第53話 ファーストキスの相手
夕飯が済み、聖君とお風呂に入り凪を連れ2階に上がった。
凪はご機嫌で、おっぱいを飲むと布団の上で、おしゃぶりをして一人で遊んでいる。
「なぎ~~~。可愛いな~~~~~」
それをずうっと、聖君は眺めている。
「凪って腹筋すごいね。足をここまで持ち上げられるなんて」
「うん、ほんとだ」
「足も可愛いな~~。足の指も…。あ、凪の爪、伸びてる」
「聖君が切ってみる?」
「え?お、俺?」
「私の爪は切ってくれたじゃない」
「でも…」
聖君は凪の足を持って、指をじ~~っと見ている。
「よし」
どうやら、切る気になったらしい。
赤ちゃん用の爪切り…というか小さな可愛いはさみなんだけど、それを持って、聖君は凪の足の指をつまみ、
「き、切るよ?凪」
と言って、切ろうとした。だが、凪が、ひょいっと足を動かしてしまう。
「あ。あああ。危ない」
聖君は真っ青になっている。
「凪、頼むからじっとしてて」
「あ~~~~」
凪は、聖君の言うことも聞かず、足を思い切り持ち上げてしまった。
「凪、パパが今から、足の爪を切るんでちゅ。おとなしくしていてくだちゃい」
とうとう赤ちゃん言葉にまでなっちゃったよ。でも、顔は必死だよ?聖君。
凪は手をおじゃぶりして、そっちに気がとられたのか、聖君が足を持っても動かさなくなった。
「よし」
聖君はまた、チャレンジしようと凪の足の真ん前まで顔を持って行って、爪を切ろうとしている。
「う…」
あ…。聖君の手、震えてる。
「う…」
どうやら、必死で震えを止めようとしている。
「駄目だ~~~~~」
ああ。とうとう断念しちゃった。
「やっぱり、怖い。指を切りそう」
「そんなにこのはさみ、先もとがってないし、危なくないよ?」
「でも、怖い。桃子ちゃんがやっぱり、やってあげて」
聖君はぐったりしながら、布団に寝っころがってしまった。
「凪、爪切るね~~~~」
私は凪の足の指を持って、パチンパチンと素早く両方の足の爪を切った。
「すげ!早業!何それ!!!」
聖君は目をまん丸くして、びっくりしている。
「慣れたら聖君だってできるよ。今度、凪が寝ている時に、手の爪を切るのを挑戦したら?」
「う…うん」
聖君は布団に寝っころがったまま、凪を見ている。それからゴロンゴロンと回転して、凪のすぐ横に聖君は行くと、凪のお腹に顔をくっつけ、
「凪、くすぐり攻撃!」
と言って、凪のことを笑わせ始めた。
「きゃきゃきゃ!」
「凪、体操しよう。まずは手の体操」
聖君は凪の手を持つと、右や左に動かし、次に足を持って動かしている。そのたびに凪が声を立てて笑う。
「凪の足の裏、可愛い~~~~。んちゅ~~~~」
あ~~あ。凪の足の裏にまで、キスしてるよ。聖君ってば。
でも、凪をあやしている聖君を見ているのが、すごく好きなんだ。聖君、でれでれだけど、本当にすんごく優しい目をしていて、見てるだけで、私まで胸がいっぱいになってくるの。
は~~~~~。今日も最高に幸せだな~~~~。
翌日、おじいさんとおばあさんは、伊豆に帰っていった。もっとゆっくりしていけばいいのに…と聖君のお父さんもお母さんも言ったけど、
「春香がいっぱいいっぱいになっていそうで…。そろそろ帰ってあげないとね」
とおばあさんは、優しい表情でそう答えた。
「じゃあね、凪ちゃん。また夏休みに会いましょうね。それから結婚式には来るから、決まったらすぐに連絡頂戴ね」
「凪ちゃんのことどんどんビデオに撮って、パソコンで送って来いよ、聖」
「わかったよ。春香おばさんと櫂おじさんによろしくね」
「ああ。言っとくよ」
そして、聖君が大学に行くよりも早くに、お父さんが車で藤沢の駅まで送りに行った。
「藤沢に出ちゃえば、伊豆なんて電車でもあっという間だもんね」
お母さんがそう言って、お店の準備に取り掛かった。
「凪、夏に行こうな?」
凪を抱っこしている聖君は、凪に頬づりをしながらそう言った。
そうか。新百合ヶ丘からだと、伊豆って遠いイメージだったけど、ここからだとそう遠くもないのかあ。
