第37話 愛しい時間
凪を聖君は、さっさと寝かしつけた。凪はどうやら今日、みんなに愛嬌を振りまいていたからかお疲れだったみたいで、さっさと寝付いてくれた。
「やっぱり、みんな喜んでいたね」
「ん?」
そっと凪を布団に寝かしている聖君に、話しかけた。
「凪が笑って、みんな大喜びしてた」
「そりゃそうだよ。すんげえ可愛いんだもん」
「だよね~~」
「…桃子ちゃんに似てる」
「え?」
「笑顔。めちゃ、可愛い」
…。それ、私も可愛いって言ってくれているの?
凪を寝かせた聖君の背中に、思い切り抱きついた。
「…甘えてる?」
「うん」
「お姫様だっこしてほしい?」
「…ううん」
「あれ?リクエストしてたじゃん」
「それより…、ぎゅってしてほしいかなあ」
聖君は私のほうに向いて、思い切りぎゅうって抱きしめてくれた。
「今日、やす、仕事終わってからリビングに行ったよね。まさか、2人っきりになってない?」
「お父さんも凪も、クロもいたよ」
「よかった。ちょっとひやひやしてた」
え~~?もう、聖君は。
「何かあるわけないよ。私は聖君の奥さんなんだもん」
「…ぎゅう!」
聖君は可愛い声を出して、また私を抱きしめた。
「聖君、大好き」
「うん。俺も!」
ああ、また可愛い声…。絶対に聖君は、可愛いよね。
って、喜んでいると、いきなり布団に押し倒された。
「桃子ちゃん」
あれ?さっきまでの可愛い聖君から、一気に色っぽい聖君に変わっちゃった。
「聖君…」
うっとり。色っぽい聖君って、なんて素敵なんだろうなあ。
やっぱり、世界一、聖君はかっこいい。
聖君の腕の中で、私はずうっと、幸せに浸っていた。聖君は時々顔をあげ、私を熱い視線で見つめる。ああ、その顔、すごくセクシー。きっと私だけが知っている、セクシーな聖君なんだ…。うっとり…。
聖君の腕枕に頭を乗せたまま、聖君を見つめた。いったい、どうしてこんなにかっこいいのかなあ。
目も鼻すじも口元も素敵。どこがかっこいいって言えないよね。だって、全部だもん。
全部かっこいいよ。
眉毛からまつ毛から、耳の形まで好きだなあ。
それから、生え際とかおでこも、ほっぺも、あごのラインも好きだなあ。それからほくろや、それから、あ、にきびまで。
って、重症だよなあ。
「桃子ちゃん?」
「え?」
「話、聞いてた?」
「ううん。ごめん。見惚れてて…」
「俺にまた?」
「うん」
「…今日の桃子ちゃん、なんか違うんだけど?」
「え?そうかな」
「うん。どうしちゃったの?やっぱり、何かあった?」
「なんにもないよ」
「そうかな…」
「…あ、お店で働いている素敵な聖君を見た」
「……は?」
聖君は、すっとんきょうな声を出した。
「それから、可愛い聖君も」
「…え?」
「それから、色っぽい聖君や…」
「ああ、もういい…」
あ、照れた。聖君って、やっぱり照れ屋なんだよね。可愛いなあ。
「その辺が、やっぱり変」
「え?どうして?」
「だって、今さらさあ…」
「今さらじゃないよ。今でもかっこいいって思うんだもん」
そう言うと聖君は、顔を赤くした。
「はい。もういいです。以上、おしまい」
ムズ。言い足りないのに。
聖君はちょっと顔を、反対のほうに向けた。あれ?どんな顔しているの?見えなくなっちゃった。
私は顔をあげて、聖君の顔を覗き込んだ。
「なに?」
「顔、そむけちゃったから。どうしたのかと思って」
聖君は私を見た。あ、すんごいにやけてた。な~~んだ。
「聖君、可愛い」
私は聖君に抱きついた。
「……俺、にやついてたよね?」
「うん。その顔も可愛い」
「変態だ」
「うん」
いいんだもん。どんな聖君も大好きなんだから。
「桃子ちゃん、もしかして俺のこと襲おうとしてる?」
聖君の上に乗っかり、抱きついていると、聖君がそう聞いてきた。
「……」
私はどう返事をしようか迷った。でも、
「うん」
と答えてみた。
「え?!」
ああ、やっぱり、聖君、驚いている。
「まじで?」
「うん」
「…も、桃子ちゃん?」
私から聖君にキスしてみた。聖君はまだ、目を丸くして私を見ている。
「聖君、目、閉じて?」
「え?うん」
あ、素直に目を閉じた。うわ。なんだか、可愛い。キュン!
