第60話 将来の話
実家に私が戻ったということを知り、家に、菜摘や蘭、花ちゃんが遊びに来てくれた。菜摘は凪のことを、本当に可愛がっている。やっぱり、血のつながりが嬉しいのかもしれない。ただ、菜摘のお父さんは、まったく凪に会いに来てくれないし、聖君に遊びに来なさいと連絡もくれなくなってしまった。
「お母さんがね、あんまりいい顔をしないんだよね」
菜摘が凪のことをあやしながら、そんなことを言った。
「なんで?桃子の結婚、反対してたっけ?」
蘭が聞いた。
「…喜んで、祝福しているように見えた。でも…」
「?」
「自分とは血がつながってないじゃない?お父さんから見たら孫でも、本人からしてみたら、孫でもなんでもないんだからさ」
「だけど…。聖君のことは、受け入れたんでしょう?」
「あれは…。今思えば私が兄貴のこと好きだったから、いろいろとお母さんも悩んだり、苦しんだりしたみたいだよ」
「苦しんだって?」
私は気になり、菜摘に聞いた。
「兄貴のお母さんって、お母さんの友達だったわけじゃん?で、お父さんはもともと、兄貴のお母さんと付き合っていたのに、お母さんが横恋慕したみたいになっちゃって、それを気にしていたみたいだし。それなのに、子供がいるってことも、ずうっと知らないでうちの親は呑気に暮らしていたわけじゃない?受け入れるまで、お母さんは実は相当、時間がかかったみたいなんだよね」
「そうだったんだ。なんだか、お父さんとは聖君は、仲良くなっていたのにね」
「お母さんは、必死だったみたい」
「そうだろうね。なんだか複雑だもの」
「は~~あ。うちの母親って、もっとこう、なんつうの?なんでもプラスに考えてほしいんだよね」
「ど、どうしたの?なんかあったの?」
菜摘の深いため息に、花ちゃんが驚いて聞いた。菜摘は凪を私の腕の中に返してから、またため息をついて、ソファに座った。
「葉君、一人暮らしするんだって」
「わあ。いいじゃん!それ」
蘭が菜摘を羨ましがった。
「それがさあ。お父さんは特に何も言わなかったんだけど、お母さん、ぶつぶつ言いだしちゃって」
「なんて?」
「一人暮らしなんてしたら、あんたが今度は妊娠するようなことになっちゃうんじゃないの?って」
ほんのちょっと今、グサって心にささったなあ。よほど、菜摘のお母さんは私と聖君のこと、よく思っていないのかもしれないなあ。
「なんだ~~、そりゃ。一人暮らしなんてしなくたって、エッチくらいできるっつうの」
蘭がそう言うと、花ちゃんが横で、え?って顔をした。
「花、何反応してるの?あ、もしや、花もとうとう、籐也君と?」
蘭が花ちゃんに聞いた。
「違うよ。ただ、籐也君、メンバーのみんなと東京でマンション借りて暮らすらしいから、なんだか、ちょっと今の会話が気になって」
「え?どうして?」
「その…。一人暮らしじゃなくても、そういうのできるっていうのが」
「ああ、今度のマンションで、籐也君に襲われたりしないかって、花、びびってるの?」
蘭がそう聞くと、花ちゃんは真っ赤になって、
「ち、違うよ。そ、そんなこと思ってない」
と慌てながらそう答えた。
「な~~んだ。ちょっとは進展があるのかなって、期待したのに」
なぜか、菜摘が残念がっている。
「ないよ。そんなの全然ないの。籐也君、本当にそういうことしてこないし。でも、もしかすると、一人暮らしとかそういうことでもしないと、そういうことってないのかなあって思っていたから、蘭ちゃんの言ったことにびっくりしちゃって」
「ふうん。籐也、全然花に手を出さないのか。なんでかねえ」
蘭が、菜摘にそう聞いた。
「花が、怖がってるんじゃないの?」
菜摘がそう言うと、花ちゃんは赤くなって黙り込んでしまった。あ、図星なのかな。
