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第38話 癒したり、癒されたり。

 昼を過ぎて、杏樹ちゃんが元気に帰ってきた。そして先にリビングで昼食を済ませ、着替えをしてお店に来た。

「桃子ちゃん、もう大丈夫だから、桃子ちゃんもリビングでお昼食べちゃって」

「はい」

 私は自分のランチのセットをトレイに乗せ、リビングに移動した。


 今日もやっぱり、お店は混んでいた。11時半には満員となり、私もキッチンでお手伝いをした。聖君ともやすくんとも、話もできないくらい、2人ともホールを行ったり来たり…。

 やすくんは、笑顔も消えていたが、聖君は始終笑顔。そしてやすくんを見て、

「顔、笑顔消えてるよ」

と注意をしていた。


 キッチンも忙しかったが、お母さんは時々冗談を言ったりして、私たちを笑わせ、明るい雰囲気を壊さないよう心掛けている。そんなところは、本当にすごいなって思う。


 杏樹ちゃんも心得ていて、やっぱりお店ではずうっと笑顔だ。ホールでもキッチンでも、ちゃんと仕事ができて、聖君との呼吸もばっちりだ。

 ただ、やすくんと話そうとしても、やすくんがあまり杏樹ちゃんと会話をしないので、杏樹ちゃんはほんの少しさびしげな顔を見せる。


 なんでかな。やすくん、余裕がないからなのかな。でも、桜さんが話しかけると、ちゃんと返事を返しているんだけどなあ。


 リビングでのんびりとランチを取っていると、聖君がやってきた。

「先に食っちゃおう。腹減った」

「え?今、大丈夫なの?」

「うん。ホールはやすと杏樹に任せたから」

 わあ。大丈夫なのかなあ。ちゃんとコミュニケーション取れるのか心配。


「は~~~。ちょっと一休み。そうしたらすぐに戻るよ」

 聖君はそう言って、水をまずググッと飲みほし、それからご飯を元気に食べだした。

「凪ちゃん、いない、いない、ば~~~」

 さっき凪が起きて、聖君のお父さんはさっそく、凪を笑わせて喜んでいる。


「きゃ!きゃ!」

「凪~~~。可愛い~~~。あ~~、癒される~~~~~」

 聖君も凪の笑顔を見て、目じりを下げ喜んだ。

「凪~~~」

 ああ、抱っこまでして、頬づりまでしているよ。


「んきゃあ」

 凪は聖君の髪を掴んだり、ほっぺを触ったり。

「凪、パパのこと癒してくれてるの?」

 聖君、凪の前でもう、メロメロだ…。


 私も思わず、聖君の頭をなでなでしてみた。

「桃子ちゃんも、癒してくれてるの?」

「うん」

 聖君は一瞬、桃子ちゅわんと言いそうになったが、お父さんが横にいるのを見て、

「…サンキュ」

と、小さくつぶやいた。


 なんだあ。私にも思い切り抱きついてくれてもいいのになあ。お父さんがいようといまいと。

 なんて、シャイな聖君には無理な話かな?


