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第42話 やすくんの想いは?

 その日はあまり混むこともなく、夕方になるとお客さんが一人もいなくなったので、おばあさんとおじいさんは、凪を抱っこしてお店のテーブル席に座っていた。

「紗枝ちゃん、お客もいないんだし、カウンターで紅茶でも飲まない?」

 お母さんはそう言うと、紗枝ちゃんと自分の紅茶も用意してホールに来た。


 私はと言うと、ちゃっかりおばあさんとおじいさんと一緒にテーブル席でおやつを食べていた。お父さんは、仕事の続きをすると言って、自分の部屋に昼からこもっている。どうやら、凪が来てからというもの、仕事にならなかったみたいだ。申し訳ないなあ。


「こんちは~~」

 やすくんが元気に入ってきた。

「あ、やすくん。紹介するわね。爽太のお父さんとお母さんよ。伊豆から出てきて、2~3日泊まって行くから」

「あ、そうなんすか。どうも、れいんどろっぷすでバイトしている稲垣って言います」


「稲垣君?」

 おじいさんが聞いた。

「稲垣康彦君。みんなやすくんって呼んでるの」

「やすくんか、よろしく」

 そうおじいさんが言うと、やすくんはまたペコってお辞儀をした。


「今日、お客少ないのよ。やすくんも学校から直で来たんでしょ?何か飲む?ちょっと休んでくれて大丈夫よ?」

「あ、すみません。じゃ、まず、制服から着替えていいっすか?」

「どうぞ。リビング誰もいないから、リビング使っていいわよ」

「はい」

 やすくんはリビングに上がって行った。


「よさそうな子だね」

 おじいさんがそう言うと、お母さんは、

「いい子よ。聖も杏樹もやすくんのことは気に入ってるの」

とにこにこしながら答えた。


「…杏樹ちゃんも?」

 おばあさんがそう聞くと、お母さんは声を潜め、

「やすくんが好きみたいよ。お店に出ると、やすくんのことを目で追ってるから」

とそう言った。


「あら、そうなの?それでやすくんのほうは?」

「さあ。どうなのかしらね。杏樹とはあまり、話もしていないけど」

「なんだ。杏樹のやつ、もっと積極的に迫ったらいいのになあ」

 おじいさんがそう言うと、

「声、大きいって」

とお母さんが注意した。


 そうか。お母さんも杏樹ちゃんの気持ちは察していたのか。でも、お母さんには杏樹ちゃん、相談したわけじゃないんだな。


「あ、やすくん。何飲む?アイスティでもいい?」

 やすくんが着替えてお店に出てきたので、お母さんがやすくんに聞いた。着替えたといっても、制服と同じような白のシャツに黒のパンツだ。


 一応、ホールに出る人は、上は白、下は黒か紺とみんな合わせているようだが、聖君に言わせると、特に決めたことはないそうだ。ただ、お店においてある黒のエプロンをつけりゃそれでいいそうだが、聖君が白と黒にしているからか、みんなそうなっていったみたいだ。


「はい、いいっす。すみません」

 やすくんは、恐縮そうにそう答えた。

「じゃ、えっと…。カウンターに座る?それとも」

「あ、こっちでいいっす」


 やすくんはそう言うと、紗枝さんの席から一つ離れたところに座った。紗枝さんはさっきから、一人で本を読んでいた。こっちに加わることもなく、やすくんが来てもまったく無視して本を読んでいる。

