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第89話 16歳、聖君のショック

 水族館を出て、海の見えるカフェに行き、お昼を食べた。

「ここ、初めて来た」

「ほんと?女性客多いから、あんまり来ないんだけど、桃子ちゃん来たら喜ぶかと思ったんだよね」

「うん。海が良く見えるし、ご飯も美味しい」


「聖君、いらっしゃい。すごく久しぶりね」

「あ、はい」

 お店のオーナーさんかな?上品な人が来て、聖君に挨拶をした。

「こちらが噂の奥さん?まあ、本当に可愛いわよね。前に聖君のお店に行った時には会えなかったけど」


 いつ来たのかな。聖君も覚えていないようで、黙っている。

「今日、赤ちゃんは?」

「あ、父さんが家で見ています」

「じゃ、夫婦でデートなの?まあ、仲いいわよねえ」


「い、いえ、そんな」

 聖君は真っ赤になってしまった。うわ。その顔を見て私の顔も熱くなっちゃったよ。

「夫婦には見えないわね。付き合い始めのカップルじゃない?まるで」

 そう言ってその人は、キッチンに戻って行った。


「…やっぱ、そう見えるのか」

 聖君はボソッとそう言うと、手で顔を仰ぎ、

「あつ…」

と言いながら海を眺めた。


「聖君」

「ん?」

「あの人のことは覚えてるんだね」

「ああ、俺、中学の頃ここに母さんや杏樹と来ていたからさ」

「へえ、そうなの?」


「オーナーさんと母さん、割と仲いいんだ。で、俺らも連れて、よく食事をしに来てたってわけ。でも今は、父さんと夜にデートで来るみたいだけどね」

「デートで?」

「…あの夫婦、いまだに仲いいから。って、知ってた?」

「知ってる」


 聖君は、食後に運ばれてきたアイスコーヒーにミルクを入れ、ゴクリと飲んだ。

「…聖君、今日、あんまり変わらなかったね」

「何が?」

「昨日は静かだったけど、今朝はお父さんとにらみ合ってみたり、お母さんとも話していたし。いつもの聖君と変わらないから、ちょっとホッとしたんだ」

「心配してた?桃子ちゃん」

「う、うん」


「…昨日静かだったのは、違う理由だよ?」

「え?なに?」

「…桃子ちゃんを、見ていたかったってだけ」

「へ?」


「いつも俺のそばにいてくれてたとか、俺に元気をくれてたとか、そういうのを感じちゃって、感動しちゃって」

「え?か、感動?」

「…桃子ちゃんがいたから、いろんなことを俺は乗り越えられたんだろうなって、そう思ったらさ、桃子ちゃんの存在のでかさを感じちゃってさ。で、昨日はその感動の余韻に浸ってたんだ」


「…」

 余韻?

「父さんと血がつながってないってわかっても、あんまり悲しくなかったし、今までどおりでいりゃいいんだよなって、そう思えたしさ」

「そうなの?」


「前に知った時には、俺、落ち込んだりしたんだよね?」

「う、うん」

「変だね。なんでかな。今はあんまり、落ち込んでいない。血のつながりって、そんなに大事かなって、そんな風にも思えるし」

「そうなんだ」


「だってさ。父さんが俺や杏樹をすごく可愛がってくれてたの、知ってるしさ。家族を思い切り大事にしてくれてたのも知ってるからさ」

「うん」

「あ、そっか~~」


 聖君は宙を見てそう言うと、私のほうを向き、

「父さんが家族を大事にしているのを感じて、俺もそんな生き方したいって思って、大事な人を大事にしていくって言いだしたのかな」

とそう言った。


「…うん。そうかも」

「…ふ」

 聖君は目を伏せて笑った。

「うん。きっと一人で家族や桃子ちゃんから離れて沖縄に行くより、ずっと今のほうが幸せだな」

「え?」


「俺はちゃんと、自分が幸せでいられるほうを選んだってことだね」

 聖君!なんだか、嬉しい!

