第62話 ウルトラスーパーデラックス
父は残業を早々と切り上げ、家に帰ってきたようだ。にこにこ顔で凪を抱っこしてあやしている。
ちょうど、ひまわりもバイトから帰ってきて、父はひまわりと一緒に夕飯を食べだした。
私たちはすでに夕飯を終えていたが、聖君と私も一緒にダイニングテーブルにつき、今日のウエディングプランナーさんとの話と、それから凪と3人で榎本家に行くことを告げた。
父は、一瞬黙り込んだが、すぐににこりと微笑んだ。ああ、母と同じリアクションだ。
「そうか~。そうだな。もう凪ちゃんが生まれて、3か月たったんだし、そろそろ聖君の家に行かないとな」
にこやかにそう言って、父はキッチンに行き、ビールを持ってきた。
母はリビングで凪を抱っこして、あやしていた。でも、父がビールを飲みだすと、凪を抱っこしたままダイニングにやってきて、
「お父さん、飲み過ぎちゃだめよ」
と注意していた。
「…寂しくなるね」
ビールを一缶飲んだところで、父は突然ぽつりとそう言った。それまで明るく聖君と話をしていたというのに。
「まだ、私がいるじゃない。私は多分、そんなに早くお嫁に行かないから、大丈夫だよ、お父さん」
なんとひまわりが、お父さんを慰めている。ちょっと驚きだ。
「あ、すみません。こんな時になんなんですが、テレビつけてもいいですか?」
「いいよ」
お父さんは、まだしんみりした顔のままそう答えた。でも、ひまわりの言葉が嬉しかったのか、声は明るさを取り戻していた。
「籐也って、俺の友達が今日、歌番組のスペシャルに出るって言ってて…」
籐也君が?
さっそく聖君はテレビをつけた。
「籐也って、ウィステリアの?」
ひまわりが聞いた。
「うん。ひまわりちゃんもファン?あ。前に俺の店で会ったことあったっけ?」
「え?そういえばそうだっけ?私の学校の友達が追っかけしてるけど、私は別に興味ないし、あんまり覚えてないなあ」
「あ、そう。追っかけがいるんだ。へ~~」
ひまわりと聖君は、リビングに移動してテレビにかじりつきだした。
お父さんは、ビールをまた冷蔵庫から持って来ていた。母は凪を抱っこして、リビングのソファーに座り、私も聖君の隣に座った。
「あ、この次だ」
聖君はワクワクしながらテレビを観ていた。
「ウィステリアって、イケメンが多いんだってね。でも、みんなの素の部分は知られてないらしくって、本名すらわかってないって友達が言ってたけど」
「ふうん。でも、籐也は籐也だからなあ」
聖君の返答、すんごい適当だ。きっとひまわりの話、半分も聞いてないよね。
「あ、出てきたよ、桃子ちゃん」
「本当だ」
私も身を乗り出してテレビを観た。
「どの子が聖君の友達なの?」
母も目を輝かせ、テレビを観ている。
「真ん中の、いちばん派手な衣装のやつです」
「へ~~。かっこいいじゃない」
「花ちゃんもこれ、今、見てるよね」
「いや…。見に行ってるはずだよ?ここ、アリーナでしょ?チケット花ちゃんに渡したって言ってたから」
「え~~?そうなの?花ちゃん、一人で見に行ってるの?」
「ううん。多分、学校の友達と行ってるんじゃないのかなあ」
あ、そうか。花ちゃんだって今、専門学校に行っていて、そこで新しい友達ができているんだもんな。
「花ちゃんって、籐也君のファンなの?」
「お母さん。花ちゃんは籐也君の彼女なの」
「あら、まあ!こんな有名人と付き合ってるの?」
「有名になる前からの付き合いなの」
「大変ね」
母はテレビを観ながらそうつぶやき、
「いいな~~」
とひまわりはなぜか、羨ましがった。
「そう?大変じゃない。ファンの子も多いし、気が気じゃないでしょ?浮気なんてされられちゃったら」
母がひまわりにそう言うと、聖君がにっこりとして、
「籐也、浮気できないです。花ちゃんにいまだにぞっこんだから」
とそう言った。
「え?そうなの~~~?何それ。羨ましい」
ひまわりがまた、羨ましがった。
「ぞっこんって、聖君が桃子にぞっこんなのと同じくらい?」
母がそう聖君に聞くと、聖君は顔を赤くして、
「えっと。ま、まあ、そうかな?」
と頭をぼりっと掻きながらそう答えた。
「あらまあ。そうなの」
「花ちゃん、幸せ者だなあ」
私は思わずそう、ぽつりと言った。
