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第84話 変わらない風景

 みんなでダイニングに移動して、お昼ご飯を食べた。凪は和室の布団に寝かされ、しっぽと茶太郎が凪のお守りをしていた。

 聖君は、父や母に話しかけられ、にこにこしながら答えていた。でも、ひまわりは、聖君に話しかけることもせず、静かだった。


 かんちゃんは、時々聖君に話しかけている。

「聖さん、ダイビングはどうするんすか?」

「ダイビングって、スキューバダイビング?」

「はい。大学行って、ライセンス取って」


「あ、そうか。ライセンス取り直さないとならないのか」

 聖君はそう言うと、ふうってため息をついた。

「やっぱり、取り直しですか?」

「…かんちゃん、俺より年上なんだし、タメ口でいいよ?」

 聖君はかんちゃんにそう言った。


「いえ、そういうわけにはいかないっすから」

 かんちゃんは、真面目な顔でそう答えた。うわ。意外と、かんちゃん、体育会系?もしや、中学は運動部なのかな。


「ダイビングかあ」

 聖君はボソッとそう言った。あ、きっと、したいんだろうな。

「俺も、ライセンス必ず取りますから。いつか、一緒に潜りましょう」

 かんちゃんがそう言うと、聖君は一気に目を輝かせた。


「海、好きなの?」

「はい」

「そうなんだ!」

「あ、それで、聖さんとは意気投合してたんです。いつも、いろいろと教えてもらってました」


「ああ、そうなんだ!じゃ、これからも、よろしく」

 聖君はにこりと笑ってそう言った。かんちゃんも、微笑み返していた。

「ずるい。かんちゃん」

 ひまわりは口を尖らせ、かんちゃんの腕を突っついた。


「ひまわりも、もっと聖さんに話しかけたらいいじゃん」

 かんちゃんが、クールにそう言うと、ひまわりは、

「…だって」

と一言言って、またすねた顔をした。


 ああ、ひまわり。ほんと、子供じみてるんだから。自分のことを忘れられて、いじけてるのか、すねているのか。まあ、悲しくなる気持ちもわからなくもないけど。

 杏樹ちゃんの場合は、杏樹ちゃん自身が忘れられたわけじゃなかったし、私のことを怒っただけで済んだけど、ひまわりの場合は、そういうわけにはいかないよね。やっぱり。


「……ひまわりちゃん、杏樹と仲いいんでしょ?」

 聖君がそうひまわりに聞いた。

「うん」

「うちに泊まりに来てる写真見たよ。また、今年の夏も泊りに来てよ」

「え?いいの?」


 ひまわりはいきなり、顔を輝かせた。

「うん。杏樹、喜ぶよ」

「杏樹ちゃんの好きな人にも会えるかな」

「知ってるの?やすのこと」


「お兄ちゃんも知ってるのか。あ、よかった。今一瞬、お兄ちゃんにばらして、やばいって思ったんだけど」

「杏樹から聞いてるの?」

「うん。メールで教えてくれた。私、やすくんに一回会って見たかったんだ~~」


 ひまわりはようやく、いつものひまわりに戻ったようだ。そのあとは、聖君にべらべらと話しかけ、ほとんど独り占め状態になってしまったくらいだ。


 ご飯が済み、私と母が後片付けをしていると、リビングに移動したひまわりとかんちゃん、聖君が、わいわいと話を始めて、にぎやかになった。

 ひまわりも、聖君も、時々大きな声で笑っている。


 その様子を眺めてみた。

「今までと何も変わっていないように見えるわねえ」

 母がそう横から言ってきた。

「うん」

 本当に何も変わらない風景だ。


 父は和室に入り、凪のことを見ているようだ。しばらくすると、ぐずりだした凪を抱っこして父がキッチンにやってきた。

「お腹空いたみたいだよ、凪ちゃん」

「あ、今、おっぱいあげる」

 