「だけど、籐也君、東京に行っちゃったら、あんまり会えなくなるね」
私がそう言うと、花ちゃんは、今度は目を輝かせた。
「ううん。今までよりも、うちに近いんだよ!だから、もっと頻繁に会えるようになるよって、そう言ってた」
「あら。そうなんだ。じゃ、もっと進展しちゃうかもね!」
蘭がそう言うと、また花ちゃんは真っ赤になってしまった。
ああ、そんな時期もあったっけ。懐かしいなあ。花ちゃん、初々しいなあ。
「でもさ、葉君、一人暮らし始めたら、お母さん、一人になっちゃうんじゃないの?」
蘭がまた話を戻して、そう聞いた。
「ううん。お母さんが再婚するから、葉君、家を出て一人で暮らすんだもん」
「え?再婚?」
「そうなんだ。何年か前から付き合っていたみたいで、ようやく葉君が自立する年になったからって、お母さんも再婚する気になったらしいよ」
「そっか。葉君、お母さんに遠慮して、出て行くのか」
「…違うよ」
菜摘が蘭の言葉を否定した。
「え?違うって?」
「本当は、高校卒業してすぐにでも一人暮らしを始めたかったみたい。でも、お母さん一人を残していけないじゃん?それで、思いとどまっていたんだよね。でも、再婚をお母さんがやっと決意してくれたから、これで、家も出て行けるって、一人暮らしを始めることにしたわけ」
「へ~~。一人暮らしがしたかったのか。でも、大変じゃない?ご飯や掃除や、洗濯を自分でしないとならないんだよ?」
「それは、前から、お母さんも働いていたし、葉君、手伝っていたもん」
「なるほど。家事はお手の物なんだね」
花ちゃんがそう言うと、菜摘がにっこりと笑って、
「一人暮らししたかったのは、もっと私との時間が、持てるようにしたかったからなんだって」
とそう言った。
「え?何それ。思い切りノロケだ~~」
蘭がそう言いながら、菜摘をつっついた。
「えへへ~~。私も嬉しくって」
菜摘は、本当に嬉しそうだった。
「私さあ。今の学校でたら、働くけど、葉君とすぐにでも一緒に暮らしたいなって思ってるんだ」
「結婚?」
「ううん。まずは、同棲?結婚はきっと、まだまだお父さんが反対しそうだから」
「お母さんは?」
「お母さんは同棲だって、反対するだろうけど、私、お母さんの反対なんて、聞かないもん」
菜摘はそう言うと、私をじいっと見ながら、
「桃子、羨ましいんだもん。兄貴、本当に私にのろけてばっかりいるし」
と言ってきた。
「え?聖君が?」
「うん。葉君にも、結婚はいいぞ~~~~って、いっつも言ってるって。葉君、結婚はまだまだ先の話になるだろうけど、一緒に暮らせたらいいねって、それを聞いてから言ってくれるようになったの」
「わ~~お」
蘭が、変な声をあげた。
「同棲でもいいから、私も、葉君と早く一緒に暮らしたいな」
「ど、同棲」
花ちゃんは、また真っ赤になった。
「花は、まだまだ、そんな話にもならないだろうね。って、私と基樹もだけどさ。やっぱり、大学生と社会人だと、意識が違うのかもね」
蘭はそう言うと、ちょっと羨ましそうな顔で菜摘を見ていた。
そうか。葉君、そんなこと言ってるんだ。きっと、いつか葉君と菜摘、ゴールインするかもね。楽しみだな。
聖君がその日の夜、家に帰ってから、私はそのことを聖君に言うと、聖君はにっこりと笑い、
「俺も、この前葉一から聞いたよ」
とそう言った。
「一人暮らしのこと?」
「ううん。菜摘とあと1~2年したら、一緒に暮らそうと思ってるってさ」
「わあ。1~2年?そんなに近い間に?」
「俺も、びっくりした。そうしたら、結婚しているやつが何、びっくりしてるんだって、言われちゃった」
聖君はそう言うと、凪のことを抱っこして、髪に頬ずりをした。