聖君の瞼にもキスをした。それからほっぺ、鼻、そしてまた、唇に。
「キス攻めだ」
聖君は目を閉じたまま、そうつぶやいた。
それから、首筋にもキスをした。それから耳…。
「も、桃子ちゃん、くすぐったい」
聖君がそう言っても、かまわず、キスを続けた。
「ああ!もう~~~。わかった」
「?」
何が?
「降参する。どうにでもして!」
え?
聖君の顔を見た。すると、また目を閉じて、じいっとしている。
どうにでもして?って言った?
ドキドキ、何それ。
え~~。どうにでもしていいの?
「……」
どうしよう。そう言われても。そう、言われてもなあ。
じい~~。しばらく聖君の顔を眺めていた。ああ、やっぱり、かっこいいよ。
指で鼻すじをなぞり、唇にも触れてみた。聖君、びくともしないで、じっとしている。
それから、また唇にキスをした。わあ。なんだか、すんごく愛しいかも。
聖君が愛しくって、愛しくって、しょうがないかも。
「聖君」
「ん?」
「愛してるからね?」
「…うん」
聖君はようやく目を開けた。そして熱く私を見る。
「やばい」
「え?」
「俺、溶けそうになってた」
「…え?」
「桃子ちゃんのキスで…」
か~~~。なんだか、そんなふうに言われると恥ずかしいかも。
「もう一回して?」
「う、うん」
私はまた、聖君にキスをした。すると聖君は私をぎゅって抱きしめてきた。
聖君は、もう一回キスをして…なんて、素直に言えるんだよね。
私もいいかな。そういうのを言っても。私からも、どんどんそういうのって言ってもいいんだよね。
「聖君…」
「ん?」
「わ…私も」
「…ん?」
「……」
やっぱり、恥ずかしいよ~~~~。
「何?」
真っ赤になった私を見て、聖君が聞いてきた。
「私も、その…」
「うん。なあに?」
「ひ、聖君にキスしてもらいたいなあ」
「…うん」
聖君はチュって、唇にキスをしてきた。
ああ、そうじゃなくって。これ、ちょっと意地悪してるの?
「そうじゃなくって」
「うん?」
「キス…。キス攻め…」
「俺の?」
うわ~~~。言っちゃった!駄目だ。恥ずかしすぎる!恥ずかしくって、聖君の顔も見れない。
聖君は体を起こした。私は聖君の体から離れ、布団に寝転がった。
聖君は黙って、私の髪をなで、それから私にキスをしてきた。長くって、とろけそうなキス。
それから頬やあご、瞼から鼻、耳から首もキスをしてきた。
うわ。とろける。ううん、もう溶けた。私は聖君の背中に腕を回し、ぎゅうって抱きついた。
「聖君…」
「ん?」
「…あのね?」
「うん」
「あの…」
「なあに?」
聖君は私に抱きつかれたまま、じっとしている。
「も、もう一回…、あの…」
「キス?」
「う…。そうじゃなくって」
「…じゃあ、なあに?」
絶対に意地悪してるんだ。これ!
