第94話 みんなでお祝い
みんなで行ったレストランは、なかなかオシャレなお店だった。そこで、お父さんとお母さんはワイン、私と聖君、杏樹ちゃんはジュースで乾杯した。
「いいよな、父さん。ワインうまい?」
「ああ、うまいよ。お前もノンアルコールビールにすればよかったのに」
「ああ、あれね。苦い炭酸ジュースでしょ?いまいちだな」
「あはは。生意気言ってるな。ビールの味もしらないくせに」
お父さんは大笑いをした。もう酔っぱらっているかもしれないなあ。
「お兄ちゃんって、お酒弱いかな。どうなんだろう。お父さんは弱いよね」
「どうだろうね?」
お父さんが杏樹ちゃんに答えた。
「飲んだら、どんなふうになるかな」
杏樹ちゃんがそう言うと、お父さんが、
「このまんまじゃないの?いつも陽気だし、変わらないかもな」
と言って笑った。
「それか、寝ちゃうとかね」
「ああ、ありえる」
お母さんとお父さんで、そんなことを言って笑っている。
「ふん。勝手に言ってろよ」
聖君はそう言ってすねたあと、
「飲みに行けるようになったら、父さん、飲みに行こうよ。来年の夏にはもう飲めるね」
とにんまりとしてそう言った。
「そうだな。ビアガーデンにでも行くか?焼き鳥屋とかもいいな」
「いいね!夏はやっぱりビールだよね!あ、じゃあ、海でも飲めるじゃん、ビール」
「やめとけよ。お前ただでさえ、はしゃぐんだから、飲んで泳いだりしたらやばいって」
お父さんにそう言われ、また聖君はすねた。
お酒を飲む聖君。想像もつかない。酔っ払った聖君、どうなっちゃうんだろう。寝つきいいのがもっとよくなる?甘えん坊がもっと甘えん坊になったりして?
「お兄ちゃん、よくさあ、記憶がない時に恋に落ちて、記憶戻ったら、その恋に落ちた時の記憶が消えて、奥さんのもとに帰っちゃいましたなんて悲恋の映画あるじゃん」
「どんな映画観てんだよ、お前」
聖君が杏樹ちゃんに突っ込んだ。
「いいじゃん。そんな映画観たことあるもん。で、お兄ちゃんの場合はどうなのかなあって思って」
「俺、記憶がない時に、奥さんじゃない人に恋に落ちたりしてないけど?」
「そういうことじゃなくって。今までの記憶がない時の記憶ってあるの?」
「ははは。なんだか、ややこしいな」
お父さんがワインを飲んで、笑いながらそう言った。もう酔っ払っているのかもしれない。確か、お父さんって、お酒弱いんだよね。前にお母さんに聞いたことがあるなあ。
「16になっちゃった時の俺の記憶でしょ?あるよ。ちゃんと」
「じゃあ、その頃、桃子ちゃんのこと忘れちゃっていたってことも、覚えてるの?」
お母さんが、目を輝かせて聞いてきた。あ、お母さんも顔が赤い。酔っ払ってるんだ。
「うん」
聖君はうなづくと、バクバクとサラダを食べだした。
「あ、うめ!このドレッシング」
「じゃあさあ、お兄ちゃん」
「なんだよ。まだ質問あるの?せっかくサラダを堪能しているっていうのに」
「だって、気になって。あのね、お兄ちゃんはまったく記憶にない、初めて会ったお姉ちゃんに恋をしちゃったわけでしょ?」
「ああ、うん」
聖君は淡々と答えた。私のほうが横で聞いていて、赤くなっているというのに。
「どんななの?」
「何が?」
「またお姉ちゃんを好きになって」
「どんなって?」
「だから~~~。同じ人を2回も好きになったってことでしょう?」
「………」
聖君は黙って杏樹ちゃんを見た。それから今度は、私のことも見ると、
「どんなって言われたって、どう答えていいか」
と言って、今度はパスタを食べだした。
「ねえ、お姉ちゃん以外の人を好きになった可能性ってあると思う?」
え?