ああ、早く私も伊豆に行きたいなあ。
「じゃあね、凪、パパ、大学に行ってくるからね。いい子にしてるんでちゅよ」
あ、また赤ちゃん言葉になってるし…。
「あ~~~~」
凪がちょっと表情を変えた。
「寂しいの?凪。今日、ママと一緒に大学来る?」
「いいから。さっさと行きなさい。ほら、凪ちゃん、リビングに行きましょうね~~」
聖君の腕から、ひょいっとお母さんは凪を受け取ると、さっさと家に上がって行った。
「ちぇ」
聖君は舌打ちをしてから、そのあと私のことを抱きしめてきた。
「今、店に2人きりじゃん。思い切りハグができるね」
あ、そういえば。杏樹ちゃんも、早々と学校に行っちゃったし。
「むぎゅ~~~~」
聖君にハグしてもらい、私も聖君を抱きしめた。
「じゃあ、行ってくるね、奥さん」
「うん。いってらっしゃい」
チュ。聖君は唇にキスをして、颯爽とお店を出て行った。
は~~~~~~~~~~。今日もかっこいい。ジーンズに、長そでのカットソー。ただそれだけなのに、なんであんなに、かっこいいのかな~~~。
は~~~~。今日も、またモテちゃうんだろうか。大学で。
リビングに行き、お母さんと交代で、凪のことを抱っこした。それから2階に行き、2階のホールに置いてある凪のゆりかごに凪を乗せた。
籐でできているゆりかごで、聖君や杏樹ちゃんも使っていたらしい。そこに凪を寝かせ、揺らしてあげると、凪は気持ちよさそうにしている。
私は、凪がゆりかごに揺られ、気持ちよさそうにしている間に洗濯物を干した。
「今日、天気が良くって気持ちがいいな」
あとで、凪と海に散歩に行ってこようかな。
それから、しばらく私は凪の横で、ゆりかごを揺らしながら、ぼけ~~っとしていた。
2階は階段を上がると、ちょっと広いホールがあって、ここでよくお父さんと聖君は筋トレをしている。そこからバルコニーにもつながっていて、洗面所にもつながっている。
夏になると、バルコニーにあるベンチに座って、聖君や杏樹ちゃんはアイスを食べたり、このホールで寝転がって涼んじゃったりするそうだ。
それにしても、このゆりかごは便利だ。椎野家に持って行くわけにはいかないかなあ。
凪、本当に好きみたいだしなあ、これ…。
でも、置くスペースが結局はないかもしれないなあ。
ダイニング?いや、やっぱり、邪魔。リビングもソファだけで、すでにいっぱいいっぱいだしなあ。和室には昼寝用の布団があるし。
あれ、やっぱり置く場所ないかあ。
私は、ゆりかごを揺らしながら、凪に子守歌を歌った。すると、凪はうとうとと寝てしまった。その横でいつの間にか、私もうとうとしてしまったみたいだ。
「桃子ちゃん、こんなところで寝ていたら風邪ひくよ」
起こしてくれたのは、聖君のお父さんだった。
「あ!す、すみません、な、凪は?」
「うん。まだ寝ているよ」
「もう、藤沢まで見送ったんですか?」
「ああ、道路、空いていたしね」
「…私寝ちゃったんだ。あ、お店の手伝いもしていないのに」
「大丈夫だよ。もう、紗枝ちゃんが来てくれてるしね」
お父さんは、ゆりかごで寝ている凪を優しい目で見ると、その横にあぐらをかいて座った。
「なんだか、聖がここで寝ていたのを思い出すなあ」
「…聖君もゆりかご、好きでしたか?」
「うん。杏樹もね。これは父さんが買ってきたものなんだ。聖が生まれてすぐに」
へ~~~~。
「聖は本当にやんちゃで、大変だったな。すぐ近くに公園あるだろ?あそこによく連れて行ったんだけど、目を離すとすぐに、どっか行っちゃうし…」
へ~~~~。
「そういえば、あの子、どうしてるかなあ」
「あの子?」
「すぐ近くに、よくうちに遊びに来た女の子がいたんだ。くるみとその子のお母さんが仲良くて、公園でもよく遊んでた」
「あ、もしかして、聖君のファーストキスの相手」
「え?誰から聞いた?」
「お母さんがそう言ってました」
「あはは。そっか。女の子が積極的でね。一個上だったんだけど、聖のお嫁さんになるって言って、聖にまとわりついてたよ」
お、お嫁さん?
