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第64話 甘えてね

 れいんどろっぷすに着き、お店のドアを開けた。すると、聖君のお母さんもお父さんも、すぐに飛んできた。

「桃子ちゃん、凪ちゃん、いらっしゃい」

「今日からお世話になります。よろしくお願いします」

 凪を抱っこしたまま、私はぺこりとお辞儀をした。


「何言ってるんだ、桃子ちゃん。水くさいなあ」

 お父さんが笑いながらそう言うと、凪の顔を覗き込んだ。

「爽太パパだよ。覚えてるかい」

「うきゃ」

 凪は、車で熟睡できたからか、超ご機嫌だ。


「ワン」

 クロもリビングから来ていた。凪に挨拶をしてくれたのだろう。凪もクロを見て、嬉しそうに手を伸ばした。

「リビングに行こうか」

「はい」

 みんなでお店から移動した。


「あれ?今日、バイトの人は?」

「これから来るの。10時半に来てって言ってるんだけど、いつも11時近いのよね」

「絵梨さんですか?」

「そう。あ、そっか。桃子ちゃん、会ったことあるわね」


 そんな話をしてお母さんは、すぐにまたお店に戻って行った。ちょうどその時、車を駐車場に入れ、聖君が荷物を持ってやってきた。

「父さん。俺が大学行く時、車乗って行っていいの?」

 リビングに来ると、聖君は荷物もおろさず、立ったままお父さんに聞いた。

「ああ、いいよ、俺も平日はそんなに出ることもないから」


「桃子ちゃんのお父さんが、しばらく車を使っていいよって言ってくれたんだけど」

「それは悪いだろ。俺のことなら、ほんと、大丈夫だからさ」

 お父さんはそう言うと、座布団に寝ている凪のことをあやしだした。

「うきゃきゃきゃ」

「凪ちゃん、笑顔可愛いね~~」

 ああ、目じりが思い切り下がっているよ。


「じゃあ、車、返しに行かないとなあ。今日店終わったら、行ってきちゃおうかな」

「そうだな。早い方がいいしな」

 お父さんはちらっと聖君を見て、そう答えた。

「桃子ちゃん、荷物2階に持って行っちゃうね」

「手伝う」


 私は荷物を持って2階に上がった聖君を、追いかけた。

「このゆりかご、まだ凪、寝れるよね?」

 階段を上り終えたところで、私は聖君の腕をつかんで聞いた。


「うん。そろそろぎりぎりかな。凪、最近急にでかくなったもんね」

「凪のお気に入りだったのにな」

「夏場、ここで寝るの気持ちよさそうだったしね。もうちょっと使えたらよかったね」

 そんなことを言いながら、私たちは和室に入って行った。


「桃子ちゃんの持ち物、あまり持ってこなかったね」

「うん。冬物はまた取りに行けばいいかなと思って」

「そうだなあ。凪と桃子ちゃんの洋服ダンスがあったらいいよね」

 ドキ。

「そうだよね。もう、私もこの家の住人になるんだもんね」


 なんだか、不思議。いまだに、そんな気になれない。ちょっとお邪魔しに来てるだけのような気になってた。でも、違うんだ。

「寂しい?自分の家を離れたの」

「…う、うん。ちょっとだけ」

 聖君は優しく私を抱きしめてくれた。


「でも、聖君も凪もいるし、お母さんやお父さん、杏樹ちゃん、それにクロのことも大好きだから、ここに住めるのも嬉しいんだ」

「…うん」

「れいんどろっぷすも大好きだし」


「……うん」

「聖君?どうしたの?」

 なんだか、元気ないけど?

