第61話 ウエディングプラン
翌週水曜日、大学が午後は休講だということで、急きょ私は聖君と結婚式のことを決めるため、ウエディングプランナーさんに会うことにした。
新百合の駅まで、聖君が車で戻って来てくれて、そこから私たちは、ウエディングプランナーのオフィスを訪れた。
「な、なんだか、ドキドキする」
オフイスまでの道中、信号で止まった時に、私は聖君の手を握ってそう言った。
「桃子ちゃんの希望は?」
「結婚式の?とにかく、聖君の紋付き袴とタキシードが見られたら、それでいい」
「ああ、はいはい」
聖君が呆れたって顔でそう言って、静かな顔をして前を向いた。
だって、それがずうっと私の夢見てきたことなんだもん。それが叶うんだよ?ああ、ドキドキする。
紋付き袴と、タキシード姿の聖君をいっぱい写真に撮って、写真集を作りたいくらいだ。あ、だったら、普段の洗いざらしのシャツ姿や、れいんどろっぷすで働いている聖君も、載せたいなあ。
それに、たくましい聖君がわかるように、水着を着ている聖君も。
って、だんだんと、私エッチになっていってる気がする…。
だけど、本当に写真集を作ったとしたら、やっぱり誰にも見せたくないかも。
「なんか、にやけてるけど、何を妄想してんの?」
聖君がちょこっと私の顔を見て、そう聞いてきた。
「…なんでもな~~い」
「俺の紋付き袴姿でも、想像してた?」
「……想像できない」
「なんで?」
「だって、きっと想像をはるかに超えるくらい、かっこいいと思うし」
「ああ、はいはい」
また聖君は呆れた顔をした。でも、耳が赤いから、今、きっと照れてる。
「白のタキシードも似合うだろうな。きっと、きゃ!まぶしいっていうくらいに」
「…」
「どうしよう。結婚式場のスタッフさんがみんなして、目をハートにしていたら。っていうか、今日のウエディングプランナーさんって、女性だよね?どうしよう。聖君に惚れちゃったら」
「ああ、もういいって。そこまで行くと、桃子ちゃん、危ないよ?」
「危ないって?」
「思考が、超危ない」
「そ、そっかな」
「現実味まったく、帯びてないよね?」
そうかな。思い切り、現実味帯びていると思うんだけど。
オフィスの入っているビルに着いて、車を駐車場に停め、私たちはオフィスに入って行った。
「ドキドキ」
「くす」
聖君が横でクスクス笑ってる。なんで?
「桃子ちゃん、ドキドキって口に出して言ってるんだもん。超可愛い」
「…」
「あ!ウエディングプランナーに、男もいるよね?どうしよう。桃子ちゃんに迫ったりしたら」
「ないない、そんなこと絶対にないから」
そっちのほうが、現実味を帯びていないよ。
そんなことを言いながら、エレベーターに乗り、5階で降りた。すると真ん前に、そのウエディングプランナーのオフィスがあった。
うわ。いよいよだ。結婚式の話をするんだ。聖君と結婚式挙げちゃうんだよ?私。
って、もう結婚はしてるんだけどさ。
そして中に入ると、さっそく可愛らしい女の人がやってきた。見た目、20歳そこそこっていう感じの女の人だ。
「電話した榎本ですけど」
「はい、お待ちしていました」
あ。今、聖君見て、顔赤くなった。よね?
「こちらにどうぞ」
私たちは奥に入り、応接間のようなところに通された。そして、そこに今度は、20代後半くらいの女性が現れた。
「こんにちは。初めまして。私が担当させていただく緑川です」
はきはきとした綺麗な人だ。ダークグレイのパンツスーツが、メッチャ似合っている。
「あ、榎本です。よろしくお願いします」
聖君がお辞儀をすると、その人は聖君と私を見て、ちょっと驚いていた。
「えっと…。おいくつですか?まだ、若いですよね?」
「…俺、いえ、僕は19で、彼女は18です」
「まあ!若い。ところで、ご両親は結婚に賛成して…」
言いにくそうにその人は、聞いてきた。
「ああ、はい」
聖君が淡々とそう答えると、
「あ、彼女、今もしかして、お腹に赤ちゃん…」
とまた、言いにくそうに今度は私に聞いてきた。
お腹がまだ出てるのかなあ。妊娠しているように見えるの?
