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第50話 みんなライバル?

「あ!」

 聖君は慌てて立ち上がり、私を背中で隠した。

「す、すみません。勝手に入って。えっと、ここ、これから使うんですか?」

「いいえ。隣りの会議室をこれから…。そうじゃなくて、こんなところに入り込んで何をしてるんですかって聞いてるんです!」


 女の人がまた、わなわなと震えてそう大声で聞いてきた。

「あ、搾乳を…」

「…搾乳?!!」

 その人は、目を丸くさせ、また大声で聞いてきた。


「すみません。俺の奥さん、今日大学のサークルに出るために来たんですけど、ちょうどおっぱいの時間になっちゃって」

「お、おっぱい?」

 まだ、目をまん丸くしている。

「はい。娘は家に置いてきたから。あ、祖母と祖父が見ててくれてるんです。多分、哺乳瓶でミルクを飲んでると思うんですけど、あの…、奥さんの方はおっぱいが張っちゃうと辛いらしくって、それで、搾乳を」


「…」

 その人は、聖君が私を隠しているのにもかかわらず、顔を覗き込むようにして私を見て、私が手にしている哺乳瓶を確認したようだ。


「それだけですか?」

「あ、はい。それだけです。今、胸が張って痛そうなんで、ちょっと俺も、大丈夫かなあって思って、その…」

 うそばっかり~~~~!!!!!!思い切りにやけながら、エッチなことしようとしてたくせに!


「…わかりました。でも、終わったらすぐに出て行ってください。あと30分したら、隣の会議室も使いますから、人が来るでしょうし。それまでに出て行けますよね?」

「はい。10分もあれば…」

 私がそう言うと、その人は、

「大変ね。赤ちゃんがいると…」

とぽつりとそう言って、ドアに手をかけた。


 そして振り返り、聖君をまじまじと見てから、

「ああ…。じゃあ、あなたが榎本君ね。学生結婚をして、子供も生まれて、そのためにバイトも頑張って奥さんを大事にしているという噂の」

と表情を和らげそう言ってきた。


「あ、はい、そうです」

 聖君が、てれくさそうに頭を下げた。

「そう…」

 それだけ言うと、その人は、部屋を出て行った。


「び、び、びびった~~~~~~」

 聖君は、へなへなとベンチシートに座り込んだ。

「あほ。聖君があんなことをしてるからだよ」

「ごめん。つい、桃子ちゃんの色っぽい声で、欲情しちゃって」


「もう~~~。聖君のスケベ親父!」

「はい。反省してます」

 聖君はそう言うと、またすっくと立ち上がり、

「会議するって言ってたね。今の女の人だからよかったけど、変なおっさんに桃子ちゃんの胸見られるの、絶対に嫌だから、隠してるからね。ちゃっちゃと搾乳して出て行こうね?」

とてきぱきとそう言った。


 まったく。聖君のスケベ親父にも、ほんと、まいっちゃうよ。ナンパ野郎のことを言えないってば。

 でも…。

 ちら。私に背を向けて、壁になっている聖君の背中を見ると、なんだか愛しくなってきた。


 私は搾乳を終え、服をちゃんと直してから、立ち上がった。そして聖君の背中に抱きついた。

「終わったよ」

「桃子ちゃん、抱きついてきたら、俺、またその気になるよ」

「駄目」


 そう耳元で言ってから、私は離れた。

「もう、桃子ちゃんのほうが、小悪魔だよ」

「何?それ?」

「俺をその気にさせておいて、じらしてくれてさ」


「そんなのしてないよ~~~」

「でも、今だって抱きついてきた」

「だって、聖君の背中が愛しかったんだもん」

「……ああ!だから、それ!こんなところで、そんな殺し文句言わないで。抱きしめたくなるから」


「そ、そうなの?」

「それに、キスもしたくなる」

「駄目」

「だから、その「駄目」っていう口調が小悪魔的」


「何それ~~~」

「押し倒したくなる」

「駄目ったら駄目!ほら、もう行くよ!じゃないと、隣の会議室に人来ちゃうんでしょ?」

 私はそう言って、ドアを開け、スタスタと廊下を歩き出した。


「桃子ちゃんのいけず~~」

 何がだ~~~!

