第59話 家族で公園へ
翌日、父はやっぱり、凪にべったりだった。聖君は遠慮して、凪のことを抱っこしなかった。そして、父はずっと和室に入り込み、凪を抱っこして、鼻の下を伸ばしながら話しかけたりしていた。
「凪ちゃん。ちょっと見ない間に大きくなったね」
そんな父の声が聞こえてきた。そうかな~?そんなに変わらないと思うけど。
凪は父にあやされるとやっぱり、高い声をあげて笑った。
「凪ちゃん、可愛いね~~」
父はもう、メロメロだ。
「は~~~。よく寝た」
10時を過ぎた頃、ひまわりが起きてきた。
「おそよう、ひまわりちゃん」
聖君がにこやかにそう言った。今の、最高の笑顔だったけど、しっかりと嫌味を言った?もしや。
「今日はデートないの?」
「うん。ないよ~~」
ひまわりは、眠そうな目をこすって、顔を洗いに行ってしまった。
「…そっけないなあ。ちょっと俺、落ち込んじゃうかも」
聖君、きっとひまわりが久々に聖君に会って、もっと喜ぶと思っていたんだろうなあ。
「ごめんね?私もだけど、ひまわりも低血圧かも。寝起きよくないんだ」
「そうなの?あれ?でも、桃子ちゃんは朝、機嫌悪いことないよね?」
「ううん。けっこう話さないほうだし、しばらくぼ~~っとしていること多いよ?」
「嘘だ~~。寝起き、確かにぼけっとしてることあっても、機嫌いいじゃん。いつも朝から可愛いよ?」
「……」
何をにこやかに聖君は言って来るんだ。ああ、恥ずかしい。
「あ、そっか。聖君がいるからか」
「何が?」
「私が朝から機嫌いいの…」
「そうなの?」
「うん。だって、朝から聖君の寝顔見れたり、笑顔見れたり、すごくハッピーなんだもん」
そう言って聖君に抱きつくと、聖君は思い切りにやついてしまった。
「桃子ちゅわん。可愛いんだから!」
聖君も私を抱きしめた。と、そこへひまわりが洗面所から戻ってきた。
「うひゃ。いつまでも、ほんと、仲のいい夫婦だよねえ」
ひまわりはそう言うと、私たちの前を通り、ダイニングのテーブルに着いた。
私はいちゃついているところを見られて、慌てたが、聖君はまったく慌てず、まだ私に抱きついていた。
「桃子、桃子!」
そこに凪を抱っこしている父が、和室から出てきた。するとさすがに聖君は、私からぱっと離れ、
「ど、どうかしたんですか?」
と慌てている父に聞いた。
「あ、聖君。凪ちゃんがウンチしたみたいんだんだよ。オムツ、聖君は替えられたっけ?」
「はい。じゃ、俺が抱っこします」
聖君はそう言って、凪を抱っこすると、クンクンと凪のお尻のにおいを嗅ぎ、
「あ、本当だ。くっちゃい、くっちゃい。すぐに綺麗にしようね、な~~ぎ」
と凪にいつもよりも高い声で話しかけ、和室の中に入って行った。
「お兄ちゃん、ウンチしてるオムツも替えられるの?」
ダイニングにいたひまわりが、私に聞いてきた。
「うん。全然、替えられるけど。あ、でも、ウンチしてるんだったら、お尻洗ってあげないと」
「お尻洗うの?わざわざ?」
「そう。じゃないと、オムツかぶれしたりするんだよね」
「大変だね」
ひまわりは、他人事のようにそう言うと、携帯をいじりだした。
なんだか、ひまわり、本当に凪のことなんてどうでもいいのかなあ。
ちょっと寂しいかも。
「聖君。凪、お尻洗わないと」
「あ、そっか」
和室に入ってそう私が言うと、聖君は凪のオムツを替えるのをやめて、凪を抱っこしてお風呂場に向かった。私も、新しいオムツを持って、後ろからついて行った。
お風呂場でお尻を綺麗に洗った凪は、気持ちよさそうにしている。それから、新しいオムツをしてあげて、また聖君は凪を抱っこした。
「凪、お尻綺麗になったね」
聖君はそう言うと、凪の頭に頬ずりをした。
「凪ちゃん、綺麗なオムツになった?」
ひまわりは、朝食をもう食べ終えたらしく、リビングのソファーにいた。
「ひまわりちゃん、今日、暇なの?」
聖君が聞くと、
「うん。バイトの時間までなんにもないよ。凪ちゃん、お姉ちゃんと遊ぶ~?」
と凪の顔を覗き込みながら聞いた。
え?嘘。めずらしい。
「じゃあさ、公園に散歩に行かない?ベビーカーで、久しぶりに駅の近くの公園行きたいんだよね」