「たとえばさあ、記憶がなくなったのが、どっかの別の島だったり、旅行先とかで、誰か他の女生と知り会って、そこで恋に落ちて…。なんてことになっていたとしたら、どうした?」
杏樹ちゃんがそう言うと、
「杏樹は、ドラマや映画の見過ぎね」
とお母さんがそう言った。
「お母さんが借りてきて見てた映画の中に、そんなのあったじゃん」
杏樹ちゃんがそう言うと、
「あら、そうだっけ?」
とお母さんは笑いながら、しらばっくれた。
私はさっきから、聖君の答えが気になっていた。もし、どこか見知らぬ土地で記憶をなくしていたら、聖君を好きになる女性は、いくらでもいるだろう。言い寄られていたら、どうなっているんだか。
「俺、女性苦手だもん」
聖君はそう言うと、水を飲んだ。
「女性が苦手っていう記憶もなかったら?」
杏樹ちゃんはまだ、聖君にしつこく聞いている。
「お前、しつこい~~。言わせたいだけなんだろ?俺にさあ」
「え?」
「桃子ちゃん以外の子を好きになるわけないって。それ、お前も知ってて言わせたいんだろ?」
「う、ばれてた?」
「ばればれ」
聖君はそう言うと、お父さんが抱っこしている凪の顔を見て、
「ねえ?凪。パパが記憶がないとしても、浮気なんてするわけないじゃん」
とそう言って、またパスタを食べだした。
「ははは。聖は、桃子ちゃんにメロメロだもんなあ。桃子ちゃんの記憶がなくたって、結局は桃子ちゃんにめろめろになっていたしなあ」
「その、メロメロって言い方やめろよ、父さん」
「だって、本当のことだろう?」
「…そうだけどさ」
「クスクス。ほんと、桃子ちゃん見て、嬉しそうにしていたわよね。桃子ちゃんと付き合った当初を思い出したわよ」
「クールになったのも一瞬、すぐににやけてるお兄ちゃんになっちゃったよね」
お母さんと杏樹ちゃんがそう言うと、聖君はボリッて頭を掻いて照れている。
「いいよ、いいよ。もう。勝手に言ってろよ」
聖君はそう言うと、またバクバクと食べだした。
「でもさあ、お姉ちゃん、泣いちゃってた時もあったし、かなり悲しい思いもしてたんだよね」
杏樹ちゃんの言葉に、聖君の手が止まった。
「お姉ちゃん、辛い思いもしたんだよね」
「そ、そんなことないよ」
私は慌ててそう言った。
「……」
聖君は切なそうな目で私を見ると、
「ごめん」
と謝った。
「聖君のせいじゃないもん。聖君、悪くないんだから」
私が必死にそう言っても、聖君は食べる手を止めてしまって、暗い顔をしている。
「そうよ。ちゃんと記憶も戻ったんだし、暗くなるのはやめましょう。さ、食べましょうよ」
お母さんは明るくそう言うと、今来たピザをみんなのお皿に取り分けた。
「美味しそうだなあ」
「うきゃ~~」
お父さんの声に凪が反応した。
「凪ちゃんにはまだ早いぞ」
お父さんがそう言うと、凪はお父さんの顔をぺちぺちとたたいた。
「父さん、凪は俺が抱っこしているから、ピザ食べちゃって」
「そうか?」
聖君は立ち上がり、凪を抱っこした。そしてなぜか、テーブルから離れ、キッチンのほうに行ってしまった。
「凪のことを見せに行ったんだな」
「そうね。最近、このお店にも来ていなかったしね」
「え?」
「桃子ちゃんは、このお店初めて?」
「はい」
「ここのオーナーさんのお子さん、今、ここのキッチンで働いてるんだけど、聖の高校の先輩なの。けっこう仲良かったみたいよ」
「あ、そうなんですか」
「高校卒業して、1年料理の学校に行って、それからここで働いてるの」
「へ~~~」
「あ、ほら。聖が凪のことを見せてる」
私はお母さんの指差す方を見た。
「え?」
女性?男の人だと思っていたら、女性?それも、かなり綺麗な。えっと、確か、仲良かったとかって言ってなかったっけ?お母さん。
「なんていったっけ、あの子。うちの店にも来ていたよね」
「高校卒業してからは、忙しくなったのか来てなかったけどね」
「綺麗な人だよねえ」
杏樹ちゃんの一言に、私は凍り付きそうになった。
聖君を見た。満面の笑みを浮かべて、凪を見せている。女の人も嬉しそうに笑っている。
「あの人、聖君のことは」
「ああ、聖のことはなんとも思っていなかったから、安心して、桃子ちゃん」
お母さんが察したのかそう言った。
