第43話 見守ろう
聖君は隣でショックを受けてるみたいだけど、私はそのまま耳を2人に傾けていた。
「もしかして、それが杏樹ちゃんの初恋?」
やすくんが聞いた。ほんのちょっと声が沈んでいる気がするけど、気のせいかな。
「うん。そう。でも、私、好きになったの初めてだったし、どうしたらいいかもわかんなくって、両思いになっても、どうしていいかもわかんなくって」
「え?両思いだったの?」
やすくんがびっくりして、声をあげた。
「う、うん。だけど、受験が終わるまで2人で会うのは控えようって言われたの。その人、頭良かったんだ。その人が受ける高校に私も受けようって、頑張ったけど、全然無理で、結局違う高校に受けて、それから、電話したりメールしていたんだけど、だんだんとそういうのもなくなって」
「…高校入ってからも、会ってたの?」
「ううん。全然会わなくなっちゃった。あ、朝ね、その人に合わせて電車に乗ってたの。でも、時間かえられちゃったし。きっと避けられちゃったんだよね、私…」
そんなことがあったの知らなかった。きっと、聖君も知らなかったよね。今、また別のショックを受けてるみたいだし。
聖君の顔、真顔だもん。何かを考えているんだろうなあ。
「そっか。でも、気にすることないよ。そんなにさ…」
やすくんがそう言って、杏樹ちゃんを慰めている。
「…どうしたら、女の子らしくなれるかな。本当にお姉ちゃんみたいになりたいんだ。お姉ちゃんをお兄ちゃんが、あんなに好きなの、わかる気がするの。だって、私が男だったらきっと、お姉ちゃんのこと好きになるもん」
「…そう?」
「やすくんだって、お姉ちゃんが好きでしょ?」
「俺の場合は、その…。聖さんのことを一途に思ってる桃子さんに惹かれたんであって。それで、そんな桃子さんを大事に思っている聖さんを見てて、そういうのいいなってさ」
「…え?」
「俺、女の子と付き合うの、全く興味なかった。前に付き合ったことあるけど、疲れただけだったし。だけど、あの二人を見ていたら、羨ましくなって。俺も、あんなふうに大事に思える子ができたり、大事に思われたら嬉しいだろうなってさ」
「…そうなんだ」
「杏樹ちゃん、大丈夫だよ」
「え?」
「十分、女の子らしいし。杏樹ちゃんの良さをわかってくれるやつ、現れるから」
「私の良さ?そんなのある?」
「あるよ。自分ではわからない?」
「うん。全然わかんない。わがままだし、おおざっぱだし、女の子らしいことなんにもできないし」
「そうかな。お店で手伝っているの見てるいと、いろいろと気を使って動いてるし、つねに笑顔は絶やさないし、すごいなって思うけど」
「そんなの、全然…」
杏樹ちゃんはそう途中まで言うと、黙り込んだ。
「それに、明るいし」
「ううん。そんなことないの。私、明るくないよ。ひまわりちゃんは本当に明るいけど、私はけっこう、いろんな事うじうじ考えちゃうし、暗いところあるもん」
杏樹ちゃんはそう言うと、ため息をつき、
「自分ではわかんなかったんだ。でも、好きな人ができてわかったの。私って暗いって」
とそうつぶやいた。
「それ、誰でもそうなるんじゃない?特に相手のことを本気で思ったら」
「そ、そうかな?」
「まだ、その好きだったやつのこと、忘れられないの?」
「ううん。それは、もう…」
杏樹ちゃんはまた、口ごもった。
「もっと、自信持っていいよ。まじで。そのままでいいと思うよ?」