「あら!いいわね。シート持ってお弁当持って、皆で行きましょうか」
それを聞いていた母が、キッチンから出てきてそう言った。
「いいね!行こう、行こう」
と、父も目を輝かせた。
「ふわ~~~。そうだね。いい天気だし、公園で昼寝もいいかも」
ひまわりは大あくびをしてからそう言って、
「じゃあ、シートとか、用意しようかな」
とソファーから立ち上がった。
かくして、家族そろって公園に繰り出すこととなった。
私は、母がおにぎりを大急ぎで作りだしたので、その手伝いと、卵焼きやら、ウインナーやら、お弁当のおかずも急いで作りだした。
聖君は、父に凪を預け、カバンに、凪のミルクやオムツ、念のための着替えやタオルなどを詰め込んだ。
「お兄ちゃん、これも持って行こう」
なぜか、物置からひまわりはバドミントンのセットまで持って来て、聖君に手渡した。
「なんだか、楽しくなってきたね、凪ちゃん」
父はにこにこと喜んでいる。昨日、あんなに朝早くに起きてゴルフに行ったから、今日は1日家で寝てるかと思ったのになあ。
そうして、ちょっとしたピクニックに行くような気分で、みんなで家を出て、公園に向かった。
ベビーカーは、私が押した。聖君はカバンとバドミントンのセットを持ち、なぜかひまわりと楽しそうに話しながら歩いている。
私の横には、日傘をさして母が歩き、父はベビーカーの凪のことを、ちらちらと見ながら、私の後ろから歩いていた。
「あははは!それ、面白そうじゃん」
「でしょ~~~?今度やってみてよ」
ひまわりは、機嫌がよくなってきたのか、聖君と笑いながら話をしている。
聖君も久々にひまわりと話ができて、嬉しそうだ。それはいいことだ。うん。いいことなんだけど、ちょっとだけ、妬ける。
公園に着いた。大きなシートを敷いて、凪をそこに寝かせた。凪は、葉っぱの間から揺れ動く木漏れ日を見て、嬉しそうにした。
お弁当や、水筒も、バックから出して、シートに広げた。もう、すでに12時は過ぎていた。
「さ、まずはお昼にしましょうか」
母の言葉に、みんなシートに座り込み、おにぎりや、おかずをいただきますと元気に言って食べだした。
「うまい!やっぱり、こういうところでおにぎり食べると、うまいっすよね!」
聖君は、ものすごく嬉しそうだ。ああ、ほっぺにご飯粒ついているし。
「ご飯粒、ついてるよ」
私がそう言って、ほっぺのご飯粒を取ってバクッと食べちゃうと、なぜか聖君は思い切りにやついて、
「あ、今のいいよね!なんだか、仲のいい夫婦って感じで!」
と嬉しそうに言った。
「そ、そう?」
私はなんだか、思い切り照れくさくなってしまった。
「ほんと、仲のいい夫婦だよね。っていうか、夫婦に見えないよ」
ひまわりがまた、そんなことを言った。
「え?夫婦に見えないって?」
聖君がびっくりして聞き返すと、
「いまだにアツアツの、恋人って感じがするよ」
とひまわりが、ひやかすわけでもなく、冷静にそう言ってきた。
「…そ、そう?」
聖君は、照れたらしい。鼻がひくひくしている。
「は~~~あ。いいよね。いつまでも、初々しくって」
「…あれ?ひまわりちゃん、またかんちゃんと何かあった?」
「別に。たださ~~。今日ね、かんちゃんも暇だったんだって。でも、ちょっと家でゆっくりしたいからって、デート断られたの」
ひまわりはそう言うと、またため息をついた。
「そうなんだ。じゃ、本当にかんちゃん、疲れてたんじゃないの?」
聖君がそう言うと、ひまわりはむすっとした顔をして、
「きっと、面倒くさいんだよ。もう、倦怠期がきちゃってるのかも、私たち」
と、投げやりに言った。
「…倦怠期って、そんなに長く付き合ってたっけ?」
「もう長いよ。そりゃ、お姉ちゃんたちより短いけど。でも、倦怠期が来ても十分すぎるってくらい、長い付き合いだよ」
「え~~~?そうかな」
聖君は、首をかしげた。
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんがめずらしいの。倦怠期なんて、なかったでしょ?ずうっと」
「うん。ない」
聖君は、きっぱりとそう答えた。
「そういう2人を見ているから、そういうもんだと思ってた。でも、違うんだね」