「じゃ、家に帰ったら、思い切り…」

「うん。甘えていいよ」

 そう言うと、聖君の顔はいきなり、にやつきだし、

「やったね」

と小声でガッツポーズをした。


 もう、可愛すぎるよ。本当に。


「聖君、ごめんね?講義ほっぽりだしたんでしょ?」

 聖君の腕に引っ付いてそう聞くと、

「大丈夫。教授に奥さんの緊急事態だって言ったから」

と聖君はにっこりと笑ってそう言った。


「き、緊急事態?!」

 それ、返って大変なことになってない?今頃。

「さ~~て、戻るのもなんだし、帰ろうか」

「え?い、いいの?」


「うん。もう授業ないし」

「で、でも、まだ戻ったら間に合うんじゃない?」

「一緒に来る?」

 ブンブン。首を横に振った。緊急事態って言った後に、ひょっこり顔を出したりできないよ。


「榎本君!」

 その時、女の人の声が後ろの方からした。廊下の向こうからその人は小走りで走ってくる。

「やばい。見つかった」

 聖君はしまったって言う顔をしている。


 私は聖君の腕から離れようとしたが、

「いいよ、引っ付いてて」

と聖君に言われてしまった。

 さっきは、ひやかされると恥ずかしいって言ってたのにな。


「やっとつかまった~~~。もう、A棟に行っても、いっつもいないんだもん。ねえ、あの件どうしてもだめなの?」

「うん。絶対に断る」

「どうしても?バイト代、ちゃんと払うわよ」


「いらないよ」

「でも…。あ、この子、誰?さっきから、榎本君に引っ付いてるけど、妹さん?」

「なんでみんなして、妹だと思うかな。どうしたら、奥さんだって一目見てわかるんだろ。腕組んでてもダメ?じゃ、お姫様だっこでもして歩こうかな、俺」


 ええ?ちょっと、何を言ってるの、聖君。

「奥さん?え?うそ!」

「ほんと。俺の奥さん。あ、そうだ。奥さんの許可が取れたら引き受けてもいいよ」

「え~~~!本当に?今の絶対に忘れないでよ。あれはなかったことにって言っても、もう無理だからね」


「いいよ。だから、今、聞いてみて」

 なんのことかな。バイト代って…。なんだろう。

 私がまだ聖君の腕に引っ付いたまま、きょとんとしていると、

「本当に奥さん?」

と、その人は首をかしげた。


 う…。そんなに私って幼いかなあ。

「可愛いわよね。高校生って言っても通るんじゃない?」

「そりゃね。ついこの前まで、高校生だったしね」

 聖君は、またかっていう顔をして言い返した。


「その奥さんに頼みがあるの。実は私、美術部なんだけど、聖君に絵のモデルを頼んでいるのよ」

「絵のモデル?」

 すご~~い。

「そうなの。ぴったりだと奥さんも思わない?こんなにかっこいい人そうそういないし」

 思う、思う。コクコクと私がうなづくと、

「ちゃんと説明してね、奥さんに。絵のモデルっていっても、ヌードだよ。ヌード。それも、全裸」

と聖君が口を挟んできた。


「……」

 全裸?

「え~~~~~!!!!聖君の全裸?!」

「そうだってさ」


「ダメダメダメダメ!無理無理!絶対にダメ~~~~~~~ッ!!!!!」

 私は思わず、聖君の前に立ちはだかり、両手を広げてそう叫んだ。

「…そ、そんなに叫ばなくたって」

 その女の人は、耳を両手でふさぎながら、目を細めてそう言った。


「ね?奥さんの許可、ぜ~~ったいに下りないでしょ?だから、断る」

 聖君はそう言って、じゃ…とその人に手を軽く振り、私の腰を抱き、歩き出した。

 私はまだ、鼻の穴を全開にして、ふうふうと興奮していた。


「聖君の肌を他の人が見るなんて。それも、全裸だなんて。絶対に、絶対に、絶対に、嫌!」

「だよね?」

「ぜ~~~~ったいに、嫌」

「うん。わかった。桃子ちゃん、そんなに興奮しないで。俺もちゃんと断ったんだからさ。なのにあの人、しつこくって。でも、奥さんがこんだけ拒否したんだから、もうあきらめたと思うよ」