「お姉ちゃんだって、幸せ者でしょ?こんなかっこいい旦那さんに愛されちゃってるんだから」
う…。ひまわり、今のは思い切り照れる~~~。
と顔を熱くしながら、聖君のほうを見ると、聖君も真っ赤になっていた。あ、珍しい~~。
「歌始まった」
籐也君が歌いだした。わあ。あいかわらず綺麗な声だなあ。中学の時はモデルをしていたらしいけど、この美声なら絶対に、歌手のほうが向いてるよね。
それにしても、この「わ~~きゃ~~」と騒いでいる客席の中に、花ちゃんはいるんだなあ。
「自分の彼氏が、こんなステージで歌って騒がられているのって、どんな気持ちなんだろう」
ひまわりがぽつりとそう言った。
「きっと、目をハートにして見てるんじゃないの?」
聖君がそう答えた。
「うん。きっとそうだね」
私もそう言うと、
「なんでわかるの?」
とひまわりが聞いてきた。
「だって、私もそうだったもん」
「え?」
ひまわりと母が同時に聞いてきた。
「聖君が文化祭でステージに立って歌っていた時、私ただただ、うっとりして見てたもん」
「………」
ひまわりと母は無言になり、またテレビを観だした。
「それはお姉ちゃんだからじゃない」
ひまわりがまた、ぽつりとそう言った。
「でも、花ちゃん、桃子ちゃんに似てるからなあ。きっと同じリアクション取ってるんじゃないかな」
聖君がそう言うと、花ちゃんのことを知っている母は、納得していた。
「一気に有名人になっちゃったな。ライブも夏には、大きな会場借りてやるって言ってたし。こりゃ、早目にスケジュール開けといてもらわないと、結婚式の2次会、来てくれなくなるな」
「え?」
また、ひまわりは聖君のほうを見た。
「2次会に来るの?」
「ああ、呼ぶつもりだよ?」
「え~~~!!!すごい~~~!!!嬉しい~~~!!!」
「ひまわりはどうでもいいんじゃなかったの?」
「そ、そうだけど。でも、やっぱり、すごい~~~」
ひまわりはすっかり興奮してしまった。その声で凪が、泣き出してしまった。
「ひまわり、あんたがうるさいから!凪ちゃん、大丈夫よ~~」
母は慌てて立ち上がり、ゆらゆら揺れながら凪を落ち着かせようとした。でも、凪はますます声を上げ、ほんぎゃあ、ほんぎゃあと本格的に泣き出してしまった。
「凪、もう眠いんじゃないの?俺、抱っこして寝かしちゃいます」
「そう?あ、もう9時過ぎたものね」
籐也君の歌も終わり、泣いている凪を聖君は抱っこして、2階に上がっていった。
私はキッチンの片づけを手伝い、お風呂に入りに行った。聖君が夕方凪をお風呂に入れたので、今日は私は一人でお風呂に入ることになってしまった。
やっぱり、寂しい。どうにか3人で入れないものかなあ。それは無理かなあ。
バスタブに浸かりながらそんなことを思っていた。
お風呂からあがり、2階に行くと、すでに凪はベビーベッドですやすやと寝ていた。
「桃子ちゃん、髪、乾かしてあげるよ」
「うん」
聖君がベッドに座ってドライヤーで、私の髪を乾かし始めた。
「…やっぱり、花ちゃんは大変なんだろうな」
「え?」
「籐也君、きっと忙しいだろうし。私は毎日聖君と一緒だけど、花ちゃんはなかなか籐也君に会えていないのかもしれない」
「かもね…」
「寂しいよね。そんなの」
「……じゃ、結婚しちゃえばいいんじゃない?」
「聖君ってば。そんなこと簡単にできないよ」
「え?でもさ、俺ら、結婚しちゃったよ?」
「きっと私たちは特別なんだよ」
「…ふうん」
ふうんって、納得してないな。聖君。
「も~~もこちゅわん」
あれ?いきなり抱きついてきた。
聖君はドライヤーを止めて、両手で私を抱きしめた。
「俺と毎日一緒で、幸せ?」
「…もちろん」
「本当に~~~?」
わざとそんな質問をしているな…。
私はくるっと後ろを向いて、聖君に抱きついてから、
「めちゃくちゃ、幸せ」
と、そう言った。
「桃子ちゅわんってば、甘えん坊なんだから!ぎゅ~~~~」
聖君も、ぎゅ~~と言いながら私を、思い切り抱きしめた。
ああ、もう。聖君、可愛すぎ。あ、そうだ。私も聞いてみちゃおうかな。
「聖君は、私と毎日一緒にいて、幸せ?」
「……」
あれ?なんで黙ってるの?ずるい。
「聖君…」