私は一回自分のお腹を見てから、
「いいえ。もう産んでから3か月たってるんですけど」
と答えた。
「え?産んでからっていうと、もう子供…」
「はい」
その人は、しばらく黙ってしまった。
「あ、去年籍だけは入れてるんです。結婚式は子供を産んで、落ち着いたら挙げようってそう言ってたんですよ。それで、そろそろ式を挙げても大丈夫そうなので、今日伺ったんですが」
聖君がそう説明すると、緑川さんはやっと納得したっていう顔をして、にっこりと微笑んだ。
そこに、さっきの若い可愛い女の人が、お茶をお盆に乗せやってきた。
「どうぞ」
テーブルにお茶を置くと、その人は聖君を見て、また顔を赤らめた。
「旦那さん、かっこいいですね。羨ましい」
「真樹ちゃん」
緑川さんが、小声でその人に注意をした。
「あ、すみません。つい…」
その真樹ちゃんっていう人は、舌をペロッと出して、部屋を出て行った。
「ごめんなさい。さて、結婚式ですけど、いつ頃がいいか、どんなスタイルの結婚式がいいか、希望はございますか?」
「あの…。できたら、和装と洋装、両方着れるのがいいんですけど」
私はそう緑川さんに言った。
「…じゃあ、式は神前がいいですね?」
「はい」
「お色直しですね。最近はチャぺルで結婚式を挙げる方が多くて、ドレスだけ着るという女性が増えているんですよ。でも、やっぱり一生に一回のことですし、両方着たいですよね?」
緑川さんは私を見て、にっこりと微笑んだ。私は、心の中で、ううん。両方見たいの…と思いつつ、何も言わずににこりと微笑み返した。
事情を知っている聖君は横で、片眉をあげ、出てきたお茶をすすった。
「こちらが式場のパンフレットになります。神前の式をあげられるのは、こちらのホテルと、それから…」
緑川さんは、いろいろと式場のパンフレットを見せてくれた。
なんだか、どこも豪華で高そう~~。私もっと、質素でいいんだけどな。ほんと、レストランで身内だけで集まって、パーテイするくらいの。
「あの、僕たち、そんなすごい披露宴をするつもりはないので、式を挙げたら、どこかのレストランで身内だけ呼んでパーティするって感じにしたいんですけど」
聖君もそう思ってたんだ。ちゃんと言ってくれた。よかった。
「それでしたら、ガーデンパーティができるここはどうですか?」
「…う~~ん。夏に式を挙げたら、外って暑いですよね?」
「夏?」
「8月とか…」
「今からですか?あと、2か月弱しかないですけど」
「あ、準備大変ですか?」
「そうですね。まあ、いろいろと忙しくなると思いますが。招待状を送ったり、引き出物を決めたりと…」
「ああ、そっかあ」
聖君は私を見た。
「じゃあ、10月頃は?季節もいいよね」
私がそう言うと、
「でも、空いてるのかな。一番混む頃ですよね?」
と聖君は、緑川さんのほうを見てそう言った。
「そうですね~~~。ただ、神社で式をあげて、そこから近場のレストランに移動してという、そんなプランにしたら見つかるかもしれません。いろいろとまだ大丈夫かどうか、調べてみます」
「はい。じゃあ、よろしくお願いします」
「場所はこの近辺がいいですか?」
「そうですね。でなかったら、僕の実家が江の島なんで、その近辺でもいいです」
「江の島?そうですか。はい、わかりました」
私たちは、緑川さんにぺこりとお辞儀をしてオフィスを出た。あの真樹ちゃんっていう人が、聖君を見て、うっとりとしながら、見送ってくれた。
「夏には無理かあ。そうだよなあ。あと2か月くらいしかないんだもんなあ。動くの遅すぎたかな」
車に乗り込むと、聖君はそう言いながら、シートベルトを締めた。
「でも、10月なら、凪も7か月だし、もうしっかりとしてきてるだろうから、ちょうどいい時期かも」
「そうだね。来てくれる人にとっても、いい季節かもしれないね」
「…わあ!」
「わあ?」
「もうすぐ、見れるんだね!」
「俺の紋付き袴?」
「うん!」
「俺、さっきのところでも桃子ちゃん、俺の紋付き袴とタキシードが見たいって言い出すんじゃないかって、はらはらしてたよ」
「言わないよ。そんな、人の前で…。あ、それより、あの真樹っていう人、聖君見て目をハートにさせてたよ。ね?現実味帯びていたでしょ?私の心配」
「…」
聖君は無言で、ああ、はいはいっていう顔をして、車のエンジンをかけた。
「これから結婚式を挙げる人の顔見て、目、ハートにしても仕方ないでしょ?あれはあれだよ。営業の手口だよ。自分の旦那、褒められたら、悪い気しないじゃん」
「そうかな。でも、緑川さんが注意してたよ?」
「…桃子ちゃん」
「え?」
「そんなこと、俺、どうでもいいや。それより、桃子ちゃんのウエディングドレス姿が、楽しみで」
「…へ?」
私の?そっか。聖君もそういうのが楽しみなんだ。ちょっと嬉しい。
「ね、凪にもオシャレさせる?可愛い真っ白のドレス着せない?まるで俺の花嫁さんみたいになるかな」
「え?!」
凪?
