなっていくんだね」
お父さんはそう言うと、私を見て微笑んだ。
「桃子ちゃん、これ以上強くなっちゃうの?」
聖君はそれを聞いて、そう真面目な顔で言った。
「え?」
何それ。
「あはは。聖は、桃子ちゃんの尻に敷かれるだろうね」
「もう、敷かれてるって」
なんで~~?なんでそんなこと、真顔で言ってるの?聖君。
「それが嬉しいくせに」
お父さんがそう言うと、聖君は顔を赤くして、
「うっせえ」
と小声で言って照れていた。
う。なんだ。冗談だったのか。びっくりした。私が知らぬ間に、強くなって、聖君、嫌がってるのかと思っちゃった。
食事が済み、また車に乗り込んで家に帰った。凪は車ですぐに寝てしまった。
家に着いてからも凪は、ぐっすりと寝ていた。
「おもちゃや、服、買って来たの?」
お母さんが、キッチンの横を通る時にそう私に聞いてきた。
「いいえ、大丈夫です。今日は買っていません」
そう言うと、お母さんは目を丸くして、
「さすが、桃子ちゃんがついていると、そういうのも阻止できるのねえ」
と感心しながら言った。
「えっと」
私が、阻止したの?かな?もしかして。
なんだか、聖君の言ってた、桃子ちゃん、強いって言うのも、本当に聖君は感じてるのかもって、そんな気がしてきてしまった。
尻に敷かれて、嬉しいんだろってお父さん言ってたけど、本当に?聖君、照れてたけど本当にそう?
ドキドキ。こんな桃子ちゃん、もう嫌だって言われたりしないよね。
ああ、新たな不安が。
寝ている凪を見た。ぐっすりと気持ちよく寝ている。
「桃子ちゅわん」
そこに聖君がやってきた。今まで、お父さんに階段につけるガードを見せてもらっていたらしい。
「ガードちゃんと使えそうだった?」
「うん。大丈夫そう」
聖君は私の横に座り、凪を見た。
「可愛い寝顔だね」
「うん」
「……凪って、おとなしくないのかな」
「え?」
「さっき、言ってたじゃん。桃子ちゃん」
「あ、だって。おもちゃとか今でも投げてるし」
「そのまま、強い女の子になっちゃうのかな」
「そうしたら困る?嫌?」
私が聞くと、
「う~~~~ん。ま、いいや。どっちにしても、俺は凪に夢中だし」
と聖君は目を垂らしてそう言った。
「じゃ、じゃあ私は?強くなったら、どうする?」
「桃子ちゃんが?もう強いけど?」
「だ、だから」
もう、またそんなこと言ってる。
「クス」
聖君は笑うと、私を抱きしめてきた。
「強くても、弱くても、桃子ちゃんのことが大好き!」
聖君は可愛い声でそう言うと、ムギュ~~っと言って、抱きしめる手に力を入れた。
「ほんと?」
「うん」
「呆れない?嫌がらない?」
「うん!全部好きだから!」
聖君ってば。嬉しすぎる。
私も聖君を思い切り抱きしめた。
すると、
「おお!バカップル復活だ」
という声がして、振り返るとお父さんが立っていた。
「父さん、気を利かせろよな」
聖君は赤くなって私から離れ、そうお父さんに言った。
「いいよ。別に、俺の前でいちゃついても。俺だって、お前らの前でくるみといちゃつくから」
「あ、そう」
聖君は呆れたって言う声を出してそう言うと、
「俺、そろそろ店に出る時間だから、行って来るね」
と言い、リビングをあとにした。
「クス。桃子ちゃん、良かったね」
「え?」
「聖、すっかり元に戻ったね」
「…はい」
私は赤くなりながらうなづいた。
バカップル復活。本当にそうかも。
でも、それが今は、とっても嬉しい。