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第85話 聖君の心

 2時になり、私たちは凪を連れ、椎野家を出た。父が車で送っていくと言ってくれたが、やっぱり聖君が断ってしまった。そして、またぶらりぶらりとのんびり駅まで歩き、電車に乗った。

「よかった」

 聖君はシートに座ると、そうにっこりしながら言った。

「え?」


「桃子ちゃんの家族、みんなあったかくって、面白くって、最高だった」

「…そう?」

「うん。お母さん、最高だね?俺、話聞いてて大笑いしちゃったけど、失礼なことしたかな」

「大丈夫。聖君、初めて会った時も、あんなふうに大笑いして、お母さん、最高って喜んでいたから」


「まじで?じゃ、俺、おんなじ反応しちゃってた?」

「うん」

「お父さんは?なんかさあ、釣りの道具もそろえてくれたりして、すんごい優しいよね」

「…う~~ん。それは多分、お父さんが聖君にすごく惹かれちゃったからじゃないのかなあ」


「え?」

「うち、男の子いないし、私やひまわりじゃ一緒に釣りにも行かないし。聖君が釣りに興味を持ってくれて、一緒に行くようになって、お父さんは本当に喜んでいたんだ」

「そうなんだ。でもさ、俺、釣りの話聞いていて、すごく興味持ったよ。楽しそうだった。今度まじで行きたい」


「あ、そうやって、聖君は目を輝かせて話すじゃない?それがお父さんには、たまらないみたいだよ」

「た、たまらない?」

「うん。聖君の反応って、お父さんにとってはすっごく嬉しい反応みたい」

「へ、へ~~、そうなんだ」

 聖君は照れながら、頭を掻いた。


「…俺、榎本家以外にも家族ができたんだよね。なんだか、嬉しいな」

「ほんと?嬉しい?お父さんが増えて嬉しい?」

「え?う、うん」

 じゃあ、菜摘と血がつながっていて、もう一人実はお父さんがいるってわかっても、喜ぶかな。

 って、そんな単純な問題じゃないよね。やっぱり。


「凪、寝てるね」

「うん。電車の揺れ、好きなのかな」

 凪は抱っこひもの中で、気持ちよさそうに寝ている。

「車の免許もすぐ取りたいな。やっぱり、車での移動のほうが楽だもんね」


「…聖君、勉強もあるし、忙しくなっちゃうね」

「うん。でも、しばらく大学は休むだろうし、そうしたらバイトも夜だけ出たらいいみたいだし、昼間は暇になるからさ」

 じゃ、家にいることも少なくなって、私、ずっと聖君と一緒にいられるわけにはいかないんだなあ。

 ちょこっと寂しいかも。

 だけど聖君は、なんだか嬉しそうな顔をしていた。車の免許を取るのが、嬉しいことなのかもしれない。


 私からしてみたら、一回免許を取ったのにまた取りに行くなんて大変って思うけど、聖君にとっては、初の体験になるんだもんね。車を運転できるようになるってことがもう、嬉しいことなのかもしれないな。