「ぎゅ~~~~~~」
また、抱きしめてきた。
「そんなの、当たり前じゃん」
「…」
「ウルトラスーパー幸せだよ」
「…」
なんなんだ。そのウルトラスーパーって。
「愛してるよ、桃子ちゃん」
聖君はそう言って、私を抱きしめている手を緩め、私に熱いキスをしてきた。
「さあ、夜は長い。凪も寝ちゃったし、今日も思い切り、愛し合っちゃおうか?桃子ちゃん」
「…聖君って」
「うん?」
「タフだよね…」
「………」
聖君はしばらく私の顔を黙って見つめ、
「もう~~。桃子ちゃんってば、なんてこと言うの」
と言って抱きしめてきた。
え?私、変なこと言っちゃったかな。
聖君は私をベッドにそのまま、押し倒した。
「聖君、電気…」
「う~~ん、いいよ」
「え?」
「消すの面倒くさい」
も、もう~~~。聖君、いきなり面倒くさがりにならないでよ。
「今日はこのまま、明るいままで」
「え?」
「いいよね?」
う…。
聖君の可愛い無邪気な顔に、嫌って言えなくなっちゃった。
チュ。聖君がおでこにキスをしてきた。それから、鼻にも頬にもあごにも。瞼にもそして、耳たぶにも。
「…!」
「桃子ちゃんは、耳、弱いね」
聖君がそう耳元でささやいた。
う~~~!もう!弱いって知っていながら、何度もキスしてこないで。
でも、私もいろいろと聖君の弱いところを知ってる。聖君も実は、耳が弱い。
それに、何よりも一番弱いのは…。
「うわ!桃子ちゃん!なんで、そんなとこ舐めてるんだよ!」
そんなところって、脇腹だけど…。ここにキスをすると、体をよじって、くすぐったがるんだよね。見てるとけっこう、面白い。
「だから~~!やめ!やめてって!」
聖君はそう言うと、上半身を起こし、
「もう!桃子ちゃん、最近俺のこといじめるようになってない?」
と聞いてきた。
「いじめてないけど…」
「……め!」
め!って。私は赤ちゃんか…。
聖君はいきなり私の両手を掴み、
「反撃」
と言って、またベッドに押し倒された。
そして熱い熱いキスをしてきた。
駄目だ。とろけた。ふにゃ~~~~。
このキスをしてくると、もう私はふにゃふにゃになって、動けなくなってしまう。聖君を抱きしめている腕にも力が入らなくなる。
そして、どうにも動けなくなった私を、聖君は全身キスぜめしてくる。
「ず、ずるい」
「え?」
「聖君は、キスしてくるくせに。私の脇腹にも」
「……」
聖君は何も答えず、まだキスをしている。
「ず、ずるいよ~」
「ずるくないもん」
「もう~~~。聖君」
「そんなこと言って、桃子ちゃん」
「え?」
聖君はキスするのをやめて、私の顔を覗き込み、
「感じちゃってるくせに」
とそうささやいた。
う!
か~~~~~~!!!!
一気に私は赤くなった…らしい。聖君が、
「あ、胸まで真っ赤になっちゃった」
と言っていたから。
「桃子ちゃん、可愛すぎっ!」
そう言って聖君は、その、真っ赤になった胸に顔をうずめた。
ああ。あんていうか、やっぱり、聖君にはかなわないよ。反撃に出ようとしても、無理みたいだ。
でも…。こうやって、また今日も聖君の腕の中で眠るの、超幸せだよね、私。
うん。ウルトラ、スーパー幸せだよ。それにデラックスもついちゃうくらい幸せだわ。
聖君は私のおでこにキスをして、布団をかけると、そっとベッドから降りて電気を消した。
そして、布団にもそもそともぐりこみ、なぜか私の胸に顔をうずめてキスをして、
「おやすみ、桃子ちゃん」
とそう言った。
「くすぐったいよ」
「…そう?」
そう?じゃないよ。もう~~~。
もそもそ。やっと聖君は、布団から顔を出した。そして腕枕をしてくれた。
「おやすみなさい」
私がそう聖君に言うと、チュッと唇にキスをして、
「おやすみ」
とまた優しく言ってくれた。
ああ、その「おやすみ」、何回聞いたかな。
そして明日の朝はまた、聖君のおはようを誰よりも早く、私が聞くの。
…。凪さえ、先に起きていなかったらだけど。
おやすみなさい。聖君。今日も最高に幸せだったよ。
もうすぐ、聖君の紋付き袴とタキシード姿が見られると思うと、もっと私の胸はワクワクドキドキした。
はう。眠れるかな。今日…。
聖君はものの数秒で、く~~って寝ちゃったけどね。