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第68話 聖君の異変

 絵梨さんの言ってたこと、頭にきた。でも、後から考えたら、悪の聖君とか、ちょっと面白いかも。いったい悪の聖君ってどんななんだろう。

 クールで、怖い。それ、高校にいた頃、女子に対してそうだったよね。


 あ、そういう悪じゃなくって、女の子と平気で遊べちゃう、そういう悪か…。じゃあ、私、たぶらかされちゃうの?聖君に?

 でも、もし聖君にたぶらかされたとしたら、私、コロッとまいっちゃうのかなあ。簡単にもてあそばれちゃうのかしら。


 それとか、ふられて傷心でいる聖君に、抱かれちゃうっていうのも…。そういう状況になったとしたら、私、聖君に抱かれちゃうのかなあ。

 でも、菜摘のことで、落ち込んでいた聖君をどうにか励まそうとしていたっけ。もし、あの時、聖君が体を求めてきたら、私、どうしていただろう。


 なんてね。聖君がそんなことするわけがないのか。

 だけど…。女遊びができる聖君や、私にもクールな聖君や、そんな聖君もちょこっと見てみたい気もする。

 クールな聖君。私、そんな聖君にもやっぱり、ハートを盗まれちゃうのかな。


 ああ、クールなところがかっこいい、とか思ったりして。

 そうか。じゃあ、いくら聖君がクールになって、絵梨さんをつけ放そうとしても、絵梨さんはそんなクールさにまいっちゃうかもしれないんだ。


 あ、そうか、だから、逆ににやけて赤ちゃん言葉を使う聖君には、イメージダウンしたわけなのか。なにしろ、絵梨さんは聖君がクールでかっこよくって大人でって、勝手に思ってたみたいだしなあ。


 その日の夜、凪を寝かしつけている聖君に私は洗濯物を畳みながら、話しかけた。

「ねえ、今朝、散歩に行った時にね」

「うん」

「聖君がクロとじゃれあっている間に、絵梨さんといろいろ話してたんだ」

「何を?」


 聖君はそれまで凪を見ていたが、私のほうを向いて聞いてきた。

「あのね、絵梨さんって面白い妄想するんだよ。ちょっと頭に来たけど、あとで考えてみたらけっこう笑える」

「どんな?」

「私と聖君が結婚して、子供がいるのが不思議みたいで、いろいろと考えたみたいだよ?たとえば、聖君は実は相当な悪で、私のことを遊びで抱いたら、子供ができちゃって。私の親や聖君の親に責任取れって言われて結婚したとか」


「何それ。その相当の悪ってなんだよ?」

「ね?おかしいでしょ?悪の聖君、見てみたいよ」

「なんで~~?桃子ちゃん、何を面白がってるんだよ」

「それとかね?聖君がすんごい好きな子がいて、ふられて、やけになって、私を抱いちゃって、子供ができたとか」


「なんだよ~~。ああ、もういいよ。結局絵梨ちゃんは、俺がとんでもない男だと思いたいわけね?」

「とんでもないって?」

「だってそうだろ?それじゃ、桃子ちゃんを好きでもないのに抱いちゃったってことじゃん。そんな最低な奴だって思いたいんだよ」


「う~~ん。多分、私がこんなぱっとしない女の子だから、聖君みたいに素敵な人がなんで好きになったりするのか不思議なんじゃないかなあ」

「ええ?ぱっとしない女の子?」

「うん」


「どこが?」

「全部が…」

「まじで言ってる?桃子ちゃん」

「大まじ…」


 私はそう言って、畳んだ洗濯物を、タンスにしまいだした。今日、お母さんがお店が始まる前に、和室のタンスの中身を全部開けてくれて、そこに私と凪の服をしまえるようにしてくれた。


「ママって変だよね?こんなに可愛いのに、パッとしないなんて自分で言っちゃって」

 後ろで聖君が、凪にブツブツそんなことを言っている。

「う~~~」

「あ、ほら。凪も変だって」


「自分のことを可愛いって言ってる女の子のほうが、変でしょ?」

「…それもそうだけど。だけど、桃子ちゃんはね、もっともっと自信を持った方がいいんだよ?」

「……聖君って、自分のことかっこいいって思う?すんごいイケメンって」

「まさか!思ってたらナルシストじゃん。気持ち悪い」


「ほら。聖君だって思ってないじゃない」

「パッとしないやつだとも思ってないけど?まあ、なんていうの?普通っていうか、人並みっていうか」

「嘘だ。聖君は人並みなんかじゃないよ!すんごいかっこよくって、こんなにかっこいい人、そうそういないんだから」


「………」

 聖君は耳を真っ赤にさせた。あ、あれ?照れちゃった?