「…う。だから…」
「甘えてる?」
「え?」
「いいよ。思い切り甘えてくれて。遠慮はいらないし」
「……」
ギュウ。私は聖君を抱きしめている腕に、もっと力を入れた。
「聖君に、もう一回、だ、抱かれたいなあ」
そう言うのが精いっぱいで、そのまま私は黙り込んだ。
「…」
聖君もなんにも言ってくれない。でも、私から体をあげ、またキスをしてきた。
「桃子ちゃん、真っ赤」
「…」
「可愛い」
だって、すんごく恥ずかしかったんだもん。顏から火が出たかもしれないくらいなんだもん。
そして、聖君は優しくまた私にキスをしてくれて、私はとろけていった。
翌朝、聖君はちょっとだるそうに起きた。凪は朝、起きてもしばらくご機嫌で、「あんぐ~、うっくん」と話している。それを聞きながら聖君は、嬉しそうに目を細めた。
「超可愛い」
とつぶやくと、聖君はさらににんまりと微笑んだ。
そして、布団の中でじたばたと足を動かし、私に抱きついてくる。
「俺、超~~~幸せ!」
凪がだんだんとぐずりだしたので、私は起き上がり、凪におっぱいをあげた。聖君はまだ、布団でまどろみながら、私と凪を見ている。
「なんかさ、こうやって毎朝目覚めると、桃子ちゃんと凪がいるのって、幸せだよね」
「…うん」
「俺、本当に幸せ者だよなあ」
「私も」
「凪もかな?」
「もちろんだよ。こんなかっこいいパパがいるんだし」
「可愛いママもいるしね」
「…それから、じじとばばも…」
「あはは。そうだよね、みんなに愛されちゃってるもんね」
聖君が笑った。ああ、笑顔、今日も最高にキュートだ。
しばらく親子3人でまどろみ、それから聖君は時計を見て、
「母さんの手伝いしてくるね。桃子ちゃんはゆっくりとしてていいよ」
と着替えをして、部屋を出て行った。
「凪。パパはお母さん思いだよね」
そんな聖君も大好きなんだけどね。
一階に凪を抱っこして下りていくと、クロが嬉しそうにしっぽを振ってやってきた。
「クロ、今日も凪をよろしくね」
クロは嬉しそうに「ワン」と吠えた。凪も嬉しそうだ。
リビングに行くと、もうすでにお父さんがいて、パソコンをいじっていた。
「仕事、大変なんですか?」
「いや、そうでもないんだけどね」
お父さんはそう言ってから、凪のほうを向いて、いきなり凪に「いないいない、ばあ」をして笑わせている。
「今日もずっとここで、凪ちゃんのお守りをしようかと思って。で、ここにノートパソコンを持ってきたわけ」
なるほど。
そんなお父さんに凪を預け、私はお店に行って手伝うことにした。
「おはよう。桃子ちゃん。聖と朝ごはん食べちゃってね」
「はい」
カウンターに聖君が、2人分の朝食を持ってきた。いただきますと聖君は元気に言うと、バクバクと美味しそうに食べる。
「おはよう、お姉ちゃん」
お店に、制服姿の杏樹ちゃんがやってきた。
「おはよう、杏樹ちゃん。あれ?もう部活行くの?」
「うん。でも今日は、午前中だけなの。だから、午後はお店の手伝いするんだ」
わ。嬉しそう。そうか。やすくんに会えるんだもんね。
「じゃあ、いってきま~~す」
杏樹ちゃんはそう元気に言うと、お店から飛び出して行った。
「そうか。あいつ、今日店手伝うのか」
ぼそっと聖君はつぶやくと、ちょっと顔を曇らせた。
あ~~あ。聖君も可愛い杏樹ちゃんの恋を、応援したらいいのになあ。
「桃子ちゃん。クロが散歩にまだ行ってないから、凪ちゃんも連れて行ってくるよ」
リビングから凪を抱っこして、聖君のお父さんが現れた。クロは自分で自分のリールをくわえている。
「え?あ、はい」
「父さんだけで、凪とクロを連れて行くの?大変じゃん。凪は置いて行けば?その間は俺が見てる…」
と、聖君が言いかけると、
「ごめん。聖。早めに食べて、窓を拭くのを手伝って!」
と、お母さんに言われてしまった。
「じゃあ、私が見ています」
「う~~ん。でもなあ。凪ちゃんと散歩したいしなあ。じゃ、桃子ちゃんも一緒に散歩行こうよ。悪いけどさ、凪ちゃんは俺が抱っこしていいかな?」
「はい」
お父さんとクロと、凪と私とでお店を出た。後ろから聖君の、めちゃくちゃ羨ましがっている視線を感じたけど、お父さんはまったく気にする様子もなく、どんどん歩いて行っている。