 やすくんもやすくんで、紗枝さんに話しかけることもなく、携帯を取り出して、何かをしている。


「ただいま~~」

 その時元気に杏樹ちゃんが帰ってきた。

「きゃ~~。おじいちゃん、おばあちゃん!久しぶり~~」

「杏樹!元気そうだな」


 ひとしきり、いつものごとく、杏樹ちゃんとおじいちゃんはきゃあきゃあと騒ぎ、それから落ち着くと杏樹ちゃんは、私の隣に椅子を持って来て座った。

「空君元気?空君にも会いたい~~」

「そうね。夏には伊豆に来るんでしょ?杏樹ちゃん」

 おばあさんがそう聞くと、杏樹ちゃんは絶対に行くと答えた。


「みんなして、行っちゃいましょうか。桃子ちゃんも行くでしょ?」

 お母さんが杏樹ちゃんに、冷たいお茶を持ってきながらそう言った。

「はい、行きます」

「ね!やすくんと紗枝ちゃんも行かない?夏休みに伊豆。店、どうせ休んじゃうし、バイトもないんだし」


 お母さんはカウンターにいる2人に声をかけた。そこで初めて杏樹ちゃんは、やすくんがカウンターにいることを知ったようだった。

「え?私は多分無理です。オーラソーマのほうが予約はいるかもしれないし」

「あ、そうか、そっちが本業だもんね。じゃ、やすくんは?」


「俺が行ってもいいんすか?」

 やすくんは、ちょっと申し訳なさそうに聞いてきた。

「いいわよ。伊豆の海、綺麗よ~~。聖もやすくんが一緒なら喜ぶんじゃない?」

 お母さんがそう言うと、おじいさんやおばあさんも、

「いらっしゃいよ。部屋だったらどうにかなるから」

とそう言って、やすくんを誘った。


「じゃ、じゃあ…」

 やすくんは、はにかんで笑ってうなづいた。

「やった」

と小さくガッツポーズを、杏樹ちゃんは隣でしていた。背中を向けていたので多分、やすくんには見えていないだろう。


「楽しみねえ。他に誰か来ないかしら。あ、ひまわりちゃんは?」

「ひまわりですか?でも、バイトもあるし、彼氏といるほうを選んじゃうかもしれないし」

「ひまわりちゃん、彼氏と長いお付き合いよね?」

「はい」


「そっか。ひまわりちゃん、来ないのかあ」

 杏樹ちゃんがちょっと寂しそうにした。すると後ろから、

「ひまわりちゃんって、誰ですか?」

とやすくんが聞いてきた。


「あ、私の妹なの」

 そう答えると、やすくんは、

「へえ!妹いるんすか?いくつですか?」

と、目を輝かせた。


「やすくんと同じ年。それで、同じ年の彼氏がいる」

「へえ!会ってみたいな。桃子さんに似てますか?」

「ううん。全然」

 私が首を横に振ると、

「性格は杏樹に似てるわよ」

とお母さんがそうやすくんに教えてあげた。


「あ、そうなんすか」

 やすくんはそう言うと、また静かにアイスティを飲みだした。

「……」

 私の隣で杏樹ちゃんは、顔を曇らせ、ため息をついた。あ、またなんか、暗いこと考えちゃったかなあ。


 5時半も過ぎ、紗枝さんはお店から帰って行き、おじいさん、おばあさんはリビングに移動した。私も凪を抱っこしてリビングに行った。

 おじいさんが今日は凪をお風呂に入れると言い出し、おばあさんが凪を受け取りに行くことになった。


 と、ちょうどその時、聖君が大学から帰ってきて、

「え?じいちゃんが風呂に入れるの?大丈夫なの?」

とものすごく不安げな顔をした。

「大丈夫だよ。空だって、風呂に入れてあげてたんだから」

「そっか」

 聖君は安心した顔になり、お店に出て行った。


「聖、俺のことなんだと思ってるんだ」

 おじいさんがそうぼやくと、隣にいたお父さんが、

「凪のひいじいさんなのに、大丈夫なんだろうかって思ってるんだろ」

とボソッと言った。


「あのなあ、凪ちゃんにとってはひいじいさんでも、空にとっては、まだじいちゃんなんだぞ」

「だから?」

「…」

 おじいさんは黙り込み、

「瑞希!呼んだら凪ちゃんを連れて来てくれよな」

とそう言って、お風呂に入りに行ってしまった。


「くすくす」

 おばあさんは笑いながら、

「ほんと、あなたたちは変わらないわねえ」

とそう言って、聖君のお父さんの背中をぽんぽんとたたいた。


「父さん、たまに無茶するからさ、聖だって心配なんだよ。大事な凪ちゃんをお風呂に落っことしたりしないかって。あ、聖のことを風呂に入れてて、バスタブに落っことしたことあったじゃん」