「な~~ぎ。今日も最高に可愛いでちゅね」
ありゃ。赤ちゃん言葉だ。
「菜摘のお父さん、凪に会ってないよね、ずっと」
「うん。でも、今度会いたいって言ってた。もしかすると、ここに来るかも」
「え?そうなの?」
「俺が凪を連れて、菜摘の家に行こうかと思っていたんだけど、菜摘のお母さんがいい顔しないんだってさ。で、本当はお父さんは凪に会いたかったけど、おいでって言えないでいたんだって」
「そ、そうだったんだ」
「だけど、ここに来るのも、菜摘のお母さんには内緒にしてってことになるかもしれないって」
「そんなに菜摘のお母さん、凪のこと、嫌なの?」
「嫌って言うわけじゃないだろうけど。まあ、血のつながりがあるわけじゃないしね。複雑なんじゃないの?」
「そうなのか。ふうん」
私からしてみたら、聖君と他の女性との間の子…、にできた子供だもんな。そうだね。相当複雑な気持ちになるかも。
例えるとしたら、蘭が私と付き合う前に聖君と付き合っていました。で、別れて私と付き合いだしてから、蘭が妊娠していることがわかりました。そして、蘭は基樹君と結婚して、聖君の子を産みました。
その子がうちの凪を好きになりました。でも、血がつながっているってわかって、凪もその子が好きで、ショックを受けました。
聖君は、蘭の子供を自分の子供として、受け入れました。凪とその子も、兄弟のように仲良くなりました。その子は時々、我が家に遊びに来るようになりました。
そして、その子に今度は赤ちゃんができました。
聖君は自分の孫だって、喜びました。でも、私は?ってことだよね。
まず、聖君と蘭の間にできた子だと知りながら、私、受け入れられるかなあ。きっと、悶々としていそうだ。いくら、私が付き合う前に付き合っていたとしても。
う~~~ん。って、そんな例えを出して、考え込まないでもいいことだけど、でも、なんだか、今のたとえ話を作ってみると、菜摘のお母さんが複雑な気持ちでいるの、わかる気がするなあ。
私がそんなことを考えている間も、聖君は凪のことをあやして、嬉しそうに鼻の下を伸ばしていた。
「鼻…、で、思い出した。花ちゃんと籐也君なんだけど」
「うん。ああ、籐也、東京行くんだって?」
「うん。前よりも家が近くなるって、花ちゃん喜んでいたよ」
「籐也も。家だと家族がいつも邪魔して、花ちゃんと2人にもなかなかなれなかったんだってさ。これで、2人きりになれるかもって言ってたよ」
「え?だって、メンバーも一緒に暮らすって」
「そりゃ、みんなして、いろいろと都合合わせてうまくやるんじゃないの?」
な、何を~~?
「無理だよ。花ちゃんにはまだまだ」
「え?」
「だから、まだまだ…」
「……。そうなの?」
「うん」
私は思い切りうなづいた。
「ふうん。籐也も大変だね」
「でも、籐也君も、手なんて出してこないって言ってたよ」
「ふ~~~~ん」
あ、これはなんだか、何かを知っているな。聖君。でも、秘密にしているみたいだから、聞かないけどさ。きっと、男同士で男にしかわからないことを話してるんだ。籐也君と。
「桃子ちゃん、あれなんだね」
「え?なあに?」
私は、男同士の秘密は聞かないから安心してっていう、そんなオーラを醸し出しながら、にっこりと笑って見せた。
「花ちゃんから、なんにも聞いてないんだね」
「……え?」
な、な、何を?
「まあ、いいけど」
「よくない~~。よくない、よくない。なんのこと~~?」
「ごめん。籐也に秘密にしてって言われてるから、言えないや、これ以上は」
「え~~~~!!!!!」
私の寛大な心が、一気に小さくなった。ああ、嘘。なによ、花ちゃんが隠していることって。気になる!