クロも、しっぽを思い切り振って、喜んでいる。凪もなんだか、ご機嫌の様子だ。
聖君、ごめんね。また明日にでも行こうね、散歩。
浜辺に着いた。クロのリールを外すと、クロは思い切り走りだした。お父さんは海の近くまで行って、抱っこしている凪に海を見せた。
「海、綺麗だね。凪ちゃん」
凪はきらきらとまぶしい海を、目を細めて見ている。
しばらく海をすぐそばで見ていた私たちは、そのまま浜辺を歩き、石段に腰かけた。そしてお父さんが凪をあやしだし、凪は声を立てて笑い出した。
「まあ、可愛い」
すぐ後ろに老夫婦がいて、凪の笑った顔を覗き込みそう言った。
「女の子?」
「はい」
お父さんが、老夫婦の質問に答えると、
「今、何か月なの?」
と聞いてきた。
「3か月です」
お父さんがまた答えた。
「まあ、可愛いわね。うちの孫もこんな頃があったわね、ねえ、おじいさん」
「ああ、そうだな。もうでかくなっちゃったけどな」
「お孫さん、いくつですか?」
「もう、中学生よ。ああ、でも、ほんと、可愛いわね。それにしても、ママはお若いのね」
「え?あ、はい」
おばあさんは、私のほうを向いてそう言ったので、私は慌ててうなづいた。
「あら、赤ちゃんママにそっくり。ママ似ね?」
「みんなに言われます」
「こんなに奥さんに似た可愛い子だと、さらに旦那さんは赤ちゃんが、可愛くってしょうがないんじゃない?」
おばあさんの言葉に、私とお父さんは一瞬、目をぱちくりとさせた。
ああ、そうか!お父さんが凪のパパだと勘違いしているのか!おじいちゃんになるんだけどなあ。
「そうですね。すんごく可愛いですよ。目に入れても痛くないくらい」
お父さんは笑ってそう答えて、凪のほうを見て「ね?」とささやいた。
「まあ、微笑ましい。羨ましいわ」
そう言って笑いながら、老夫婦は去って行った。
「お、お父さん?あの…」
「いいじゃん。凪ちゃんのパパって思われても」
お父さんはそう嬉しそうに言った。
いいのかな。これ、聖君にばれたら、相当怒ると思うんだけど。
すると今度は、犬を連れた50代くらいの女性がやってきた。
「可愛いわね~」
そう言って凪のことを見てから、私たちを見て、
「ずいぶんと若い奥さんなのねえ」
とつぶやき、そのまま犬を連れて行ってしまった。
「あ、また間違われた」
「あはは。そうだね。確かにずいぶんと若い奥さんをもらったって、そりゃ思うよね」
う、う~~~ん。いいのかな。否定しなくって。
「ワンワン」
クロが波としばらく戯れていたが、やっと私たちのところに戻ってきた。
「いっぱい、遊んで満足した?クロ」
お父さんがクロにそう言うと、クロは嬉しそうにワンと吠えた。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
またクロにリールを繋ぎ、私たちは来た道を引き返した。
「ただいま」
お店に入ると、お母さんがすぐに来て、クロの足を拭いてあげた。そして、
「凪ちゃん、どうだった?喜んでた?」
とお父さんに聞いた。
「ああ、海を見てまぶしそうにしていたよ」
「へえ」
「そうだ。くるみ。浜辺でね、俺と桃子ちゃんが年の離れた夫婦と間違われたよ」
げ!ばらしてるし!
「え?」
キッチンにいた聖君が、思い切り怒った顔でホールに来た。
「若い奥さんですねって言われた」
「父さん、ちゃんと息子の嫁ですって言ったんだろうな」
「まさか。否定することもないと思って、黙ってたけど?」
「なんで?!!!」
ほら。怒った。
「あははは。いいじゃないの?聖。そりゃ、爽太が凪ちゃんを抱っこしていたって、パパにしか見えないわよ。爽太、見た目も若いんだし」
「母さんはいいの?桃子ちゃんと父さんが夫婦に間違われても」
「いいんじゃな~~い?」
さすが、お母さんは心が広い。
「なんでだよ。なんでいいんだよ。なんだよ!本当は俺が行きたかったんだ!くそ」
あ~~あ。かなり、へそを曲げてしまったぞ。
「ははは。じゃあ、明日はお前が連れて行ったらいいさ。でも、またあの老夫婦が来たら、戸惑っちゃうだろうなあ」
「…父さん、面白がっているなよ」
聖君はまだ、すねた顔をしてそうぼそっと言った。
あ~~あ。聖君、ちゃんと曲がっちゃったへそ、戻してくれるのかなあ…。