「ごちそう様。じゃ、お店行って頑張ってくるよ。凪、またあとで、パパのこと癒してね?」

 聖君はそう言って凪のほっぺにキスをすると、お店に出て行った。

「なんだ。桃子ちゃんにもキスすればいいのにね?遠慮なんかしないで」

 聖君がお店に行ってから、お父さんがぽつりとそう言った。


「聖君、お父さんの前じゃ、そういうのしないと思います」

「うん。知ってる」

 知ってるのか。やっぱり。

「なんでかな。恥ずかしいのかな。俺とくるみが思い切りいちゃついたら、あいつも俺らの前でいちゃつけるようになるのかなあ」

 う…。どうなんだろう、それって。


 しばらく、お父さんと一緒に凪をあやして楽しんでいた。すると、リビングに今度はやすくんが現れた。

「すみません、今日、ここで昼食べていいすか?カウンターまで満席なんで」

「ああ、いいよ。どうぞ、どうぞ」

 お父さんはそう言って、やすくんをテーブルに着かせた。


 そんなに混んでいるのか。ランチタイムも終わりそうな時間帯なのになあ。

「はあ」

 やすくんが、座ってから小さくため息をついた。

「忙しかったかい?」

「はい。あ、でも、それは全く、気にしてないんですけど、ただ」

「ん?どうした?」


 お父さんは、優しくやすくんを見てそう聞いた。

「俺、まったく笑顔になれなくって、聖さんに怒られてばっかりで」

「聖、怒ってた?」

「はい。顏、注意してって」

「そうか。ま、仕方ないさ。忙しくってそんな余裕もでないんだろ?」


「だけど、いつでも笑顔でいるって、大事なことですよね?」

「まあな」

「聖さんも杏樹ちゃんも、ずっと笑顔でいて、キッチンでお客さんの前に出ることもない、くるみさんや桜さんまで笑顔なんです。すごいなあって思って」


「あはは。いきなりは無理だろう。みんなもう、何年もやってるんだ。杏樹も中学の頃から手伝っていたしね。大丈夫だよ。やすくんも普通に笑顔で仕事ができるようになるさ」

「そうですかね…」

 はあ。またやすくんはため息をついた。


「やすくん、冷めちゃうよ?ご飯早くに食べな?」

 お父さんがそう優しく言うと、やすくんは「はい」とうなづいて、食べだした。

「聖もね、普段だったらそんなに注意しないよ。きっとあいつも余裕ないんだよ。余裕があれば、やすくんのことを笑わせるくらいのことするだろうしね」


「え?そうなんすか?」

「うん。さっきも、凪の笑った顔で癒される~~~って、ぼやいていったところだし」

「そうなんだ」

「まあ、あいつの場合、桃子ちゃんや凪ちゃんがいるから、すぐに癒されちゃうんだろうけどね」

「…いいっすね、奥さんや子供がいるのって」


「桃子ちゃんとは、結婚する前からそうだったね。あいつの元気の源なんだよね?桃子ちゃん」

「え?えっと…」

 はいとうなづくのが恥ずかしくって、ごまかしてしまった。

「そうなんすか。でもなんとなくわかります。桃子さんって、ほんと、横にいるだけで癒されますよね」

 

 え?そうなの?

「あはは。そうでしょ?桃子ちゃんはそんな力を持っているよね。でも、あいつの場合、横にいるだけじゃなくって、本当に疲れていると、桃子ちゃん連れて自分の部屋行っちゃうんだ」

 お、お父さん、いきなり何をやすくんに言ってるんですかあ!

 私はどう反応していいかわからず、顔を赤くして下を向いた。


「部屋?」

 やすくんは、目を点にして聞いてきた。

「そう。2人で何をしてるかまでは知らないけど、まあ、聖が桃子ちゃんに甘えているのは確かだよね?桃子ちゃん?」

「え?」

 か~~~。顔が熱い。


「あ、甘える?あの聖さんが?」

「甘えん坊だから、聖は」

「…そ、そうっすか。なんだか、信じられないっすよね。いっつも店ではスマートで、かっこいいし」

「そう。店ではね、本性は見せないんだよ。まあ、甘えん坊の聖を知っているのは、桃子ちゃんだけかもしれないけどね」


 きゃわ~~~。お父さん、もういいです。それ以上言ったら、私の顔がゆであがっちゃう。

「桃子ちゃん、真っ赤だ。ほんとこのカップルは初々しいよね」

 お父さんに笑われてしまった。そうしたら、やすくんまでが、くすって笑った。


「なんだか、可愛いすね、聖さんも桃子さんも」

「…え?」

「いいっすね。俺も彼女、欲しくなってきたなあ」

「いいカップルを見ていると、自分もほしくなるよね。わかるなあ、そういう気持ちも」

 お父さんは目を細めてそう言うと、また凪をあやしだした。


 そうか。刺激を受けちゃうのかなあ。

 ああ、やすくん。できたら、杏樹ちゃんの良さに気付いてあげて。杏樹ちゃんも、可愛いし、明るいし、一緒にいたら癒されるんだよ。

 そんな思いを抱きながら、やすくんが食べ終わるのを黙って私は見ていた。


 3時を過ぎて、ちょっとお店が落ち着いた。やすくんは、お先に!と元気に挨拶をして、リビングにも顔をだし、それから帰って行った。

 あれ?杏樹ちゃんは?