「ごめん。俺の方が実は、寂しがってるかも」

「何に?」


「桃子ちゃんの家を離れるのも、お母さんやお父さん、ひまわりちゃんや、しっぽや茶太郎…。俺も大好きだったからなあ」

 聖君、寂しがってたんだ。全然わからなかった。

「家を出る時は、そうでもなかったんだけど、なんだか、今頃になって、寂しくなっちゃった」

 可愛い、聖君。それを椎野家のみんなが聞いたら、喜んじゃうよ。


「ちょくちょく、行こうね、桃子ちゃん」

「うん」

 ああそういえば、遊びに行こうねって、何回も言ってたけど、それ、私のためだけじゃなく、自分も椎野家のみんなに会いたいからだったんだね。


「ギュ」

 そう言って、聖君を抱きしめた。

「桃子ちゃん」

 聖君も抱きしめてきた。


「ぎゅ~~~。このまま、押し倒したい」

「…駄目」

「やっぱり?」

 聖君はでへっと舌をだし、

「お店手伝って来る。桃子ちゃん、悪いけど、荷物片づけてもらっていい?」

と聞いてきた。


「うん。片付いたら、私もお店に行くね」

「うん」

 聖君はにっこりと笑い、下に下りて行った。


 聖君の洋服をまず、聖君の部屋のタンスにいれた。それから、凪の服は、和室にある大きな籐でできている籠に入れた。問題は、私の服だ。

「どうしようかな」

 入れる場所がない。いつもは、カバンの中に入れておくか、部屋の隅に畳んでおいてるんだけど。

「あとで、お母さんに相談してみようかな」


 和室を見回してみた。タンスがあるけど、中には誰かの服だったり、コート類が入っている。

 それから、本棚とチェストが置いてある。これまた、誰のだかわからない、本が並んでいたり、チェストの中は開けたことがないので、何が入っているかわからない。

「…ここでずっと暮らすんだよね」


 ぼけっとそんなことを考えた。それから、私も一階に下りた。

 凪はお父さんが抱っこしていた。その横でクロが嬉しそうに尻尾を振っている。

「凪のこと、ちょっと見ててもらってもいいですか?お店、手伝ってきます」


「ああ、大丈夫だよ。バイトの子が今さっき来たようだから」

「絵梨さん?」

「うん、そう」

「…聖君の、幼馴染の」


「会ったことあったよね?」

「はい」

「変わった子なんだけど、まあ悪い子じゃないよ。仕事はしっかりとしてくれてるしね」

「変わった子って、どんなふうにですか?」


 聖君から聞いていたけど、お父さんからも聞きたくなり、わざと知らないふりをしてそう聞いた。

「妄想癖が桃子ちゃんよりすごくて…。たまに聖を見てうっとりしてる」

 え~~!!!

「う、う、うっとりって?」


「まあ、お客さんもそういう子は多いから、そんな感じだよ。ちゃんと聖や、くるみが注意してるから、仕事にまた専念してくれるんだけどね」

「…専念ってことは、注意される前は、仕事もしないで見惚れてるんですか?」

「……見惚れてるんじゃなくって、あれは、妄想してるね。何かを」


 何かって、何を?!

 

「漫画家か、小説家にでもなったらいいのにって、そう思うよ」

「へ?」

「なんだか、ものすごい妄想みたいだからさ。物語になってるらしいよ?彼女の中で」

「な、なんの?」


「だから、聖と結ばれるストーリー?」

「……」

 うそ。

「桃子ちゃん、そんな真っ青にならなくても、ただの妄想だからさ」

「……」


「多分、どうにかなりたいとは思ってないと思うよ?」

「ど、どうにかって?」

「だから、聖と現実で結ばれたいとか」

「え?!」

「だから、桃子ちゃん。安心して?どうやらあの子は、恋に恋する少女から、まだまだ抜け出してないみたいだから」


「っていうと…?」

「聖は、困ってるみたいだけど、聖にも言っておいて?あの子だったら、そんなに心配したり、困惑しないでほっといていいよって」

「はい」

 そう言ってくれたのは、私を安心させるためなのかな。


 12時を過ぎて、なんとなくお店が慌ただしい感じがして、ちょっと覗いてみた。

 満席になり、聖君はにこやかに料理をテーブルに運んでいた。絵梨さんはというと、そんな聖君をちらちら見ながら、お料理のセットをしたりしている。


 なるほど。相当聖君を意識しているみたいだなあ。

「桃子ちゃん」

 聖君が私に気が付き、

「ごめん。手伝って」

と甘える目で言ってきた。


「うん」

 私はすぐにエプロンをつけて、キッチンに行った。

「ごめんね、来た日からそうそう手伝ってもらっちゃって。凪ちゃんは大丈夫?」

 キッチンの奥で忙しそうにしているお母さんが、聞いてきた。

「はい。クロとお父さんが見ててくれてます」


「そう。爽太、今日を待ち望んでいたから、仕事も昨日のうちにほとんど済ませちゃったのよね。次の仕事に取り掛かるまで、凪ちゃんとゆっくり遊べるって言ってたわ。あ、サラダの盛り付けしてくれる?桃子ちゃん」