 私は凪を受け取り、和室に行った。すると、母とひまわりもやってきた。

「凪ちゃん、お腹空いちゃったの?お腹いっぱいになったら、抱っこして寝かしつけましょうか?」

 母はそう言った。どうやら、凪のことを抱っこしたいようだ。


「うん。じゃあ、お願い」

 私はそう言って、服をまくり上げ、凪におっぱいをあげた。

「お兄ちゃん、お母さんが凪ちゃんを独り占めにしようとしてるけど、いいの?」

 ひまわりは和室の襖を全開にして、リビングにいる聖君に聞いた。


「……うわ。ひまわりちゃん、襖閉めてあげて」

 聖君は慌ててそう言うと、かんちゃんに、

「あっちは見ないの!」

と怒った口調でそう言って、自分も逆側のほうを向いた。


「あ、うん」

 ひまわりはそう言って、和室から出て襖を閉めた。

「…お兄ちゃんも、見ないようにしてたけど、お姉ちゃんがおっぱいあげてる時、いつも、和室に入り込んでいたじゃん」

「え?俺が?」


 ひまわりの言葉に、聖君はうろたえたらしい。声を聞いているだけでもわかった。

「覚えてないのか」

 ひまわりがそう言うと、

「そ、そうだよ。それに、そんなところを見たりしたら、桃子ちゃんに悪いじゃん」

と、聖君はまだうろたえたようにそう言った。


「え?なんで?悪くないでしょ?自分の旦那で、凪ちゃんのパパなんだよ?」

「そ、そうだけどさ」

 聖君はそう言って、黙り込んだ。

「そうか。ふ~~~ん…。お兄ちゃん、そうなんだ」

 ひまわりの、何かものを含んだ相槌が聞こえてきたが、

「ひまわり、聖さんをからかうのよせよ」

とかんちゃんに注意され、ひまわりは大人しくなったようだ。


 そうなんだよね。聖君は、私が凪におっぱいをあげているところを絶対に見ようとしないんだ。それどころか、あげようとすると、そそくさと部屋を出て行ってしまうの。

 その時、耳まで真っ赤になっているから、相当恥ずかしいらしい。


 そのへんが、16歳の青年と言えば、そうなのかなあ。


 凪はおっぱいを飲み終えると、すでに眠そうにうとうととし始めた。私は手早くオムツを替えてあげて、母は凪を抱っこした。

 そして、寝かしつける間もなく、凪は寝てしまったようだ。


「寝ちゃったわ。寝顔、可愛いわねえ」

 寝たというのに、母はまだ凪を抱っこして揺らしていた。

「重くなってきたわね。電車で来たの大変だったんじゃないの?お父さんに迎えに行かせてもよかったのに」

「え?いいよ。休みの日にわざわざ、悪いもん」

「そんなことないわよ。事情を知っていたら、行ったわよ」

 母にそう言われ、私はうなづいた。


 そうだよなあ。家族なんだから、遠慮しないで頼ってもいいんだよなあ。

 だけど、聖君が、うんって言うかな。なんていうのかな。19の聖君なら、喜んで好意を受け入れられるんだけど、16の聖君はまだそのへんが、難しいみたいなんだよね。


 好意を受け入れることが、相手にとっても喜びになるって思えないらしく、自分が頑張ったり、人に頼らないことが、男らしいとか、大人だって、そんなふうに感じている部分があるようなんだ。