「そ、そうなんですか」
ほっとすると、
「どっちかっていったら、爽太にあこがれていたわよねえ」
と、そうお母さんは言った。
「あはは。そんなときもあったねえ」
「え?え?お父さんに?私、知らないよ、それ」
「だって、杏樹はまだ、中学生、ううん。小学生だったし。そんなことまったく興味なかったでしょ?」
「お兄ちゃんは知ってるの?」
「なんとなくね。でも、父さんに惚れても無駄だよって、あの子に言ってたみたいよ」
「ふうん。で、お兄ちゃんとなんで仲いいの?」
「あの子も海に潜るのよ。聖、ダイビング好きな人とはすぐに、仲良くなっちゃうから」
とお母さんはそう言うと、ワインを飲んだ。
「はい、くるみ」
空になったグラスに、お父さんがワインを注いであげた。
「ありがとう。ああ、私酔っちゃたわ。帰り、ふらふらだったら爽太、ちゃんと家まで連れて行ってよ?」
「酔いをさましに、浜辺に散歩に行こうよ、くるみ」
「行くなら2人きりがいいわ」
「そうだね。杏樹は、桃子ちゃんたちと帰りなね?」
お父さんがそう言うと、杏樹ちゃんは苦笑いをして、
「は~~~い」
とそう答えた。
仲いいなあ、この夫婦は。
そこへ聖君が、凪を抱っこして戻ってきた。
「凪のこと、見せてきちゃった。超可愛いって!」
うわ。聖君、嬉しそう。
「名前なんだっけ?あの子」
「何、父さん、忘れたの?いっときは父さんに思いをよせていたっていうのに」
「あはは。単なるあこがれだろ?」
「まあ、そうだけどさ。今は、彼氏が同じ厨房で働いてるんだって。6歳上で、来年結婚するらしいよ。聖君に先を越された。私も子供が早く欲しいって言ってたよ」
「へえ!結婚するのかあ」
「まあ。おめでたいわねえ。じゃ、その人とこのお店を継ぐのかしら」
「うん。そうみたい」
「あ、聖君、今度は私が抱っこしているから、聖君がピザ食べちゃって」
そう言うと、聖君は私の腕に凪をおいた。
そして豪快にピザに食いついていると、さっきの女の人がキッチンからやってきた。手にはケーキを持っている。
「聖君、結婚のお祝い。デザートにこれをみんなで、食べてください」
「え?ケーキ?これ、ホールそのまんまもらってもいいの?」
「うん。食べきれなかったら、持って帰って?明日まで持つと思う。生クリーム使ってないし。あ、今、人数分切り分けるから待ってて」
そう言うと、その人は今度はお皿とフォークを取りに行き、切り分けてくれた。
「サンキュー。すげえ!うまそう」
「わ~~い、ケーキ!」
杏樹ちゃんも喜んだ。
「こんばんは、聖君の奥さんですよね。聖君が結婚して赤ちゃんが生まれたのも、人から聞いていたんだけど、なかなかれいんどろっぷすにも行けなくって。でも、こうやって会えてよかったです」
その人はそう言ってから、お父さんとお母さんの方も向いて、
「おめでとうございます」
とそう言った。
「ありがとう。ケーキ、ありがたく頂戴するね」
お父さんはそう言ってにこりと笑った。その人は、微かに顔を赤らめた。
「それじゃ、ゆっくりとしていってくださいね」
そう言って、またキッチンに戻って行った。
「あの子が結婚するときには、聖から何かお祝いあげないとね」
お母さんがそう言うと、聖君はうんとうなづいた。
「あ~~~」
凪がケーキのほうに手を伸ばそうとした。
「凪にはまだ早い」
聖君はそう言ってから、
「凪って、食いしん坊になるんじゃないの?」
と心配そうにそう言った。
「お兄ちゃんに似たんじゃない?」
「俺、食いしん坊?」
「食べるの好きでしょ?」
「お前もだろ」
そうつっこみを入れられ、杏樹ちゃんは舌をべろっと出した。
「でも、杏樹ちゃん、太ってないから羨ましい」
「え?お姉ちゃんこそ、細いじゃん。私なんて、体重結構あるんだよ」
「私も、妊娠してから体重増えて、産んでもそんなに減らなかったもん」
「いいんだよ。元が細かったんだから、桃子ちゃんはそれで」
聖君はそう優しく言ってくれた。お母さんもお父さんも、にこにこしながらうなづいた。
そうかなあ。さっきの人、すらっとしてて、細身でかっこよかった。私とは正反対だったよ。羨ましいなあ。
ふと視線を感じて、私は聖君を見た。
「あのね、このへんで噂になってるんだってよ」