「それ、お兄ちゃんも言ってくれるの。でも、お兄ちゃんは血のつながった兄弟だから、そんなふうに思えるんだと思う」
「…俺は、兄弟でもなんでもないけど?」
「いいよ。やすくんが慰めで言ってくれてるのわかってるし」
「……」
やすくんは黙り込んだ。
「あのアホ。なんでそこで、黙るんだ」
聖君がまた、声を潜めてそう言った。
「ありがと。ごめんね?なんだか、愚痴言ってるみたいになっちゃった」
「……いや」
やすくんは、そう言うと、なぜだかまた黙り込んだ。
「やすくん?」
杏樹ちゃんがやすくんに声をかけた。
「…杏樹ちゃんは、今、好きな奴いるの?もしかして、それで悩んでいるの?」
「え?」
「片思い?それとも…」
「か、片思い。思い切り」
杏樹ちゃんが思わず、そう大声で言った。
「そうなんだ」
「う、うん」
「……そいつのこと、本気で好きなんだ」
「うん」
「……そっか」
やすくんがまた、黙り込んだ。
「杏樹、コクれ」
聖君が横で、じれったそうにしている。
「し~」
私はまた、聖君の口を押えた。
「そうか。健気に思ってるんだね」
「…健気?私が?」
「うん。なんだか、杏樹ちゃんって健気だなあって思ってさ」
「……そうかな」
「そういうところ、可愛いと思うよ。きっとそいつもわかってくれるんじゃないかな」
「え?!」
「なんていうのかな、いつも元気で明るくって、パワフルで。でも、そんな恋に悩んでいるところももし相手が知ったら、そのギャップにきっと惹かれるっていうか」
「こんな暗い私に?」
「暗くないよ。しおらしいっていうか、女の子らしいって思うけど、俺は」
「ほ、本当に?!」
杏樹ちゃんが今にも泣きそうな声を出している。ああ、私まで泣きそうだ。
「う、うん。本当に」
杏樹ちゃんが黙った。でも、ぐすって鼻をすすったのが聞こえた。あ、あれ?本当に泣いちゃった?
聖君もすごく気にしているようだ。
「あ、杏樹ちゃん?」
あ、やすくんも気にしている。
「ご、ごめんなさい。こんなことで、私」
「いや、いいけど…。でも、何で泣いてるの?」
「私、暗くって情けなくって、それなのに、女の子らしいって言ってくれたから」
「…そ、そうなんだ」
「やす、やられた」
聖君が隣でまた、息を殺してそう言った。
やられたって?何?
「それで泣いちゃったんだ…」
「ごめんなさい」
「……いや、いいんだけど…」
やすくんと杏樹ちゃんは、しばらく黙り込んだ。
「話聞いてくれてありがとう。私、もうお風呂に入らないと」
「あ、うん。俺も帰るよ」
「ごめんね?引き留めて」
「いや、いいよ。それじゃ」
杏樹ちゃんは、小走りに走り、リビングに上がって行った。私と聖君は思い切り小さくなって、杏樹ちゃんにばれないようにしていた。
やすくんは、まだお店の中にいた。
「は~~~」
あ、やすくんのため息。
「は~~~」
あ、まただ。
「やべえ」
あれ?今度はなんだ?
「泣くかな。あんなこと言ったくらいで」
え?まさか、困っちゃったの?
「……ああ、やばいって」
独り言でかいなあ。でも、聞いてていいのかなあ。私たち。横でしゃがんでる聖君を見た。すると、聖君は何やら、にやけていた。
「あ~~~~~!」
やすくんは、どうやら、頭を掻きむしってるみたいだ。なんだ?どうしたんだ?
「でも、どうしうようもないじゃん」
え?
「ちきしょう。なんで、あんなに…」
え?
「可愛いんだよ…」
ええ?!もしや、もしや、杏樹ちゃんのこと?!