 私はお皿にどんどん、サラダを盛り付けて、ドレッシングをかけた。


「絵梨ちゃん、サラダ、ランチのセットのお客様にお出しして」

 そうお母さんが言っても、絵梨さんはこっちを見ようとしない。

「絵梨ちゃん!サラダ!」

 お母さんがもう一回呼ぶと、

「はいっ」

とようやく気が付き、こっちに来た。


「…聖君の奥さんだよね?」

 私にサラダのお皿を取りながら、絵梨さんは聞いてきた。

「はい。こんにちは」

「今日はお手伝いにきたの?」


「今日から桃子ちゃん、この家に住むことになったのよ。絵梨ちゃんもよろしくね」

「…え?」

 絵梨さんが、お母さんの言葉にものすごく驚いている。

「よ、よろしくお願いします。あの、お店に顔を出すこともあると思うので」

 私がそう言うと、絵梨さんは思い切り引きつりながら、小さくうなづいた。


「絵梨ちゃん。サラダは?」

 聖君がホールからキッチンのほうに顔をだし、そう聞いてきた。

「あ、うん。今持って行く」

 絵梨さんはそう答えると、トレイにサラダを並べ、ホールのほうに行った。


「桃子ちゃん。絵梨ちゃんって、ちょっと変わってるけど、よろしくね」

「え?はい」

 みんなして変わってるって言ってるけど、そんなに?

「絵梨ちゃんのお母さんは、そんなに変わっていないんだけど、彼女は昔から、妄想癖があるみたいで」

「はあ」


「引っ越し先がね、周りに絵梨ちゃんくらいの年の子がいなかったらしくって、一人で遊ぶことが多かったみたいなの」

「…はい」

「それで、いろいろと妄想して遊んでいたみたいね」


「妄想で?」

「ごっこ遊びが大好きだったみたい。ぬいぐるみ並べて、一人でおままごととか、そういう遊び方をしていたみたいで」

「それ、私もけっこうおばあちゃんの家でやってました」


「桃子ちゃんも?」

「はい。おばあちゃんは、折り紙やあやとりで遊んでくれたけど、おばあちゃんがお料理している時は、一人でおままごと遊びやってたんです」


「じゃあ、桃子ちゃんも妄想癖…」

「あ、あります」

「…漫画や恋愛ドラマや小説好きだった?そういうのの主人公に、空想の中でなってみたりしてた?」

「はい。けっこうしてました」


「じゃ、絵梨ちゃんに似てるのかしら。あ、アイドルの追っかけは?」

「いえ、それはあんまり、したことないです」

「そういえば、聖の前にも好きだった人、いたの?」

「中学の時、駅で見かけるだけの人はいましたけど、ただそれだけで…」


「片思い?」

「はい。あ、聖君も絶対に片思いで終わると思っていたし」

「その、片思い中って、聖とのデートを妄想したり、あれこれ空想していたりしたことはあった?」

「え?」

 なんで、そんなことを聞いてくるのかな。


「な、ないです」

「そうなの?一回も?」

 お母さんは、すっかり話に夢中になっていた。

「あ、洗い物たまってるから、やります」

「あら、ありがとう、桃子ちゃん。じゃ、私はこっちをしなくちゃね」

 お母さんはお料理のほうに取り掛かった。そしてしばらくは、黙って2人とも仕事をしていた。


 一通りお料理を出して、デザートまで出すと、ちょっとキッチンは手が空いた。

「この間に、桃子ちゃん、ご飯食べる?」

「私はあとでもいいですけど」

「じゃ、爽太の分を作っちゃおうかな」


 お母さんがお父さんのランチを作っていると、

「それ、父さんの?俺、リビングに持って行くよ」

と、聖君がトレイを持ってキッチンに来た。

「聖はあとで、桃子ちゃんと食べたら?桃子ちゃん、あとでいいって言うから」

「うん、そうする」

 聖君はなぜか、私のすぐ横に来て、私の顔をじいっと見つめると、

「一緒に食べようね?桃子ちゃん」

とわざわざ、そんなことを言ってきた。


「?」

「ね?」

「うん」

 にこ!