 頼るイコール、自分が弱いとか、迷惑をかけてしまうとか、そんな思いがあるらしい。それはなんとなく、見ていて感じたことだ。


 だから、お母さんお父さん、そして私にも、遠慮しているっていうか、あまり甘えようとしないって言うか。

 前は思い切り私に、甘えていたのになあ。それが嬉しかったんだけど。


「帰りは車でお父さんが送って行くから」

 母がそう言って、凪を布団に寝かせた。

「お父さん、疲れてないの?大丈夫?」

「大丈夫よ。そこまで老いてないから」

 う。それもそうか。そうだよね。私もつい、遠慮しちゃうんだなあ。まだ甘えられないところがあるのかなあ。


 それに、聖君も言ってたけど、やっぱりどこかで今の聖君には甘えちゃいけないって、そう思っているところもあるかもしれない。

 私がしっかりとしていないと…みたいに。


 でも、今日椎野家に来て見て、そんな必要はないのかもって思えた。聖君は聖君でいたら、それだけですぐに、うちの家族と打ち解けられた。

 それに、私がしっかりしなくても、母や父、そしてひまわりはちゃんと、聖君を受け入れてくれるんだから。


 もっと、家族や聖君を信頼して、ど~~んとゆったりと私は構えていてもいいのかもしれないなあ。

 すやすやと布団に寝ている凪の寝顔を見ながら、そんなことを思った。凪は、いつだって自然体だ。聖君の記憶がなかろうと、榎本家に居ようと椎野家に居ようと。


 凪の横にまた、しっぽと茶太郎が丸くなって寝転がった。

 しっぽと茶太郎と、同じくらいの大きさになってきたかな。赤ちゃんの成長って、早いよなあ。


 母が和室を出て行くと、聖君が顔を出しに来た。

「凪、寝たの?」

「うん」

 聖君は、和室に入ってきて、布団の横にあぐらをかいて座った。

「寝顔可愛い」


「うん」

「しっぽと茶太郎は、いつもこうやって、凪のそばにいるの?」

「うん。椎野家でのお守りはこの2匹」

「あはは。そっか。俺の家ではクロの役目だよね」

「うん」


「凪は、猫や犬に好かれるのかなあ」

「赤ちゃんって、みんなそうじゃない?きっと、猫と人間ってへだたりがないんだよね」

「…そうかもね」

 聖君はしっぽと茶太郎の背中を撫でた。


「な~~」

 しっぽが嬉しそうに鳴いた。

「俺、この2匹のこと、可愛がってたでしょ?」

「うん」


「やっぱりね」

「なんとなく感覚が残ってるの?」

「ううん。ただ、今も可愛いなって感じるから」

 そうか。それでか。


「なんかさ、この家、記憶がない俺にとっては、初めての家じゃん」

「うん」

「でも、匂いとか覚えてるんだよね。不思議だよね。懐かしいって感じるんだ」

「え?そうなの?」


「…凪のことは、2匹に任せて、2階の桃子ちゃんの部屋に行ってもいい?」

「うん」

 私は聖君と2階に上がった。そして私の部屋に入ると、

「わお!」

と聖君は目を丸くさせ驚いた。


「え?」

「ダブルベッドで寝てたの?俺ら」

「正確には、セミダブルだけど…」

「一緒に寝てたんだよね?」


「うん。その横のベビーベッドに、凪が寝てた」

「…そ、そっか~~」

 聖君は真っ赤になった。

「なんつうか、俺のことなのに、俺のことじゃないみたいで、変な感じだ」

 そう言うと、聖君は照れた顔のまま、部屋全体を見回した。

「懐かしい感じ、する?」

「…しない。どっちかっていうと、こっぱずかしい」


「え?な、なんで?」

「だって、この部屋、もろ新婚さんの部屋って感じするし。絨毯もクッションもピンクでさ。俺、よくこの部屋に寝泊まりできていたよなあ」


 そんな~。聖君、いつだって、「桃子ちゅわん。ただいま!」って喜んで帰って来ていたのに。

 ちょっと、いや、かなり、今の発言は寂しいかも。


 寂しそうにしていたのがわかったのか、聖君は焦りながら、

「あ、あ。でもさ。新婚なんだもんね?俺、きっと毎日浮かれてたよね?」

とそう私に聞いてきた。

 私は黙って、ちょこっとだけうなづいた。


「……ごめん。こっぱずかしいって言ったのは、きっと俺、浮かれたりはしゃいだりしながら、この部屋に入ってきて、桃子ちゃんといちゃついてたんだろうなって思って、そんな自分が恥ずかしくなっただけだから」