「あ、桃子ちゃん、泣きそう」

 聖君はそう言って、目を細めて笑った。


 ああ、その笑顔、最高だよ~~~~~~~。私は涙をすぐにふいて、聖君の顔をじっと見つめた。

「な、なに?桃子ちゃん」

「聖君の笑顔が最高だったの。もう一回笑って?」

「へ?」


「さっきの笑顔」

「む、無理だよ。俺、どんなふうに笑ったかも覚えてないし」

「そっか」

 聖君は赤くなって、下を向いた。


「あ、その照れた顔も可愛い」

「も、桃子ちゃん、俺のことからかってる?」

「ううん。大真面目」

「もう~。でも、俺が赤くなるの知ってるよね?」

「うん」


「じゃ、やめてね。そういうこと言うの」

「………。でも言いたい」

「桃子ちゃん!」

「はい、もう言わない」

 私がそう言うと、聖君はため息をついて、やれやれっていう顔をして、頭をぼりって掻いた。


 なんだ、聖君。もう、俺に惚れすぎって言って、にやけるかと思ったのに。って、それは19の時の聖君か。

 今の聖君のほうが、シャイなのかな~。


 聖君はこっちも見ようとせず、ずっと海を見ている。そして、

「あのさ」

とやっとこっちを向いた。

「なに?」

「視線」


「え?」

「さっきからずうっと、俺のこと見てるよね?」

「あ!ごめん。嫌だった?」

「嫌じゃないけど」


「ごめんね?もう見ない」

 私はそう言って下を向いた。すると聖君は、

「……まさかと思うけど、まさかだよね」

とわけのわからないことを言ってきた。


「え?」

「今、俺に…」

「うん。見惚れてた」

 聖君が言う前にそう言うと、また聖君は真っ赤になってしまった。うわ。可愛い。

「も、桃子ちゃん」


「ごめん。もう見惚れるのもやめるね?」

「い、いいんだけど。でも…」

「うん」

「桃子ちゃん、俺に、惚れすぎ」

 あ。言った。その言葉、16歳でも言うんだね。


「うん。いつも聖君に言われてた」

「………。照れる」

 聖君はそう言うと、赤くなってまた海のほうを向いてしまった。

 可愛すぎる~~~!!!


 あ、でも、こんなに思ってるのって、重いかな。聖君、なんだよ。重い女だなって思ったりしないかな。

 ドキ。なんだか、ちょっと怖くなってきた。今の聖君は、19の時とは違うんだもんね。

 聞いてみる?でも、なんて答えが返ってくるかわからないから怖いな。


「…」

 いきなり私が静かになって、下を向いているからか、聖君はこっちを向いた。

「……桃子ちゃん。そんなに黙り込まなくてもいいよ」

「うん」


 でも黙って下を向いていると、

「えっと?なんだか、まさか、落ち込んでいたりする?」

と聞いてきた。ああ、顔に出ちゃったかな、私。


「あの」

「うん」

「重いかな」

「何が?」


「私の、聖君に対する思いって」

「…え?」

「重たい?」

「……」

 聖君は目を丸くした。


「い、いや。そんなことないけど」

 あれ?今、なんだか歯切れの悪い言い方をしたな。なんでかな。

「……え?なんでそんなことをいきなり気にしたの?俺、なんか変なこと言ったかな」

「ううん。そんなことないけど…」


 聖君は、アイスコーヒーの氷をストローでカラカラと音をさせながら回すと、

「重たいなんて思ってないよ」

とつぶやいた。そして顔を赤くした。


「ほんと?」

「…逆に嬉しいし」

「え?」

「…桃子ちゃんが、俺のことを好きでいてくれるの、すごく嬉しいよ」


「…ほんと?」

「あのさ。そうじゃなかったら、俺、こんなに照れてないから」

 聖君はちらっとこっちを見てそう言うと、アイスコーヒーを飲み干した。


 私もオレンジジュースを飲んで、そしてまた聖君を見てみた。聖君は私を見て、

「海、散歩しない?」

と言ってきた。

「うん!」


 カフェを出て、海辺を2人で歩き出した。聖君は何気に私のほうに手を差し出したので、私は聖君と手を繋いだ。

「…桃子ちゃんの手って、小さいね」

 聖君がそう言って、はにかんで笑った。


「聖君の手は大きくて、いっつもあったかいよね」

「そう?」

「うん!」

 なんだか、手を繋いで浜辺を歩けるのが嬉しい。


「やべ…」

 聖君が小声でそう言った。

「なあに?」

 誰かに見られたとか?私はあたりを見回した。


「…いや。誰もいないけど」

「じゃ、なあに?」

 何がやばかったの?