 聖君は私の顔の真ん前で微笑むと、お父さんのランチを持って、リビングのほうに行った。

「聖、桃子ちゃんがいてくれて、嬉しいんじゃない?」

「え?そうなんですか?」

「うん。いつもなら、キッチンに来ても、黙り込んでるだけだもの」

「え?」


「絵梨ちゃんにね、まだ慣れないみたいね」

 お母さんはものすごく声を潜め、そう私に言った。

「そ、そうなんですか」

 だから、黙り込んでいるのか。そういえば、朱実さんとはよく話していたっけ。げらげら笑ってる時もあったなあ。


 やっぱり、絵梨さんは苦手な存在なのかなあ。

「で、桃子ちゃん。一回も妄想はしたことがないの?」

「は?」

 また、お母さんは聞いてきた。


「あ、聖君とのデートですか?ないです。だって、デートできるとも思えなかったし。妄想だとしても、聖君とデートなんて、恐れ多いって思っていたから」

「まあ、そうなの?くす。面白いわね、桃子ちゃんも」

 も?もっていうことは、他にも誰か…。あ、絵梨さん?


「絵梨さんは、もしかして、聖君とのデートとか妄想してたんですか?」

「妄想してたみたいよ。そりゃもう、いっぱい。ここに勤めるまでも、聖との妄想は膨らみ、来るようになってからも、もっと膨らんでいるみたい」

 うそ。


「いろいろと教えてくれたけど、ちょっとびっくりよ。でも、あれね。爽太とも言ってたんだけど、恋に恋してる女の子って感じだわね」

「…私も、妄想しますけど」

「え?しないってさっき言ってた」


「あ、片思い中はです。そのあとは、聖君と一緒に暮らしたら…とか、結婚する直前は、一緒の部屋で暮らしたら…とか、そんな妄想はしょっちゅう」

「あら。そうだったの」

 お母さんは顔をほころばせながら、私の話を聞いている。


「はい。今は、聖君の紋付袴とか、タキシード姿とか」

「そうか。桃子ちゃんの妄想は、物語になっていなくって、現実に起こることをあれこれ、イメージしてるのね」

「はい」

「その辺が違うわ。絵梨ちゃんは現実離れしてるからねえ」


 そうなんだ。でも、いったいどんな?