「どう思う?凪。自分の旦那さんをこんなふうに言ってる奥さんって、やばいと思わない?」

「だから!凪にいちいち聞いたりしないでよ~~」


「あ~~~う~~~」

「あ、ほらほら。やばいって凪も言ってる」

 もう。聖君は~~~。


「でへへへ」

 あ、にやけた。

「俺、こんなに奥さんから惚れられちゃってるの。幸せ者だよね」

「……」


「そのにやけた顔…。朝も凪見てそんな顔してたでしょ?」

「俺?」

「絵梨さん、引いてたよ。あ、赤ちゃん言葉にも」

「まじで?」

「うん」


「そうか。それでか。今日、あんまり絵梨ちゃん寄ってこなかったし、俺のこともあんまり見てなかった。そうか~~。にやけた顔で一気に冷めてくれたか」

「残念?」

「だから、桃子ちゃん。なんで俺が残念がらないとならないんだよっ!」

 聖君はそう言って、私の鼻をつまみ、

「めっ」

と言って怒った。


 ああ。私まで赤ちゃんになった気分だ。

「うきゃきゃ~~」

 それを見て、凪は喜んでいるし…。


「あれ?楽しかったの?何が楽しかった?パパのめっ!っていうのが楽しかったの?凪」

「うっきゃ~~」

「めっ!」

「きゃきゃきゃきゃ」


「桃子ちゃん、凪、最高。めっ!って言うと、大うけする」

「この先、パパに怒られても、凪は笑うようになっちゃうよ」

「え?」

「将来、パパの威厳がなくなっちゃうよ。いいの?」


「でへへへ~~。パパの威厳なんてどうでもいいもん。それに俺、凪のこと、怒ったりしないも~~~~~ん」

 ………。こんなだもんなあ。クールのクの字もないんだから、絵梨さんだっていい加減、冷めちゃうよね。

 私は冷めないけど!

 ビト~~~。聖君の背中に引っ付いた。


「なあに?桃子ちゃん。俺のこと襲いたくなった?」

「うん。可愛いから、襲いたくなった!」

「嘘!きゃ!桃子ちゃんったら!」

 ビトビト~~。もっと引っ付いてみた。


「もうちょっと待って。桃子ちゃん。凪のこと寝かしちゃうからね?」

「うん!」

 ああ。幸せ。でもきっとはたから見たら、バカップルまるだし。


 そして、今夜も…。

「聖君って」

「タフだよねって言いたい?」

「うん」


「それ、そのまんま桃子ちゃんに返してもいい?」

「なんで?」

「だって、桃子ちゃんも…」

「え?」


「俺が抱くたびに、感じまくってるから」

「ちょ、ちょっと聖君!変なこと言わないでよ」

「え?」

「も、もう~~~~~」

 なんてことを言いだすんだ。顏から火が出たよ。恥ずかしい~~~!


「桃子ちゅわん」

「な、なあに?」

「愛してるよ」

「うん」


「そんなタフな桃子ちゃんも、愛してるからね?」

「……」

 う~~。そんな言い方して、聖君、意地悪だよ。


 ただね、私は、聖君の腕の中にいられるだけで幸せなんだ。聖君をいっぱい感じて、聖君のぬくもりに包まれて。それだけで、本当に幸せなの。

 