「なんでもない」


 聖君はそう言うと、顔を赤くして海を見た。

「な、なんだか気になるよ」

「…なんでもないよ。ただ、手を繋いだら嬉しそうにした桃子ちゃんが、可愛かっただけだから」

 聖君はそう言うと、耳まで赤くなった。


 うわ。可愛い。

 私、いったい今日どれだけ、聖君に胸をときめかせただろう。ああ、本当に付き合って間もないカップルって言う感じだ。


「俺さあ」

「う、うん」

「……桃子ちゃんと3年付き合ったんだよね」

「うん」


「…それも結婚して、ずっとそれからは一緒に暮らしてるんだよね」

「うん」

「…はあ」

 ため息?なんで?


「俺って、いったいどんだけ、幸せ者だったんだろう」

 へ?

「………」

 聖君はそのあと、ずっと海を見つめたまま、こっちを見なかった。


 お店に帰ると、

「あら?もう帰ってきたの?」

と、キッチンからお母さんが顔を出してそう言った。

「もうって…。俺、そろそろ店に出る時間でしょ?」


「あら。まだよかったのに」

 お母さんはそんなことを言って、またキッチンの奥に入って行った。

「デートだったの?」

 紗枝さんが聞いてきた。


「うん」

 私がうなづくと、紗枝さんはいいな~~って羨ましがった。でも、聖君は紗枝さんには何も言わず、そのままリビングに上がって行った。


 まだ、紗枝さんとは壁があるのかなあ。聖君、紗枝さんみたいな大人しい人苦手だし。

 桜さんは記憶があるせいか、まったく話すのに抵抗はないみたいだ。それに、やすくんは男だからか、すぐに仲良くなった。


 絵梨さんには、ちょっと距離感を置いているとはいえ、けっこう話している。でも、紗枝さんは駄目らしい。

 紗枝さんがちょっと気の毒にも思える。だけど、聖君にもっと紗枝さんと仲良くしなよとも言えないしなあ。


 その日、夕方からは絵梨さんがシフトに入った。絵梨さんに聖君からはあまり話しかけないが、絵梨さんがべらべらと話しかけるので、聖君はそれに返事をちゃんとしている。

 でも距離は作っている。それは、見てわかるくらいのちゃんとした距離だ。


「よ~~~!聖」

 桐太だ。最近よく来るよなあ。

「何だよ。店は?まだ、店の開いてる時間だろ?」

「今日は休み!」


 そう言って桐太がお店に入ってくると、その後ろから麦さんが現れた。

「…いらっしゃいませ」

 聖君は麦さんにそう言った。

「私のこと、覚えてないんだよね?」

「あ…」


 聖君は、麦さんの顔を見て、申し訳ないって言う顔をした。

「あ、いいの、いいの。3年分の記憶がなくって、桃子ちゃんのことも忘れたっていうのは、桐太から聞いているから」

 麦さんは明らかに作り笑いだとわかる笑顔でそう言った。


「…桐太の知り合い?」

「俺の彼女だよ」

 桐太がそう言うと、

「あ、そうなんだ」

と聖君の顔がほころんだ。


「あ、俺と同じ大学だって、そう言えば前に桃子ちゃん、言ってたっけ?」

「うん。サークルも一緒」

 麦さんがそう聖君に言った。

「ダイビング?」

「そう」


「そっか。…じゃ、あれかな」

 聖君はちょっと考えてから、

「今度、大学に顔出す時には、案内してもらおうかな」

とそう麦さんに言った。

 え?私についてきてほしいって言ってたのに、なんで?!


「いいけど」

 麦さんはあっさりとそう答えた。

「じゃ、桃子ちゃんと2人で行くと思うから、よろしく」

 え?!