「ああ、そうそう。しばらく聖はお風呂を嫌がって、大泣きしていたわよねえ」

 そうなんだ。それ、聖君、覚えてるのかな。


「杏樹のことも一回、落っことした。本当に大丈夫なのかな」

「大丈夫よ。空のこともちゃんとお風呂に入れてるんだから。上手なもんよ?櫂君よりもずうっと」

「…それ、櫂さんがかなり、適当に風呂に入れてるってことじゃないの?」

「まあ、おおざっぱって言ったら、おおざっぱだけど」


「やっぱりね。なんかそんな感じあるもんね、櫂さんは」

 そ、そうなんだ。櫂さんにも春香さんにもまだ会ってないから、わかんないけど。

 聖君のお父さんは、神経細やかで、凪のことを本当に注意深くお風呂に入れてくれてるっていうのがわかって、聖君も私も安心していられるんだ。


 でも…。おじいさん、大丈夫かな。ちょっと私も心配になって来ちゃった。

 ドキドキ。

 おばあさんが、おじいさんに呼ばれ凪を手渡しに行った。そのあと、私はお父さんと一緒にお風呂場に近づいて、中の様子をうかがった。すると、

「きゃははは」

という凪の、元気な明るい笑い声が響いて聞えた。


「あれ?笑ってる」

 聖君のお父さんはほっと安心のため息をついた。

「ね?言ったでしょ?大丈夫よ」

 おばあさんが、そっと私たちに近づき、ささやくようにそう言った。


 私もお父さんも安心して、リビングに戻った。

「心配性ね、爽太は」

「…だって、もし何かあったら、俺が聖に怒られそうで」

「くすくす。本当に面白い親子ね、あなたたちは…」

「聖はね、父さんに似て頑固だし、一回へそ曲げたら大変なんだよ。元に戻すのが」

「くすくす」


 おばあさんは嬉しそうに笑いながら、話を聞いている。なんだか、変な感じ。いつも聖君のお父さんは、聖君のぼやきや、わがままをにこにこしながら聞いているのに、今は聖君のお父さんのぼやきを、おばあさんがにこにこと聞いている。


 8時を過ぎて、聖君がリビングに来た。

「腹減った」

 聖君はそう言うと、お母さんが運んできたご飯を、一気に食べだした。

「うまい」

と目を細めながら。


「凪ちゃん、寝ちゃったわねえ」

 おばあさんが、座布団で寝ている凪を見ながらそう言った。

「父さんとじいちゃんは?」

「2階で筋トレしてる」


「げえ。じいちゃんって今年いくつだよ。ほんと、信じられないじいちゃんだよな」

 聖君がびっくりしながらそう言った。

「そういえば、どこに泊まる?ばあちゃん」

「私は杏樹ちゃんの部屋に布団敷いて寝るわ。圭介は聖の部屋のベッドに寝るって言ってたけど」


「すみません。和室、使ってください。私と凪がどこか別の部屋に寝ますから」

「あら、いいのよ~~。凪ちゃんがゆっくりと寝られるのが一番なんだから。それに、杏樹ちゃんと一緒に寝られるの、楽しみにしていたの。恋の相談にも乗ってってさっき言われているし」