「聖が5歳の時引っ越していっちゃったな~。旦那さんの転勤の都合でって言ってたけど」
聖君のファーストキスの相手か~~。なんだか、複雑。
「名前、なんていったかな~。確か…、絵梨ちゃんだったかな~」
お父さんは遠くを見ながら、思い出している。
聖君はその頃からもてちゃったのね。
その日は、お店の手伝いをすることもなく、ずっとリビングで凪とお父さんとのんびりとしていた。クロは凪の横で丸まっていた。
夕方は朱実さんがやってきた。今日は、やすくんじゃないんだな。だから、杏樹ちゃんも遅いのかしら。
そして5時ちょっと前、聖君が帰ってきた。
「な~~~ぎ~~~~~」
リビングに一直線でやってくると、凪を抱っこしてほっぺにキスをしている。
「会いたかったよ~~~」
でれでれだ。
「聖君、おかえりなさい」
「桃子ちゃんも、会いたかったよ」
チュ。私のおでこにも聖君はキスをした。
うわわ。お、お父さんがいるってば。
「今日は奥さん一緒じゃないのかって、みんなに言われたよ」
「そうだったの」
「さて、店の手伝いしてきますか。じゃ、凪、またあとでね」
聖君はさっさと着替えをして、お店に出て行った。
「慌ただしい奴だね、あいつは」
お父さんはそう言うと、くすっと笑った。そしてまた、テーブルに向かい、パソコンを打ち始めた。聖君のお父さんは、凪がここにいるからか、最近自分の部屋ではなくリビングで仕事をするようになっちゃったなあ。
「桃子ちゃん、ごめ~~ん。ちょっと手伝ってくれる?」
「はい」
お母さんにお店から呼ばれ、凪をクロに預けて私はお店に出た。
「スコーンなくなっちゃいそうなの。焼くのを手伝ってほしくって」
「わかりました」
キッチンに入り、スコーンを作る手伝いをした。ホールには朱実さんと聖君がいて、お客さんはひと組いるだけだった。
「朱実ちゃん、最近デートしてるの?」
何と唐突なことを聖君は聞いてるんだろう。
「してないよ。彼、忙しいんだもん」
「就活か。もう彼氏4年だったっけ?」
「うん。向こうが働きだしたら、付き合って行けるのかなあ」
「え~~、大丈夫じゃない?」
そんな会話をキッチンの横で二人はしていた。そうか。朱実さんの彼って、大学4年なんだ。
そして一組いたお客さんも会計を済ませ、帰って行った。
この時間は、あんまりお客さん、来ないんだよね…。なんて思っていると、カラン…とドアが開き、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
聖君の爽やかな声がした。すると、
「聖君だ~~~~~~~~~。きゃ~~~~~~~~~!」
というけたたましいくらいの、大きな声がホール中に響き渡った。
キッチンにいた私もお母さんもびっくりして、思わずホールに顔を出しに行ってしまった。
「すご~~~い、かっこいい~~~~~」
ホールには、いきなり女の人に抱きつかれ、固まっている聖君がいた。
だ~~~~~~!!聖君に抱きつかないで!と、聖君のもとに飛んで行こうとしたとき、もう一人お店に入ってきた人が、
「絵梨!聖君がびっくりしてるわよ」
と言って、その女の子を聖君から引きはがした。
「実和子?!」
聖君のお母さんは、目を丸くしてそう叫んだ。
「くるみ!久しぶり。江の島に帰ってきたわよ~~~」
「きゃ~~~~!」
2人でおたけびをあげて、手を取り合って喜んでいる。
「なんで来る前に連絡をくれないの?」
「驚かせようと思って!」
「絵梨ちゃん?わ~~~。すっかり変わっちゃってわからなかったわ」
「聖君だって、すんごいイケメンに育っちゃったじゃないの~~」
聖君は2人に圧倒されつつも、私と朱実さんのいるほうにやってきて、
「び、びびった」
と小声でつぶやいた。
「誰?」
朱実さんも小声で聞いた。
「知らない。でも多分、昔近所にいた人」
ああ!さっき、お父さんが話してくれた女の子だ。聖君の、ファーストキスの相手。絵梨ちゃん。
「ここに座って、何か食べて行く?」
「じゃあ、スコーンもらおうかな」
「わかったわ。あ、絵梨ちゃんもここに座って。聖!ほら、こっちに来て挨拶しなさい。絵梨ちゃんよ。あなたも覚えているでしょう?」
「…」
聖君は眉をしかめ、でもすぐに営業用スマイルになって、お母さんの隣に行った。
「どうも。聖です。ご無沙汰してます」
「ほんと、かっこよくなったわね~~。絵梨、あんたさっき勝手に抱きついたりして、謝りなさい」
「ごめんなさい。でも、すごく嬉しくって。ずっと聖君に会いたかったから」
え?なんで?