「あ、桃子ちゃんも来るの?ねえ。っていうことは、聖君は今、桃子ちゃんと変な感じになったわけじゃないんだよね?」

「変?って?」

「だから、別れるようになってるとか、ぎくしゃくしてるとか」

「ああ、全然」


 聖君はそう言うと、私のほうをちらっと見た。

「大丈夫なのよ、麦ちゃん。この二人だったら、今日もデートに行ってきたくらいだし」

 キッチンで私たちの会話を聞いていたお母さんが、顔を出してそう言った。

「母さん、話しに参加してこなくていいから」

 聖君は真っ赤になって、お母さんをキッチンに追いやった。


「デート?」

「凪は、お父さんに見ててもらったの」

 私がそう言うと、

「あ、そう言えば凪は?」

と桐太が聞いてきた。


「今、寝てる」

 私がそう言うと、聖君は、

「桐太。お前はなんで、桃子ちゃんのことも凪のことも、呼び捨てにするんだよ」

と怖い顔で桐太に言った。


「いいじゃん」

「よくない」

「桃子は俺の親友で、凪はその親友の娘なんだから、いいじゃんか」

「よくないって。だから、なんでお前と桃子ちゃんは親友になってるんだよ。そこが納得いかない!」


「なんでだよ。仲いいんだから、それでいいじゃん」

「お前には彼女がいるんだろ?彼女に悪いと思わないのかよ」

「だって、麦も桃子のことが好きだし。な?」

「うん」


 麦さんはこくりとうなづいた。

「…でもさあ」

 聖君はそれでもまだ、何かを言おうとしたが、

「で、桐太は、聖君のことも好きなんだし、それでいいじゃない?」

と麦さんが言いだした。


「好き?」

 聖君は眉をしかめた。

 うわ。それ、言っちゃってよかったの?!

「まあな。でも、お前は桃子一筋だからさ。それはもう、俺もわかってるし。だからさ。俺は桃子と聖を応援って言うか、見守って行こうと決めたわけさ。桃子だったらお前の彼女として認めてやるって思ったしさ」


 桐太がそう言うと、聖君はキョトンとした顔をした。

「なんだってまた、お前に認められないとならないんだ?」

「いいだろ。それだけお前のことが、心配だったんだからさ」

「なんでお前に、心配してもらわないとならないわけ?」


「だってお前、中学の時には変な女にとっつかまっていたしさあ」

「…お前がそういえば、手、出してきたんだったよな?」

「そうじゃないよ。桐太は、聖君が傷つかないように、あの子と別れるように仕向けたんだよ」


 そう私が言うと、聖君は私のことを見て、

「そういうのも、桃子ちゃん、知ってるの?」

と聞いてきた。


「桃子は、俺の悩みとか、いろいろと心の中に閉まっておいた傷を見てくれたんだよ。で、癒してくれた。だから、俺は桃子をお前の彼女だって認めた。お前のこともすげえ、大事に思ってるってわかったしさ。で、親友になるほど、仲良くなったってわけ」


「……」

 聖君はまだ、眉をしかめている。

「いいじゃんかよっ。お前だって、俺がお前のこと好きだってわかっても、俺を避けずに友達としては受け入れてくれたんだからさ。ま、これからもよろしく頼むよ、聖」


「…ま、待て。俺のこと好きって、まさか」

「え?そういう意味しかないだろ?」

「…え?」

 聖君の顔から、さっと血の気が引いた。あちゃ~~~。

 

 桐太。聖君はまだ、16歳なんだよ。もしかしてもしかすると、男の人から告白されたこともまだないかもしれないんだし。って、どうだったっけ?一回、そういう話を聞いたことがあるけど、私のほうが面食らっていて、あんまり覚えてないや。


 桐太と麦さんのいるテーブル席から離れ、聖君はキッチンに入って行った。私も心配になり、キッチンに行った。

「聖君、大丈夫?」

「いや。ダメ」


「え?」

「血のつながりがないってことも、かなりのショック受けたけど。今のほうがダメージ大きい」

「そ、そうなの?お、男の人から告られたの、初めて?」

「…いや。でも、まさかあいつが」


 真っ青だ。聖君。


 そうか、桐太からの告白のほうが、今回はショックだったんだね?前は、もうちょっと冷静に受け止めていたのにな。


 16歳の聖君は、今、結婚、子供、親と血のつながりがない、そして、男から告曰されるという、こんなにも大変なことをいっぺんに体験することになっちゃったんだね。


 血の気のない顔をした聖君が心配で、私はその日、ずっと聖君のそばに張り付くようにしていた。


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