「え?」
「れいんどろっぷすの聖が、すんごい可愛い奥さんもらったって」
「え?!」
「あっちから桃子ちゃんのこと見て、本当に可愛い奥さんねって言ってた」
「……」
うそ。うわ。顏が熱いよ。
「あはは。真っ赤だ、桃子ちゃん」
「くすくす。でも、ほんと、そんな噂が広まってるみたいよね」
「お似合いのカップルだって、みんなで言ってるらしいよ」
お父さんとお母さんの言葉に、私はびっくりした。と同時に、きっともっと顔が赤くなったに違いない。
「赤ちゃんも、お母さん似で、すごく可愛いって評判らしい」
聖君はそう言うと、凪のことを目じりを下げて見て、にやけまくった。
「聖は幸せ者ってことよね」
お母さんはそう言って笑った。
「…うん。それ、記憶がないときも思ってた。俺、こんなに可愛い奥さんと娘がいるんだ。すげえ幸せもんじゃんって」
「ははは。そうか。それでにやけまくってたのか」
私は顔を熱くしまたまま、聖君を見ていた。聖君は嬉しそうに笑って、お父さんと話を始めた。
お母さんも陽気に笑い、杏樹ちゃんも時々、大きな声を出して笑った。
私たちのいるテーブルは、本当に笑いが絶えなかった。そして、それから1時間は、ケーキを食べたり笑ったりしゃべったりしながら、そこにいた。
帰りは、お父さんはお母さんと浜辺をデートしていくと言って、二人で反対側へと歩いて行ってしまった。
「大丈夫かな。父さんもかなり酔っ払ってたけど」
「いいよ、よっぱらいはほっておこうよ」
杏樹ちゃんはそう言うと、聖君に抱っこされている凪の顔を覗き込んだ。
「あ、眠そうだ。凪ちゃん」
「そうだね。でも、今日まだ、お風呂入ってないよね、凪」
「うん」
「じゃ、早くに帰って入れてあげないとね」
聖君はそう言うと、気持ち早歩きになった。
「お兄ちゃん、記憶戻ったんだし、大学に行くようになるの?」
「ああ、行くよ。って言っても、もうすぐに夏休みに入るけどね」
「どひゃ。大学生って羨ましい」
「杏樹は夏、また部活三昧?」
「うん。それと、お店の手伝いをするよ」
「どうせ、やすがいる時だけだろ?」
「それから、夏休みはやすくんも一緒に伊豆に行くもん。その時、私アタックする!」
「おお!杏樹。すげえ前向きじゃん」
「だって、うかうかしているうちに、他の人に取られたら嫌だもん」
「じゃ、そんな先延ばしにしないで、さっさとコクっちゃえば?」
「い、嫌だよ。フラれたら一緒に伊豆、行けないもん」
「あ、なるほどね」
聖君は納得したって言う顔をした。
「そうか。伊豆か」
私は思わずそう独り言を言っていた。
「うん、桃子ちゃん、初めてだよね」
「うん!初めて。わ~、楽しみ!」
ああ、伊豆に行く前に、聖君の記憶が戻ってよかった。
「凪も旅行、初だね。あ、そうだった。向こうには空っていう、男がいるんだった」
「ブ!男って、お兄ちゃん。空君も赤ちゃんじゃない」
杏樹ちゃんがふきだした。
「でも、今から、ちゃんと見張ってないと。凪に悪い虫がつかないようにさ」
「え~~。空君は私とお兄ちゃんのいとこになるんだよ?悪い虫じゃないよ~」
「まあ、そうだけどさ。春香さんと櫂さんの子供なんだから、悪い虫なわけないけどさ」
「お兄ちゃん、サーフインするの?伊豆で」
「いや。父さんと潜りに行くつもり。あ、桃子ちゃんも行く?」
「私?まだ、ライセンス無いから無理だよ」
「ああ、そっか。でも、素潜りとか、そのくらいならできるよ?伊豆の海、最高に綺麗だから」
「私、素潜りしたい~~~!」
「よし、じゃあさ、シュノーケル借りて、潜ろうな?杏樹」
「うん!わあ、楽しみ~~!」
さすが、杏樹ちゃん。私は素直に喜べないなあ。素潜りでも、なんでも、まだ海で泳ぐのすら抵抗があるから、無理かもしれない。
楽しみな伊豆だけど、きっと私は海に聖君を取られちゃって、海に嫉妬しちゃうんだろうなあ。
でも、今は、とにかく、記憶が戻ったことを喜びたい。
「凪も伊豆の海、綺麗だから、一緒に見ようね!あ、海でちゃぷちゃぷできるかもね!」
聖君は抱っこしている凪に、嬉しそうに話しかけた。眠そうな凪は、そんな声を聞いても、半分目を閉じそうになっていた。
これからが夏本番。聖君の季節がやってくるんだね。