「杏樹、珍しく夜、店の手伝いなんかしちゃって、やすに気に入られようと頑張っているよなあ」

「お店の手伝いしてるの?今も?」

「ああ、今は、やすの隣で飯食ってる」

「へえ」


 頑張ってるんだ。杏樹ちゃんなりに。

「桃子ちゃんが言ってたじゃん、昨日」

「え?」

 聖君はごちそう様とお箸を置いてから、話を続けた。

「やすの目が優しかったって」


「うんうん。どうだった?今日見てみて…」

「うん、あれはさあ」

 ドキドキ。

「何々?」

 おばあさんも、話に興味を持って入ってきた。


「あ、やすがね、杏樹のことを優しい目で見てるって、桃子ちゃんが昨日気が付いて」

「うん、それで?」

 おばあさん、興味津々だ。

「で、俺も今日、気にして見てたんだ。そうしたら…」

「うん」


「やす、アホかも」

「…あほ?」

 私とおばあさんが、同時に聞き返した。

「うん。あれ、気が付いてない」

「何を?」


「優しい目どころか、杏樹のこと見ると、にやけたりしてるし」

「え?!」

「目で追ってる時もあるし、杏樹が店でへますると、すんげえ嬉しそうにふきだしてみたり。あれはもう完璧、やられてるって。なのに自分でてんで気が付いてないの」

「杏樹ちゃんのことが好きってことを?」


「そう」

「……そういうのって、気が付かないものなの?」

 私が不思議に思ってそう聞くと、

「ああ、爽太もくるみさんが好きなくせに、それに気が付かないでいたわよ。ずっと」

とおばあさんが思い出したようにそう言った。


「父さんもあほだね」

「ほんとよね。み~~んな気が付いてたのよ?圭介だって気づいてたの。本人が気が付かないでいるなんて、本当にアホな子だわって思ってたけど」

「…」

 おばあさん、それ、言い過ぎ。


「やすも同じタイプのあほだな。ま、そのうちに気が付くんじゃないの?」

「…聖はすぐに、桃子ちゃんが好きだって気が付いたの?」

「う…」

 聖君はしばらく黙ってから、

「でも、俺の場合は、その…。他の子が好きなんだって思い込んでいたっていうか」


「菜摘ちゃん?」

「う、うん、まあ、その…」

「で、気になってたんだけど。いつ、桃子ちゃんのほうが好きだって気が付いたわけ?」

 おばあさんは、今度は聖君のことに興味がわいたようだ。


「いつって…。桃子ちゃんのことを見だしてから、かな」

「それで?」

「え?」

「それで、いったい決め手はなんだったわけ?あ、俺、桃子ちゃんが好きだって、そうわかった時があったわけでしょ?」


「…いいじゃん、俺のことは」

 聖君は頭をぼりって掻いて、耳を赤くした。

「いいじゃないよ。教えなさいよ。爽太はね、自分では気が付かなかったのよ。で、恋煩いしちゃって、どうしたらいいかもわかんなくなって、それをなんと本人のくるみさんに相談すると言う、あほなことをしたわけ。で、くるみさんが、それは恋だよって教えてあげて、やっと気が付いたの。マヌケでしょう?」