 と思ってお店に行ってみると、まだキッチンを手伝っていた。


「杏樹ちゃん」

「あ、お姉ちゃん」

「やすくんと話せた?」

 私はそっと杏樹ちゃんに聞いた。

「…あんまり話せなかった。忙しかったし」


「そっか」

 杏樹ちゃんはちょっと暗い顔をしたけど、すぐに明るい笑顔になり、

「でも、一緒に働けたからそれで満足」

と言って、にっこりと笑った。


 ああ、杏樹ちゃんってば、なんて健気なんだろう。

 前の彼の時にも思った。杏樹ちゃんはやたらと聖君には甘えたり、怒ったり、素を見せていたけど、好きな人の前では、素を見せられなかったり、受け身になっちゃうんだなあって。


 それが杏樹ちゃんの可愛いところでもあるんだけど、そういうところにやすくん、気が付いたらいいのに。

 絶対に可愛いのに。絶対、彼女にしたら幸せになれちゃうよ。

 本当に可愛いんだもん。聖君が思い切り杏樹ちゃんのことを、可愛がるのも私、わかるもん。


 夕方になり、朱実さんと杏樹ちゃんが交代をして、聖君も一緒に休憩を取りにリビングにやってきた。

「凪~~」

「凪ちゃん~~~」

 同時にそう言って、凪を2人であやしだした。凪は声を立てて笑い、2人は目じりを下げ、メロメロになっていた。


「この笑顔、なんでこんなに癒されるのかなあ」

 杏樹ちゃんがそう言った。

「杏樹の笑顔も癒されるよ?」

 お父さんがそう言うと、

「それは父親だからでしょ?」

と杏樹ちゃんはぼそっとつぶやいた。


「そんなことないさ。杏樹は可愛いんだから。なあ?聖」

「そうだよ。だから俺が心配してるんじゃん」

「何の心配?」

「変な男にひっかからないようにっていう心配」


「…変な男になんか、ひっかかんないもん。それに、好きな人ができたって、いつだって片思いでうまくいかないし」

 あれ?杏樹ちゃん、やけに後ろ向き?

「前の彼のこと言ってるのか?片思いだったわけじゃないだろ?」


「わかんない。あっちは本気で思ってたかどうかなんて」

「…まあな。中学の時の恋なんて、本気かどうかもわかんないもんだよな」

 聖君もぼそっとそう言い返した。

「今度だってそうだよ。私、相手にもされないから、お兄ちゃん、そんなに気にしなくってもいいよ」


「やすのこと?」

「やすくん、お姉ちゃんみたいな人が好みなんだよね」

「え?」

 聖君も私も、思わずびっくりしてしまった。なんで、それ知ってるの?

「今日、ちょっとお店が暇になった時聞いたんだ。うちの店、女のお客さん多いけど、どんな人が好みなの?って」


「それで?」

 聖君のお父さんも身を乗り出した。

「桃子さんみたいな人がいいなって、そう言ってた」

 やすくん、言っちゃったの?