「絵梨、誰かのブログで聖君の写真を見て、ずうっと会いに行きたいって言ってのよね」
「ブログ?あ、そういえば、写真撮られて勝手に載ってたことがあったわね」
お母さんはそう言って、笑った。
「実物はもっとかっこよかった。聖君、本当にかっこよくなったね」
うわ。絵梨さんの目、ハート…。
「……どうも」
聖君は思い切り、愛想笑いだ。
「絵梨ったら、いまだに聖君のお嫁さんになるんだって、そりゃもううるさくって」
え?!
「聖のお嫁さん~~?そういえば、よくそんなこと絵梨ちゃん言ってたもんね~」
聖君のお母さんはまた笑った。聖君は愛想笑いもやめ、顔を引きつらせている。
「にぎやかだと思ったら、実和子さんじゃないか」
リビングから聖君のお父さんが、凪を抱っこしてやってきた。凪はほんのちょっとぐずり気味だ。眠いのかな。おっぱいの時間はまだだよね。
「あ!爽太君。久しぶり~~。爽太君も相変わらず、若いしかっこいい。って、くるみ!あんたいつ産んだの?3人目?」
「やだ。さすがにこの年で無理よ~~。もう、私おばあちゃんになっちゃったのよ」
「…おばあちゃん?」
「そう。この子は聖の子。凪っていうの。可愛いでしょう?」
「聖君の子?また~~!そうやって私のことからかって。誰?近所の子?」
実和子さんは信じようとしない。
「俺の娘です。凪、おいで」
聖君は凪をお父さんから受け取ると、抱っこしてゆらゆらと揺れ出した。凪は指しゃぶりを始めて、目をとろんとさせている。
「…う、うそ。うそだ~~」
絵梨さんが顔を青くして、そう言った。
「絵梨ちゃん、聖のお嫁さんになりたいって言ってくれてありがたいんだけど、聖、もう結婚してるのよ」
お母さんが絵梨さんにそう言うと、絵梨さんは泣きそうな顔になり、
「う、嘘でしょう~~~~~」
と、声にならない声でそう言って、そしてボロボロと涙を流しだしてしまった。
聖君は凪を抱っこしながら絵梨さんを見た。それから困ったような顔をした。
「絵梨ちゃんも実和子さんも、リビングに上がらない?」
聖君のお父さんがそう言うと、お母さんも、
「そうよ。ゆっくりしていけるでしょ?」
と言って、2人をリビングに連れて行ってしまった。
「…凪、私が連れてくね」
私は聖君の腕から、凪を受け取った。
「…まいったな。えっと、絵梨ちゃんだっけ?」
「うん」
「まるっきり覚えてないし、あんなに泣かれても」
「…覚えてないの?」
「まったく…」
「聖君のファーストキスの相手だよ?」
「そういう言い方しないで、桃子ちゃん。って、桃子ちゃんだって、幹男がファーストキスの相手でしょ?俺じゃなくて」
そうでした。
「じゃ、桃子ちゃんもちょっと、大変かもしれないけど、ごめんね?あと、よろしくね」
「うん」
私は凪を連れて、リビングに上がった。
「あ、桃子ちゃん。スコーンは聖に焼かせるから、よかったらここで、一緒に話でもして?それじゃ、私はお店に戻るわね。実和子、積もる話はまたあとでね」
そう言って、お母さんはお店に戻って行った。
「…桃子さん?あなたが聖君の奥さん?」
凪を抱っこしている私をじいっと見ながら、絵梨さんが聞いてきた。
「はい」
私がうなづくと、絵梨さんはまた顔をくしゃっとして、泣き出してしまった。
「もう、絵梨。だから言ったでしょ?聖君だって、彼女くらいいるわよって」
「彼女がいたって、頑張るつもりでいたもん。でも、まさか、結婚してるだなんて」