で、でも、花ちゃん、話してくれないなんて、水くさいよ~~。
「クス」
聖君は、私の顔を見て笑った。
「なに?」
「一人で百面相しているなって思って、面白くって」
「私?」
「ママ、面白いでちゅね?ね?凪」
む~~~~。なんだよ~。面白がって。
「恥ずかしいんじゃない?花ちゃん。そういう話題、苦手でしょ?」
「え?うん。そうだね。いつも真っ赤になって黙っちゃうかも」
「じゃ、無理やり聞くのも悪いよ。俺も、やっぱり言わないでおくよ。そのうち、桃子ちゃんに花ちゃんから聞いてほしいって、相談しに来るかもしれないから、その時には聞いてあげて?」
「…うん。そうだね」
聖君は、やっぱり、人の心を大切にする人なんだなあ。なんて、ついそんなことを思ってしまった。
「聖君って、人と関わる仕事、向いていそうだよね?」
「先生とかってまた言う気?俺、それは無理だよ」
「…う~~~ん。じゃあ、そうだなあ」
何が似合うかな。
でも、なんでも似合ってしまいそうだな。
「警察官の制服も似合いそう」
「却下。俺、そんなに品行方正じゃないから、向いてない」
「そうなの?じゃあ、医者」
「あ、今の真面目に言ってる?俺の病院嫌い忘れてないよね?」
忘れてた。
「じゃ、じゃあね。あ!カウンセラーは?それは病院と関係ないよね」
「げ~~。人のお悩み相談?暗くなりそうで嫌だな」
向いていそうなのに。
「じゃあ、あれだ。会社とかの、コンサルティングとか、なんとか」
「そういうの、良く知ってるね。桃子ちゃん」
「ううん。全然わかってないけど、言ってみただけ」
「あ、そう」
聖君はちょっと呆れたって言う顔をしてから、また凪のほうを見た。
「俺さ。やっぱり、沖縄とか、あ、伊豆でもいいかな。海の近くに行きたいかも」
「江の島じゃ駄目なの?」
「うん。海にすぐに潜れるところに暮らしたい。で、そこから通えるところ。もしくは、家で仕事ができることかな」
「たとえば?」
「う~~ん。店をやるか。じゃなかったら、父さんみたいなフリーで仕事ができるものとか?」
「ウェブデザインだっけ?お父さんの仕事」
「うん。あれも面白そうだよね」
でも、聖君はもっと、直にいろんな人と接する仕事のほうが似合いそうだ。
「お店の方が合っていそうだよ」
「そう?」
「うん」
「ああ、それか、ダイビングのインストラクターとかね。そんなのも考えた」
「うん。きっと合うよね」
そうかあ。聖君、将来のこと、考えだしているんだなあ。
「まず、無理なのは、東京とか都会で働くことかな」
「え?そう?そんなのも似合いそうだけど」
「無理だよ。人ごみ苦手だしさ。満員電車で毎日通勤なんて、絶対に無理」
「そうだね。そういうのは嫌だよね」
「海、潜れたり、泳いだりがすぐにできないと、俺、ストレスたまりそうだし」
「今も?」
「今?」
「泳いでないよね。そんなに」
「ああ、でも、夏の間には多分、行くと思うけど」
「でも、そんなに頻繁には去年もいかなったよね?」
「ああ。でも、桃子ちゃんがいつも一緒にいたしなあ」
ぼけら~~っと聖君は、遠い目をしてから、ぱっと私を見ると、
「あ、そうか。海に行かないでも、桃子ちゃんが癒してくれるのかあ」
とにっこりと笑いながら言った。
「え?」
「う~~~~ん。でも、やっぱり、都会は無理かもっ」
聖君は目をギュってつむって可愛くそう言うと、また凪のことを見て、
「な~~ぎ。いっぱい泳いだり、潜ったりしようね」
とそう言って、また髪に頬ずりをした。
「聖君」
「ん?」
「私にも」
「え?」
「それ、してほしいかも」
「もう~~。桃子ちゅわんってば!可愛いんだから」
聖君は凪を抱っこしたまま、私にも頬ずりをしようと近づいてきて、なぜかチュッてキスをした。
「あれ?」
頬ずりじゃないの?
「キス、したくなっちゃった。可愛いんだもん」
聖君はそう言って、でへへって笑った。
まったくもう。可愛いのは聖君の方です。
ああ、それにしても、これから先、私たち家族はどうなるんだろうね?でも、いつでも3人は一緒なんだね。ずっと、聖君は私と凪のそばにいてくれるんだね。
凪の笑い声と、聖君の嬉しそうな笑顔を見て、そんなことを思いながら私は幸せに浸っていた。