「あはははは、めちゃくちゃマヌケだ」

 聖君は思い切り大笑いをした。

「で、あなたは?」

 おばあさんはまだ、しつこく聖君に聞いた。


 ドキドキ。聖君、なんて答えるのかなあ。

「俺は…。だから、その…。桃子ちゃんと話してたら、めちゃくちゃ可愛いから、やべえってなって」

「うん、それで?」

「それでって…。だから、すぐに俺は桃子ちゃんのことが好きになってるって気がついて」

「あ、そうなの?じゃ、爽太よりもずっとましね」


「……うん、そうかな。でも、俺の場合、女の子が苦手だったから、あんな気持ちになったの初めてだったし、わかりやすかったかな」

「え?どういうこと?」

 またおばあさんは、興味を示した。


「この子、可愛いなとか、いいなっていうのは前にもあった。菜摘のことも、そう思えたし。でも、桃子ちゃんの場合は、ちょっと違ってて」

 どんなふうに?私も興味津々。

「なんつうか…。可愛いの連続っていうか、心臓射抜かれてたっていうか」


「まあ、そうなの?それはすごいわね!」

 おばあさんはそう言うと、くすくすと笑いだし、しばらく笑っていた。

「…なんでこんなこと俺、ばあちゃんに言ってるんだよ」

「本当よね?それも、桃子ちゃん本人の前で、くすくす」


「それはいいんだけど。そういうの桃子ちゃんも知ってるから」

「え?そうなの?」

 おばあさんが私を見た。ドキン。

「あの…。知ってるっていうか、えっと。でも、心臓射抜いた覚えはないんですけども」

 そう言うと、おばあさんは声をあげて笑い出した。


「ああ、面白いカップルよね。お腹が痛いわ~~」

「瑞希~~!瑞希~~。凪ちゃんが出るよ~~」

「は~~い」

 おばあさんはお腹を押さえながら立ち上がり、凪を受け取りに行った。


「面白いはないんじゃねえの?ねえ?もっと他に言い方があると思わない?」

 聖君はまだ、顔を赤くして私にそう言った。

「う、うん」

 私もなんだか照れてしまって、顔が熱かった。


「喉乾いた。キッチンで水飲んでくるね」

 そう言ってリビングからお店に行った。するとお母さんがエプロンを取って、ちょうどリビングに来るところだった。

「あ、お疲れ様です」


「お店に用?片づけなら終わったけど」

「喉乾いちゃって。水飲もうかなって」

「そう。だったら、静かにね?杏樹とやすくん、いい感じなの」

 お母さんは声を潜めてそう言うと、リビングに上がって行った。


 いい感じ?!

 私はそっと、家からキッチンに向かって歩いて行き、そうっとホールをのぞいて見た。やすくんと杏樹ちゃんが、テーブル席から外を眺めながら、何やら話していた。

 盗み聞きも悪いと思い、そうっと水を汲んで、また家のほうに行こうと戻りかけると、なぜか聖君までがお店にやってきた。それも、抜き足差し足で。


「聖君?」

「し~~~。母さんに、2人がいい雰囲気だって聞いて気になってさ」

 わざわざ、盗み聞きしにやってきたのか。聖君は。

 聖君はキッチンに行って、静かにしゃがみこんだ。聞く気満々だな、これは。


 と思いつつ、私もその横にしゃがみこんだ。

「なんだか、杏樹ちゃんの家族っていいね」

 やすくんがそう言っているのが聞こえてきた。

「うん、おばあちゃんも、おじいちゃんも私、大好きなんだ」


「だろうね。めちゃくちゃ、杏樹ちゃん、喜んでいたもんね」

「…子供っぽいって思った?」

「え?いや、全然」

 やすくんは言葉を濁した。


「あいつ、可愛いって素直に云えばいいのに」

 隣で聖君はぼそぼそとそう言った。

「し~~」

 私は聖君の口を手で押さえた。


 しばらく、杏樹ちゃんとやすくんは黙り込んだ。ドキドキ。やっぱりここで、盗み聞きしているのは悪いよなあ。でも、気になる。

 すると聖君が私にキスをしてきた。

 あほ~~。なんで、こんな時に?


 でも、聖君はニヘラって笑って、全然悪ぶれていない。

「やす、気が付くかな」

「え?」

「自分の気持ちに、ちゃんと」

「……」


 ドキドキ。他人事ながら、ドキドキしてきちゃった。

「私、全然女の子らしくないよね。お姉ちゃんみたいだったらいいのにって、本当にそう思うんだけどな」

 杏樹ちゃんが、いきなりそんなことを言いだした。え?何を言ってるの?杏樹ちゃんのほうがずっと明るくって可愛いのに。


「…」

 やすくんは何も答えなかった。

「中学の頃、私、部活に燃えてて、髪ももっと短くてバサバサで、肌も焼けてて、そばかすもいっぱいできてて。でも、そんなの全然気にしてなかったの」


「ふうん」

「男の子なんて、まったく興味なかった。お兄ちゃんにずっと甘えてて、他の子が誰かに恋してても、付き合いだしても、どうでもよかったし。お兄ちゃん、海に連れて行ってくれたり、勉強見てくれたり優しかったから、お兄ちゃんがいたらそれでいいやって思っていたし」


 杏樹ちゃんがそう言うと、聖君が隣で何やら感動しているようだった。

「そうだね。聖さんがお兄さんだったら、好きな奴なんてできそうもないよね」

 やすくんまでがそんなことを言い出した。


「でも、中学3年の頃からかな。塾に一緒に行ってる子が、すごく頭が良くてまじめで、いつもふざけてばかりのお兄ちゃんより、かっこよく見えてきちゃって」

「え?」

 聖君がそれを聞いて、隣で顔を青くした。あ、今、かなりショックを受けてる?やっぱり、聞かないほうがいいんじゃないかなあ。


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