「あ、そうそう。思い出した。ウエディングプランナーさんと会って、話したんでしょ?その後、連絡はあったの?」

「いえ、まだです。でも、今度の水曜までに、神社とレストランを見つけて知らせてくれるって言ってました」

「そう。10月だっけ?」


「見つからないのかな。やっぱり、一番混む頃ですよね」

「そうね。11月の神社のほうが空いてるかもね」

「そうなんですか?寒いから?」

「ううん。神社の神様、みんな、出雲大社に行っちゃうんでしょ?だから、この辺の神社には神様がいないかもしれないから、空いてるかもなって思って」


「え?そ、それじゃ、神様がいないのに、結婚式を挙げちゃうってことですよね」

「そうなるわね」

「そ、それもなんだか、嫌です。いくらすいていても」

「そうよねえ」


 聖君のお母さんは、クスクスって笑って、

「さ。お客さんも、だいぶ帰って行ったし、聖と桃子ちゃん、カウンターで食べちゃってね」

と、私たちのランチを作り出した。


 聖君は、空いたテーブルの上の食器を見事にトレイに積み重ね、キッチンに運んできた。そのあとを絵梨さんが、台拭きで綺麗に拭きに行っていた。

「聖、桃子ちゃんとお昼にしちゃって」

「うん、わかった」


 聖君はうなづき、食器をシンクに入れると、お母さんと私が用意したランチのセットを持って、カウンターに行った。

「それじゃ、先にいただきます」

「あ、桃子ちゃん、何飲む?今、用意するけど」

「じゃあ、オレンジジュース」


 お母さんが入れてくれたジュースと、アイスコーヒーを持って、私はカウンター席に行った。聖君はすでにエプロンを外し、カウンターの席に座っていた。

 そんな聖君をじいっと、絵梨さんは見ていて、そのあと私を見たのか、バチッと目が合ってしまった。でも、瞬時に目をそらされた。


「いただきます」

 聖君は嬉しそうにそう言うと、バクバクと美味しそうに食べだした。

「いただきます」

 私も食べだした。


「凪、父さんが見てるの?」

「うん。昨日で仕事を片づけたんだって、お母さんが言ってた」

「ああ、そういえば、部屋にずっと閉じこもってたっけ。あれ、仕事を終わらせてたのか」

「凪と今日、まるまる1日遊びたかったからだよね?」


「ってことは、風呂にも入れる気でいるかな」

「あ、そうかも」

「じゃ、俺と桃子ちゃんで、入ることになるね」

「……今日、一緒にお風呂?」

 

「嬉しい?」

「え?顏に私出てた?」

「ブッ!まじで、嬉しかったんだ」

「え?」


「俺も、超嬉しい」

「………。凪と入るよりも?」

「うわ。だから、それは究極の選択なんだって…」

 聖君はそう言って、わざと眉をしかめて見せた。


 ん?なんだか、ものすごい視線を感じる。

 後ろをちょこっと振り返ってみると、絵梨さんが私たちをじいっと見ていた。

「…」

 わ。思い切り、見られてた?


「気が付いた?桃子ちゃんも」

「え?何が?」

 聖君は顔を動かさず、前を向いたまま、小声で聞いてきた。

「絵梨ちゃんの視線」


「う、うん。見られてる気がして振り向いたら、思い切りこっち見てた」

「あれ、俺が一人でもそうなんだ」

「聖君を思い切り見てるの?」

「うん。日に日に、その視線のビームが強さを増している気がして」

 なんだ、そのビームって。


「まあ、店にいたら、お客さんも俺のこと見てることあるからさ、そういうのには慣れたと思っていたんだけど。でも、絵梨ちゃんの場合、俺が振り返ってみると、視線を外すどころか、逆にうっとりと見つめられちゃうから、ちょっと怖いって言うか」


「み、見つめる?」

 何それ。

「見つめ合うってこと?」

「違う。俺が焦って、視線を外す」

「…」


「桃子ちゃん」

「え?」

「俺のこと、独り占めしてて」

「は?」


「誰も俺に近づけないオーラで、俺のこと見ててくれない?」

「…へ?」

「絵梨ちゃんビームが俺に届かないくらい、俺のこと見ててくれると嬉しいな」

 なんだ、そりゃ。


「そんなに弱ってる?」

「うん。わかる?」

「……私が熱い視線を送っていたらいいの?」

「うん。もう、あっつあっつの…」

「……うん、わかった」


 聖君はほっと溜息をついた。

「私が聖君を見ているのは、気にならないの?」

「…もちろん。桃子ちゃんのアツアツビームには、俺、逆に元気もらえるから」

「…そ、そうなんだ」


 前は言い寄ってくる女性に対して、思い切りクールに装って近づけないくらいだったのになあ。あ、そっか。お店で働いている人には、そういうことができなかったのか。

 っていっても、いまだにあんまり仲良く話すことも、できていないみたいだけど。

 あ、そうだ。紗枝さんの時も、時間がかかっていたっけ。


「聖君」

「ん?」

「仕事中は駄目だけど、休憩の時とか、いっぱい甘えて来ていいからね?」

「…桃子ちゅわん」

 あれ?もう甘えモード?


「なんだか、俺、すんごく嬉しいかも」

 あ、もう元気になってる。顔つきが一気に変わったよ?

「桃子ちゃん、サンキュ」

 聖君はそう言ってにっこりと笑い、食べた食器をキッチンに持って行った。


 私にはそんなことくらいしかできないし、それに、そのくらいならいつだって、してあげちゃう。

 とか言って、私だけじゃなく、きっと、凪の笑顔も聖君を癒すものすごい原動力になるんだろうけどね?

 うん。私と凪のダブルパワーで、聖君を元気にする。


 それが家族だよね?

 妻と娘の強力&協力パワーを発揮する時だよね?

 なんて、わけのわかんないことを考えていたけど、その想いはきっと、凪にもしっかりと届いていたと思う。

 



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