 ギュ。聖君を抱きしめた。今夜も聖君の腕の中で朝まで眠れるんだね。


 翌朝、聖君はまた、元気に目を覚ました。

「ふわ~~~。あ、今日はちょっと曇ってるなあ」

 ああ、また全裸でカーテンを開けに行ってしまった。お尻丸見えなんだけどなあ。


「聖君、パンツはこうよ」

「いやん」

「え?!」

「俺のお尻見てた?桃子ちゃん」

「見てない!それよりも、パンツ!」


「うそうそ。俺のお尻に見惚れていたくせに!」

「見てないってば~~」

 もう。そりゃ、ちょっと背中に見惚れることはあっても、さすがにお尻にまでは…。


「凪におっぱいあげるでしょ?」

 聖君はパンツを履きながらそう聞いてきた。

「うん」

「じゃ、俺先に下に下りてるよ」


「今日は並んで歯を磨けないの?」

「ああ、そっか。じゃ、下に行ってまた戻ってくる。とりあえず、店の手伝いしてくるから。桃子ちゃんはゆっくりしてて大丈夫だからね?」

「うん」


 優しいな。今日の聖君も可愛いし優しいしかっこいいし。寝癖もやっぱり可愛かった。

 キュン!ああ、朝から胸キュン!

「凪、幸せだね?」

 そう言いながら、凪を腕に抱きおっぱいをあげようとすると、

 ドタドタドタドタ~~~!!!!!

というけたたましい音が聞こえてきた。


「な、何、今の音…。まさか、聖君、階段から転げ落ちた?」

 し~~~~ん。そのあと、し~~んと静まり返り、そしてすぐに、

「聖!大丈夫か?」

というお父さんの声が聞こえてきた。


 また、足でもくじいちゃったかな。捻挫しちゃったかな。それにしても、すごい音だったよ?2、3段踏み外したなんてもんじゃない。へたすりゃ、上から下まで落っこちたくらいの、すんごい音。


「聖!おい!聖!」

 お父さんの声、なんだか必死…。まさか、聖君、気を失ってる?

「な、凪。おっぱい、ちょっと待ってね。パパのこと見てくるから。ここで寝てて」

 私は凪を布団に寝かせた。凪はちょっとぐずったが、でも聖君が心配で、すぐに私は部屋を出た。


 階段の下には聖君が横たわり、その横でお父さんが聖君をまだ呼んでいる。

「爽太。どうしたの?」

 お母さんもリビングに来た。

「聖が階段から落っこちて、気を失ってる」


 やっぱり!気を失ってるんだ。

「聖、聖!」

 お母さんが聖君を揺さぶろうとしたが、

「動かさないほうがいい。聖、思い切り頭うってた」

とお父さんがお母さんを止めた。


「あ、あの…」

 私はその光景をしばらく眺めた。頭が真っ白で、足ががくがくしていて、階段を下りることもできないでいた。

「桃子ちゃん。大丈夫だよ。きっと軽い脳震盪だ」

 お父さんは階段の下から私を見上げてそう言うと、また聖君の名前を呼んだ。


「ほんぎゃ~~!」

 凪が部屋で大泣きを始めた。ああ、お腹空いてるから?それとも、パパの異変に気が付いたの?