「やったね」
聖君は隣で思い切り、ほくそえんだ。
やすくんは、ガタンと椅子から立ち上がり、ドカドカとホールを歩くと、お店を出て行った。
「やれ、やっと行ったか。ああ、足が痛い。ずっとしゃがんでいたから。桃子ちゃんは大丈夫?」
「うん。もう床に座ってたし」
「ケツ、冷えなかった?」
「うん、大丈夫」
私は聖君に腕を持ってもらって、立ち上がった。すると、聖君はそのまま私を抱きしめた。
「聞いていたことは、くれぐれも2人には内緒だよ?わかってるよね?」
「え?う、うん。もちろん。ばらせないよ、そんなこと…」
「それにしても、俺がどうにかひと肌脱がなくても、なんとかなりそうだね」
「え?」
「あいつ、やっと杏樹のことが好きだって、自分で認めたみたいだし」
「可愛いって言ってたもんね?」
「そう、やられてたね。完全に」
「泣いちゃったから?」
「そう。それも、自分が言った一言に感動して杏樹が泣いちゃったんだ。あれは男として、絶対にやられるでしょう」
「そうなの?もし、聖君他の子に泣かれたら」
「あ!言っとくけどね。好きな子にそうやられたら、っていうのが前提だから」
「え?」
「もともと、あいつは杏樹が可愛かったんだ。でも、そう言うの自分でわかってないっていうか、どこかで妹みたいに思ってるって、自分でそう思い込んでいたんだ」
「あ、うん。言ってたもんね?妹みたいだって」
「そう。だけど、そうじゃないって確信したんだよ。さっき」
「…なんだか、ちきしょうって、頭掻きむしってたみたいだけど?」
「そりゃそうでしょ。杏樹ってば、好きな奴がいるって言っちゃったんだから」
「あ、そうか。自分のことだって気が付いてないのか」
「そう。さあて、どうするかな。あの二人、楽しみだね」
「いいの?実は両思いなのに、ほっておいて」
「………そんなの、本人同士がどうにかしないと、面白くないでしょ?」
「面白がってていいの?兄として」
「うん。ここをどう切り抜けて、自分の気持ちをちゃんと伝えられるかが、やすのこれからの男としての見せどころだろ?やすがどうするか、俺はちゃんと見届けるよ?もし、ちゃらんぽらんなやつだったり、杏樹のこと泣かせたり、腰抜けだったら、俺、杏樹の彼氏として認めないもん」
「……」
怖い。聖君。
「でも、もし、あいつが本当に杏樹のこと大事に思えたり、そういう行動に出るんだったら、俺は全面的に味方になるけどね」
「…二人の?」
「そう。ちゃんと杏樹の彼氏だって認めてやるし、見守っていくし、何かピンチの時には、力になるよ」
「そうか…」
「桃子ちゃんも、2人のことはちょっと離れて見守って」
「え?」
「くれぐれも、お互いが両思いだっていうことは、内密に。悪代官」
「…う、うん」
「おぬしも悪よのう…」
そう言うと聖君は、ふっふっふと悪そうな顔をして笑った。ああ、なんの時代劇を見たんだ。いったい…。
でも、なんだか意地悪なことをしているような気もしてきちゃった。本当に悪になったみたいだ。あ、このパターン、前にもあった気が。
そうだ。花ちゃんと藤也君。
あ、桐太と麦ちゃんもだ。そんなのばっかりだな。
それにしても、聖君ってば。やっぱり面白がってる気がするんだけど。
「桃子ちゅわん」
って、なんでまた抱きしめてきたのかな。
「お風呂、一緒に入ろうね?!」
「うん」
「で、今日こそ…俺、寝ないようにするから」
「いいよ、無理しないで。明日も大学でしょ?」
「……桃子ちゃんは、俺に抱かれたくないの?」
「え?」
いきなり、何を聞いてくるんだ~~~。
「それは、その…。だ、抱かれたい…けど」
「もう!だったら素直にそう言ってね?」
「……うん」
「ぎゅう」
あ、思い切り抱きしめてきたよ。
「聖、あんたいい加減にお風呂入りなさいよ。あとがつかえてるわよ」
「…はいよ~~~」