 ギュム!私は聖君に思わず抱きついた。

「わ!桃子ちゃん。今周りに人がいないって言っても、ここ、大学…」

 ぱっと離れて、今度は腕に引っ付いた。

「わ、私だってまだ、聖君の全裸は、見るのに抵抗があるのに」


「……あ、そうなの?」

「それなのに、なんで他の女性が見ちゃうわけ?と、とんでもないよ」

「うん、だよね?」

「お、奥さんの私ですらまだ、恥ずかしいのに」


「…恥ずかしいんだ」

「なのになんで…」

「うん。だからね?断ったんだからさ。桃子ちゃん、大丈夫だよ。心配しないでも。誰にも見せないってば」

 ギュウ。誰にも取られないように、私は思わず思いっきり聖君の腕にべったりとくっついた。ああ、「売約済み」とか、「桃子のです」とか、そんな札を聖君の首から下げたいくらいだ。


「なんだか、大学の女の人って、高校の頃と違っていろいろといてさ。ああいう変な人もいるんだよね」

「へ、変な?」

「あ、心配しないで。俺、ほんと、無視してるし」

「他にもいるの?!」


「いや、ほんと、心配しないで」

 心配だよ~~~~。

 ぎゅ~~~。もう、ずっとこうやって、聖君に引っ付いて歩きたいくらいだ。

 階段を下りる時も、ギュって引っ付いていた。すると、階段を上ってくる女の人が、

「あ!」

と大きな声をあげた。


「…やべ」

 聖君の小さな声も聞こえた。もしや、また変な女の人?

「…え、榎本君。その人、だあれ?」

「奥さんです」


「…え?」

「今日、大学のサークルのビデオ上映会に来たいって言うから、連れてきました」

 聖君はやけに余裕の笑みを浮かべて、その人に落ち着いて話している。

「お、奥さんなの?」


「はい」

「…高校生だった、あの奥さん?」

「はい」

「…すごく可愛いって言ってた、あの奥さん?」

「はい」


 …すごく、可愛い?うわ。そんなことを言ってたの?顔が一気に熱くなった。

「…なんでそんなに、引っ付いてるの?いつもなの?」

 その人は逆に青ざめている。

「はい。いっつもべったりです。すんごく仲がいいんで」


 …聖君、ちょっと変?こんなこと言うの、珍しくない?シャイでそう言うこと、あまり言わないし、言ったとしてももっと照れながら言うよね?

 でも、今は顔が、思いっきりあれだよ、営業スマイルだよ。お店にいる時の聖君みたいだ。


「そ、そうなの。へ~~~~~~…」

 それに、女の人も引きつってる。なんで?何かあるの?この人と…。

 大人っぽい人だ。きっと年上だ。お化粧ばっちりの顔と、長いストレートの髪。それに、なによりも色っぽさを増して見せるのは、服の上に着ている白衣。その白衣から覗いている膝上のスカートと足がやけに色っぽく見える。


「それじゃ」

 聖君はまたニコリと微笑み、私と一緒に階段を下りだした。その人は私たちの横を、通り過ぎた。

 あ、いい匂い。香水?


「榎本君」

 その人が、踊り場から振り返り、聖君に声をかけた。

「はい?」

「あなたが、私にまったくなびかない理由が、ようやくわかったわ」

 なびかない?何それ。まさか、ずっと言い寄ってた?!


「あなた、ロリコンなのね。それじゃ私みたいな、大人な女性、無理よねえ」

 その人はそう言うと、にこりと微笑み、私にも上から目線で微笑むと、颯爽とヒールの音をカツカツと響かせ、階段を上って行った。


「ロリコン?」

 聖君が、思い切りムッとした顔でそうつぶやき、

「桃子ちゃんの色気は、誰にも負けないのに。まったく、勝手なこと言ってろって感じだよな」

と、独り言のように言って、それからまた歩き出した。


「言い寄られてたの?」

「…まあね。あ、勝手にあっちが、変なこと言ってただけだから。まじ、気にしないで」

「たとえば?」

 ドキドキ。聞いていいのかな。聞かないほうがいいのかな。でも、知りたいかも。


「だから、前にも言わなかったかな。去年の夏、榎本君なら、ひと夏の経験をしてもいいだの、体をあげても、後悔しないだの言ってた、かなり怖い人」

 う。聞いたことあるかも。それを言ってた人だったの?


「それ、確か偶然、聞いちゃったんじゃないの?じゃ、そのあと、直にそんなことを言われちゃったの?」

「…うん」

 え~~~~!!