「な、凪…」

 私はいったん部屋に戻り、凪を抱っこした。それからまた、部屋を出て階段の下を見た。すると、聖君が後頭部を押さえながら、起き上がろうとしていた。


 ああ、だ、大丈夫だ。聖君、気が付いたんだ。

 良かった~~~~。

 へなへなと私はその場に座り込んだ。凪はまだ私の腕の中で、ほんぎゃあ、ほんぎゃあと泣いている。


「いって~~~~」

 聖君は頭を押さえ、痛がりながら立ち上がった。

「大丈夫か?聖。脳震盪でも起こしたのか?」

「え?…俺、どうしたの?」


「階段から落ちたのよ。あなた本当に気を付けてよ。朝からぼけてたんじゃない?」

「…ん~~~。頭、くらくらする」

「足は?また捻挫とかしてないでしょうね」

 お母さんがそう聞くと、聖君は、

「捻挫?またって…。してないよ。俺、運動神経いいもん」

とそう返した。


「運動神経いいやつが、階段の上から下まで落っこちるかね」

「え?俺、そんなに派手に落っこちた?」

「ああ、頭ごんごん打って、落っこちてきた。すげえ音立てながら」

「ほんぎゃ~~!」


「ああ、凪ちゃんも泣いちゃってる。大丈夫だよ。凪ちゃん、桃子ちゃん」

 お父さんがそう言って、階段の下から私を見た。

「は、はい」

 私はどうにか立ち上がり、泣いている凪を連れ、階段を下りた。


 良かった。気を失ってるなんて、聖君がどうにかなっちゃうんじゃないかって思った。


「…」

 聖君はまだ頭を押さえながら、私と凪を見てから、すぐに私の後ろ側の壁にかかっている掛け時計を見たようだ。

「…7時だ」


「そうよ。早く着替えて支度しなさい。遅刻するわよ」

「…あ~~~。頭いて~~。それになんだか、くらくらする」

「え~~?大丈夫なの?病院行く?念のため」

「病院?冗談じゃない。俺が病院嫌いなの、母さん知ってるだろ?」


「知ってるけど…」

「冷やしておけば、どうにかなるよ。たんこぶできてるだけだし」

「たんこぶ?どれどれ」

 お父さんが聖君の後頭部を触った。


「いて!父さん、触るなよ。まだ痛いんだから」

「すごい!本当にこぶになってる」

「ったく。面白がってんなよな!」

 聖君、まじで切れてる?そんなに痛いの?


「だ、大丈夫?病院ついて行くよ?」

 そう聞くと、聖君は私をすごく冷たい視線で見た。それから、ふいっと視線を他に向け、またこっちを向いて泣いている凪の顔を見た。


「その泣き声、頭に響くんだけど」

「あ、ごめん。そうだよね。凪、お腹空いてて泣いてるのかもしれない。上でおっぱいあげないと…」

 そう言うと、聖君はもっと怪訝そうな顔で私を見た。

 頭、痛いから、そんな怖い顔しているのかな?


「母さん、Yシャツ」

「え?Yシャツなんて着ていくの?」

「そりゃ、着ていくよ。それ以外に何を着るの?あ、半袖の奴だよ?もう夏服だし」

「夏服?」


「6月だろ?もう夏服だよ。長袖じゃ暑いし」

「…夏服と冬服ってのがあるのか?聖」

 お父さんがきょとんとして聞いた。

「は?」

 聖君は、眉をひそめてお父さんに聞き返した。


「大学に夏服も冬服もないだろ?」

「大学~~?何言ってんの?高校の制服の話をしてるんだよ?もうぼけたのかよ」

「高校?」

 お父さんとお母さんの目が、点になった。


「杏樹は?もう部活に行った?」

「え?ああ、行ったよ」

「ワン!」

 クロが、凪が泣いているからか、私の足元でさっきから歩き回ったり、ワンワン吠えたりしている。


「……」

 聖君は、今度は不思議そうな顔をしてクロを見た。

「どこの犬?」

「え?」


 私もお父さんもお母さんも、みんなして聞き返した。

「まあいいや。どうせ、どっかの犬を預かったんだろ?それより、Yシャツ出して、母さん。俺、朝ごはん食って来るから」

「聖、お前、高校行くの?」


「そうだよ」

「お前って今、高校何年だっけ?」

「はあ?父さん、まじでぼけた?2年だよ。この4月で2年になったろ?」


「……?!」

 高校2年?!

「ほんぎゃ~~~!」

 凪が思い切り火がついたように泣き出した。


「いて…」

 聖君はその声で、また頭を押さえた。

「さっきから、すごい頭痛がする。それにたまに、めまいも…」

「聖、あなた、病院行った方がいいわ。爽太、連れて行って」

「あ、ああ。そうだな」


「大丈夫だって。それに今日、学校行かないと…。確か、先生と進学の面談があったはず」

「今日、高校は行かなくていいから」

 お母さんはそう言うと、慌ててチェストの引き出しを開けて、

「聖の保険証…。どこにやったかしら。病院行かないから、どこに閉まったかも忘れたわ」

と探し出した。


「ひ、聖君…」

 私は、ドキドキしながら聖君を呼んだ。凪はまだ、腕の中で泣いていた。

「…ねえ、父さん。この子誰?」

「え?」


「この子と、泣いてる赤ちゃん。なんでうちに朝からいるの?ずっと気になってたんだけど…」

「………」

 保険証を探しているお母さんの動きが止まった。お父さんも口を開けたまま止まった。

 そして私も…。


 泣いているのは凪だけで、なぜかクロまでが凍り付いていた。


 聖君。

 記憶、なくしちゃったの?


 まさか…でしょう???



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