凪にドレス?
私が、暗い顔を一瞬したのがわかったのか、聖君はいきなり焦って、
「あ、俺の花嫁は、桃子ちゃんだよ。うん、桃子ちゃんなんだけどさ」
とそう必死になって言った。
でも、心では、私の花嫁姿より、凪のドレス姿が見たいんじゃないの?と、私は疑ってしまった。
「…20年後くらいには、凪の本当の花嫁姿を見ることになるのかもね」
「え?」
聖君は真っ青になって、しばらく車を発進できなくなっていた。
私よりも凪のドレス姿を、楽しみにしたりするから、つい、意地悪言いたくなっちゃった。
「そ、そ、そうか。凪はいつか、俺以外の男のものになっちゃうのか…」
がっくり。という感じで、聖君はうなだれた。
「聖君、気を取り直して、運転しっかりしてね?」
そう言うと、聖君は私を見て、チュッてキスをすると、
「でも、桃子ちゃんは俺の花嫁さんなんだもんね?もう、他の奴に奪われることもないんだよね?」
となぜか、切なそうな目をして聞いてきた。
「うん。聖君だけのものだよ?安心して?」
「…うん!」
聖君は、いきなりにやけたかと思うと、元気に車を発進させた。
ああ、ほんと、聖君って、単純だ。
「10月か~~~」
聖君はそう言うと、鼻歌まで歌いだした。
「新婚旅行はどうしようか?凪と3人でどっか行く?」
鼻歌を歌った後に、聖君は機嫌よく聞いてきた。
「うん。温泉とかでいいかなあ」
「温泉でいいの?」
「じゃあ、ハワイ」
「え!そ、それは、旅費が…」
「じゃあ…」
「でも、頑張って働いて旅費ためて…。沖縄はどう?」
「うん。それがいい」
私が目を輝かせると、聖君はにんまりと笑い、また鼻歌を歌いだした。
わ。嬉しいな。凪と3人で沖縄。そういえば、前に沖縄の本に聖君が、よさそうなホテルに丸をしていたっけ。でも、10月って、気候どうなのかな。海、入れるのかな。
「凪、いい子で待ってるかな」
聖君は鼻歌を終えると、そうつぶやいた。
凪は今、母が家で見てくれている。午前中にエステの仕事があったが、午後は入れないようにしてくれた。
母は、凪が生まれてから、エステの予約を受けるのを減らしたり、出張エステもグンと、回数を減らしてしまった。
聖君のお母さんは、私や凪が榎本家に行っても、仕事を休んだりはしないが、うちの母は仕事の量を減らしてしまうので、なんだか申し訳ない。
働いているのが好きな母。私を祖母の家に預けてまで、働いていたというのに。孫の威力がでかいのか、私が子育てが大変だから、そうやって助けようとしてくれているのか。
嬉しいけど、このまま椎野家にいたら、母は好きな仕事をセーブしてしまうんじゃないかと、気になってしまう。
やっぱり、榎本家に行った方がいいんじゃないかなあ。私たち。
「ね、聖君」
「ん?」
「やっぱり、そろそろ私と凪、榎本家に行こうかな」
「…うん。いいけど。でも、お母さんとお父さん…」
「寂しがるだろうけど、2人とも仕事をセーブしちゃいそうで、なんだかずっと居座っているの、申し訳なくって」
「ああ、お母さん、エステの仕事、あんまり予約入れてないんだっけ?」
「うん」
「そっかあ。そうだな。お母さんって、仕事好きそうだし、凪がいるとその好きな仕事をセーブしちゃうのか」
「うん」
「……。そうだね。今日、ご両親に話してみようか?」
そして、私たちは椎野家に到着した。
「おかえり。どうだった?いいところ決まった?」
母は、玄関にすっ飛んできて、私たちにそう聞いた。
おいおい。いきなり、決まったりしないって。と私は突っ込みを入れたかったけど、聖君は真面目な顔をしていた。
「いや、まだです。10月に空いているところを探してくれるそうです」
聖君がそう真面目に答えると、
「え?10月?」
と母は、私と聖君を交互に見て聞いてきた。
「うん。夏だといろいろと準備の時間が足りなくなりそうだから、10月がいいかなって、そんな話をしてきたの」
「そんないい季節に空いてるの?」
母は私の言葉に、そう聞き返してきた。
「見つけてくれるって」
私はそう言って、聖君とリビングに入って行った。
「凪は、寝てるんですか?」
「うん。さっき、ミルク飲んで寝ちゃったわ」
聖君は、そうっと和室を覗き込み、
「あ、本当だ。可愛い寝顔で寝てる」
と言って、凪の布団の横に座った。