 れいんどろっぷすに戻ると、お店に入るや否や、

「おかえり!聖、どうだった?」

とお母さんもお父さんも大きな声で聞いてきた。


「あ、ああ。キッチンに行くよ」

 お店には、3組のお客さんがいて、お母さんやお父さんの声に反応して、みんなが私たちに注目した。それで聖君は慌てて、キッチンのほうに向かって行ったのだ。


「桃子ちゃんの家族、びっくりしてた?」

 お母さんが小声で聞いた。

「うん。でも、すぐに打ち解けた」

「え?」


「なんだかさ。桃子ちゃんのお父さんもお母さんも、それにひまわりちゃんや、彼氏のかんちゃんも、初めて会ったとは思えないほど、仲良くなれちゃって」

「そうなのか。良かったなあ、聖」

 お父さんはそう言うと、聖君の髪をくしゃくしゃした。


「だから~~、父さん、それやめてって。髪が乱れるよ」

「いいじゃん。この無造作ヘアーが、今、人気なんだぞ、知らないだろ、聖」

「それ、ずっと父さん言ってる。3年たっても、人気なの?変だよ」

「いいんだよ、いいの!何年たっても俺はこうするの!」


 お父さんはそう言うと、また聖君の髪をくしゃくしゃにした。

 お父さん、19歳の聖君には、それしていなかった。16になったとたんにするようになったけど、16の頃を思い出して、今、しているんだろうか。


「聖く~~ん、ねえねえ」

 今日は、バイトは絵梨さんだ。絵梨さんは、聖君の腕を掴み、何か甘えるように話しかけた。

「え?なに?」

 あ。聖君、今、何気にその腕を、払いのけてくれた。


「えっと…」

 あ、絵梨さんもそれに気が付いて、ちょっと顔が沈んだ。

「……ああ。ごめん。でも、桃子ちゃんの前だし、あんまり、そうやってスキンシップされるのも、困るって言うか」

 わお。聖君、はっきり言ってくれてる!


「え?なんで?」

「なんでって、だって、そりゃ、自分の旦那が他の女の人に触られてるのって、奥さんだったら嫌じゃない?」

「……でも、聖君、自分が旦那だって記憶ないんでしょ?」


「ないけど、ちゃんと自覚しないとなって思ってるよ」

「……そうなの?」

 絵梨さんはちょっとふくれっ面をして、聖君から離れ、そっぽを向いた。数日前までは、聖君にべったりしても、聖君、何も言わずにそのままにしていたのになあ。


 聖君の中で、何かが変わってきているんだ。きっと。

 旦那としての自覚?結婚しているってことを、ちゃんと意識するようになった?

 だとしたら、すごく嬉しい!