ひまわりはそう言うと、バクッとウインナーを口に入れた。
「まあ、そうかもしれないわね。あんまり、聖君と桃子のことは、参考にしないほうがいいかもしれない」
母が横から、そんなことを言ってきた。
「え?そうなんすか?みんな、違ってるんですか?」
聖君はまだ、首をかしげている。
「確かにめずらしいのかもなあ。聖君と桃子は。付き合ってからも長いだろう?」
父までがそう言って、それから凪のことを覗き込んで目を細めた。
「でも、俺らって、まだまだ新婚ですし」
「…あ、そうだった。新婚なんだ。新婚だから、こんなにベタベタしてるんだ」
ひまわりが、思い出したかのようにそう言って、
「結婚したら、そんなふうになるのかなあ」
と、ぼそっとつぶやいた。
「いや。そんな新婚ばかりじゃないぞ。お父さんたちは、こんなにアツアツじゃなかったしなあ」
「それは、同棲してから結婚したからよ。同棲して数か月は、やっぱりアツアツだったじゃない」
「そうだったか?ははは。かなり昔のことでもう忘れたよ」
「いやあね。忘れっぽくなっちゃって」
父の言葉に母はそう言うと、2人してあはははと笑い合っていた。
なんだか、最近、母と父は仲がいい。聖君がうちに来てからだ。不思議だよなあ。こんなに仲良く笑いあうような夫婦じゃなかったんだけどなあ。
「二人とも今でも仲いいっすよね。うちの親もやたらと仲いいけど、やっぱ、いいっすよね、仲のいい夫婦って」
聖君は、そんな母と父と見て、嬉しそうにそう言った。
「…はは。僕たちはきっとあれだな。聖君と桃子に影響されたんだろうな」
「そうねえ。それに、榎本家にも」
母は父の言葉にうなづきながら、そう付け加えた。
「いいな~~~。みんなして、仲良くって!ああ、ここにかんちゃんもいたらいいのに」
「誘えば?今からでも来るかもよ。聖君いるってわかったら、飛んでくるかも」
私がそう言うと、ひまわりは私のほうを向き、
「お兄ちゃん目当てで来られても、嬉しくないよ」
と口を尖らせてそう言った。
あ、失敗。そりゃそうだよね。
「お兄ちゃん。バドやろうよ。バド!」
ひまわりはそう言って、バドミントンのラケットを持った。
「よっしゃ。俺、強いよ?相手になるかなあ。ひまわりちゃん」
「私だって、こういうの得意なんだから。お姉ちゃんと違って」
…。今、なんて?なんだか、失礼なことをひまわりは言いませんでした?ちょっと、ムカ。
まあ、そうなんだけどね。苦手だし、下手くそなんだけどさ、実際に。
少し離れたところで、2人はバドミントンを始めた。あれ。本当だ。聖君に互角で戦ってるよ、ひまわり。と思ったら、ひまわりの打つ羽を、正確に聖君は取ってあげていて、ひまわりの打ちやすいところにちゃんと返しているようだった。
さすが。運動神経いいよね。聖君ってなんで何をやっても、上手なんだろう。それに、バドミントンをしている姿も、爽やかで、笑顔からこぼれる白い歯がまぶしくって、太陽の光も、芝生の緑も、空の青さも、なんであんなに似合っちゃうんだか。
だけど、ひまわりが変なほうに飛ばしてしまい、さすがの聖君もそれは取れなかったようだ。
「ごめん。お兄ちゃん。明後日の方向に行っちゃった」
「いいよ。取ってくるね」
そう言って、聖君は走って木の間に入って行った。
「すみませんでした」
「いいえ~~~。遊びに来てるんですかあ?大学生~~?」
聖君の謝る声と、女の人の声が、木の向こうからした。
「あ、家族で来てるんです」
聖君はそう言いながら、木の間からやってきた。すると後ろに、2人の女の人が見えた。
「家族で?いいわね。仲いい家族なのね。じゃ、あそこにいるのが妹さんたち?」
「あ、妹と、妻です。それから、娘と、妻のご両親と」
聖君はにこやかに、その女の人たちに答えた。
「え?!」
その女の人たちは、明らかに驚いた声をあげ、しばらく口を開けたままになってしまった。
「け、結婚してるの?」
「はい」
「娘って、子供がいるの?」
「はい」
聖君は始終、にこにこしっぱなしだ。
「いくつの娘さん?」
「今、3か月」
「え~~。じゃ、うちの子とあまり変わらないんだ」
うちの子?