「なぎ~~~。凪はいつまでも、俺のもとにいていいからね」
今の、小声だったけど、聞えたぞ。
まったくもう。桃子ちゃんがいてくれたらそれでいい、みたいなことを私には言うくせに、凪にはそんなことを言ってくれちゃうわけね。
「こっちで、凪ちゃんが寝ている間にお茶でも飲まない?」
母が紅茶を2人分、淹れてくれた。
「いただきます」
私と聖君は、リビングのソファーに座って、紅茶を飲んだり、クッキーを食べた。
「…あの」
聖君は、ティ―カップを静かにお皿の上に乗せ、母に真面目な顔をして話しかけた。
「なあに?」
母は何かを察したのか、聖君の前の席に座った。
「桃子ちゃんとも話していたんですが、そろそろ、3人で俺の家に移ろうかって思ってるんです」
「…え?」
あ、びっくりしている。
「桃子ちゃんの産後の状態もいいし…。もう、向こうで暮らしても大丈夫かなって」
「…そ、そう」
母はちょっと顔を曇らせた。でも、すぐににこっと笑い、
「そうね。聖君の家に嫁いだんですもの。聖君のおうちに、桃子も凪ちゃんも行かないとね?」
と明るい声でそう言った。
でも、目だけが笑っていない。無理して笑顔を作り、明るくしているだけだ。きっと、寂しいんだろうな。
「お母さんも、お父さんも、寂しくなりますよね?」
聖君はそんな母の心を察したのか、そう申し訳なさそうに聞いた。
「そうね。お父さんも寂しがりそうね。でも、いずれは聖君の家に行くって、それは覚悟していたんだし…、大丈夫。そのうちに、3人がいないこの家にも慣れるだろうから」
母はまた、明るい声でそう言った。でも、すっと立ち上がり、そのままキッチンに行ってしまった。
「…3人。そうだよね。聖君がうちにいると、本当ににぎやかだけど、いなくなったら、寂しくなるんだろうね」
私は、ぼそっとそんなことを口にした。
「俺?俺より、凪でしょ?いなくなって寂しいのは。それに、娘の桃子ちゃんだよ」
「そうかな。私、家でもおとなしかったし。お父さんは聖君が来てから、よくしゃべるようになったもん」
「…でもさ。娘が家を出ちゃうんだから、寂しくないわけないよ。だって、俺も凪が家を出て行っちゃうと思うと、泣きそうだもん」
「………」
なんか、それもどうかと思うけど。
「でもまだ、うるさいひまわりがこの家にはいるし」
「あ、そっか。凪の下にも妹ができたらいいのか。あ、でもなあ。男の子も欲しいんだよな。俺…」
う~~ん。聖君ってば、どうしても自分のことに、話がずれていっちゃうなあ。そんなに、聖君の頭の中は凪のことばっかりなのかしら。
「お父さんにも話さないとね」
聖君はそう言ってから、はあってため息をつき、
「お父さん、泣いたらどうしよう、俺」
と小声でつぶやいた。
「ないない。まさか、泣くわけないよ」
「でもさ。結婚式ではわかんないよ?泣いちゃうかもよ?桃子ちゃん、ご両親向けの手紙とか読んじゃう?」
「読まないよ~~~」
「なんだ。感動的なのに」
え~~~!そんなの、読むわけないじゃない。
もう、聖君は。人のことだと思ってそんなことを言って。だったら、聖君が手紙読んだら?
なんて言ったらきっと、聖君嫌がるよね。
「じゃ、俺が手紙、書こうかな」
「…え?!」
私はびっくりして、聖君の顔を思い切り見た。
「式で読むかは別にして。俺さ、父さんから手紙みたいな自叙伝もらってるし。なんか、そのお返しに手紙か何か、あげたいなって思ってたんだよね」
そうなんだ~~~。
「…なんてね。わかんないけど、いざとなったら、超恥ずかしいかもしれないしね」
聖君はそう照れた顔をしながら言うと、でへっと笑って見せた。
そうか。でも、式やパーティで読まないとしても、私も両親に手紙書きたいかも。だって、直接、ありがとうございましたなんて、お礼言えそうもないし。
「じゃ、私も書く。手紙」
「うん。それ、パーティで披露してね。きっと、感動的だから」
なんでそうなるかなっ!
「披露なんてしないもん。恥ずかしいから」
「なんだ。感動的なパーティになるのに」
聖君。もしかして、面白がってる~~?
聖君は、ソファから立ち上がり、また和室に入って行って、凪の顔を見ながら、
「凪。ドレス着ようね?飛び切り可愛いやつ」
とにやけながら、ささやいていた。
今のも、聞こえてるってば。もう…。やっぱり聖君は、凪に夢中だね。