絵梨さんはしゃくりながらそう言った。
「そりゃそうだよね。まさか、19歳で結婚もして、子供もいるなんて思わないよねえ」
聖君のお父さんが、呑気にそんなことを言っている。
「ほんと、びっくりだわ。籍はもう入れてるの?」
実和子さんがお父さんに聞いた。
「去年の夏にね」
「じゃ、できちゃった婚…」
「俺と一緒だね」
聖君のお父さんは、そう言ってにこっと笑った。
「桃子さんもまだ、若いんじゃないの?今、いくつ?」
「18です」
「まあ。若い」
そう言う実和子さんの横で、また絵梨さんは泣いている。
「絵梨。あんたいい加減にしなさい。だいたい、遠く離れて会ってもいないのに、勝手にお嫁さんになるんだなんて言って、20にもなって、夢みたいなこと言ってるから。さっさとあんたも現実見て、周りの誰かと付き合えばよかったのに」
実和子さんにそう言われ、絵梨さんは、
「でも、あんなかっこいい人、いなかったじゃない」
と口をとがらせた。
「絵梨ちゃんも可愛いんだし、モテるんじゃない?」
お父さんが優しくそう言うと、
「駄目駄目、この子は妄想癖が強くって、リアルな恋ができない子なのよ」
と実和子さんは首を横に振った。
「妄想癖?」
「そ。いつか王子様が~、みたいな。それも、その王子様は、聖君だったわけ」
確かに!聖君なら王子様っていっても似合うかも。
「も、桃子さんは、聖君とどこで知り合ったの?」
絵梨さんが涙を拭いて、私に聞いてきた。
「海で」
「ナンパされたの?」
実和子さんがそう私に聞いてきた。
「聖君はナンパするわけない」
「絵梨!聖君だって、ただの男の子なの。あんた、聖君に対して変な理想を抱いてるわよ」
「そ、そんなことないもん」
そっか。聖君を美化してるのかもなあ。
「ナンパじゃないです。海の家で聖君がバイトをしていて、私の友だちが声をかけて、それで、友達同士で仲良くなって」
「まずはグループ交際みたいな?」
「えっと。そ、そうかな?」
「それで、どっちが告白したの?」
絵梨さん。そういうの聞きたいのかな。私だったら、そういうこともあまり知りたがらないと思うんだけど。
「えっと。告白も特に。私が好きだって言うのを、友達がばらしちゃって、聖君が知ったっていうくらいで。あ、でも、私って、聖君を好きだっていうのが丸わかりだったみたいで」
「あはは。確かにね。桃子ちゃん、すぐに真っ赤になるし、わかりやすいよね」
お父さんに笑われてしまった。
「もう、お付き合い長いの?」
実和子さんが質問してきた。
「高校1年の時からだから…」
「まあ、長いのね」
絵梨さんはそれを聞いて、愕然とうなだれてしまった。
「私、その頃、確かおっかけしてたかも」
「絵梨、ミーハーで、アイドルのおっかけを高校生の頃ずっとしてたのよねえ」
花ちゃんみたいだな。
「聖君と桃子さんは、そんなに長い間愛をはぐくんできたんだから、あんたもあきらめがついたでしょ?」
「…ん~~~。無理~~」
そう言って、絵梨さんはまた泣き出した。
あわわわ。
「しょうがない子ね、本当に」
実和子さんはそう言って、絵梨さんの頭をぽんぽんってしている。
「ま、泣きたいだけ泣いたらいいよ」
聖君のお父さんは優しくそう言った。
私は、やっぱり、複雑な心境でいた。私のせいでもないし、聖君が悪いわけじゃないのに、なんだか、心が痛んじゃうなあ。