「ここら辺に住んでるんですか?俺も、妻の実家がこの近くで。もしかしてまた会うかもしれないですね。うちの子、凪って言うんです。もしまた会ったら、よろしくお願いします」
聖君はにっこりと微笑み、その女の人たちにぺこりとお辞儀をすると、こっちに向かってきた。
「逆ナンされてたの?」
ひまわりが、小声で聖君に聞いた。
「まさか。あっちにベンチがあって、そこでお弁当を食べてたんだ。そこにバドの羽は飛んでっちゃって。ベビーカーに凪と同じくらいの赤ちゃんが寝てたよ。赤ちゃん連れのお母さんたちだった」
聖君はそうひまわりに説明した。
「あら、じゃ、そのうち凪ちゃんと遊ぶお友達ってことかしら」
「そうっすよね。同じくらいの年なら、遊べますよね。ああ、そうしたら、また楽しいだろうな」
え?なんで?
「なんだか、ワクワクするなあ。凪、何をして遊ぶんだろう。俺も参加できるかなあ」
待って。待ってよ~~。そうすると、あのお母さんたちも、一緒に参加するってこと?あの人たち、しっかりと聖君に色目使ってたけど?
う~~~。心配。聖君が凪を連れて、公園に遊びに来たら、いっぱいの若い綺麗なお母さんたちが、
「凪ちゃんのパパ、一緒に遊びましょうよ」
なんて誘ってきて、
「今度はうちに遊びに来て」
なんて言い寄ってきて、その家の旦那さんがいない時に、聖君を連れ込んじゃうかもしれないっ!
「あ、危ない。危険すぎる」
私がぼそっとそうつぶやくと、
「え?俺、そんなに危ない遊びは、凪にさせないよ?」
と聖君が、私の独り言にそう答えた。
「え?」
私が聖君の言葉にびっくりしていると、
「お兄ちゃん。違うよ。お姉ちゃんの今の発言は、聖君があの若いお母さんたちの毒牙にかかりそうで、危ないって言ったんだよ」
と、ものすごく的の得たことを言った。
「…え?そうなの?」
聖君は、ちょっとびっくりしている。
「だって、今の人たちも綺麗な人だったし」
「……」
「聖君のことを見て、顔赤らめてたし」
「……」
ああ、聖君の顔、呆れてる。
「あははは。確かに。聖君はお母さんたちからも、モテて、人気者になるだろうなあ」
父は呑気に笑いながら、そんなことを言った。
「そうねえ。桃子はいつもいつも、気が気じゃないわねえ」
母はなぜか、私のことを同情しているようだ。
「…。俺、そんなにモテないって。だって、妻と子供がいるって、周りみ~~んな知ってるんだよ?」
「そんなの関係ないってば。自分の旦那よりかっこいい若い男の人がいたら、みんな喜んじゃうってば」
ひまわりが、なんでそんなことを知っているのかわからないけど、そう言った。多分、あてずっぽうだろう。それか、昼ドラの見すぎか。
「やばい~~~。お姉ちゃん、ほんと、いっつもお兄ちゃんにくっついていたほうがいいね。お兄ちゃんと凪ちゃんを2人だけで、外に出したら危ないよ」
ひまわりはそう言って、私の背中をバチンとたたいた。
「いった~~い」
もう、絶対にひまわりは面白がってる。
「凪ちゃん。さ、その辺をブラブラしてこようか」
父は、凪のことを抱っこして、歩き出した。
「さあ、お兄ちゃん。もう一回勝負しよう」
ひまわりはまた、バドミントンのラケットを持った。
「さ。お弁当は片づけますか。私、このまま駅で買い物してきちゃうけど、桃子はどうする?」
母は片づけをしながら、私に聞いてきた。
「え?私はここにいるよ~~」
そう言うと、
「そうね。しっかりと旦那さんを監視してないとならないものね」
と母は私の耳元でそう言って、それから鞄を持って、
「じゃ、お先」
と歩いて行ってしまった。
母も、面白がってない?もしかして…。
ああ、もう!私には一大事なのに~~~。
いったい、いつになったら、私の平安な時はやってくるのだろうか。