「…え?」

「そんなじゃ、なかった?俺」

「そんなだった」


「やっぱり~~~?」

 そう言って聖君は、真っ赤になった。

「恥ずかしい。でも、やっていそう。それが想像つくから、さらに恥ずかしい」

 想像つくんだ。


「お、俺、最近変だし」

「え?」

「なんだか、桃子ちゃんに嬉しいこと言われるだけで、こう…、ジタバタしちゃうって言うか」

「…」

 それ、知ってる。よく、聖君、部屋で暴れてるって言ってた。


「……」

 聖君の視線を感じて、私は聖君を見た。すると、聖君は、

「あ、この部屋ってやばいね。なんか、非常にやばい雰囲気があるよね」

と真っ赤になってそう言うと、

「下に行こうか」

と部屋を出て行こうとした。


「でも、もうちょっと、2人でいたいなあ」

 そう言って、私が聖君の腕を掴むと、聖君は、パッとその手を払いのけ、

「でででも、俺、こんなダブルベッドがある部屋で、冷静でいられるかどうかわかんないよ」

とそう慌てふためきながら答えた。


 いいのに。冷静にならなくても。

 と思ったけど、それは口にしないでおいた。


「今、俺、16じゃん」

「うん」

 いきなり年の話?あ、そうか。16だから、まだ早いとかなんとか?

「だから、桃子ちゃんは18だから、俺よりも2個上じゃん」


「え?うん」

 だから何?

「でも、そう見えないくらい、桃子ちゃん可愛いから」

「へ?」

 ???なんのこと?


「年上って感じがしなかったんだ。お、幼く見えてたし」

「う、うん」

 がっくり。やっぱり、子供っぽく見えてたんだね。

「だけど、桃子ちゃん、時々すごく大人っぽいって言うか、女らしいって言うか」

「え?」


「い、色っぽいって言うか。い、今も。そう見えて来て、俺、すごく困ってるって言うか」

「え?」

 困る?

「ど、ドキマギしてるって言うか」

「…」

 うそ。


「あ~~、俺、何言ってるんだろ。ごめん!」

「う、ううん」

 ドギマギ?え?

「あ、まさか。私が聖君を襲うんじゃないかとか、そういう心配?」


「へ?!」

 聖君は私の言葉に、思い切り驚き、

「そ、そんな心配してないよ。その逆、逆!」

とそう言ってから、顔を赤くした。


 でも、しばらくうつむき、

「え?桃子ちゃんって、俺のこと襲って来たりすることあるの?」

と小声で聞いてきた。


「な、ないない。そんなことしたこと…」

 ないとは言えないけど。キスとかしたこともあれば、聖君に抱きついたこともあれば、ちょっとムラムラしたこともあった。でも、そんなこと言えないよ。


「………うわ!」

 いきなり聖君は両手で顔を隠し、恥ずかしがった。

「な、何?」

「そっか。そういうシチュエーションは、考えていなかった」

「え?何が?」


「お、俺が桃子ちゃんを押し倒すんじゃないかって、そんなことばっかり想像してたけど、その逆もあるかもしれないんだ」

「え?」

 私が押し倒すってこと?!


「桃子ちゃん、俺を襲いたくなったりしてるの?お、俺、もしや、桃子ちゃんにこのまま押し倒されて…」

 聖君は顔を赤くしたまま、聞いてきた。

「ないない。ないからっ」

 私もきっと真っ赤になってた。顏から火が出る勢いで、きっと。


「……」

 聖君は両手を顔から離して、そして、

「なんだ、そうなんだ」

とがっかりした声でそう言った。


 え?まさか。期待してた?!

 あ~~~!もう。聖君、よく、「桃子ちゃんに襲われちゃったらどうしよう、きゃ!」って、バカなこと言って、恥ずかしがってたけど、その時の聖君とあんまり、変わってないじゃない。


 っていうか、本質は変わんないのね。やっぱり。っていうことは…。


「俺、それは別にいいんだけどな」

 聖君はボソッとそう言って、私をちらっと見ると、

「あ、うそ。今の冗談だから」

と、私の反応を見ながらそう言った。


 聖君は…、今、16で、うぶで、可愛い青年で…。っていう聖君からどんどんまた、スケベ親父に変化していっちゃうんだろうか。

 立場逆転しているのは、ほんのちょっとの間かもしれないなあ。なんて、ちょっとだけ、寂しく感じる私がいた。


 うぶな聖君、可愛いんだもん。もうちょっとそんな聖君を見ていたい気もする。




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