お母さんにそう言われ、私たちはそそくさとお風呂に入りに行った。
お風呂から出ると、杏樹ちゃんがぼけ~~っとしながら、リビングで座っていた。おばあさんとお母さんはその横で、なにやら話に花を咲かせている。
「杏樹ちゃん?」
私が声をかけると、杏樹ちゃんは我に返ったようで、
「お姉ちゃん。私、頑張る」
といきなり言ってきた。
「え?な、何が?」
「やすくん。どう頑張っていいかわかんないけど、でも、いろいろと頑張ってみる」
「そ、そう」
「うん」
杏樹ちゃんはニコって微笑んだ。その顔がやけに女の子らしくって、可愛かった。
確かに。こんな可愛い笑顔で微笑まれたり、こんないつも元気な明るい子に泣かれたら、まいっちゃうだろうなあ。男子は。
そんなことを思いながら、凪を抱っこして私は2階に上がった。聖君は先に2階に上がり、なぜか、お父さんと筋トレをしている。
「あ、桃子ちゃん、髪、乾かしてあげるからちょっと待ってて」
「うん」
私は凪を抱っこしながらそこで待っていた。凪はご機嫌な様子で、あ~~。う~~と話している。
「さ、おしまい。そんじゃ!」
聖君はお父さんに筋トレグッズを渡すと、私と一緒に和室に入った。
「なんでいきなり、筋トレ?」
「え?なんでって、そりゃ、筋肉をつけるためでしょ?」
「……ふうん」
「なんてね。あれはなんていうの?親子の対話の時間っていうの?」
「え?そうなの?」
「あはは。うそうそ。ちょっとすっきりしたかっただけだよ」
「ふうん」
よくわかんないけど、親子の対話っていうのは本当かもな。だって、いっつも筋トレする時には、お父さんとしているもの。
「な~~ぎ、ちょっと布団に寝ててね?ママの髪乾かしちゃうから」
そう言って、私から凪を受け取り、聖君は凪を布団に寝かせた。
「あ~~~。う~~~」
「はいはい。あとでちょっとだけ、遊んであげるから、待ってて」
聖君は凪にそう言うと、私の髪を乾かしだした。
「凪の言ってることわかるの?」
「え?わかんないの?桃子ちゃん」
「…う、う~~~ん」
なんとなくはわかるけど。
聖君は私の髪を乾かし終えると、凪の手や足を持って、遊びだした。
「凪も筋トレ~~~」
とか言いながら。すると凪は、嬉しそうに、きゃっきゃって声を立てて笑い出した。
本当に聖君に遊んでほしかったのかもしれないなあ。
「凪、腰ふり体操~~~」
「きゃきゃきゃきゃ!」
「次は、くすぐっちゃおうかな」
「きゃきゃきゃきゃ!」
楽しそうだなあ。あ!これ!ビデオに撮っちゃおう。
早速ビデオを鞄から取り出して、聖君と凪を撮った。
「すごい、いい笑顔~~~」
「あはは!凪、可愛いポーズして!じゃ、次はセクシーポーズだ~~」
そんなことを言いながら、聖君は凪の手を持って動かしたり、足を動かしたりしている。そのたびに、凪はうきゃきゃきゃって喜んでいる。
「可愛い~~~!めちゃ、可愛い~~~~」
聖君の目がなくなっちゃうんじゃないかっていうくらい、垂れまくって、メロメロになっている。
でも、本当に凪、可愛すぎるよ~~。
「可愛いよね。どんどん可愛くなっていくよね?」
「うん。どうする?モデルにならないかって誘いが来たら」
「え?」
「凪だよ。ああ、でも俺、絶対に断るよ。凪は榎本家と椎野家専属モデルなんだから」
なんだ、そりゃ。
「可愛いよな~~~。凪。こんなに可愛かったら、絶対にモテちゃう。ああ、俺、今からすんげえ心配!」
親ばか通しこしてるよね。うん。
バカップルは今や、バカ親になって、一人娘に夢中になっているのであった。
なんて、日記に書いてみた。
ああ、凪は将来、この日記や今日撮ったビデオを見てどう思うんだろう。
それよりも、杏樹ちゃんとやすくんの恋の行方のほうが気になるよ。
頑張るって言った杏樹ちゃんは、どう頑張るのかな。
やっぱり、他人事ながら私は、いつものようにドキドキしているのであった。