 そんなことで私は喜び、凪と2人だけでの夜も、聖君が隣に寝てくれていなくても、大丈夫、寂しくなんかないもん!て思えたりした。


 聖君は確実に変わってきている。きっと、どんどん変わっていって、もともとのラブラブの私たちに戻るのも時間の問題だ。

 きっと、そのうち…。きっと、すぐに…。とそんな期待もしながら、私はその日眠りについた。


「桃子ちゃん。ここで結婚式を挙げるんだね」

 私と聖君は、神社にいた。聖君は、そう言って嬉しそうに笑った。それから、私を抱きしめた。

「聖君、こんなところで抱きしめないで」

「ごめん、でも、嬉しくって」


「私も、聖君の紋付き袴が見れるの楽しみ」

「俺も。桃子ちゃんと式を挙げるのがずっと夢だったんだ。叶うんだね」

「うん」

「すげえ、嬉しい」


 ほんと?ずっと夢だった?でも、確か、聖君。記憶なくしてたよね。

 あれ?戻ったの?ねえ、聖君。


 パチ。

「あ…」

 夢…。


 目が覚めると真ん前には誰の姿もなかった。そこには壁があるだけで…。

「前だったら、どんな夢だった?桃子ちゃんって、聖君が聞いてきたのにな」

 やっぱり、寂しいな。


 凪がもそもそと起きだした。凪におっぱいをあげて、着替えをしてから、私は一階に下りた。

 聖君はすでにお店にいた。


 そして、朝からまた聖君は、緊張していた。

「いよいよ、式場見に行くのね。ああ、私も一緒に見に行きたかったわ」

 お母さんの言葉に、聖君はびくっとしながら反応した。


「神社だっけ、聖。どんなところだろうなあ。俺も一緒に行っちゃおうかな」

 お父さんがそう言うと、聖君は顔を引きつらせ、

「と、父さんが来たら、変に思うだろ?親離れしていないのかって思われるから来るなよな」

とそう、ちょっときつい口調で言い返した。


 ああ、こんなところは、16歳の聖君だなあ。


 そして、約束の時間が迫ってきて、私たちはお店を出た。

 いっぱい歩くと大変だろうからと、凪は置いてきた。お父さんは凪をお守できる方がいいやって言って、式場見学をするのはさっさとやめてしまった。


「聖君」

「ん?」

 さっきから、言葉が少ないし顔色も悪いような。

「緊張してる?昨日より、緊張していない?」


「う、うん。実は」

「どうして?」

「…え、だってさ。緑川さんだっけ?その人に俺、記憶がないことばれてもいいと思う?」

「うん。大丈夫だよ」


「でもさ、記憶もないのに式を挙げるの、変に思われないかな」

「…さあ。どうかな」

 楽天家な聖君なのに、気になるんだね、そういうこと。昨日もだったけど、ナイーブになっているんだな。


「……ごめん。俺、まじで緊張してるね」

 そう言うと聖君は、深呼吸をした。

「なんかさ、他人事のような気になってたんだけど、他人事じゃないんだなって、実感してきてさ」

「え?他人事って?」

「式のこと」


 他人事だったの?

「俺、結婚するのか~~~って」

「でも、もう、してる…よ?」

「あ、そっか。籍はもう入ってるんだもんね」

 ドキン。


 聖君、今、顔色もっと悪くなった?

 なんだか、無理してる?もしかして、どんどん実感がわいてきて、嫌になって来てる?まさか、マリッジブルー?


 緑川さんと待ち合わせをしている場所に着いた。まだ、緑川さんは来ていなかった。

「聖君。やっぱり、緑川さんには、事情を説明した方がいいよね」

 私がそう言うと、聖君も真面目な顔をしてうなづいた。


 緑川さんが来て、

「どうぞ、こちらに」

と車を止めてある場所に案内された。ああ、車で移動するのかあ。じゃあ、凪が一緒でも大丈夫だったかなあ。


 そんなことをぼ~~っと考えながら、車に私は乗り込んだ。

「いてっ」

 横で、車に乗り込む時に、聖君は頭をぶつけていた。

「大丈夫ですか?」

 緑川さんが聞いた。


「あ、すみません。なんだか俺、ぼけっとしていて」

「いえ。では、車を出しますね」

「はい、お願いします」

 緑川さんは車を発進させた。


 し~~~ん。しばらく車内は静かになった。

「今日行く神社なんですが…」

 緑川さんはしばらくしてから、口を開いた。でも、聖君が、

「あの!その前に、お話しておきたいことがあって」

と重い口調で、顔を曇らせ話し出した。


「え?はい」

 緑川さんも、何か察したのか、緊張した顔でバックミラーに映る私たちを見た。

「実は…。この前、俺…いえ、僕は家で階段から転げ落ちまして」

「え?大丈夫ですか?」


「ああ。はい。怪我とかは特にしなかったんですけど、頭を打ちまして、それである部分だけの記憶喪失になってしまったんです」

「ある、部分?」

 緑川さんは不思議そうな顔をした。


「3年分だけの記憶が消えてしまったんです」

「3年?」

「はい。なので、結婚した記憶もないんですが」

「え?!」


 緑川さんはえ?と言ったきり、言葉を失ったようだ。しばらく、ぽかんとしてから、ようやく我に返ったようで、

「じゃ、じゃあ、結婚式は取りやめ?」

と言いづらそうに口にした。


「いえ、それはちゃんと挙げるつもりなので」

 聖君は、首を横に振りながら答えた。

「そ、そうですか」

 緑川さんは、ホッとした顔をした。だが、またしばらく無言になってしまった。


 神社に着き、私たちは車を降りた。

 緑川さんが私たちを誘導して、神社に入った。そして、説明をしてくれたり、案内をしてくれた。

 境内はとても静かで、おごそかだった。大きな木がたくさん生い茂り、気持ちのいい場所だった。


 こんなところで式を挙げられるのかと、私はわくわくした。そして隣にいる聖君の顔を見ると、聖君の顔は沈んでいるのがわかった。


 ズキン。

 なんで?緊張してるから?それとも、なんで?