「い、い、いつ?」

「クリスマスの前あたり?」


「まさか、クリスマスに私をあげる…とか、そんなこと?」

「ああ、そんなようなこと」

 うそ~~~~!!!!!! うそでしょ。

「いらないですって即行断ったけど」


「え?」

「俺、可愛くって大事で、めちゃくちゃ愛してる奥さんがいるから、いりませんって断った。でも、そのあとも、けっこうしつこくってさ」

「…」

 めちゃくちゃ愛してる奥さん?


「そのたびに、桃子ちゃんのことを言ってたんだけど…。あ、でも、今日でやっとこ、俺のことあきらめる気になったかも。そうか。桃子ちゃんにとっとと会せたら良かったんだ」

「ロリコンだってわかるから?」

「だから!なんで、当の本人がそんなこと言っちゃうかなっ!桃子ちゃんはね、十分、綺麗だし、魅惑的だし」

 み、魅惑的?


「あ、小悪魔的な部分もさっき、発見したけど」

 え?

「あ~~。もういいや。ロリコンでもなんでも。勝手に言ってろって感じだよね。はいはい。いいんです。俺はとにかく、奥さん一筋の男なんです」


 なんで開き直ってるの?

「聖君」

 べったり。また聖君の腕に引っ付いた。

「ん?」

「聖君は、ちゃんといつでも、私のことを言ってくれて、断ってくれてるんだね」


「当たり前でしょ?」

「うん」

「安心した?」

「ううん」


「え?」

「まだ、ちょっと不安。毎日こうやって、腕に引っ付いて歩いていたくなった」

「あはは!それ、いいね。そうする?俺も、言い寄られないで済むし、気が休まるかも」

「大学で、気が休まらなかったの?」

「う~~ん。ちょっとね。あ、俺の学部は男のほうが多いし、野郎とばかしてたら、楽なんだけどね?」


「サークルは?」

「うん。カッキーのことも一件落着してたし、サークルは居心地よかったんだけど、でも、また東海林さんのことがあるからなあ。ねえ、サークルでも桃子ちゃん、俺に引っ付いててくれない?」

「そうしたい…。でも、そうするわけにもいかないし。あ、でも、麦さんが、ちゃんと見張ってるって言ってくれたから、安心かな?」


「麦ちゃんが?」

「あ…」

 思い出した~~。私を好きだって言われたんだった!

「ん?なんかあったの?いきなり顔が沈んだけど」


 聖君が私の顔を見て気が付いたらしい。

「あのね、麦さんって、私のこと…、好きみたいで」

「うん。だから俺も言ったじゃん。好きみたいだよって」

「え?」

 あ、そういえば。


「やっぱり、本当に好きだったんだなあ…」

「…うん。ど、どうしたらいい?」

「どうしたらって。まさか、付き合おうって言われたわけじゃないんだよね?」

「もちろん、そんなこと言われてないよ」


「じゃ、いいんじゃないの?俺だって、桐太にいまだに言われることあるけど、気持ちに応えることはできませんって言って、友達してるんだし」

「え?」

「ん?」


「…いまだに、何を言われてるの?」

「だから、俺のことが好きだって」

 うっそ~~~~~!!!!桐太、聖君に言い寄ってたの?知らなかった~~~~!


「だから、言ったじゃん。あのカップルは変だって」

「う…」

 そういうことだったのか!


 ギュム~~~。私は人が周りにいるカフェに来てもまだ、聖君の腕に引っ付いていた。

「桃子ちゃん?あの…、みんな見てるよ?」

「いいの」

 だって、私わかったんだもん。全然安心なんてしていられなかったって!

 あの桐太ですら、まだ言い寄っていたなんて。じゃあ、この大学だって、女の人だけじゃなくって、男の人だからって安心できないってこと?


 周りみんなが、ライバルに見えてきちゃった。

「誰?あの、榎本君に引っ付いてる子」

「妹?」

「奥さんだってさ」


「え~~~」

「奥さんなの~~?」

 そんな声が聞こえてきたが、それでも私は聖君の隣にべったりとくっついていた。

「…ま、いいけどね。夫婦なんだし、べったりしてても」

 聖君が小さな声でそう言って、頭をぼりって掻いて照れているのも無視して。



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