「あのやろう。いくら桃子ちゃんが好みでも、どうにもならないんだから、さっさとあきらめりゃいいのに、ったく…」


「まあ、聖。別にやすくんは桃子ちゃんと付き合いたいとか思っているわけじゃないんだし。ただ、いいなってそれだけだよ、きっと」

 お父さんがそう言って、聖君をなだめたが、聖君はまだ興奮して、鼻の穴を膨らませている。


「でもしょうがないよ、お兄ちゃん。私から見たってお姉ちゃんは、彼女にしたいっていうタイプだと思うもん」

「え?」

 聖君は鼻を膨らませたまま、杏樹ちゃんを見た。

「もし私が男だったら、お兄ちゃんはライバルだよ」


「お前のほうが年下だぞ?」

「関係ないよ、年なんて。お父さんだってお母さんより、年下だし」

「そうだった」

 聖君はしばらく、黙り込んだ。


「だから、聖君、やすくんは別に私を好きなわけじゃなくって、雰囲気とかがなんとなくいいってだけだよ。本当の私を知っていったら、がっかりしちゃうかもしれないし」

「がっかり?どこに?がっかりするとこないじゃん」

 聖君がそう言うと、お父さんがプッとふきだし、

「それは聖から見た桃子ちゃんだろ?お前は桃子ちゃんの全部に惚れちゃってるもんなあ」

とそう笑いながら言った。


「…う、うっせ~~って。いいだろ、別に」

「いいけどね?でも、まあ、確かにそうかもな。女の子らしいし、おとなしいし、そんな雰囲気がいいのかもしれないね」

 お父さんはそう言って私を見ると、

「実は強いんだけどね?」

と付け加えた。


「だから、それは」

 私が困ってしまうと、お父さんはあははって声をあげて笑った。ああ、その笑い方は、ほんと、聖君に似ているよ。


「まあね。桃子ちゃんの素は、見た目だけではわかんないけどね」

 聖君までがそんなことを言う~~。

「杏樹は杏樹の良さがあるんだ。大丈夫。その良さをちゃんと好きになってくれる人は現れるから」

 お父さんはそう言って杏樹ちゃんの頭をなでた。


「そうだよ、杏樹。だから、そんなに落ち込むな」

 聖君までが杏樹ちゃんを励ました。

「うん」

 杏樹ちゃんはにこっと微笑んだが、ちょっとまだ元気のない笑顔だった。


 あと30分もあるからと言って、聖君は私の手を取り、2階に上がった。そして部屋に入ると、

「桃子ちゅわ~~~ん」

と私に抱きついてきた。

「凪に癒されるんじゃなかったの?」

「凪は杏樹に取られたから」


 そうだった。杏樹ちゃんが抱っこして、あやしちゃって聖君は凪のことを抱っこできなかったんだっけ。

「桃子ちゅわん」

 ああ、すっかり甘えモードだな。だけど、部屋で私に甘えてるっていうのを、やすくんにばれちゃったけど、ばれたことを知ったら聖君、どうするかな。ばらしたお父さんのこと、怒りそうだよなあ。だから、黙っておこうっと。


「杏樹ちゃん、うまくいくといいな」

「やすと?」

「うん」

「…そうだな」


 あれ?素直に応援する気になったのかな。

「杏樹の良さを、やすが知ればな~~。杏樹は名前通り、優しいし明るいし…。俺や父さんには、素直に甘えたり、俺に何て文句言って来たりするくせに、好きな奴の前だと、地を出せないでいるし…。もっと、素直で可愛いところをどんどんやすに見せられたらいいのにな」


「杏樹ちゃんも女の子なんだね」

「え?」

「私もだけど、好きな人だと特に嫌われたくないし、そうそう本性見せられないよ」

「…かもな。まあ、男だってそうだしな。かっこつけたりするもんなあ」


「え?聖君も?」

「俺もかっこつけていましたよ?思い切り」

「…聖君はかっこつけなくたって、素で十分かっこいいもん」

「あちゃ。出た」

「え?」


「もう~~。桃子ちゃんは俺に惚れすぎてるから、そんなこと言っちゃうんだよ」

 聖君はそう言うと、また抱きついてきた。

「そうかな。本当にかっこいいし、可愛いし、爽やかだし」

「思い切りにやついていても?スケベ親父でも?」


「うん、それでも大好き」

「だ~~か~~ら~~、それは桃子ちゃんが変態だから」

「………好きすぎると変態なの?」

「あはは。どうだろうね?ま、俺もそうなんだけどさ」


「人のこと言えない?」

「うん!言えない。どんな桃子ちゃんも大好きだから!」

 聖君はそう可愛い声で言って、キスをしてきた。

 

 なんだか、お店が忙しくっても、昨日も今日もやけに聖君と2人の時間を過ごせているなあって思う。凪の世話をお父さんやお母さんがしてくれているからだよね。本当に感謝だよね。

 って聖君にも言ってみた。すると、

「違うんじゃない?」

という返事が返ってきた。


「え?」

「凪がみんなを癒してるんだよ。みんな凪の笑顔に癒されてるんだ。だから、凪に感謝だよな」

「そっか。世話をしているようで、実は凪に癒されちゃってるのか」

「そ。そういうこと。俺らも凪の笑顔や寝顔で癒されているし。その癒しを今は父さんや杏樹に分けてあげてるってことで」


「そっか。そうだよね?」

「そう、だから、思う存分俺らは今、いちゃついて癒し合っちゃおうね?」

「え?」

「ね?奥さん」

 ……。なんだか、都合のいいことを言ってる気もするけど。


 だけど、凪の笑顔は本当に人を癒す力があるから、それを家族のみんなで分け合うのもいいことだよね、本当に。

 ああ、赤ちゃんの笑顔って、すごいパワーだね。

「桃子ちゅわん」

「ん?」


「は~~~。充電完璧かも、俺」

 聖君は私の胸に顔をうずめ、そう言った。良かった。

 でもね、聖君、私はそんな甘えん坊で、可愛い聖君を見ると、癒されちゃうんだ。

 そうやって人はみんな、癒されたり癒したり、お互いがしているのかもしれないね。



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