 神社から次は、レストランに向かった。車内でも聖君は静かだった。

 そして、レストランでもまた、聖君は浮かない顔をしていた。緑川さんには、笑って答えたりしているが、どこかよそよそしく、たまに遠くを見つめ、何かを考え込んでいるようにも見えた。


 私の方は、まったく見てくれていないのにも気が付いた。話しかけることもしてくれない。

「聖…君?」

 気になり、帰りの車内で、聖君に声をかけた。すると、聖君は私のことは無視して、緑川さんに話しかけた。

「あの、家に帰って両親とも相談して、それから返事をしてもいいですか?」


「ええ、もちろんです。なんだったら、今度はご両親も一緒に見に来られますか?」

「え、いいんですか?」

「ええ、もちろんです」

「…はい、わかりました」


 聖君は真面目な顔つきでそう答え、それからシートに深く座り直した。

 聖君。何を考えてるの。なんだか、さっきから聖君の心がわからなくって悲しいよ。


 緑川さんは、江の島まで送ってくれた。

「桃子ちゃん。海を見て行かない?」

 聖君がようやくそう言ってくれた。

「え?うん」


 私たちは、海までのんびりと歩き、そして浜辺に着いた。

「……そろそろ、海、解禁だね。そうしたらここも、にぎやかになるね」

「え?うん」

 空は雲に覆われていた。風もあって、いい天気とは言えなかったが、数人のサーファーが波乗りを楽しんでいる。


「ここに座ろう」

 聖君は石段に腰かけた。私はその横に座った。

 本当は横にべったりくっついて座りたかった。でも、なんとなく聖君の醸し出しているオーラが今日は違う気がして、すぐ隣には座れなかった。


 ちょっとの隙間を開け、私が座ると、聖君は真剣な顔で私を見て、息を吸った。

 ドキン。なんだろう。聖君、どうしちゃったんだろう。


「あのさ」

「うん」

「今日、神社やレストランを見て、思ってたんだ」

 ドキン。まさか、式を挙げることが嫌なのかな。


「俺、やっぱり、結婚式…」

 ドキン。

 聖君は、一回視線を海に向けた。そして、しばらく黙り込み、また私を見た。

「いや…。結婚式どころか、結婚のことも、自分事としてとらえられない」


 え?!

「桃子ちゃんといられるのも、桃子ちゃんが好きだし、浮かれてた。だけど、ちょっと今、現実見えてきたって言うか、落ち着いて考えられるようになったって言うか」

 な、何を?!


「今の俺じゃやっぱり、今の状況を受け入れられない。16の俺は、高校を卒業したら沖縄に行くつもりだった。そうなるもんだと思ってた。なんで、沖縄に行くのをやめたのかも納得できない」

「………」

 聖君の目、なんだか冷めてる?ううん。怒ってる?


 私に?それとも、沖縄に行くのをやめてしまった自分に?


「桃子ちゃんの家族はとってもあったかいし、桃子ちゃんも優しいし、俺、きっと桃子ちゃんや桃子ちゃんの家族が大好きだったと思うんだ」

「…うん」


「だけど、なんていうのかな…。気持ちがついて行かないっていうのかな」

「……」

 駄目だ。泣きそうだ、私。


「桃子ちゃんのお母さんが言ってたよね?俺の気持ちはいいのかって。ついていけるのかって。俺、そのへんが聞かれてもわかんなかった。桃子ちゃんのことが好きだし、大事だって思えるし、だから、大丈夫って思ってたけど、やっぱり、結婚となると、これからの未来ってことになると、まだ決心がつかないって言うか」


「そ、そうだよね。聖君、高校2年なんだもんね。いきなり、結婚って言われたって、やっぱり…」

 ボロ。あ、いけない。涙がこぼれた。どうしよう。こんな時に泣いたら、聖君が困るよね?!

「……」

 聖君は黙って私を見た。私は思わず目を伏せた。


「ごめん」

 聖君はぽつりと謝ってから、

「桃子ちゃんのことは好きだよ。一緒に居たいよ。ただ…」

 聖君はそう言って、私の顔を覗き込み、

「もうちょっと、待って?俺の気持ちがついていけるまで…」

とそう言った。




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